第四章)煌めく輝星達④ 《“血獣”の魔王》
「……貴方が、ビルスロイだって!?」
思わず僕は聞き返す。
二重の意味で信じられない。
人間界の、それも貴族としてかつての配下が目の前に現れたこともそうだが、この溢れる魔力はどうだ。
本人には無礼な話かもしれないが、とても信じられない。
魔王軍が獣魔の森と名付けた土地で、魔獣や動物系魔族を率いて領域とする、部隊長だった男だ。
虎の顔に大柄な身体。
魔法は不得意だったが、その高い身体能力と修練を重ねた武術の腕によって地方の主を任せた。
しかし、決して弱くはないが、幹部となれるほどの強さは持っていなかったはずだ。
それなり、という強さだったあのビルスロイが、まさか目の前で小魔王を名乗っているのだ。
「獣魔の森……、あぁ、ノスマルク領のクジャ森林の魔族ですか。部下を庇い、部下に庇われるあなたを見て、悪とは思えず、勇者に助命を願い出たことがありましたね」
「おまっ……、負けて死んだと思ったら任務放棄だったのかよ!」
「申し訳ございません、魔王様。僧侶様に命を救われ、御恩に報いるために致し方なかったのです」
まぁ、事情が事情だし、今更ではある。
無駄に特攻したからといって、あの勇者を止められたとも思わないが。
それに、ビルスがかつての魔族ビルスロイだったことにも驚きだが、それどころでは無い。
「以前の事はまぁいい。あと、僕を『魔王』と呼ぶのはよしてくれ。今は冒険者のアロウなんだ。それより、《“血獣”の魔王》だって!?」
そう、ビルスは自らを魔王、つまり各地で勢力を気づいた小魔王だと名乗ったのだ。
だが、この圧倒的な魔力、そして深紅のコートが、それが真実であると物語っている。
「はい。今の私は、人間達のいう小魔王としてここに勢力を持っています」
確かに、先ほど吹き荒れた魔力は、かつてのビルスロイどころの騒ぎではない。
ビルスの力が、明らかに別格の存在として感じられるのは、自分が人間という弱い存在になったからではないだろう。
しかし、それならなおのこと解せない。
「ビルス、あなたが小魔王というなら、この村のあり方はどうしたんです?魔法陣によって村の土地は生き生きとし、実りも豊かに、領民も元気そうだ。僕達の思う小魔王のあり方とはかけ離れているんだが」
小魔王とは、僕が倒れて以降に現れた新たな人間の敵。
まさに魔王にも劣らぬ力で各地を蹂躙してきたはずだ。
「ええ、これは私独自の意思ですよ。そして、これは貴方の教えです、アロウ様」
「なんだって?」
意外な返答に聞き返す。
「魔王とは、その莫大な魔力を配下に分け与え、時に天変地異を乗り越えさせ、時に人間達に抗する力を与えてきました。私は、魔王となり、人間に害を与えようとしましたが、かつて僧侶様に救われたご恩を返すべく、殺すのではなく、せめて支配しようと人間として貴族に紛れ込みました。そして、これは人間の貴族の言葉ですが、〈持てるものは、多くの義務を背負う〉。この言葉を聞いた時、私は魔王様の御心の大きさを改めて思い知ったのです。私の力は、暴虐を振るうためにあるのではない。世界に手は届かなくとも、手の届く限りを守るためにあるのだと」
大きい。
魔王様の御心どころではない。
ビルスは魔王となり、力だけではない、存在として心が大きくなった。
魔族として人間を支配する、それだけなら、まだ話はわかる。
しかし、その力を配下や領民に分け与え、それを自らの義務として受け入れている。
「ビルス、まだまだ聞きたいことはあるけど、その前に一つだけ言っておくよ。僕は、貴族としても、魔族としても君のことを尊敬する」
「なんと……。もったいない、お言葉です。」
跪いたまま俯き涙するビルスに手を差し伸べる。
貴い心を持った彼に、跪く姿をこれ以上はさせられない。
「あのぉ……」
メイシャが恐る恐る手を挙げる。
「『魔王』とか『僧侶』とか、何の話なんですぅ??」
あ、メイシャには説明してなかったんだった。
そう言えばメイシャには、僕達の本当の目的や、それぞれの由来って話してなかったな。
「あ、済まないビルス。話の腰を折って悪いんだけど、少し時間を貰ってもいいかな? 実は彼女には僕達のことを話してなかったんだよ」
「なんと、これは私が先走ったせいでご迷惑を」
まさかここまで厄介なメンバーが揃っていて、事情を知らない身内がいるとは、ビルスも思っていなかったのだろう。
「いや、いつかは話さなければいけないことだしね。」
そして僕達は、メイシャに向き合う。
