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第一章)元魔王の復活③ 大きな背中と黒い少女

 闇を照らす炎の中を駆ける。

受けたダメージは軽くはない。

ほぼ真後ろから、壁越しに放たれた魔法だ。

瞬時の判断で、妻と息子を突き飛ばし、俺もなだれ込むように伏せたが、崩れた家の瓦礫や衝撃で骨を何本か持っていかれているな。

愛用の剣も、瓦礫の下。

瓦礫の中から拾った、適当な長さの角材が今の武器だ。


 それがどうした!

俺は、“餓狼”ハインゲート=デアクリフだ。

俺の宝を狙ったやつを、生かしておくわけにはいかねぇだろっ!!


 村の中心へと向かう。

そこへ、焼け崩れた民家から、全身が影のように真っ黒な人型の魔物が飛び出す。


「──ふっ!」


 角材を横になぎ払う。

角材はへし折れたが、魔物もまた吹き飛ぶ。

足元の瓦礫をつかみ、魔物の頭部へ殴りつける。

だが、鉈や剣で断ち割るならともかく、この程度で魔物は絶命には至らない。


「うぉぉぉぉ!」


 魔物の弱点は、胸部にある魔石だ。

これを壊されれば、魔物は魔力の霧となって消える。

魔物の肩を掴み引きずり上げ、その胸を破壊された窓枠から突き出る木枠に叩きつける。

途端、魔物を掴んでいた両手からは重さが消え、魔物は霧へと姿を変えた。


 わずか数十秒のことだが、その場に足止めされた結果、四体の魔物に取り囲まれてしまった。

先ほどと同じ、影のような魔物。

剣持ちが二体。

槍持ちが一体。

ややゆったりとした服を着ているように見える影は、魔法使いか?


 まずは剣持ちが同時に襲いかかる。

正面と左手。

対してこちらは無手だ。

右手からは槍持ちが機をうかがっている。

ならばと、後ろへには距離をとらず、あえて正面の敵に飛び込む。

この位置なら槍は仲間に邪魔されて届かない。

しかし、そこへ魔法による熱線。

体勢を気にせず、飛び込んだ勢いそのままに地面を転がる。


「しゃら……くっせぇぇいっ!!」


転がりながらも体をひねり、敵の方へ向きを変える。

体勢を整える?

不要だ。

無手?

知ったことか。


 突き出された剣の腹を拳で殴り、そのままの勢いで魔物へ肘を見舞う。

くの字になった魔物から剣を奪い、横一文字に切り払う。

返す刃で槍の穂先を切り裂き、魔物の腹を凪ぐ。

切り飛ばした穂先を掴み、もう一体の剣持ちへ投擲。

瞬く間に三体の魔物を霧へと変えた。


 キッと影の魔法使いを睨む。

おそらく、恐怖という知性すらないのだろう。

たじろぎもせずに、両手の先に魔力を集め始める。


「てめぇだなぁ?俺ん()を吹き飛ばしやがったのは?」


 言うが早いか、剣で脳天から真っ二つに切り裂く。

ハインゲートは、振り返りもせず、村の中心へと走り去った。




 父さんの背中を見送り、ようやく頭が冷えてきた。


 あれは、影魔(ウォーシャドー)

Cランク(上位級)の魔物で、魔王軍では、前線部隊の尖兵として扱っていた、知恵のない魔物だったはずだ。

戦闘経験のない人間であれば、何人いようと問題にならない。

並みの戦士が数十人でかかってようやく、という強さだ。

父さ……、あの強さを見ていたら、逆に腹が立ってきた。

ヒゲの強さは尋常のものではない。

間違いなく、一線級の戦士だ。


 それにしてもおかしい。

間違いなくこんな小さな村に投入されるような魔物じゃない。

それが十体。

この過剰戦力には、どんな理由があるんだ?


 そんなことに思いをめぐらせていると、茂みからガサリと音がした。

火事の火の明かりからも陰になって、よく見えない。

ガサガサ。

警戒して腰を落とす。

そしてそいつは、現れた。

偽魔狼(デミヴォルフ)

Eランク(危険級)の狼型の魔物だ。


 魔物とは、〈魔なる動物〉のことだ。

魔族同様、実体を持った魔力という、半物質生命だが、家畜や動物同様、ただの獣に過ぎない。

ただし、こいつらは強者に従うという魔物の本能によって、魔族に従っているのだ。

Eランク(危険級)

スライムなどのほぼ無害な魔物を除き、最底辺の強さしか持たない魔物。

行動も能力も、ただの獣と変わりない。

魔王であった僕からすれば、敵と呼ぶに値しない、ただの虫けら。


……のはずだ。

なのに。

足がすくむ。

目があった瞬間から息ができない。


 なんだ?

