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第四章)煌めく輝星達 トーナメント・決勝

■四聖杯⑩


 プスプスと焦げていたメイシャを見舞いに行こうとすると、


「負けちゃいました~。でもラク様とお揃いですぅ」

 とか言ってたので放っておいた。

もうあれは、ラケインに任せておこう。


 次を勝てば、決勝である。

その相手、リュオとリサの試合を見ておこうとすると、想定外の速さで試合が終わっていた。

周りの人に状況を聞くと、リュオとリサが一言二言話しをすると、リサが強力な魔法を放ち、それを向かい討つ形でリュオが撃破したらしい。

事前に試合が見られなかったのは残念だが、ともあれ、もう僕の番になってしまったのだ。


「アロウ選手、闘技場へ急いでください!」

 進行の人も大慌てだ。




 闘技場へ着いたが、まだフレイヤは現れていないようだ。

少し待っていると、遅れてフレイヤが到着する。


「お待たせして申し訳あません」

 華麗に深々と礼をする。

彼女の所作は、本当に見事だ。

少しは見習うべきだな。


「さて、ノガルド校相手が3戦続きますか。本当に、大したものですね」

 素直に賞賛を送るかと思えば、言外に込められた威圧(プレッシャー)が肌を突き刺す。


「ええ、自慢の仲間達ですよ。で、何をされてるんですか? ロゼリア導師?」

 威圧をかわし、素直に疑問をぶつける。

紅帝エンプレス”しか使えない〈紅帝(ロゼ・クライスト)〉を見せた時点で、このフレイヤの正体は確定している。

『魔法使い』フラウであり、南国(ノスマルク)宮廷魔術師のロゼリアであるはずだ。

しかし、ここまでそれを口にして認めたことは一度もなかった。


「ふふ、答え合わせは後ほど。まずは小手調べの遊戯を楽しみましょう」

 否定も肯定しない。


「さて、何でしたか。……あぁ、そうだ。──さあ、最後の戦いを始めよう。美しき剣戟の調べを!!」


 魔力が吹き荒れる。

魔力の風にあおられ、思わず目を細める。

次の瞬間には、〈紅帝(ロゼ・クライト)〉を纏ったフレイヤが炎球を放とうとしている。

いきなり全開だな。

すんでのところで炎球を躱す。

風を纏い、余波をギリギリで受け流した。


「どうしました? この程度の攻撃で接近を許すなんて。動きに精彩がありませんよ」

 (いぶか)しがりながらも、炎球を連射してくる。

メイシャを吹き飛ばしたあの魔法を、こうも連射してくるとは。

僕はと言えば、ダメージこそないが、マントや生徒服が所々焦げている。

確かに、普段ならあの炎球くらいなら避けるまでもなく迎撃するか、少なくともカウンターに魔法を放っているだろう。

今はなんとか、直撃を凌いでいるに過ぎない。

それというのも、


「いやさ。あんないかにもなセリフに、ちょっと動揺したのさ」


 まったく、あの時は魔王としてノリノリだったけど、よくもまぁ、恥ずかしくもなかったものだ。

いわゆる黒歴史、精神的ダメージが酷い。

こうなったら、道連れ作戦だ。


「この大舞台で、あんな……ね? 恥ずかしくないの?」

「だから、お前のセリフだったろーがぁぁ!!」


 一際大きい炎球を放ってくる。

しかし、見かけだけだ。

スカスカで魔力の練りが甘い。

そう言えば思い出した。

魔法使い(こいつ)』は、煽れば煽るだけ乗ってくる、単細胞(おこさま)だったわ。


 炎球を冷気を込めた拳で弾く。

フレイヤがしまった、という顔をするがもう遅い。


「まだまだ研鑽が足りないぜ!」

 炎帝の火力を増して防御するが、そんな小細工でこの好機を逃すものか!


