第三章)新たな輝星③ 新装備お披露目
僕達は、それぞれの包みを受け取り、魔蜥蜴馬車に乗り込む。
行先は、郊外の岩山だ。
魔蜥蜴とは、地龍に似た四足で走る大型の魔物だ。
耐熱耐寒、悪路だってなんのその。
泳ぎは苦手だが浅い水辺程度なら余裕で駆け抜ける、牽引用魔物としては非常にありがたい存在だ。
更にホラレ自体、Cランクの魔物で、馬なんて目じゃないスピードとパワーをほこる。
当然凶暴で、野生の魔蜥蜴の捕獲はかなり難しいが、その能力は、捕獲の苦労を大きく上回る。
なお、リリィロッシュが担任になって初めての授業が、今乗ってる魔蜥蜴の捕獲だったりする。
歩けば丸一日はかかりそうな距離を快調に飛ばして、一時間程で目的地である岩山に到着する。
僕達はそれぞれに移動し、新しい装備の手応えを調べることにした。
魔蜥蜴馬車から降りて、岩や小石だらけの悪路を進む。
ここは周りの地形のせいで自然の魔力が集まりやすく、強い魔物が発生しやすくなっている。
スパルタの鬼教官が二人もいるので、ここは僕達の修行場として、よく連れてこら……いや、よく来ている。
最近は、意識もせずに探知の魔法を使うようになった。
僕は、ラケインたちに比べて、防御面で劣る。
だからこそ敵の察知は、攻撃の要であると同時に命綱でもあるのだ。
800m先。
岩山の上に3匹。
この感じは、地大狼だな。
地大狼
Dランクの魔物。
体高1.3mもの体格を持つ、Eランク・岩偽狼の上位個体。
土属性で、額と背に岩の肌をもつ。
数匹で行動することが多く、特にリーダーの遠吠えは、下位個体などを呼び寄せるので注意。
今日はこちらが風上。
三匹はすでに僕の存在を感知しているだろう。
運がいい。
これなら新装備の試運転にもってこいだ。
背負っていた魔弓〈時喰み〉を手に取る。
まだ、地大狼たちは、視認できない。
だが、関係ない。
僕の魔弓は、探知の範囲全てが射程範囲なのだ。
矢をつがえる。
時喰みの名の由来は、その射出スピードにある。
およそ視認できる範囲なら、発射とほぼ同時に着弾している。
まさに時間を喰いちぎったようにだ。
そこに僕の魔力探知が合わされば、ちょっとした無敵状態という訳だ。
──ヒュッ
矢を放つ。
探知した通り、岩山に地大狼。
そして、矢は狙い通りに外れる。
地大狼達は、こちらがこの距離から攻撃できる力量だと知り、リーダーが遠吠えを放ち、群れを呼び寄せた。
よしよし、狙い通りに増援がやって来る。
これでこそ、僕の新装備の実験ができるというものだ。
岩偽狼が30匹以上、地大狼も何体かいるようだ。
時喰みを地面に刺して、長剣を取り出す。
これが僕の新しい相棒だ。
まずは剣を抜き放ちながら横に身を躱す。
すれ違いざまに一匹。
身を返しながら跳躍し、さらに一匹。
その場で円を描くようにステップし、横から襲いかかる一匹斬り捨てる。
しかしすぐ様、新手が襲いかかる。
一度に四、五匹なら、さばき切れるが、それが延々とそれが続くとなると体力面で分が悪い。
しかし、それは僕がただの剣士であった場合だ。
「爆ぜろ! 爆炎系魔法・赤扇っ!」
新手を含め四匹、それどころか、その周囲の岩偽狼も巻き込んで焼き払う。
火と風の複合魔法、爆炎系魔法である。
複合魔法は、探知のような例外を除いて、最低値が第三位階という高難易度魔法だが、それを無詠唱で放つことが出来るのは、この新たな相棒のおかげだ。
魔術剣〈水晶姫〉。
柄に魔石と魔力伝道体である猛禽馬の毛が組み込まれている。
これは、母さんから貰った携帯用の杖を分解して作った、魔法使いの杖として働く剣で、もちろん、剣としての性能も、《迷宮》製なので疑う余地はない。
ギュッと剣を握り直し、思わず笑みがこぼれる。
魔法剣士としてこれ程相性のいい武器はまたとないだろう。
さぁ、いくらでもかかってこい!
