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第四章)煌めく輝星達② 魔導師と貴族

 リュオ達が貴族らしい人物に呼ばれて立ち去ると、機を伺っていたように(きら)びやかな装いの女性が近づいてくる。


 白に近いような薄いクリーム色のドレスに身を包み、つばの広い帽子を顔を隠すように深く身につけている。

一見華奢に見えるが、開けた胸元は女性としての魅力を見せつけるように強調されている。

長く美しい銀髪と帽子から僅かに見える仮面に一瞬気を取られるが、同時にこの女性がノスマルクの宮廷魔術師であると気づく。

この短い移動時間に、手間のかかるドレスを着替え直したのか。


 南の四大国・ノスマルク帝国。

“魔導帝国”などとも呼ばれるように、ノスマルクでは、魔法の研究が活発に行われている。

そんな国の魔法使いの中で頂点にたっているのが、このロゼリア=フランベルジュという魔法使いだ。


「ごきげんよう、ノガルドの生徒さん。少しお話してもいいかしら?」

「はい、ノスマルクのフランベルジュ老師、ですね。ノガルドのアロウ、パーティのラケイン、メイシャ、リリィロッシュです」


 一応確認のために申し出ると、老師は声を低めて、


「老師だなんてよしてちょうだい。(わたくし)のことは、ただロゼリアと呼んでくださる? 国にも何度も上申しているのだけど、老師だなんて年寄りみたいじゃない」


 あくまで老師とは、技術を極めた人への敬称であって年寄りという意味合いはないのだが、女性にとっては気になるのだろう。


「失礼いたしました。では、ロゼリア導師と」

「えぇ、結構よ。昨日の骨人形の立ち回りは、見させて貰いましたわ」


 ロゼリア導師は、さも感心したように目を伏せ大きく頷く。

なんだろう?

会話自体は普通のものだ。

なのになぜ、こんなにも冷や汗が出るのだろう。


「武器戦闘の方は専門ではないのだけど、あなたの大剣捌きは見事だったわ。そして、あなたの魔法。あの巨大な骨を操った、魔法の精度には驚いたわ。ノスマルクの学生はおろか、うちの魔法院の術者ですら、あれほど精密な魔力操作はなかなか出来ないもの。それをあの立ち回りの中で行えるなんて、素晴らしい研鑽ですわ。」


 素晴らしい研鑽、か。

実に魔法使いらしい言い回しだ。

素晴らしい才能、と言わないところに、魔法使いが魔法使いたる理由がある。


 実のところ、魔法使いの力量など、その九割が生まれ持った素質によって決まってしまう。

1の努力で10の結果が出るものと、10の努力で1しか結果が出ないもの。

そういう世界だ。


 だからこそ、魔法使いは、魔法を学問と位置づける。

才能があろうと研鑽しなければ意味が無い。

10の努力で1しか結果が出ないのなら、100の結果が出るように10000の研鑽をすればいい。

だからこその学問。

本人達は認めようとしないが、魔法使いとは戦士以上の脳筋なのだ。


「ありがとうございます。魔法大国とも名高いノスマルクの宮廷魔術師に褒めていただけるなんて光栄です」


 手放しの賛辞。

なのに何故だろう。

交わす言葉とは真逆に、背筋に重く突き刺さる威圧(プレッシャー)は増すばかりだ。


 そしてふとした既視感(デジャビュ)に気づく。

もしかしたら、僕はこの人物を知っているんじゃないのか?

仮面に覆われて素顔は見えない。

それに僕の知るあの人物ならば、年齢も合わない。

どう見ても二十代の前半ほどにしか見えないし、背ももう少し低かったはずだ。


 不穏な空気に周囲もざわついてくる。

ここにいるのは、戦いに身を置く冒険者ばかりなのだ。

殺気を感じないまでも、この威圧(プレッシャー)に反応するものも少なくない。


「ふふ、今日はこの辺としておきましょう。四校戦までまだ日もあることですし。それに、他にも貴方達に興味を持っている方がみえることですしね」


 ロゼリア導師は、ちらりとフロアの一角に目をやる。


「それではね、ノガルドの皆さん。ごきげんよう。……リオハザード(・・・・・・)


