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第一章)元魔王の復活② チフミのシチュー

※ご案内

魔王、『魔王』の表記について

一応、感覚的なものですが、理由あって『』書きにしてあります。

表記ブレではありません事をお知らせします。

 実際、自分が赤ん坊だと認識してから暫くの事は、記憶がない。

なにせ、精神と身体が一致してしまったために、赤ん坊の身体のほうに精神が引っ張られてしまったのだ。

それにあわせて、知能というか知性もまた、身体に合わせて失われていた。

それが、こうして人並みに、落ち着けるようになったのは、〈僕〉が5歳になった頃からだ。 


 人並みにと言ったが、それは、魔王であったころを基準としてだ。

未だ幼少の身であるため、感情の起伏は激しいが、それでも、同じ歳の子供とくらべれば、気味が悪いほどに、落ち着いている。

母さんも大変だったろう。

夜泣きの激しい赤子の時期が過ぎれば、今度は一転して、感情を持たない生きた人形のような子供になったのだ。

一時は、あまりに大人しいので、悪霊払いの医者へと相談しに行ったほどだ。


 とはいえ、こちらの苦労も察してほしい。

感情は幼子のものだとしても、魔王であった頃の記憶はあるのだ。

この身体は、魔族ではなく人間のもの。

自分の年齢で、人間とはどこまで話せて、どこまで判断できるのかが、わからないのだから。

まして、おしめを換えてもらったり、おまるを使うようになってからも汚物を確認されたりの羞恥プレイは、一種の拷問かと思ったほどだ。


 そうこうしているうちにも、月日というものは流れ、僕は12歳となり、文字通りに人並みの知識と振る舞いができるようになったと思う。


 改めて名乗ろう。

僕の名は、アロウ=デアクリフ。

名もない農村に暮らす、デアクリフ夫妻の一人息子にして元魔王だ。

名字持ちではあるが、貴族ではなくただの村民である。

余談だが、これまでヒゲのことを父と呼んだことはない。

一歳になった頃、


「マ……マ……」


と話しかけられてたいそう喜んでくれたお母さんの前で、


「……ヒィ、ゲ……」


と呼ばれたヒゲの、愛しさとせつなさが入り混じった、微妙な表情は忘れられない。


 どうやらヒゲは、この村から1日程度の距離にある比較的大きな村を拠点として、冒険者をしているようだ。

冒険者とは、この時代には珍しい職業ではない。

かつて冒険者というのは、野盗まがいのならず者で、未開の土地を切り開き、一攫千金を夢見る荒くれ者だったはずだ。

しかし現在では、冒険者ギルドという仕組みにより、職業のひとつとして認識されている。


 ヒゲも、それなりに腕が立つようで、記憶にある限り、依頼を失敗したことはないように思う。

その証拠に、家を離れるのは、長くても5日程。

そして、帰るたびに、少なくはない報酬を持ち帰ってきている。

ちなみに母さんも、昔は冒険者として活躍しており、ヒゲとの馴れ()めは、敵同士だったというから驚きだ。


 そして、僕はといえば、農村の子供として元気に野山を駆け巡っている、というわけだ。

勘違いしてほしくないのは、なにも本当に遊び呆けていたわけではないということだ。

険しい山道を駆け抜け、少しでも魔力の濃い場所を探し、枯れ枝で剣術を修め、精霊を探し魔法を学んでいるのだ。


 人間の身体は脆弱だ。

今の身体など、かつて魔王だった頃の僕からすれば、指一本すら振るう必要がない。

それでも、僕は、『魔王』だ。

実際に魔王ではなくても。

魔族ですらなくても。

脆弱な、かつては見下していた人間の、それも子供の姿であっても、だ。


 かつて、人間の身でありながら、魔の頂点である()に、打ち勝った人間がいた。

我が命を受け、そんな強者に立ち向かい、命を散らした魔族がいた。

そして、彼らを認め、彼らに認められていた我がいたのだ。

()は、『魔王』だ。

眷族も、魔力も、膂力(りょりょく)も、財宝でさえも失ってしまった。

『魔王』であった矜持(きょうじ)、それだけを胸に秘め、我は、いや、僕は、この今を生きるのだ。




 そんなある日、


「ただいまぁ~。パパが帰ったよ~♪」


 頭の痛くなるようなセリフとともに、ヒゲが姿を見せる。

いい加減に自分と息子の年齢を考えてほしい。


「パパおかえりぃ。アーちゃん、パパが帰ってきたねぇ♪」


……。

母さんはいいのだ。


 ため息をつきながら、手に持っていた羊皮紙を片づける。

前の魔王が勇者によって倒されたのは、僕が生まれる、ちょうど一年前だったらしい。

前の魔王、つまり僕のことだ。

普通なら、『魔王』が『勇者』に敗れてから復活するまでに、約六十年という時間がかかる。