「我が命により拳に集え! 水氷系魔法(アイス)崩拳(フィストブレイク)!」

 繰り出したのは、守護魔法エンチャントもどき、初級魔法。

それを、簡易短文とはいえ、わざわざ詠唱して(・・・・)放つ。

高効率、高密度の魔力を込めた拳は、無敵の衣すら突き破る。


「くっ、油断しました。」

 フレイヤが身体をくの字に折り、その場に踞る。




「勝者、アロウ=デアクリフ!」


 片膝をついてうずくまるフレイヤをみおろし、勝鬨を受ける。

フレイヤは、腹に手を当てながら体を起こし、こちらを睨みつける。


「この場の勝利は譲りましょう、リオハザード」

 そして、消えた。

霞のように。

最初から誰もいなかったかのように。

 転移、幻術、認識阻害を併用した魔法。

本当に小手調べのつもりだったようだ。


「この場の、か。気が重いなぁ」

その高度な魔法は、独り言を呟かせるには十分だった。




 そして、ついに決勝。

振り返ってみれば、なるべくしてなったカードだ。

方や、元魔王。

魔の頂点であった魔法使い。

方や、最強の騎士。

現在、武の頂点に位置する騎士。


 元である分だけ、こっちが不利だな。

などと考えていると、進行の係から呼び出しがある。


「アロウ、月並みだが、頑張れよ。」

「先輩、ぶっ飛ばしてきてくださいね!」

 ラケイン達の応援を受けて、入場する。

入口では、運営に回っているはずのリリィロッシュが待っていた。


「アロウ、相手は大物ですが、アロウの実力なら決して遅れはとりません。私もここで見ています。がんばって」

「うん、リリィロッシュがいてくれるなら負けないよ」

 そう言って闘技場へと足を向ける。


 割れんばかりの拍手のなか、石畳を歩く。

巨躯の騎士は、腕組みをして、中央で仁王立ちに待っていた。


「よぉ」

 いつも饒舌な騎士にしては、口数が少ない。

豪快な笑みも姿を消し、今は獰猛に、不敵に笑っている。

眼は爛々と燃え、その圧倒的な覇気によるものか、その姿はこの会場を覆うほどにも感じられる。


 これが、頂点。

かつて、まさしく頂点であった『勇者』とも対峙した。

しかし、それは『魔王』という格上のものとしてだ。

まるで、自分という存在そのものが消えてしまいそうな圧迫感。

下から見上げる頂とは、これ程のものなのか。


 足がすくむ。

(かかと)がジリジリと後退させてくれと叫ぶ。

膝がカタカタと笑う。

腰から力が抜けそうになる。

心臓は鼓動を早めるどころか、握りつぶされて止まった様だ。


 だけど!

僕は『神』へ挑む。

魔王と戦う。

あの『勇者(戦友)』と同じ景色へと登る、そう決めたのだ。


 一度だけ目を伏せる。

カッと目を見開き、相手を見据える。

心臓は昂り鼓動を早める。

そして、一歩、力強く歩を進めた。


「うむ、流石だよ、アロウ=デアクリフ。虚仮威しに威嚇してみたが、それを感じた上で前に進むとはな」

 リュオは、満足そうにうなづきニヤリと笑う。


「そもそも俺の覇気を感じないようなやつは愚鈍だ。そして、俺の覇気に萎縮して逃げ出すやつは臆病だ。しかし、お前は俺の覇気に気圧されながらも闘志をもって前に進んだ」

 そう言って、手に持っていた剣を投げ捨てる。


「合格だ。お前なら、俺も全力を出せる。こんな(やわ)な剣に気を使ってたんじゃ出せない、“白き刃(最強)”の全力をな!」


 突風。

最初に感じたのはそれだった。

そして熱。

魔法ではない。

爆発的に膨れ上がったリュオの闘気によって、圧縮された空気が熱を持ったのだ。


「……すごい」

 濃密な闘気は、視覚化されるまでに至る。

それは、さながら光る鎧のようにも見える。


 だが、圧倒されてばかりもいられない。

こちらも魔力を練り上げ、内に秘める。

リュオのように、溢れんばかりに放たれる気とは違う。

内へ内へと凝縮し、高純度の魔力で満たされた時、ゆらゆらと湯気のような魔力が身体を覆うのだ。


「ふふ、ふはははは。知ってる、知ってるぞ、アロウ。そいつを見たのは、うちのジーン以外では初めてだよ。動の気を持つ俺。静の気を持つお前。共に頂点に立つ気勢を持っているのか! こいつは愉快だ!」

 リュオが獰猛な気配を撒き散らしながら笑う。

もはや、その形相は、空腹の肉食獣そのものだ。


「さぁ、始めよう! こんな心躍る戦いは、久々だよ!!」




 リュオが動く。

それと同時に、リュオの気に当てられていた進行があわてて試合開始の合図を出す。

次の瞬間、既にリュオは眼前にまで迫っている。


「うぉぉおりゃっ!」

 そもそも150cm(セロメーダ)そこそこの小柄な僕に対して、明らかに2m(メーダ)を超える巨躯のリュオ。

まるで岩のような拳が、1m(メーダ)もの落差から振り下ろされる。

風で守護(エンチャント)して速度を上げ、爆風や爆ぜた小石を風で受け流す。

すれ違いざまに手に持つ小さな杖に風を集め、ナイフのようにしてリュオの脇腹を掠め、一度ステップして距離を取る。


 斬った。

そのはずだが、風の刃はリュオの闘気に阻まれ届いていない。


「うぉりゃうぉりゃうぉりゃー! どうした、そんなもんか!」

 直撃どころか、かすりでもしたらそれだけで致命傷となりそうな巨拳を無尽蔵に繰り出す。

全くもってバケモノとしか言いようがない。

だが、


「こっちは本物のバケモノだったんだよ?」

 ひとりつぶやき、さらに守護(エンチャント)を重ねる。

火の守護で攻撃力を、水の守護で治癒力を、土の魔力で体力を、風の守護で速力を上げる。


 守護の重ねがけ。

これは本来反則である。

守護、と言うだけあり、本来は他属性の魔力は反発してしまい受け付けない。

それを可能としているのは、体そのものではなく、関節などの可動部や、打撃地点である拳や脚に限定した守護系魔法(エンチャント)

