第四章)煌めく輝星達⑧ 第一種目・綱引き
いよいよ初日の競技が始まる。
公平を期して、ノガルド校も含め各校ともに選抜メンバーには、競技内容は伝えられていない。
わざわざ運営に携わる人間に、〈絶対盟約の呪符〉によって、開催まで内容を他言できない呪いがかけられている程の徹底ぶりだ。
それだけこの四校戦には経済効果があるのだろう。
そんな大人の事情はさておき、デモンストレーションが終わり昼休憩の時間、選抜メンバーは、まだ見ぬ競技に闘志を燃やす。
ノガルド選抜組のリーダーは、三期生のメイサンだ。
決して三龍祭の優勝寮ということが理由ではなく、人をまとめあげる資質に基づき、皆で決めた。
「みんな、いよいよ決戦だ! この二ヶ月間、依頼も集中して大変だったろうが、これが本物の大舞台だ! 他校の奴らの度肝を抜くぞ!」
メイサンが皆を鼓舞する。
皆、騒ぐこともなくひたすらに熱い眼差しでメイサンに答える。
「デモンストレーションを見る限り、流石は国を代表する選抜メンバーだ。相手にとって不足はない! 油断することなく士気を高めてくれ」
我が校のリーダーとして、メイサンはまさに適任だ。
肝心の競技内容がわからないのに、今更、作戦も何も無い。
だが、彼の言葉に皆が耳を傾ける。
堅実、実直。
そして、情熱に燃え、義に熱い。
皆を引きつける力。
それがメイサンには、確かにあった。
メイサンの鼓舞に僕達も拳を握りしめる。
「力勝負だとしたら、ラケインの出番だぞ。抜かるなよ!」
「あぁ、だが魔法勝負なら、アロウの力が必要だ。気合入れろよ!」
僕達は頷き合い、競技会場へと向かう。
そうして一日目の競技が始まる。
競技会場は、わが校自慢の円形闘技場だ。
約4.5万㎡の敷地に五千人を超える収容人数を誇る巨大施設だ。
大規模な魔法演習にも使用するため、かなりの強度をもつ。
昨日のデモンストレーションを見ても、各校のレベルは当然のように高い。
かなりの激戦が想定される以上、会場自体の強度はもとより、更なる強化や修繕を担当する術師も大勢配備されている。
肝心の会場は、昨日の開会式とは少しばかり様子が変わっており、周囲の観覧席はC字型に変形し、円周の一端が解放されている。
解放部から競技場まで認識阻害の霞がかけられ、分からないようにしてあるのだ。
あくまで公平に、誰にも競技について事前情報が漏れないようにするためだ。
「それでは、四聖杯一種目目を開始します」
盛大なファンファーレと共にアナウンスが入り、霞が晴れる。
そこに現れたのは、一対の魔導人形だ。
おそらく材質は石材。
ごくありふれたタイプの魔導人形だが、特筆すべきはその大きさだ。
体高は7m程だろうか。
僕達の龍骸巨兵や鉄鬼巨兵より一周り大きい。
ゴーレムは、互いに背中合わせに立っており、その腰には太い綱が巻かれている。
「第一の競技は、〈綱引き〉です」
再びアナウンスが入る。
「それでは、ルールをご説明致します。魔導人形は、それぞれの陣地に描かれている魔法陣内で魔力を与えることで前進します。先に中央線まで、相手のゴーレムを引いた方が勝利となります。それ以外の制限はありません。トーナメント方式で対戦し、一位の学校に五点、二位に三点のポイントが入ります。二日目、に行われる個人戦の合計点によって、本年の優勝校が決まります」
場内がザワつく。
無理もない。
魔法使いが動かすゴーレムによる代理綱引き。
だとすれば、魔法大国南国校と全員が僧兵である北国校が有利すぎる上に、戦士系の生徒には手も足も出せない。
そう聞こえる。
「それでは、第一試合。コール校対エティウ校」
しばらくの準備時間の後、最初の試合が始まる。
魔法で動くゴーレム。
断然にコール校のゴーレムの進み方が早い。
それもそのはず。
メンバー全員が魔力持ちであるコールに対し、半数が戦士であるエティウ校に勝ち目はない……はずだった。
「戦士隊、構えぇー! 第一、二隊は敵部隊へ侵攻。第三隊はゴーレムへ仕掛けろ! 第四、五隊は魔法隊を護衛しつつ遊撃!」