それがわずか一年。

やはり自分は『魔王』としてこの世に生を受けたのではないのだろう。


 魔王の死後、魔王軍は散りじりとなり、各地で小勢力を形成。

各地で勢力を形成し、小魔王と呼ばれるようになった。

そして、その勢力のひとつが、この地方にも迫ってきているらしい。

それを知るのは、ヒゲが持ち帰る羊皮紙の束。

達成済み依頼(クエスト)の依頼書だ。


 最初は、人間の文字を覚えるためだったが、あるとき、依頼された品目の流れから、周辺の流通を推し量れることに気がついた。

ヒゲに依頼書を持ち帰るように頼んだときの、ヒゲの喜びようはすさまじいものだった。

なにせ、自分に全くなつかない息子が、初めてのおねだりをしたのだ。


 一週間後、二十枚を超える羊皮紙を持ち帰り、その中の何枚かは自分が達成したのだ、という自慢話を何度も聞かされる羽目になった。

いつもは五日程で二、三件の報酬を持ち帰ってきていたのに、その日は、なんと三日で五件もの依頼を達成したのだ。


 羊皮紙を欲しがる子供というのもなんだが、幼い頃から鍛錬を続けてきたことが功を奏し、冒険者にあこがれる子供、と受け取ってくれたようだ。

無論、こんな小さな国の辺境にある依頼(クエスト)だ。

それほどたいした内容はない。

それでも、世界の騒乱のためか、特産品の鉄鉱石や石炭、魔石の需要は、どんどん増えている。

国外の異民族からの依頼も増えている。

これは、滅ぼされた国の難民が、この国へやってきている為だろう。

どこかの貴族が魔法道具を求め、どこかの国王が傭兵を募る。

そうして遠くの、または世界の情報に耳を傾けるのだった。


 お土産の羊皮紙を受け取りながら、夕食の用意を手伝う。

今日の夕食は、ヒゲの大好物である、チフミ肉のシチューだ。

どこかの家で、年老いた魔羊(チフミ)をつぶしたのだろう。

かくいう僕も好物であったりする。


 魔羊(チフミ)というのは、このあたりの農村で飼育される中型の魔物だ。

主に乳を採るために飼育されているが、体毛が多く、冬の衣服や寝具の材料ともなる。

魔物といえど、扱いは普通の動物とそうは変わらない。

適切な扱いさえすれば、きちんと飼えるのだ。

乳の出なくなった年老いた魔羊(チフミ)は、つぶして食肉にし、周囲の家へ銅貨と引き換えにおすそ分けする。

そうして大きな村で、新たに子魔羊(チフミ)を買って育てるのだ。

我が家にも一頭だけ飼われているが、まだまだ乳の出もよくない若い魔羊(チフミ)だ。

ちなみに、オスの魔羊(チフミ)は、身体も大きく、力も強いので、農作業の友として、近隣の大きな村で飼育されているらしい。


 母さんは、鍋で魔羊(チフミ)の肉を炒めながら、同時にさまざまな香草を刻んでいく。

鍋に水と乳を加え、灰汁(あく)を丁寧に取り除きながら煮込んでいく。

危ないからという理由で、未だに厨房に入れてもらえないが、調理の手順というものには摩訶不思議なものに見えてしまう。

その辺の草むらで取ってきた香草を操り、見事な料理へとかえて行く様は、かつて魔の頂点であった僕からも、まるで魔法のように見えてならない。


 そんなことを考えながら、僕も忙しなく手を動かしている。

厨房に入れてもらえない僕の仕事といえば、居間の片付けと食器の準備だ。

それほど大きくもない、一般的な農村の家だ。

食堂などという立派なものはない。

普段、母さんが裁縫をし、僕が羊皮紙を読み、なんならヒゲが剣の手入れをする机が食事の場だ。


 机の上に広げられた荷物を所定の位置に片づける。

母さんの私物は寝室のそばへ。

僕の私物は窓際へ。

ヒゲの荷物は、危険なものもあるので触らせてもらえない。

そうして机を片付けたら、湿らせた布巾で軽く掃除をして、食器棚へ。

今日はシチューなので、椀ではなく、深彫りの平皿をとりだす。


 普段はお目にかからない料理なので、自然と食器もほこりが気になる。

先ほど机を拭いたのとはべつの布巾で、これもきれいにふき取り、厨房の母さんへと手渡す。


「はい、ありがとう。もうすぐできるからね~」


 そうして母さんの笑顔を見上げ、もうすぐ味わえるシチューの味にのどを鳴らすのだ。


「さぁ、シチューができたわよ~♪」


 母さんの声で、僕とヒゲが定位置に座る。

母さんは厨房のそばの席。

僕は母さんの向かいの席。

普段家にいることが少ないヒゲは、小さな椅子を持ってきて、横に座る。


「大いなる天よ、地よ、母よ、父よ。今日もまた糧を与えたもうたことをここに感謝します。願わくば、すべての民と明日の我らにも祝福のあらんことを」


 母さんの言葉で目を閉じ、指を組ませて祈る。


 魔王の僕が祈る?

