表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/171

追憶の項 笑紅と餓狼

今回は、御母堂とヒゲの昔話。

御母堂様、昔はかなりのワルでした。

 法に守られないスラム内部での自警団。

そんな大仰なもんじゃないが、行く場に溢れたガキどもの寄せ集め。

私らは、泣く子も黙る《双頭の紅緑(オッドアイ)》。

そしてこの私が、頭を張ってる危険(リスキィ)こと通称“アネゴ”。

横で偉そうに腕組んでるのは、参謀の冷徹(クール)だ。

もちろん二人とも本名じゃない。

というか、そんなもん知らねぇ。

気づいた時にゃこの王都の貧民街で独りでいたんだ。


 まあよくある話で、貧民街の片隅でぶつかり、貧民街の片隅で肩を寄せ合い、貧民街の片隅を住処とした、義姉妹(きょうだい)だ。




「よーしお前らー、今日の戦果ぁ」


「ありませーん」

「ありませーん」

「無理っすー」

「三番街でガキが死んでましたー」

「そりゃいつもの事だろ?」

「ギャハハハハハっ!!」


 クールが首を横に振りつつあきれる。


「……今度はアネゴに言わせるぞ? おまえら、今日の戦果(アガリ)は?」

「ヒエッ!? 一番隊稼ぎなし! 申し訳ありません!」


「げっ!? 二番隊稼ぎなし! 未開封の酒瓶見つけました」


「さ、三番隊、商人に因縁つけましたが、銀貨一枚手渡されて動揺してるうちに逃げられました!」

「銀貨……?」

「しかし、スンマセン! よく見たら15ガウ鋼貨でした!」

「……はぁ」


「四番隊、ガキの死体見つけました。かわいそうだったから、埋葬しました」

「お、おぅ……良かった……な?」


 さすがのクールも、思わぬ善行に苦笑しつつ、締めを振ってくる。


「はぁ。じゃっ、最後にアネゴから一言」


──ジャリッ


 それまで寝ながら酒を飲んでいたが、これも役目だ。

面倒だが体を起こし、不甲斐ない手下共を睨みつける。


「おーし、聞けよー。四番のクドロ。遺品はどうした?」

「い、一緒に埋めたんだ」

「堀り返せ。死人に物は必要ねえよ。死体を見つけた場所の地図と一緒に明日持ってこい。三番のドゥラ。とりあえず、15ガウのアガリだが……、まあいらん。とっとけ。二番デュー。その酒、ここに持ってこい。……っつー事で、一番ユノ。アガリのないのはお前だけだ」

「すんません」


 どうしようもない奴らではあるが、頭としてケジメはつけなければならない。


「私もな、細かい性分じゃねぇし、お前らは家族だと思ってる。だか、それじゃ他のやつに示しがつかねぇ、分かるな? お前らが今日飯を食いたいなら、あと一時間のうちに、必ず上がりを持ってこい。額は問わねぇ。分かったらいけ!」


 ユノと呼ばれた小汚いのが走り去るのを見送って、


「クール、ちょっと見てきてくれるか」


 その言わんとするところを完璧に汲み取った妹は、ユノを尾行した。


「くっそ、アネゴのやつ威張りくさりやがって! 野郎ども集まりやがれ!」

「隊長、どう出やした? 今日はついていませんでしたね」

「どうもこうもねー! あと一時間でアガリ作ってこいと抜かしやがった! 糞が、てめぇら! 有り金全部出しな!」


「やっ、隊長。俺らの金まで、ウゲェ」


 ユノに劣らず小汚い親父が吹き飛んでいく。


「オメェらも、痛い目見たくなけりゃ、有り金だしな! それから、そこのアホから金もってこい!!」




 それから一時間後、


「へっへっ、アネゴ。お待たせしましたぜ!」


 殆どが小銭だが、6000ガウはありそうだ。


「ほう、この一時間でよく集めたものだな? これは?」

「へい、投げ込みの泉に繋がる排水管から頂戴いたしやして」

「ほうほう、それにしては濡れてないな。泉というより、どうも酒と小便の匂いの方がキツイくらいだが」

「いや、えー……」


 こうなることは、予想はついていた。

だが、それでも一応は部下だ。

最後のチャンスは与えてやった。


「……はぁ。なぁ、ユノ。私は、もしお前が上がりが見つからなかったとしても、てめぇの小銭から10ガウでも放り込んでくれればそれを受け取り責めなかったろう」

「え? え、え?」

「ちなみにな、あの後クールに尾行させていたんだよ。てめぇは、家族にやっちゃいけないことをした。家族(部下)を傷つけ、家族()を騙した。さらに言えば、お前が預かったのはホントは二万ガウを超えていたはずだ」


