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第五章)立ちはだかる壁 獣人の姉妹

古代語は、リスト作って、一文字一文字探しながら入力してます。

割と地味にめんどくさい(笑)

■ノスマルクへ③


「や、やだなー。お兄さんじゃないっスかー。その節はどうもお世話にー」


「なんだ、知り合いか? アロウ」

 事情を飲み込めていないラケインが首を傾げる。

僕は親指で指差しながら、


「サイフ」

 とだけ答える。

三人とも意味が分かったようで、あぁ、あなたが、と逆に感心している。


 ジリジリと後ずさりながら、脱出口を探す。

ぎこちなく固まりながらも、何とか逃亡を図ろうとするその心意気は認めるが、そうは行かせない。


「逃げられると、思ってないよね?」

 リリィロッシュばりの絶対零度の笑顔で微笑む。


「は、はいぃぃ!」

 まさに直立不動。

綺麗な気を付けをしてもらう。


「なるほど。で、どうする、アロウ? 衛兵に突き出すか?」

 ラケインの反応がもっともだ。

恐らく被害は僕達だけではないはず。


「衛兵だけは~。どうかご慈悲を~。」

 そう言ってブンブンと顔を横に振る。

とりあえず手を差し出すと、見慣れたサイフを渡される。


「へへぇ、ひらにご容赦を~」

 少女は必死の愛想笑いを浮かべるが、僕は騙されない。


「うん。で、今とった緑紙幣は?」

「ぎくっ!」

 死角で紙幣を抜き取っていたつもりだろうが、探知(サーチ)を使った僕に隙はない。


「や、やだなー。ちょっとしたおちゃめっスよー」

 大量の脂汗を滲ませながら紙幣を差し出す。

まったく、この期に及んで油断も隙もない。


「ほんと、勘弁してください。この町ではお兄さんとあの魔石商人からしか盗ってないっス」

 そう言って涙ながらに取り繕うが、墓穴をほったな。


「あ、魔石も出せよ」

「しまったー!?」

 半泣きになりながら魔石を僕らに渡す。




「ネヴマン、ヨミキヤワヘムラ?」

 そうこうしていると、机の影からもう一人、さらに歳若い少女が顔を出す。

彼女も薄緑の髪をして、顔立ちも非常に良く似ている。

しかし、様子がおかしい。

顔はこちらを向いているが、目を伏せ手探りで辺りを確かめている。

この(めしい)た少女は、彼女の妹のようだ。


「ユ、ユン。ヨメイニナッハンハ」

 泥棒の少女は、少し慌てたように、妹に取り繕う。

若い姉妹二人で一人は盲目の妹。

さすがにラケインも事情を察し、それ以上追求することはしなかった。


 だが、先程からリリィロッシュが首をかしげている。


「ところでアロウ、先程からこの娘達は、何を話しているのです?」

 あぁ、みんなには分からないんだったな。

何となく雰囲気で話している内容は分かりそうだが、言葉自体は聞いたこともないだろう。


「この子達が話しているのは、〈古代語〉だよ。僕も実際に見聞きするのは初めてだな」

「こ、古代語、ですか?」


 かつて、神がこの地にやってくる前。

魔族と対立していたもうひとつの人類、超文明。

遠く9000年もの昔に、神に敗れて消え去った旧人類がいた。

魔族でも一握りの高位者しか、その存在を知らない。

彼らが使っていたのが、この〈古代語〉だ。


「古代語って……、あの遺跡なんかでたまに見かける古代語ですか!?」

「そうそう、あの古代語」

 もはや、遺跡の中でトラップや呪文として残っているだけの、失われた言葉だ。

古代語を話す彼らの正体は……


 そんな話をしていると、姉の方がヨヨヨと泣き崩れる真似をしながらチラチラとこっちを見てくる。

何となく憎めない感じだし、訳ありのようだ。

サイフも無事戻ってきた。


「本当に他には盗んでないんだな?」

「はいぃ。何なら素っ裸にして調べてもらっても構わないでスぅ」

 そう言って上目遣いに擦り寄ってくる。


「そ。リリィロッシュ」

「はい」

 指で合図すると、すかさずリリィロッシュが彼女を羽交い締めにする。


「え? え? え?」

 そうまで言ってくれるなら、念のために遠慮なく(・・・・)調べさせてもらおう。

パチンと指を鳴らす。


「メイシャさん。やっておしまいなさい」

「ふっふっふー。覚悟してくださいね~」

「あ、あ、あ。や、やめ……」


 指をワキワキとさせたメイシャが歩み寄る。

一応紳士なので、妹さんも外に連れ出して、僕とラケインは席を外す。

その後、小屋の中で悲鳴が聞こえた。




「ヤ、ヤノ……」

 妹がおずおずと話しかける。


「ハツン、ヤネラロセワイルエ、ヨラレミサミハ」

 そう言って丁寧に頭を下げる。


「アロウ、彼女はなんて?」

 ラケインが尋ねる。


「ああ、姉が迷惑かけたって謝ってる。……ヨネヴマンラおねえさんがナニエミヘハラなにをしてたかミッヘハンハネしってたんだね

 そう、問いかけると、彼女はコクン、と頷いた。


「(私が悪いんです。私の目がこんなだから、姉さんは悪いことをしてまでお金を稼いでくるんです。私には何も差し上げられませんが、どうか姉を許してください。)」

 そう言って床に座り込み、涙ながらに言われては、僕にもなんとも言えない。


「(わかった。とりあえず衛兵に通報するのはよしとくよ)」

 そう言って、彼女を立ち上がらせた。




「もういいかい?」

 一応断ってから小屋に戻る。


「うぅ、もうお嫁に行けないっス……」

