第三章)新たな輝星⑨ 巨人始動
二日目。
僕とラケインは、朝から大忙しだ。
リオネットの炒飯店が究極兵器なら、僕達の出し物は秘密兵器だ。
「アロウ! いけるか!?」
「あぁ、ラケイン! 問題ない!」
そして開演。
スタンバイ位置は、各寮の方面へと別れる前のエントランス広場だ。
今日は来客数が増える中日。
一番効果的に使うために一番インパクトのある初日を今日に持ってきたのだ。
「龍骸巨兵、発進っ!!」
麻の覆いに包まれた中で、紅い双眸が光を放つ。
「う、うわぁぁっ!?」
「魔物だぁ!」
「衛兵っ!衛兵ぃぃぃっ!!」
そこに現れたのは、5mはあろうかという巨人。
人はおろか、大牛すら簡単に潰せそうなほど太く巨大な脚。
その腕が振るわれれば、凶暴な魔蜥蜴すら一撃で吹き飛ばされるだろう。
その容貌は、凶悪な牙と屈強な顎を持つ龍の頭。
しかも、その姿は全身が骨で出来ていた。
「ガァァァァァッ!!」
骨の巨人が吠える。
その瞳は紅く燃え、今にも人々を襲いだしそうだ。
そして、遂にその腕を振り上げ、
……垂れ幕を掲げた。
《ようこそ! ノガルト三龍祭へ!!》
この骨巨人、龍骸巨兵こそ、僕らの展示物だ。
生憎と屍操魔法は専門外だ。が、だからこそ、やれることがある。
実際に手足の骨かは関係ない。
大きさと強度と形重視で、様々な魔物や野獣の骨を集めてきた。
巨野牛、岩猿人、大鎧獣、とにかく何でもだ。
それを魔石を介して魔力で繋ぎ、巨人の形に組み上げた。
とどめに顔は、先日ラケインが斬り落としてきた、泥地龍の頭蓋骨を使った。
これだけは、あまりにかっこよかったので、ギルドに売らずにとっておいてよかった。
実際の魔物に流れる魔力を参考に魔石を配置し、巨人全体を動かすのではなく、関節を稼働させることで巨人を操っている。
さほど多くはない魔力量を、精密な操作でカバーしたのだ。
「みなさーん。リオネットの骨巨人〈龍骸巨兵〉が、三龍祭を御案内しまーす」
僕は龍骸巨兵を操り、時に恐ろしく、時にコミカルに観客を盛り上げ、イーグレス、ホーエリアのエリアをめぐり、お昼時になるようみはからってリオネットへと向かう。
ドラゴリアスにつられて移動してきたお客さんを、根こそぎリオネットに持ってきたのだ。
ここで、ドラゴリアスの出番は一旦終わりだ。
「アロウ、そろそろ」
「うん、僕も限界」
これ以上は、せっかくリオネットに来たお客さえ奪ってしまう。
最後のひと踏ん張りとばかりに魔力を操作し、龍骸巨兵をバラバラと崩れさせる。
観客から、あぁっ、とため息が起きる。
しかし、それも想定内。
崩れ落ちた骨は再び動き出し、《ようこそ》の垂れ幕を掲げたまま、リオネットエリアの入口にアーチを作ったのだ。
最後に魔石に魔力を込め、数時間はこのまま崩れないように固定する。
リオネットへやって来たお客さんは、大迫力の龍の頭蓋骨に興味を引かれ、門を覗き込むとそこには赤一色の店並み。
そして最奥には、五感を刺激する究極兵器たる炒飯店が。
「……完璧だ」
完全に読みが決まった僕らは、ガッチリと手を握りしめた。
「いやぁ、素晴らしい見世物だったよ」
そう言って現れたのは、昨日、喚いていた貴族を追い払った男性だった。
昨日は気づいたら座っていたが、やはりかなりの背丈だ。
僕自身が小柄な体格だが、ラケインは、この学校でも背が高いほうだ。
しかし、そのラケインよりも、さらに頭二つ分は大きい。
「ありがとうございます。頑張ったかいがありましたよ。僕はアロウ。こっちはラケイン。失礼ですがあなたは?」
「あぁ、これは失礼したな。俺はリュオ=クーガ。エティウ冒険者学園の三期生だ」
西の王国、エティウの生徒!?