 そう、これは僕の固有術式(オリジナルスペル)、〈守護系魔法(エンチャント)魔装強化(マギ・ゴリアース)〉だ。


 言葉で言うのは簡単だ。

実際、単独では難しい術は使っていないし、真似しようと思えば、第二領域レベルの魔法。

しかし、それを実際に運用するにはいくつものハードルがある。

 まず、〈同時詠唱(ダブルアクション)〉。

言うまでもなく、魔法と同時の行動が必須だ。

重複詠唱(デュアルスペル)〉。

魔装闘術、四属性の守護、そして攻撃に用いるその他の魔法。

最低でも6個の同時発動が最低条件になる。

一日目で見せた、他人への守護は、四属性のみ。

それでも十分に高度な魔力操作を必要とするが、同時発動は、術がひとつ増えるだけで、その難易度は倍以上も跳ね上がる。


 さらに、自分が戦うともなれば、運動能力も戦士と同等の技術や基礎体力がなければ、いくら能力を底上げしても無意味。

それを、複雑で高速、一瞬の気の緩みすら許されない戦闘の中で行うのだ。

これが、どれだけ無茶な術なのか、想像がつこうというものだ。


 魔力で加速された世界の中、リュオの拳を掻い潜り、右肩に一撃入れる。

これまでと違い、肉に拳がめり込む感触。

通った(・・・)

ついにリュオの闘気を貫き、一撃を入れる。


「ちぃっ」

 舌打ちをしてリュオが初めての後退を見せる。

右腕を回し調子を見ながら呟く。


「やれやれ、ヒビくらいは入ってるな」

そう言いながらも、覇気は収まるどころか、ますます激しくなるばかりだ。


「初日にラケイン達に使った新型か。それを単独で。まったく、とんでもないやつだよ」

 そして、大きく足幅を広げ、右拳を大きく引く。


「しかし、俺も伊達に最強を名乗ってないんでね。決めさせてもらうぞ!」

 今一度、大きく気勢を上げる。




 リュオが駆ける。

拳を大きく振り上げるが、まだ距離がある。

しかし、頭の中で勘が訴える。

危険だ、離れろ、と。

その声に従い、大きく飛び退く。

その瞬間に弾ける石畳。


 まさか魔法? いや、飛び道具か。

そう思ったのも束の間、危険を知らせる声は止まらない。

魔力も最大に移動を続ける。

いかに大柄なリュオといえど、届く距離ではない。

それなのに、この攻撃は……。


「うぉぉあっはぁぁぁーっ!」

 繰り出す拳から放たれるのは、魔法でもなければ飛び道具でもない。

正解は拳圧。

但し、とんでもない量の気が込められている。

輝く闘気の鎧をそのままに、その力を拳に集めて飛ばしているのだ。

 次第に追い詰められ、と同時に距離を詰められる。


「これで、詰みだぁー!」

 競技場の端。

そこで繰り出されるのは、遠当ての拳でなく、光り輝く闘気の巨拳。

既に、僕の身長ほどにも巨大化した光の塊を振り下ろす。


火炎系魔法(フレイ)双炎崩拳(オルトロスフィスト)ぉぉっ!!」

 土壇場で繰り出したのは、火炎の追加効果と、攻撃強化の付加効果、双方の能力を持った双炎の拳。


 光と炎。

二つの拳は、激しくぶつかり合い、決着は付いた。




「勝者、ルド=オーガ!」


 僕は、闘技場から会場の端まで吹き飛ばされていた。

リュオの方もひどく傷ついていたが、その拳を高々と掲げ、勝利の祝福を受けている。


「負けちゃった、か」

 誰にも聞こえないように、一人呟いた、そのはずだったが、すぐ横でもう一つの声が被せられる。


「決勝の名にふさわしい素晴らしい試合でした。流石に最強を名乗るだけはあり壁は厚い。しかし、あなたの奮闘も何一つ劣るところの無い、素晴らしいものでした。お疲れ様でした、アロウ」

 いつの間にそこにいたのか、リリィロッシュがすぐ横に立っていた。


「かっこ悪いとこ見せちゃったかな?」

 そう言ってリリィロッシュを見上げる。

彼女は、ゆっくりと首を横に振り、優しく見つめる。


「いいえ、言ったでしょう。素晴らしい戦いでした。さすがはアロウですよ。でも、ここで女性の手を借りて立ち上がるなら、格好悪いかも知れませんね」

 やれやれ、リリィロッシュにそう言われてしまっては、1人で起き上がるしかないな。

重い体に鞭打ち、ゆっくりと起き上がる。


 そうか、僕は、負けたんだ。

次は勝つ、そう心に決めて、壇上の勝者に拍手を送る。


こうして、四校戦の幕が降りた。

最終日のポイント。

 ノガルド (7)+3 10P

 エティウ (4)+8 12P

 ノスマルク(2)+1 3P

 コール  (1)+1 2P


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