相手はただの獣だぞ?

だというのに、まるでドラゴンでも目の前にしたような威圧感。

そうか、これが、恐怖。

人と魔物には、これほどの存在の違いがあったのか。

ただ存在する。

それだけで魂が潰されそうになるほどの脅威。

これが、生物としての格なのか。


 偽魔狼(デミヴォルフ)が吼える。

茂みから一足に飛び掛り、僕の頭を軽く超える高さにまで跳躍する。

大きく弧を描き、僕の頭を噛み砕こうとするが、すんでのところで、横へ転がり回避する。

しかし、足がもつれて無様に転げまわる。

なんとか四つん這いになって身体を起こそうとするが、言うことを聞かない。

僕は、完全に恐怖に飲まれていた。


 そのとき、右手が何かに触れる。

それは、母さんの指先だった。

いまだ、意識を取り戻さない母さん。

ヒゲは、先ほど何を言っていた?


──だからお前が、母さんを守ってやれ──


 目に気力の火がともる。

そうだ、お前は何だというのだ、アロウ。

お前は、ただの人間の幼子なのか?

そうじゃないだろ?

お前は、あの強さを持った、ヒゲの息子だ。

お前は、赤ん坊のときに何を思った?

母さんに恩を返すんだろう?

お前は、あの時何を感じていた?

お前は、あの勇者と渡り合った、魔王だったのだろう?


 偽魔狼(デミヴォルフ)を正面から見据える。

もう、恐怖は感じない。

目の前にいるのは、ただの〈敵〉だ。


 偽魔狼(デミヴォルフ)が再び跳躍する。

今度は、崩れた家に向かって跳び、斜めから襲い掛かる。

僕は、それを避け、両手に魔力を集めて魔法の行使の準備をする。

いくら気持ちが切り替わろうとも、今の身体は幼き人間のものなのだ。

魔力を高めるのにも時間がかかれば、その扱いも拙い。

身のこなしもスピードも、偽魔狼(デミヴォルフ)に比べれば、止まっているようなもの。

それでも、唯一、敵に勝るものがあるとすれば、それは、元魔王としての記憶だ。

くぐった修羅場や戦った強者の数は、こんな低位の魔物に比ぶべくもない。


 回避の行動をとりながらも魔力を高める。

この時には知らなかったが、そんな当たり前とも言えることができる魔法使いが、どれほど少ないことか。


 三度(みたび)偽魔狼(デミヴォルフ)は跳躍する。

基本的には、攻撃パターンは、これしかないようだ。

しかし、ここでただ避けてしまっては、何も変わらない。

体力勝負では圧倒的に不利なのだ。


 横や後ろに逃げないのなら、前か。

瞬時に身体を前方に投げ出し、相手の着地地点よりも奥にもぐりこむ。

奇しくも、その体捌きは、ヒゲのものと酷似していた。

両手の魔力に意識を割く。

魔力を操るすべこそあれど、いまだ満足に魔法を使えぬ身。

しかし、多少荒々しいが、ここには都合よく、ある精霊の力が集まっている。


「我、アロウ=デアクリフが名において、精霊に命ずる。我が命に答え、自然の(ことわり)を歪ませたまえ。火炎系魔法フレイ炎槍ランスっ!」


 家が燃え、周囲は火の魔力が強まっている。

炎の力を利用して、魔法を発動させた。

瞬間、周囲の気温が下がったように思える。

火の精霊が、魔法の発動のために力を使ったのだ。


 虚空に突き出した掌の先から、三対の炎。

それは宙を走り、槍の形となって偽魔狼(デミヴォルフ)を穿つ。

偽魔狼(デミヴォルフ)は、断末魔の声を上げるまもなく、炎に包まれて消えた。




「やっ……た……」


 この姿になって、初めての実戦で行使する魔法に疲れたためだろうか。

それとも、自分の身にあまる強敵に打ち勝った安堵(あんど)か。

または、燃える家の炎にでもまぎれていたのだろうか。

いずれにしても、迂闊(うかつ)