てっきり騎士かプロの冒険者だとばかり思っていたが、学園の生徒だったとは。
「四校戦の生徒さんでしたか。すみません、もっと年上の方かと」
昨日から既に闘志に当てられていたラケインが挑発する。
褒められたものではないが、普段は大人しいラケインが戦士としての牙をむき出しにしているのだ。
しかし、巨躯の男性、リュオはこれを軽く受け流す。
「はっはっは。よく老けていると言われるんだが、これでも18でね。どうやらお前さんは、俺と同類の血が流れているようだな。是非とも四校戦でやり合いたいものだ」
豪快に笑い飛ばし、しかし、ラケインの目を凶悪な目で見つめ返す。
「察するに、あの頭の龍を仕留めたのは君かな?あれだけの大物、明らかに地方の主級だ。それに、魔法使いの君。強大な魔力で覆うのでなく、繊細な操作で関節だけ操るなんて、見たこともないよ。魔法は不得手だが、君とも是非お手合わせ願いたいね」
そう言って不敵に笑い、店の中へと入っていった。
「あの! 明日のお昼すぎにまた来てください! 絶対ご満足いただけるショーをお見せしますよ!!」
人混みの中に浮かんでいる巨大な背中に叫ぶ。
リュオは片手を上げてそれに応える。
「アロウ! 明日は失敗できないぞ!」
「もちろんだ! ラケインじゃないけど、僕も燃えてきたよ」
三日目。
去り際の言葉通りにリュオがやって来た。
「よぉ、ご両人。ラケインにアロウだったか。約束通りに来たぞ」
僕達を見かけると、相変わらず豪快な笑みで話しかけてくる。
「こんにちは、リュオさん。せっかくですが、出し物はもう少し後になりますよ。今やるとお店の方に迷惑がかかるので。」
太陽は丁度、中天までかかっている。
飲食店はどこも書き入れ時だ。
「おぉ、そうか。じゃあその間に俺も腹ごしらえするとするかな。いやぁ、結局三日ともここに来ちまったな」
ワハハと笑い昨日と同じように店の中へと消えていく。
それから二時間ほど過ぎた。
「……そろそろ、だな」
僕達は既に、リオネットの門と化した龍骸巨兵のそばにスタンバイしている。
──ドドドドドド
あらかじめお願いしてあった銅鑼が鳴り響く。
開始の合図だ。
龍骸巨兵に魔力を送る。
骨の塊だった門は、ザワザワと動き始め、再び巨人の姿となった。
そして、リオネットの店が立ち並ぶその中心へと向かい出す。
そこで待っていたのは、〈半月の魔鎧〉を身につけ、〈万物喰らい〉を構えたラケインだった。
そう、最終日である今日のメインイベントは、“骨巨人vs大剣の戦士”なのだ。
ここで巨人の胸にある魔石がせり上がる。
空いたスペースには、小さな骨で作られた台座が現れた。
巨人の腕を伝い、そこに乗り込む。
ラケインの実力なら、この骨巨人では力量不足だ。
大きいだけのハリボテ、それがこの巨人の本質。
元々の演出ならこれで十分だったが、あの巨躯の騎士がそこにいるのだ。
なら、無様な演技は見せられない。
予定を変更して、僕が直接乗り込むことで、より高度な操作を可能としたのだ。
「行くぞ! ラケイン!」
「おぉ! 来い!」
これはあくまでもショーだ。
だから最初の一撃とラストだけは、打ち合わせていた。
龍骸巨兵が大きく振りかぶる。
体高だけでも5m程もある。
それが腕を高々と振り上げるのだ。
約7mもの高さから振り下ろされる巨塊。
──ドゴォォン
魔力を巡らせて強化されたその拳は、石畳で作られた通路に大きな穴を作る。
その迫力に観客は沸き立つ。
……あれ?