最初はそう思った。

でも、この祈りは『神』に捧げられるものではないのだ。

自然の恵みと父祖に感謝し、同胞の祝福を祈る。

まじないの言葉こそ違っても、これは魔族にもある習慣なのだ。


「あらんことをー♪」


 祈りを終え、早速、匙でシチューを掬い、口へ運ぶ。

若干、フライング気味だったが気にしない。

途端、乳の甘みと、香草の香りが口の中に広がる。

かつて魔王城で口にしていた食事と比べれば、味は薄く、具もわずかだ。

それでも、空腹と愛情が調味料、などとは言わないが、普段はむかつくヒゲと会話する気になる程に、心が満たされるのだ。


 匙でもう一掬い。

今度は、魔羊(チフミ)の肉が入っている。

大振りに切られた肉は、やや筋張って固い。

年老いた魔羊(チフミ)の肉だから、それは仕方ないのだろう。

しかし、こんな小さな農村において、魔羊(チフミ)の肉は、またとないご馳走なのだ。


 口いっぱいに頬張り、肉をかみ締める。

年老いた魔羊(チフミ)は、筋張ってこそいるが、深い味わいの出汁が染み出す。

それを口の中でかみながら、シチューをもう一口含む。

シチューの塩気と魔羊(チフミ)の脂、香草の刺激を持った香りが頬を緩ませる。


「アーちゃん、おいしい?」

「うん♪ 母さんの料理はいつもおいしいけど、やっぱりシチューは一番おいしいね♪」


 満面の笑顔で答える。

けしてお世辞や身内の馴れ合いではない。

心からの真実だ。

見よ、ヒゲのあのだらしのない顔を!

無精ひげに香草の切れ端が引っ付いている幸せそうな顔を!!

そんな情けない顔ですら、ほほえましく思えるほどに、母さんのシチューは絶品なのだ!


「アーちゃんありがとう♪ でも、いくらおいしくてもよく噛まないとダメよ?」


 そう言って、母さんも幸せそうに顔を緩ます。




──瞬間、閃光。


 耳を(ろう)するほどの大音量と、赤い光。

高熱と大きな質量が襲う。

気がつけば、屋根は吹き飛び、空が見えている。

しかし、そこに星はなく、轟々と燃え盛る炎の切っ先が見える。


 振り向けば壁は崩れ、闇夜に塗られた黒はなく、森を焼く炎の赤があった。

デアクリフ家は、村の外れにある。

村の中心を見ると、すでに十数匹の魔物が村人へ襲い掛かっていた。


 迂闊(うかつ)

人間となり、幼子となり、幸せな家庭を前にして呆けていたのか。

まさか、この魔力に直前まで気づかぬとは!!

、っ!?

母さん、ヒゲ!!

閃光は、家の東側、ヒゲの方向から放たれたようだった。

あれほどの一瞬、並の人間では、反応することさえできず、吹き飛ばされていただろう。


 しかし、そこには、ヒゲの背があった。

燃え盛る瓦礫に埋もれ、かすかに肉の焼ける匂いがする。

その右手の先には、母さんが横たわっている。

あの瞬間、ヒゲは、その爆発を察知し、身を伏せさせるために、僕と母さんを突き飛ばしたのだ。


 なけなしの魔力を集中し、筋力を強化して、瓦礫の山と化した家を蹴散らす。

これまでの修練が役に立ったなどと、考える余裕はない。


「母さん!父さん!!」


 瓦礫から二人を引きずり出す。


「……。へへ、初めて、父さんなんて読んでくれたな」


 うっすらと目を明け、父さんが口を開く。


「……父さん、怪我は?」


 こんなときでも、一瞬の気後れをする自分に、若干の嫌悪を抱くが、二人の無事を確かめる。


「あぁ、ちっと火傷をしたが、俺は大丈夫だ。母さんも大丈夫だ。今は気を失っちゃいるが、たいした怪我もないようだな」


 ゆっくりと起き上がり、大きな手で僕の頭をガシガシとなでる。


「それにしても、アロウ。いつも訓練しているのは知っていたが、たいした魔力の操作だな」


 見たことのない笑顔で、僕を見つめる。

それは、いつもの緩みきった、だらしのない笑顔ではない。

かつて、魔王城で戦に向かう眷族たちが誇らしげに仲間たちとかわしていた笑顔だ。


「アロウ。お前はまだ子供だ。本当は父さんが守ってやらなきゃいけない。だが、お前は俺の息子だ。その力があれば大丈夫だな。だからお前が、母さんを守ってやれ」


 そう言うや、僕の返事を待たずして村の中心部へ駆け出す。

見送るその背中は、大きかった。

一応、1話辺り4000文字前後を目処にしてますが、旧作の各話を合体編集してるのでなかなか調整が効きませんね。


魔羊チフミは、簡単な文字変換式でひつじを言い直したものです。特に重要なものでは無いですが、しばらく後に古代語という名で出てきます。

その他、馬や像など、生活に馴染んだ魔物の事を古代語名で名付けています。

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