 私は一度目を伏せ、意識を変える。


「さて、落とし前はつけねえもとな」


 今から私は、双頭の紅緑(オッドアイ)のリーダー、アネゴじゃない。

スラムの悪魔、“笑う紅(ラフ・スカー)”だ。

紅の髪の悪魔が、口の端が天まで裂けるほどの高笑いを見せる。




 あぁ、なんだこの生き物は?

こんなモノが、俺らの大将だったってのか!?

ユノは、己のしでかしたことを今さらながら後悔する。


 姿は間違いなく人間、しかし、口元は吊りあがり、サイドテールにしていた髪も、ざんばらに乱れ吹き荒れる魔力でユルユルと逆立つ。

これがあの鷹揚で飲んだくれてるだけの“笑う紅(ラフ・スカー)”の本当の姿なのか!?


 ふと、ここで至極どうでもいいことに気づく。

そう言えば、“(くれない)”というなら“スカーレット”だよな?

そう思って、もう一度リスキィの顔を見る。

恐怖からそう見えるだけなのだろうが、目の前の人物は、もはや人には見えなかった。

高笑いする口元は耳元まで達し、まるで空間を弧に切り裂いた傷のようにも見える。

そうか、“笑う紅(ラフ・スカー)”じゃない、“笑う傷(ラフ・スカー)”なのだ。


 その様子を見て、リスキィが高笑いを止めてにんまりとさらに口元を釣り上げる。


「あ、気がついちゃった? なんか他のやつらもここに来るとソレ気づき始めるんだよな。別にどうってことじゃないんだけどな。そんじゃ、始めますか! 実況のクールさぁぁん!」


 リスキィがパチンと右手を鳴らした瞬間、ユノの後ろには炎で囲まれた丸い闘技場が姿を表した。

すでにクールが準備を整えている。

それは、ユノ自身、観覧するほうとしては何度も目にしてきた、アネゴの処刑領域だった。


「ひ、ひぃぁぁぇぇ!?」

「いまさら許されるとは思ってねーだろ。うちのやり方で惨たらしく決めてやるからさ」


 パチリとウィンクを投げつつ、とてもいい笑顔で、リスキィはユノを片手で処刑場へ投げ入れた。




──レディスアーンジェントルメン!

ようこそお越しいただきました。

今宵の出し物は、双頭の紅緑(オッドアイ)名物! 

みんな大好き家庭の医学だよ~♪

ナレーションはおなじみ、クールが、いつもどおり若干無理をしてお送りしておりますぅ──


 どこか遠い目をしたクールのアナウンスに、周囲から喝采が起こる。

お祭りの始まりである。


 私の名は冷徹(クール)