やっているこっちがビックリするほどの威力。
おかしい、計算では、魔力での強化は、あくまで骨が痛まないようにする程度のはずだったが。
異常事態にラケインを見ると、冷や汗をかきながら凶暴な顔で不敵な笑みを浮かべている。
あぁ、ダメだ、入ってるわ。
一昨日からリュオに当てられて昂っていたラケインだ。
もはや骨の中にいる僕すら見えていないだろう。
こうなってくると、下手な手加減などしたら、本当に殺されかねない。
こうなったら、ラケインの実力を信じて全力で続けるしかない。
「流石だ、アロウ! 行くぞぉぉぉぉっ!!」
「あぁぁっ、くそ! どうにでもなれやァァァ!」
そこから先は激戦の一言。
龍骸巨兵の拳が振るわれれば、ラケインが大剣でこれを撃ち落とし、ラケインが大剣を袈裟斬りに振り落とせば、硬化させた骨で受け止める。
数十分ほども激闘を続けていたが、ラケインの猛攻に龍骸巨兵がついに膝をつく。
「とどめだぁ! 死ねぇぇぇっ!!」
ラケインの突貫。
大剣を真っ直ぐに突き出し、体ごとぶつかってくる。
目標は、ドラゴリアスの心臓。
……の位置にある僕だ!
「ちょっ、ちょっと!? ラケイン!!」
──ズガァァッ!
大きな破壊音を立てて龍骸巨兵が崩れ落ちる。
ラケインの大剣は、正確に龍骸巨兵の心臓を貫いている。
咄嗟に体を沈めて避けたが、目の前に光る白刃に滝のような冷や汗が溢れる。
観客は空気が割れんばかりの歓声をあげ、落雷のような拍手が鳴り響く。
「ワハハハハ、言葉通りに素晴らしい立会だった。都でやればあっという間に金持ちになれるぞ、これは。いやぁ、四校戦が楽しみだよ」
リュオの最大限の賛辞に照れながら、僕達三人は、固い握手を交わした。
その夜。
「ラァァケェェイィィンッ!!」
Eランク魔物程度なら軽く蒸発できる炎弾を連続放出させながら、昼間の凶行の犯人を追い詰める。
「いやっ、ちょっとまて、アロウ。まじで危ない!」
「危なくて何だ! こっちは殺されそうになったんだぞ!」
咄嗟に身を沈めて事なきを得たが、実際にラケインの大剣は頭の上ギリギリを掠めていた。
高レベルの戦士であるラケインに殴りかかっても仕方ない。
遠慮なく炎弾の集中砲火を浴びせる。
「熱っ! いや、そんなつもりなわけないだろ! ごめんって!」
「死ねぇぇぇっ!! って言ってたじゃねーか!」
強めの魔力弾を1発ラケインの腹にぶち当てる。
「くはぁぁっ!」
ラケインが寮の外まで吹き飛ぶ。
最後の一発だけは炎を纏わせてないから、物理的なダメージだけだ。
まったく、手加減っていうのはこういう風にやるもんだ。
そんなことをしていると、来客があった。
「おーい、アロウ。ここにあった門柱、どこに片付けた知らないか?」
そう言ってきたのは、ムードメーカー改め、お調子者のダンテだ。
「いやぁ、田舎から幼なじみが来てさ、記念にちょっと落書きしたんだけど片付けられちゃって。あの素材残ってたら欲しいんだけど」
嫌な予感がして、ドラゴリアスの骨を確認する。
そこには、座席となっていた骨に〈土〉を表す刻印が刻まれていた。
よりによって〈土〉。
実は、ドラゴリアスの操作は、魔力循環を表す水属性と、骨を表す土属性の複合魔法だ。
そこに、〈強化〉の意味も持つ土の刻印がプラスされていたのだ。
「あぁ、それそれ。俺たち二人とも土属性でさ。その素材欲しいな……って、あれ? なんか二人とも怖いけど?」
「こんのぉぉ~! ドアホぉぉ~!!」
翌日。
各寮のエントランスには、次の張り紙が貼られていた。
「イーグレスのダンテを、紳士同盟会員No.68にも関わらず、幼なじみとイチャついていた勇気をここに表する。──学園有志」




