第三章)新たな輝星⑤ 戦士ミーツ僧侶
ラケイン&メイシャ無双
「ラク様ぁ~」
メイシャが駆け寄ってくる。
やれやれ、とため息が出る。
実際のところ、ダメージこそないが、大岩に吹き飛ばされた小石の散弾に襲われている。
それに、せっかく〈蒼輝〉の練習をしようと思ったのに、肝心の敵がいなくなってしまった。
何より困ったのが、メイシャに悪気が全くないことなのだ。
美少女と言っていい容姿の後輩である少女に、褒めて欲しいとばかりに上目使いされたら、怒るにも怒れない。
ましてや、口下手で定評のある俺のこと、無理な注文なのだ。
「……あぁ、大丈夫だ」
これでいっぱいいっぱいである。
アロウやリリィロッシュ先生ですら、このメイシャは甘やかしがちになってしまうのだ。
はあ、仕方ない。
切り替えてこう。
とにかく、修行をしにきているのだ。
新たな敵を探さなくては。
そう思っていたが、なにか、空気がおかしい。
岩偽狼が群れていた先程までとは、明らかに雰囲気が変わっている。
左手をメイシャの前にかざして注意を促す。
メイシャもこれで一流と言っていい腕前を持っている。
先程までの浮かれた表情はなりを潜め、すでに大型の戦鎚を握り直している。
包みの中身は見ていなかったが、アレがメイシャの新装備か。
「ラク様っ! 来ます!!」
探知持ちのメイシャが叫ぶが、俺も気配で気づいていた。
凶悪な気配……、かなりの大物だ。
荒地を掘り返して、地面からその鋭い角が現れる。
魔物に詳しいアロウはいないが、間違いなくCランクでも上位、いや、Bランクにも届くかというバケモノだな。
恐らくは、この岩山を根城とする地方の主か。
鋭い角を額に持ち、鋭い歯、強靭なアゴ、太く硬そうな尾をもつ龍種だ。
さらに一声吠えると、地面から数匹、眷属だろう小型の龍種も姿を現す。
「そんな、泥地龍っ! Bランクの魔物ですよ! ……泥小龍まで!」
メイシャは悲壮な顔で叫ぶ。
そうか、だが名前などどうでもいい。
やることは同じだ。
「メイシャ、下がっていろ」
一言伝え、魔物に向かう。
「うぉぉぉっ!」
まずは一閃。
万物喰らいを横になぎ払い、小型龍を二匹吹き飛ばす。
硬く、重い。
さすがは龍種。
小型の方でもこの手応えか。
大剣を振り切ると体の前面ががら空きとなる。
しかし、その瞬間、既に大剣は切り返して頭上に。
そして雷鳴のごとき袈裟斬り。
襲いかかる小型龍を真っ二つにする。
大剣使いの弱点は、その重量故に体が持っていかれ、次撃までに隙が出来てしまう事、すなわち二撃目の発生までの時間差だ。
しかし、俺に言わせれば、それは未熟の証だ。
非力なものが無理に大剣を扱うからこその弱点だ。
適正な筋力で、適正な剣術を身につければ、剣に振り回されることはないのだ。
ときになぎ払い、振り下ろし、ときにかち上げる。
一つ一つの動作が単発になってはならない。
真っ直ぐ縦横にではなく、僅かに斜めにそらせることで、剣の軌跡を無限の形に切り返すことが出来る。
線でなく円で動くのは、剣術のみならず、武術の基本だ。
一度に数匹の小型龍を切り飛ばす。
飛びかかるものはなぎ払い、地中から襲いかかるものは、地面ごと吹き飛ばす。
しかし、数に押され僅かに攻撃のスピードが落ちる。
その隙を見逃さず、泥地龍が大きな顎を開く。
咄嗟に横に転がり込んで回避し、構えを取り直す。
さっきまで立っていた場所は、土ごと抉れ、大きな穴になっていた。
泥小龍はともかく、泥地龍の噛みつきは、万物喰らいはもちろん、半月の魔鎧でも耐えられそうにない。
そう思っていると、再び小型龍たちが一斉に飛びかかってくる。
これも横なぎに切り払ってもいいが、後ろから泥地龍が突進してくるのが見える。
まずいな。
このままでは、小型龍の相手をしているうちに、いずれあの牙の餌食となってしまう。
そう思った瞬間。
「こんのぉぉぉっ! ラク様にぃ、なにしてんだぁぁっ!!」
泥地龍が吹き飛んだ。
銀賢星を握りしめた、メイシャの会心の一撃。
「ラク様! このデカブツは、私が抑えます。小型龍を始末してこちらへ加勢を!」
なるほど。
メイシャのパワーなら、大型龍にも相性がいい。
やれやれ、これは本当に褒めてやらなくてはいけないな。
メイシャが泥地龍を抑えてくれると言うなら、好都合だ。
先程は大岩の襲来に中断してしまった、新しい相棒の出番だ。
双刃短槍〈蒼輝〉を左手に構える。
この武器は、俺のオリジナルだ。
最初に着想を得たのは、アロウの戦いを見た時だ。