アロウたちと分かれて新しい装備の性能を確かめるべく、獲物を探す。
新しい武器となれば、柄にもなく心が浮き立ってしまうが、今日ばかりは仕方ないだろう。
私の探知は、アロウのものに比べると精度こそ落ちるが、数倍もの範囲を探知することが可能だ。
ここから南下すると小型の龍種の巣があるようだ。
身体に魔力を巡らせ、一息に狩場へと向かう。
荒れ果てた岩山のなかに、すり鉢のような窪地に隠れた湿地帯。
窪地に降りると、餌の匂いを嗅ぎつけた魔物達が顔を出す。
泥小龍
Cランク下位の魔物。
土属性で泥や土の中を自在に泳ぎ回る。
集団で襲いかかってくることもあり、低ランクだからと油断すると危険。
よく見れば、すり鉢状になっている崖の上から落ちたのだろう、大型の魔物が沼に引きずりこまれている。
あれはBランクの野獣、大猛牛だ。
沼地という地形を生かし、上位の野獣ですら餌とする。
この窪地はまるで蟻地獄のように、崖から落ちた獲物の墓場となるようだ。
くすりと笑い、主力武器であるはずの大剣〈狐月大刀〉を納める。
いかに複数の龍種と言えど、高位魔族である私がその気になれば、Cランクの魔物などに手こずるはずもない。
しかし、今は後衛を任される魔法使いなのだ。
ならばここは、魔法だけで切り抜けるべきだ。
そうでなければ、教え子たちに示しがつかない。
ふふ。
そうでしょう、アロウ?
魔族である私には、脆弱な人間共と違い魔力を練り上げる必要が無い。
膨大な魔力を既に内に秘め、ただそれを形にして吐き出すだけでいい。
……そう、思っていた。
しかし、アロウとの修行の中で私のその考えは、いや、思い上がりは打ち砕かれる。
アロウの魔力操作は驚嘆の域にある。
魔力量が少ない人間の身となり、それでも、魔の頂点である魔王の力を目指す。
それは、少ない魔力量を補う術だったのか。
いや、恐らくは魔王であった時からそうだったのだろう。
修練を重ね、驚異的なレベルにまで魔力操作の精度を上げる。
今までの私は、いや、魔族たちは、魔力を練り上げる必要がなかったのではない。
その努力を怠っていたのだ。
少ない魔力で最大の効果を。
そんな消極的な考えでたどり着ける境地ではない。
最大の魔力を最大の効果で。
それが、歴代でも最強と言われた魔王の秘密だったのだ。
自身のこだわりの為に、魔法を捨て、剣に頼った。
親友とも出会い、剣を得たことに今は誇りを持っている。
だが、やはりきっかけは逃避だったのだ。
魔力量が少ないなら、何故その効果を上げるための修練しなかったのか。
過去の自分を叱りつけたい気持ちでいっぱいだ。
アロウを学校へ送り出したあとは、魔力操作の鍛錬に励んだ。
独り山へ分け入り、海へ、川へ、森へ。
精霊の多い場所を探し、魔力操作を鍛えた。
今や、瞬間的な出力なら並の魔族には劣らないし、魔力を落として小技を紛れ込ませれば長期戦にも耐えられる。
そして、今日は新しい装備もここにある。
左腕の袖をめくる。
篭手に仕込まれているのは、五枚の羽根矢。
魔導矢〈精霊の羽根〉だ。
矢そのものの攻撃力は皆無だが、火・水・風・土の四属性に加え、闇属性の五つを象徴する羽根矢。
魔力を誘導・増幅し、その組み合わせと使用者の想像力次第で無限の応用性をもつ、魔法使い専用の補助武器だ。
小龍が跳びかかる。
小型とはいえ、強靭な肉体をもつ龍種だ。
そのひと跳びが、五m近くにもなる。
バックステップでその攻撃を躱すと、今度は足元から三匹。
こいつらは、地中を自在に泳ぎ回れるのだ。
しかしそれも探知を常用する魔法使いに、奇襲は意味をなさない。
もっとも、普通の魔法使いならば、分かったとしても避けることが出来ないのだが。
上方、左右、地中からと襲いかかるドレイクをあしらい、魔力を練り上げる。
膨大な魔力をただ吐き出すのではない。
精密に、緻密に操作し、最大効率で練り上げ解き放つ。
沼の三方に羽根矢。
小龍をあしらいながら、沼の外周に矢を仕込み、大規模な魔法陣を作り上げたのだ。
「烈風系魔法・嵐風刃」
使用したのは第三位階の魔法だが、魔力消費は普段の2/3ほど。