通り名と言うやつだが、実際にはそんな大層なもんじゃない。

アネゴがああだから、相対的に私がそう見えるだけだ。

毎度のことだがとてつもなく柄じゃない。

だけど、普通に司会進行するだけだと、アネゴからクレームが付くのだ。

もう思考を止めて司会に徹することにしよう。


 この催し物は、反逆者が出た際に速やかに執り行われる通年行事。

金も学もない最下層の彼らには、たとえ骨折したって、それをどうすればいいのかなんて知恵は無い。

それをこの場で実践して教育する出し物だ。


 傷を付けるのも、治すのもアネゴ。

もちろん哀れな患者に怪我してもらうのに麻酔なんかない。

反逆者に対する公開処刑なのだ。

だがこれは、このスラム街の環境を少しでも良くしたいという、アネゴの優しさでもあるのだ。


 私とアネゴは……、まあ、どっかで適当に生まれて、適当に出会った。

この街で群れてる奴らなんて大概はそうさ。

でも、アネゴは普通じゃなかった。

尋常じゃない怪力と強力な治癒魔法を生まれ持った天才だった。


 不幸だったのは、治癒魔法を認めない、医者の家に生まれてしまったことだ。

アネゴは四歳の頃には、ここにいた。

治癒魔法は危険、それを知っていたため、残る怪力の方で徒党をくむ。

それでも、お医者様の家に生まれたのだ。

かなりぶっ飛んだ人格はしていても、以下の三つの不文律を決めた。


一つ、仲間を騙さない

一つ、仲間を傷つけない

一つ、困ってるやつからは奪わない


 姉御自身、今日は飲み屋で酩酊しているボンボンから十万ガウを借りて(・・・)きている。

もちろん返す気などないが、総勢28名の家族は、そうして得た金から炊き出しという名の飯をもらって生きている。


「ぎゃーっ!」


 患者の叫び声で我に返る。

あ、本日何度目の悲鳴だっけ?もう数えんのめんどくさいや。


──さて、今度のメニューは何でしょう?

おやおやぁ?

どうやら腕が普通とは逆の方向に曲がっていますねぇ。

こんな時にはどうしたらいいのぉ、アネゴぉ?

はい、お骨とお骨を繋ぐのはここ、関節という場所です「ぎゃーっ!」覚えておきましょー。

肩みたいにこうして「や、やめ」ほぼ全域に稼働するやつもあるけど「い、いぎぃっ」殆どの関節は、一方向にしか「ひ、ぎゃー!」曲げられないの。


 こんな時はね、こうして腕を引っ張って「うげぇ」元の場所に戻して「ぎぎゃ」がっつりと押し込む!「ぐがっ」だいたいこれで元通りになりましたぁ。みんな拍手ー──


 とまぁ、アネゴとはこんな形でずっとやって来ている。

とはいえ、最近のアネゴには、気になる人ができたみたいだ。

こんな私らだけど、冒険者登録はしていて、一応普通の仕事もやっている。

というか、そのお金でこいつら食わせてる。




「まてー! お前ら! またこんなことやってんのか!」


 どこからともなく、男の叫び声が聞こえる。

あ、だめ、今止めるとユノ(実験動物)が死んじゃう!

一応この後、アネゴが治癒魔法かけて放逐って流れなんだから。


「そこまで行くから待ってろ! “ラフ・スカー”っ!!」


 どっからあんな所に出る道があったんだろう。

瓦礫の上の方から高波に乗るようにヒゲ……だったか? のような名前の方が駆け下りてくる。


「なんだとー! ヒゲートの癖にー♪ 『ラブっスか?』とは何事だァー!!」


 ヒゲ……、あ、ハインゲートとか言ったか。

アネゴに突っかかってくる冒険者だ。

正義感の塊みたいなやつで、私らが暴れていると飛んでくるのだ。

憲兵共と違って根性あるのは認めるけどさ。


「ならば言おう! ハインゲートォ♪ 私も君が大好きだァ~♪」


 いやアネゴ、あんた何言ってんだよ。

ほんとに何言ってるんだか。

ヒゲの男と何度か揉めてるうちに、ココ最近じゃアネゴの方からこいつに絡みに言ってるみたいだ。

まさかとは思っていたが、アネゴだってそりゃ恋もするか。


 瞬間、魔力が吹き荒れる。

おそらく魔法じゃない。

それは〈奇跡〉に類する代物。

回復の方向性を持った魔力が感情の爆発に誘爆されたのだろう。

哀れな実験台はもとより、会場を見に来ていた、けが人や病人。

そして恐らくはクエスト帰りだったのだろうハインゲート。

皆が傷一つなく回復する。

そのあまりの奇跡と、その後に起こった愛の接吻に、割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こる。


やれやれと頭を振る。


「ハインゲート殿。アネゴ、いや、姉をよろしく頼みます。あとは私がこの双頭の紅緑(家族)を守っていくからさ」


 そう言って、近くに来るだろう姉との別れを思い、姉の幸せを祝福したのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