その襲撃に全く気づけなかった。


「ぐあっ!」


 ドンっという衝撃。

突然のダメージに息ができない。

僕は、不意に訪れた衝撃によって、突き飛ばされていた。

グルグルと定まらない視界を、頭を振って落ち着かせようとする。


 目の前には爛々と燃える一対の獰猛な瞳。

偽魔狼(デミヴォルフ)は、もう1匹いたのだ。

幸いなのは、跳躍の次の行動が噛み付きでなかったこと。

しかし、うめきながら視界を上げた次の光景は、もっと最悪だった。


「母さんっ!!」


 偽魔狼(デミヴォルフ)は、あろうことか、突き飛ばした僕ではなく、意識を失っている母さんへと噛み付こうとしていた。


「うぅぅう、おぉぉぉぉぉぉっっ!! やめろぉぉぉぉぉぉっっ!!!」


 気づかず、それを放つ。

それは、かつて奥の手としてきた吐息攻撃(ブレス)

ありあまる魔力と視認すらできる明確な殺意を上乗せした対軍攻撃。

しかし、並みの魔族以下しかない魔力では、それだけの威力はもてなかった。

それでも、直撃した偽魔狼(デミヴォルフ)は、母さんから吹き飛ばされる。

たいしたダメージにもならなかったのだろう。

すぐさまに起き上がると、今度こそこちらに向けて突進してくる。


 立ち上がらなければ。

立ち向かわなければ。

次の攻撃は耐えられない。

僕がやられてしまったら、誰が母さんを守るんだ!

ヒゲと約束したじゃないか!!


 そう自分を叱咤するも、現実は残酷。

腹に力をいれれば、激痛で吐瀉物がこみ上げ、脚に力を込めれば、膝が笑い腰が砕ける。

せめて、逃げない、目をそらすまい。

噛み砕かれるその一瞬まで、最期の時まで戦う!

そう、覚悟を決めたそのとき、


「──ご無事ですか? 魔王様」


 偽魔狼(デミヴォルフ)を消し飛ばし、その黒衣の少女は、姿を現した。


 人間によく似た姿をしているが、髪からわずかに見える二本の角と、背面にある蝙蝠のような翼は、彼女が魔族であることを示していた。


「ご無事ですか? 魔王様」


 再びそう言って、少女は目の前に膝を突いた。


「此度は、我が不明により御身を危険にさらしてしまい、申し訳ございません。この失態、いかなる罰をも受ける所存です」


 ボロボロの黒衣。

その下に着ける軽鎧もヒビだらけ。

察するに、この村に現れた過剰ともいえる戦力は、彼女の討伐に向けられたものだったのだろう。

魔族が魔族に対して追っ手を?

一瞬、魔族の中にもいるならず者の類かとも思ったが、その瞳に宿る意志の強さを感じ、その考えを捨てた。


 褐色の肌に漆細工のように艶のある黒髪は、腰の辺りにまである。

背景の炎とのコントラストも相まって、その姿は、夜の闇から生まれたようだった。

いや、そんなことよりも気にかかることがある。


「僕が『魔王』だとわかるのか?」


 そう、今のこの身は、ただの人間の子供だ。

幾分、魔力の修行をしたとしても、それは変わらない。

どれほど低位の魔族だとしても、それを歯牙にかけるようなものは、ないほどだ。


「はっ。恐れながら、先ほどの吐息攻撃(ブレス)。竜種以外にあの攻撃を使えるものが、魔王様だというなによりもの証拠と愚考いたしました」


 黒の少女は、至極当たり前のようにそう答えた。

そうか。

ならば、今は彼女にすがるしかない。

恥も外聞も、そんなものは、あの魔王城に置いてきたのだ。


「すまないが、今は見てのとおりの身だ。恩賞も名誉も与えることはできないが、それでもなお、僕を魔王と思ってくれるのなら、此度だけは命に従って欲しい。……あの魔物たちを退け、この村を救ってくれ!」

「御意に。魔王様に拝命を授かることこそ、我が褒美、我が名誉です」


 そう聞こえたかと思うと、少女は、村の中心へと駆け出し、それを見届けた途端、意識は闇の中へと吸い込まれた。

──問おう。あなたがわたしのマスターか──


本編を書いてる時にはこのシーンが頭から離れませんでした。

謎の魔族の少女。

彼女の活躍を応援してください。

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