 盛大に泣き崩れる真似をしながら、少女はうずくまっている。

そして、乱れた髪からは、大きく垂れ下がった耳が見える。

やはり、彼女は獣人(ビスティア)族か。


 獣人(ビスティア)族。

魔力によって変質したとされる、人間の亜種、亜人の一種だ。

動物の因子を体に宿し、優れた身体能力を持っている。

そういえば町でも、かなりの身のこなしだった。

彼女はその中でも、敏捷性に優れているとされる(キトゥル)族のようだ。


 しかしまあ、出るわ出るわ。

魔石に貴金属。

殆どが町のキャラバンの品物だろう。

リリィロッシュも呆れ、実際に服を脱がしたメイシャは、思わぬお宝に目を輝かせている。


「メイシャ、悪いけどこれ、衛兵さんに届けてきてくれる?」

 とりあえず、盗まれた品物は返さないと。


「は~い。で、この人たちはどうするんです?」

 メイシャの言葉に、少女はビクッとして肩をすくめる。

一般に窃盗犯は、良くて犯罪奴隷(強制労働)、最悪私刑(リンチ)だ。


「……はぁ。とりあえず、盗賊には逃げられたって言っておいて」

「分っかりました~」

 これからどうなるのか察したメイシャは、そう言って盗まれた品を持って町へ戻っていく。


「お、お兄さん……」

 盗賊には逃げられた。

つまり、今回は見逃すと言ったのだ。

予想外の展開に、少女は驚く。


「妹さんに免じて今回だけな。それと、妹さんも勘づいている。こんな事からは足を洗うんだな」

「う、うん…」


 分かっている。

好きでこんな真似をしているわけでないだろう。

だとしたら、ここで約束させてもそれは無意味な事だ。

しかし、このままでは、いずれ彼女はたちの悪い連中に殺されるのが落ちだ。


「声が小さい!」

「ひゃっ、ひゃい!!」


 いつか、何かのチャンスがあった時に、その一押しにでもなればいいと、その声に魔力を込める。

強制支配をする程ではない。

しかし、それは呪言。

彼女の心の片隅にでも引っ掛けておこう。


「そろそろいいか?」

 ラケインも魔蜥蜴(ホラレ)の準備が終わったようだ。


「ほら、乗りなよ。妹さんも待ってるから」

「の、乗せてくれるっスか?」

 まさかサイフを盗った相手に同乗を頼めるとは思ってなかっただろう。


「まあ事のついでだよ。護衛料も持ってないだろうし、お客様じゃなくて働いてもらうからね」

「はい!お兄さん、大好きっスぅ~」

 緑髪の少女は、盛大に涙を流して、ホラレに乗るのだった。




「改めまして、(キトゥル)族のメインっス。こっちは妹のペルシっス」


 言葉は分からなくても、ニュアンスで紹介されたことは分かるようだ。

ペルシと呼ばれた盲目の少女は、小さくお辞儀をする。

お互いに簡単な自己紹介を済ませる。

どうやら、デルに拠点としている小屋があって、稼いだ荷物を整理しに、そこに戻る予定だったらしい。

もっとも、今回の稼ぎは、全部僕が没収した訳なんだけど。


 僕達はビヨク平野を越え、スジャ大河に差しかかろうとしている。

この何日かの旅で、女性陣はかなり打ち解けたようだ。


「まったく、あの時のアロウときたら。探知するのにほぼ全開の魔力を使ってしまって、周囲の魔物をすべて呼び寄せたんですよ」

「わひゃー。お兄さん、パないっスね~」

……だからといって、ひとの昔話で盛り上がらないでほしい。


 ペルシも言葉は分からないだろうが、クスクスと笑っている。

大人しいペルシと違い、メインがかなりオーバーなリアクションをするので、楽しそうだ。

もしかしたら、彼女の性格は、妹を楽しませるために無理をしてきたせいなのかもな。


「ペルシマン(さん)ハチニイナケハ(たびにはなれた)?」

 そうは言っても、時折暇そうにしているペルシに話しかけてみる。


タワ(はい)リエフラッヘ(きをつかって)ソカッヘ(もらって)ヤキラホユ(ありがとう)ロマワサム(ございます)

 どうやらこちらの気使いはお見通しのようだ。


 ペルシは、顔をこちらに向けるが、その目はやはり伏せられている。

しかし、器用に辺りのものを避けて、こちらへ移動してくる。


ヴっホえっとリワハカイクワホきいたらわるいとヨソッヘハレホおもってたけどモノセイそのめはユサケフリカノうまれつきなの?」

 ペルシは、少し戸惑ってから、


ワワヴいいえスラミマンモルニむかしさんぞくに……」

 そう言って俯く。


ムシサメンすみませんアタキリシラやはりきみがイクワヘムラわるいですか?」

 恐る恐る、こちらを向く。

その目は開かれない。

けれど、こちらをじっと見つめているのは分かる。


 恐らく感受性の強い子なのだろう。

目に見えないと言っても、いい加減な答えでは、不信感を持つだけだ。

だから、僕も彼女の目を見てはっきりとそう言う。


モンナロホイナワオそんなことはないよリシノヨネヴマンソきみのおねえさんもトルハヒソぼくたちもリシノロホラきみのことがハワムリハラカだいすきだから

 そう言うと、彼女の瞳からはポロポロと大粒の涙がこぼれる。


 きっと、心配だったのだろう。

自分のために負担をかけている姉。

周囲からの好奇の目。

それが目に見えないからこそ、悪い方へと想像が膨らんでいた。


ヤキラホユ(ありがとう)……、ロマワサムございます……」

 僕には、薄緑の髪を撫でてあげることしか出来なかった。


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