 そう言い残し、ロゼリア導師は人混みの中へと姿を消していった。


「何だったんですか、あの人! 完全に喧嘩売りに来てましたよね?」


 プンプンと怒るメイシャをよそ目に、リリイロッシュとそっと目配せをする。

何とかその場で表情に出さずにおくのが、精一杯だった。


「それに何ですか、最後の。リオハザードって、なんかの呪文です?」


 リオハザード。

それは『魔王』であった頃の名だ。

一般には『魔王』とだけ呼ばれ、その名を知っているのは、人間では当時の連合軍上層部と王族、そして『彼ら』だけだ。

やはり間違いないだろう。

ノスマルク帝国宮廷魔術師、ロゼリア=フランベルジュ。

彼女の正体は、勇者パーティの『魔法使い』、“紅帝”フラウ=クリムゾンローズだ。




 ロゼリア導師が離れるのと同時に、去り際に彼女が睨んでいた方から貴族風の男が近づいてくる。


「やぁ、ご挨拶させてもらっても宜しいかな?」


 見たところ歳は三十になるかどうかというところか。

気取った風に礼をする仕草は、いかにも貴族的過ぎて逆に滑稽だ。

ロゼリア導師にさんざん煽られた後で、気持ちの切り替えが難しいが、このプロムは、冒険者と貴族や商人を結ぶ場でもある。

もうひと踏ん張り、がんばるとしよう。


「えぇ、大丈夫です。ノガルドのアロウと申します」


 こちらも貴族式の正式な礼で返す。


 やってきた男のジャケットには、鮮やかな赤に金色の刺繍が縫い込んである。

ブーツは、恐らく魔物のものだろう。

よくなめしてあり、何らかの魔法もかけられているように見える。

装いの特徴から、エウル王国内の貴族だろうと思われる。

紫がかった白髪は、後ろで簡単に結わえ、横髪は逆に細かく結い上げている。


「やぁ、これはご丁寧に。私はビルスティア=ドレッキン。一応貴族なんて自称していますが、しがない地方領主ですよ」


 そう言って朗らかに笑う。

彼もまた……かなりの曲者だな。

ロゼリア導師は、作法に則った語り口でガンガンに殺気を送ってきた。

それに対して、このドレッキンという貴族も、道化のように笑いながらも目は少しも笑っていない。


 なにもジロジロと見られている訳では無い。

それでも、こちらの表情、目線、指先の動き一つからでも情報を取ろうとしているのがわかる。


「いやぁ、あの骨人形の戦いは見事でしたねぇ。実に面白い。私は魔法のことはよくわからないけど、あんなものを見たのは初めてでしたよ!」

「そうですか。僕達も頑張った甲斐があったというものです」


 少しでも早く会話を切り上げたい。

ロゼリア導師とのやり取りで疲れているのもそうだが、この人物との会話も気が抜けない。

会話という程のものはまだ何も話していないが、気を抜けば丸裸にされそうな気がする。


「それでは、僕達もご挨拶に伺いたい方が見えるので」


 そう言って、席を離れようとする。


「はっはっは。いやぁ、警戒心を持たれてしまいましたかね。失敬、失敬。不躾な態度は悪い癖だとよく配下のものに言われるんですよ」


 こちらの気持ちなど、とうに見抜いていたようだ。

しかし、それを悪びれることもなく、僕達を解放する気も無いらしい。

そういうところも実に貴族らしい。


「いやね、こうして話しかけたのは、純粋に君たちと知り合いたかっただけなんだよ。《反逆者(リベリオン)》だったかな? 君たちの活躍は聞いてるからね」

「どういう、ことでしょうか?」


 学園祭のことは、話しかけるきっかけに過ぎなかったのだろう。

以前から僕達のことを知っているようだった。


「なに、僕は弱小貴族で手駒が欲しい。君たちは新生パーティで後ろ盾がない。ほら、僕達の利害は一致してるじゃないか」


 パチンっと手を叩き、大仰に両手をあげる。

いちいち動作が芝居がかっていて、好きにはなれないが、言っていることには間違いがない。

というより、冒険者として支援者(パトロン)を得るまたとない機会である。

僕達の最終目標は『神』の排除だが、それには、冒険者としての活躍も避けられない。

今後、国外での活動や封印地域への侵入などを視野に入れるならば、貴族社会へのコネが必要となる。


 ドレッキンは、自分のことを弱小貴族と言っていたから、コネとしては弱いかもしれない。

だが、だからこそ貴族社会への入口としては妥当だとも言える。


「分かりました。ですが僕達も早々に決める話でもありませんし、またご縁があればということで」


 この場での返答は保留とする。

こういうことにも詳しいとなればエレナ先生だ。

一度先生に相談したい。


「えぇ、いいですとも。しかし時間は有限だ。それに今は世の情勢もある。今月のうちにでも一度、我が家の食事に来てくれないかな? もちろん、堅苦しい話はなしだ。ただ親交を深めるための会だと思ってくれていいよ」


 しかし、ドレッキンは、こちらを逃がすつもりは無さそうだ。

こうまでして誘われては、こちらとしても断りにくい。


「分かりました。では、ご招待をお待ちしています」

「うん、それでは後日、正式に招待状を送らせてもらうよ」


 そう言って満足したのか、踵を返して立ち去ろうとする。

僕らも相談するためにエレナ先生の姿を探す。


「あ、そうそう」


 その時、振り返りもせずにドレッキンが話す。


「もしよかったら、君たちの担任である僧侶さんにも来てもらうといい。彼女ともあながち関係ない話題ではないからね」


 そう言って手をヒラヒラとかざし、立ち去る。

こちらがエレナ先生を頼ることまでお見通しか、そう思った時だった。


「……ん? あの男は今なんて言った?」


 ふと気づく。

“担任の『僧侶』”、そう言わなかったか?


 僕達の担任であるエレナ先生は、書類上の表向きは、魔法使いだ。

本職が僧侶であることなど、僕ら以外には知らないはずだ。

その事に戦慄し、ドレッキンの影を探すが、もはや会場の中にその姿は見られなかった。

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