アロウが小型の魔物相手に、普段は両手持ちの剣を片手に、空いた左手に父からの贈り物というナイフを持ち変えた。
攻撃をナイフで受け止め、剣でとどめを刺したのだ。
あの時の光景を思い描き、万物喰らいと蒼輝を構え直す。
三匹の小型龍が飛びかかる。
横薙ぎの一閃。
無防備となった左半身にさらに小型龍が飛びかかる。
そこへ蒼輝を突き出す。
盾部分で、小型龍の突進を受け止める。
いや、仮にも龍種の突進だ。
人間の身で受け止められるわけもない。
否、受け止める必要は無い。
小型龍の勢いをそのままに、突進を横に受け流し、剣で薙ぎ払ったヤツらへとぶつけた。
突進に失敗した小型龍たちは、折り重なるようにして倒れる。
その塊に向け、万物喰らいを振り下ろす。
さらに飛びかかってくる小型龍には、蒼輝の槍を突き通し、刃で斬り倒す。
矛盾、という言葉がある。
常々、あの言葉はおかしいと思っていたのだ。
最強の矛と盾をぶつけた時に、どちらかの最強が嘘になるという故事が元になったらしい。
しかし、盾は〈攻撃全てを受けきる〉ものではない。
〈攻撃から身を守る〉ものだ。
ならば、受けきれない攻撃ならば、逸らして逃すべきだ。
ならば、そもそも、矛と盾がぶつかり合う状況こそに矛盾があるのだ。
そう、蒼輝は、万物喰らいの間隙を補う短武器であると同時に、攻撃を無効化する盾なのだ。
万物喰らいを振い、蒼輝でいなす。
蒼輝を突き出し、万物喰らいで薙ぐ。
小型龍は次々と数を減らしていった。
はぁ、ラク様の前で、はしたない言葉を使ってしまった。
それというのも、このデカ頭がラク様を襲おうとなんてするからだ!
ラク様が小型龍を狩るまで、こいつを引きつける。
この、戦鎚〈銀賢星〉で!
私は、生家の都合で、他人より少しだけ力と魔力量が多い。
お母さんは、この力のことを絶対に隠しておきなさいって言ってた。
でも、この《反逆者》では、そんなこと心配する必要は無い。
だって、私より強い先輩達がいるもの!
私は安心して心の中のリミッターを外し、銀賢星を握りしめる。
見た目には、少しだけ大きめのメイス。
五枚の金属の羽がついた戦鎚だ。
クレリックスターの秘密は二つある。
一つ目の秘密。
「どぉぉりゃぁぁぁ!」
芯棒が光る。
ゴキャっ、とあんまり聞きたくないような音と一緒に、デカ頭がふっとぶ。
この芯棒には、呪印が刻まれており、私の生命エネルギー、つまり闘気に反応して衝撃波を発生。
攻撃力を倍増するのだ。
私、魔法使いなのになぁ。
そして二つ目。
こんなにごついが、芯棒の中に千年樹の枝と魔石を仕込んである、これでもれっきとした魔杖なのだ。
Bランクの魔物に通用して、私が使える魔法なんて一つしかない。
この半年、必死に練習してきた技を使う。
意識を分け、心の中にもう一人の自分がいる感覚。
一人の私は、精神を集中し、魔力を練りあげる。
もう一人の私は、デカ頭を睨みつけ戦闘に備える。
〈同時詠唱〉
なんでアロウ先輩やリリィロッシュ先生は、あんなに簡単に使えるんだろう。
まだ私は、あんなに自由に動けない。
動きのスピードも魔力の練り上げも格段に落ちる。
それでも泣き言は言わない。
今は、目の前のデカ頭をぶっ飛ばす!
泥地龍が突進してくる。
さっきとポーズが違う?
さっきの一撃が余程堪えたのだろう。
噛みつきではなく、角を地面に刺して、土砂を飛ばしてくる。
範囲が広い。
それでも、これくらいなら無詠唱でも!
「防御魔法・魔障壁!」
土砂を魔力の壁で防ぐ。
視界が失われるが、このあとの攻撃は当然あれだ。
土煙が晴れると目の前には、大きく開いた口、ビンゴっ!
「凍てつく激流、汝の名は氷狼! 吹きすさぶ暴風、汝の名は嵐牙! 我が魔力を糧にその力を顕現させよ。大いなるその名は、氷嵐狼牙! 氷雪系魔法・凍結暴風ぉぉッ!」
水と風の複合魔法。
私の覚えた攻撃魔法では、最強の第三位階魔法!
これであのデカ頭もカチコチよ!
……と思ったのに、躱してる!?
体は凍傷、尻尾は千切れてるけど、ピンピンしてる!?
怒りの形相でこちらを睨みつける。
遠く離れた間合いで口を開く。
うそ!?
冗談みたいな魔力が空いた口に集まっていく。
あんなの噂にしか聞いたことないけど、もしかして龍種が追い詰められた時に使うっていう吐息攻撃!?
もう練り上げた魔力は出し切って、防御もできないよ!
その瞬間、ドラゴンのデカ頭が下にずり落ちる。
「……大丈夫だったか?」
そこには万物喰らいを背負った私の騎士様!
ラク様ぁ~。
こういう賑やかキャラ、苦手かなぁと思ってたのに、びっくりするほど書きやすい。
なんか好きになりそう