「メイシャ、落ち着いて聞いてほししい。さっきの話にも出てきていたが、僕は前世持ちの生まれ変わりだ。前世は『魔王』。今は人間だけど、二十年前に勇者に討たれて転生している。それと、リリィロッシュは、当時の僕の配下。つまりは魔族だ」
ゆっくりとした口調で丁寧に、冷静に話す。
「ま、魔族……!?」
さすがのメイシャも驚きを隠せない。
「すっごーい、魔族、初めて見ましたよ! 魔物はよく見るんですけどねー。それに『魔王』とか、すっごいじゃないですか! 悪役と言えども伝説の人物とご一緒できるとは♪ うむぅ、サインでも貰っておきましょうかねぇ」
……ということも無かったようだ。
「ち、ちょっと。自分で言っててなんだけど、魔族に『魔王』だよ?もう少しこう、なんていうかさ」
「いやぁ、だって今は小魔王の時代だし、その小魔王だってここ数年は大人しいじゃないですか。二年しか違わない先輩に言うのもアレですけど、私、魔王とか昔話でしか聞いたことないですし」
ガクッと力が抜ける。
そうか、これが時代の波というやつか。
まさか魔王の名すら、時代とともに風化するとは。
「って言うことは、さっきから名前の出てる『僧侶』って言うのは……」
「えぇ、私です。学校では魔法使いで通してますけど、勇者パーティの『僧侶』とは私のことです」
「うっわっほぉぉい♪ 憧れの聖女様がぁ、目の前にぃぃ、イタァーーーッ!」
メイシャが歓喜のあまり壊れている。
そう言えば、憧れの人が『僧侶』とか言ってたわ。
ひとしきりテンションを上げまくった後に、落ち着くと、ぴたっと動きを止めて、ギギギと顔だけぎこちなくラケインを向く。
「ま、待てよ? そ、そう言えば、先輩とリリィロッシュおねー様が魔王と魔族、ということは、ラク様も……」
「いや、俺は普通の人間だよ」
首を振って答える。
「どっはー。よかったぁ。いや別に先輩達が魔王でも良かったんですけど、ラク様がとりあえず人間で良かったですう。このパーティ、人外ばっかとか、ほんとにきついと思ったんで」
確かに、このメンバーに急遽放り込まれた後輩には、さぞかし迷惑だっただろう。
しかし、これだけは言わせてもらう。
「いやいや、一応僕も人間だから。前世が魔王だったって言うだけだし」
「そうだな。それに、俺も育ての親は魔族の四天王だ」
「えぇー! ラク様も充分人外じゃないですかぁ」
メイシャが、ガックリとうなだれる。
全く、ひどい反応もあったものだ。
だが、問答無用で僕達のことを受け入れないということも無さそうだ。
「まぁ、心中察するというか、思ったよりは平気そうで何よりだけど、今言った通り、僕達は訳アリのパーティだ。これからもっと険しい道を行くつもりだけど、付いてきてくれるかな?」
地面をのたうち回っていたメイシャがガバッと頭を上げる。
「ま、まだ私に隠していたネタバレがあるんですか、このパーティ」
「ネタバレってなんだよ。まぁ、かいつまんで話すと、僕達の最終目標は打倒『神』だ。アイツのせいでこの世界が崩壊の危機に瀕している。それを何とかしようとしているんだけど、当然、神の妨害は必ずある。だから、奴と戦うための力を蓄える、それが僕達、《反逆者》の本当の目的なんだ」
今度こそ、バタッとメイシャが倒れる。
ふるふると震えながら、ゆらゆらと起き上がる。
その表情は虚ろに動作は緩慢。
様相はさながら亡者だ。
「か、『神』って……。あほですかぁぁぁぁーーっ!」
くわっと目を見開き精一杯の声で叫ぶ。
かと思えば頭を抱えて悶絶しだす。
「『神』って、あの神様のことですよね!? そんなの勝てる勝てない以前の話じゃないですか! 一応私、聖職者なんですけど!? で、エレナ先生もそれを知ってて、パーティメンバーは魔王に魔族で!? 完全に私達、世界の悪者じゃないですか! 世界の危機とか、荷が重いどころか完全に個人で出来る範囲外ですよ! あーーっ、私なんでこんなパーティ入っちゃったんだぁぁぁっ!」
一通り叫び終わって、ぜぇぜぇと息を切らす。
「メ、メイシャさん?」
あまりの取り乱しっぷりに、心配になって声をかける。
「はぁ、スッキリしました。いやぁ、このパーティがここまで非常識だとは思ってもみなかったんで。あ、大丈夫ですよ? もうここまで来たら、最後までお付き合いしますから」
コロッと表情も変わっていつものメイシャにもどる。
まぁ、隠していた訳では無いが、黙っていた僕達も悪いだろう。
とりあえずは、パーティ崩壊だけは避けられてよかった。
「なかなか面白いパーティのようですね。しかし、その絆と結束は強い。流石は魔王様のパーティです」
そうビルスがまとめてくれた。