まさかの戦士部隊の突撃。
“それ以外の制限はありません”
そう、アナウンスにヒントはあったのだ。
15名の戦士を三人ずつの小隊に分け、直接コール校の生徒へと攻撃を仕掛ける。
静かに、そして素早く行動した二部隊がコール校へたどり着く。
魔導人形の制御に集中していたコールは、エティウの突撃に気づけなかったのだ。
結果としてコールのメンバーは散り散りとなり、魔導人形の制御に復帰する余裕などすでにない。
更に、敵魔導人形を攻撃する部隊の活躍もめざましい。
巨大な石の体に対し、足を重点的に攻撃を繰り返し、魔導人形の歩みを止めていた。
巨大な敵に対し、末端部を集中攻撃することは、戦場でも理にかなっている。
なんとか立て直し、エティウに反撃するコール生もいるが、護衛の遊撃部隊に妨害され、エティウのゴーレム制御部隊まで手が回らない。
結果として、安全に魔導人形を動かすのはエティウの魔法使い15名だけだ。
なんと、30対15だった勝負を、機転によって0対15へと作り替えたのだ。
「勝者、エティウ校」
観客が湧く。
魔導人形の綱が中央の目印を通過し、
アナウンスが勝利を告げたのだ。
「おいおい、あれ、ありなのかよ……」
ノガルドメンバーの1人が呟く。
当然ありだろう。
実はこの作戦、僕も気がついてはいた。
元々この四聖杯とは、当時の勇者が魔王討伐訓練の一環として始めたという。
ならば、この種目もその伝統に則っているはずだ。
この一見おふざけに見える魔導人形による綱引きも、それを念頭に考えれば本質が見えてくる。
即ち、〈必殺の高火力部隊である魔法使いを守りながら戦え〉という、戦場ではごく当たり前の戦法。
これがこの種目の本質なのだ。
だとするならば、戦場での戦い方をよく知っている僕がそれに気づくのは当然。
そして、軍属が長いリュオも気づいて然るべきだろう。
しかし、アナウンスからこのわずかな時間だけで、よくここまでの指示が出せるものだ。
いかに冒険者にとっての英雄とはいえ、メンバーの心を掴みきっていなければ、これほどの連携は取れない。
Sランクの武力だけではなく、部下に対する人心掌握。
いやこの場合は、圧倒的なカリスマと言った方がいいだろう。
本当に、恐ろしい相手だ。
「それでは、第二試合。ノガルド校対ノスマルク校」
いよいよ僕達の出番だ。
相手はあのロゼリア導師が手がける魔法使いの精鋭。
普通に考えればこの種目の優勝候補だ。
しかも、先ほどの戦いを見ているノスマルクに油断はない。
そこで僕達がとった作戦とは、
「全員! 突撃ぃーっ!」
メイサンの声が響く。
そう、一旦魔導人形を捨て、全員でノスマルクを叩く事にしたのだ。
先ほどの戦いから、あの魔導人形のスピードなら、一瞬で勝敗がつくことはないと判断。
ならば、と魔法合戦では勝ち目がないので、敢えてそこは放棄。
全員でノスマルク校に襲いかかった。
ノスマルクが魔導人形を引き切るのが先か、ノガルドがノスマルクを倒すのが先か。
ここは賭けだ。
ノスマルクの作戦は、守って勝つ、という事のようだ。
ノスマルクの編成は、魔導人形の操作に二十人、残り十人は防衛だ。
ノガルドの魔法使いが魔弾を放つ。
魔法使い二人と魔法剣士らしい二人がノガルドの魔弾を弾く。
しかし、それはただの牽制。
対消滅の余波を煙幕に、打ち合わせ通りのチームに分かれ、ノスマルクを急襲する。
ノスマルクの防衛組十名を、こちらは二十人で攻撃して動きを封じる。
その間によりすぐりの精鋭十名が操作組を急襲した。
いくら相手が高レベルの魔法使いだろうと、倍の人数の魔法使いがいようと、それが生きるのは、戦力が整っている場合の話だ。
魔法使いのみで構成された二十人なぞ、バランスと戦力を考え尽くした精鋭十名に叶うはずもない。
同人数ながらも圧倒的な戦力差でノスマルク校を制圧した僕達は、誰も動かすものがいなくなってから、悠々と魔導人形を動かし勝利したのだ。