そしてその効果は、普段の倍以上はある。
気づけば、泥小龍は、風の刃でずたずたに切り裂かれていた。
ふう、新装備の使い心地は上々。
しかし、この程度では練習にもなりませんね。
ガチャガチャと、鎧を身につける。
普段の移動時には、流石に最低限の防具だけにして、鎧は外しているせいだ。
重さ自体にはもう慣れて苦にもならないが、それでも全身鎧だ。
こんなもの普段から着込んでいては、暑さで倒れてしまう。
実は、俺は悩んでいる。
俺は、このパーティに相応しいのだろうか、と。
アロウは、高レベルの魔法剣士だ。
魔法は速射性に優れ、剣技も自分に並ぶほどだ。
リリィロッシュ先生に至っては、大剣という武器すら被り、さらに高威力の殲滅魔法を扱う。
二人とも、魔法使いとしてだけでなく、戦士としても一流だ。
もちろん、自分も戦士として負ける気は無い。
だが、彼らに自分は必要なのだろうか。
それに、言葉にこそ出さないが、あの二人、心から信頼し合い、惹かれあっているのは目に見えている。
リリィロッシュは、魔族ということだから、長く生きているのだろうけど、見た目には、俺たちより少し上なだけだ。
ましてアロウは、前魔王だというから、精神的にも釣り合っているんだろう。
はぁ、俺は本当に邪魔なのではないだろうか。
俺が周りから無口だ、という評価を得ているのは知っている。
だが、それは誤りだ。
俺は、口下手で言葉が見つからないでいるだけなんだ。
頭の中ではこうして悩みもするし、うだうだうるさい程に喋っているのだ。
まぁ、こんな俺に付き合ってくれるのはアロウだけなんだがな。
そんなことを考えながら、鎧の装着が完了した。
昔に比べたら楽になったもんだ。
最近は、全身甲冑ではなく、右半身に装備が偏った、〈半月の魔鎧〉を愛用している。
以前の甲冑は、下側から順に甲冑をバンドで固定していくが、上半身の鎧を付けるとどうしても手が回らなくなる場所が出てくる。
重量もあるので、その分、固定の金具も多く、ゴチャゴチャとしている上に面倒なのだ。
その点、この鎧は半身に集中しているので、腕からえい、と着通すだけで済むのだ。
右手の大剣を前にして半身に構える。
これで正面からは、重装備の鎧となる。
では左半身はと言えば、こちらは要所要所に防具があるものの、殆どむき身の状態だ。
だが、そこは俺の攻撃スタイルがカバーをする。
俺の愛刀、大剣〈万物喰らい〉の出番だ。
万物喰らいは、攻撃時には獲物を食い散らかすと同時に、防御では身を守る盾にもなる。
大剣での攻撃には弱点がある。
このような巨大武器の常として、間合いの内側に入られると、迎撃の手段がないのだ。
だが、片手で大剣を操る俺の場合、左手に持つ大盾がある。
この盾は、守りの道具というより、近距離への迎撃手段として盾当てを主目的としている。
そもそもこの剣の型は、アロウが魔王として半剣半魔の剣技として使っていたと聞き、ひどく納得したものだ。
だが、魔法の代わりに盾という歪な型にも限界が来たようだ。
自身が強くなれば、相手をする敵も強くなる。
現に今、岩偽狼の群れを捌ききれなくなっている。
万物喰らいでは、一度に数匹を吹き飛ばせるが、それ以上の数で連携してくるのだ。
「……さぁ、頼むぞ。相棒」
迷宮で新たに受け取った包みを開く。
双刃短槍の魔盾〈蒼輝〉。
巨大な鉾のような刃が二本、拳盾の前後に取り付けたと言えばわかりやすいだろうか。
盾部40cm、全長1m程の双頭の盾槍だ。
万物喰らいを右手に構え、蒼輝を左手で構える。
さぁ、いざっ!
次の瞬間、壮絶な破壊音。
目の前に大岩が降ってきた。
「ラク様ぁ~、ご無事ですかぁ?」
無論、ご無事だ。
但し、今から戦おうとしていた魔物達は潰れ、こちらも岩に弾かれた小石がいくつか当たっているんだがな。
ラケインがため息混じりに振り返ると、純白の法衣を着た少女が駆けてくる。
《反逆者》の最後のメンバー。
四人目の仲間だ。
新キャラクター登場です。
4つの武器ということで、エレナ先生を想像された方は残念でした。
次回、新メンバーのお話です。




