追憶の項 笑紅と餓狼
今回は、御母堂とヒゲの昔話。
御母堂様、昔はかなりのワルでした。
法に守られないスラム内部での自警団。
そんな大仰なもんじゃないが、行く場に溢れたガキどもの寄せ集め。
私らは、泣く子も黙る《双頭の紅緑》。
そしてこの私が、頭を張ってる危険こと通称“アネゴ”。
横で偉そうに腕組んでるのは、参謀の冷徹だ。
もちろん二人とも本名じゃない。
というか、そんなもん知らねぇ。
気づいた時にゃこの王都の貧民街で独りでいたんだ。
まあよくある話で、貧民街の片隅でぶつかり、貧民街の片隅で肩を寄せ合い、貧民街の片隅を住処とした、義姉妹だ。
「よーしお前らー、今日の戦果ぁ」
「ありませーん」
「ありませーん」
「無理っすー」
「三番街でガキが死んでましたー」
「そりゃいつもの事だろ?」
「ギャハハハハハっ!!」
クールが首を横に振りつつあきれる。
「……今度はアネゴに言わせるぞ? おまえら、今日の戦果は?」
「ヒエッ!? 一番隊稼ぎなし! 申し訳ありません!」
「げっ!? 二番隊稼ぎなし! 未開封の酒瓶見つけました」
「さ、三番隊、商人に因縁つけましたが、銀貨一枚手渡されて動揺してるうちに逃げられました!」
「銀貨……?」
「しかし、スンマセン! よく見たら15ガウ鋼貨でした!」
「……はぁ」
「四番隊、ガキの死体見つけました。かわいそうだったから、埋葬しました」
「お、おぅ……良かった……な?」
さすがのクールも、思わぬ善行に苦笑しつつ、締めを振ってくる。
「はぁ。じゃっ、最後にアネゴから一言」
──ジャリッ
それまで寝ながら酒を飲んでいたが、これも役目だ。
面倒だが体を起こし、不甲斐ない手下共を睨みつける。
「おーし、聞けよー。四番のクドロ。遺品はどうした?」
「い、一緒に埋めたんだ」
「堀り返せ。死人に物は必要ねえよ。死体を見つけた場所の地図と一緒に明日持ってこい。三番のドゥラ。とりあえず、15ガウのアガリだが……、まあいらん。とっとけ。二番デュー。その酒、ここに持ってこい。……っつー事で、一番ユノ。アガリのないのはお前だけだ」
「すんません」
どうしようもない奴らではあるが、頭としてケジメはつけなければならない。
「私もな、細かい性分じゃねぇし、お前らは家族だと思ってる。だか、それじゃ他のやつに示しがつかねぇ、分かるな? お前らが今日飯を食いたいなら、あと一時間のうちに、必ず上がりを持ってこい。額は問わねぇ。分かったらいけ!」
ユノと呼ばれた小汚いのが走り去るのを見送って、
「クール、ちょっと見てきてくれるか」
その言わんとするところを完璧に汲み取った妹は、ユノを尾行した。
「くっそ、アネゴのやつ威張りくさりやがって! 野郎ども集まりやがれ!」
「隊長、どう出やした? 今日はついていませんでしたね」
「どうもこうもねー! あと一時間でアガリ作ってこいと抜かしやがった! 糞が、てめぇら! 有り金全部出しな!」
「やっ、隊長。俺らの金まで、ウゲェ」
ユノに劣らず小汚い親父が吹き飛んでいく。
「オメェらも、痛い目見たくなけりゃ、有り金だしな! それから、そこのアホから金もってこい!!」
それから一時間後、
「へっへっ、アネゴ。お待たせしましたぜ!」
殆どが小銭だが、6000ガウはありそうだ。
「ほう、この一時間でよく集めたものだな? これは?」
「へい、投げ込みの泉に繋がる排水管から頂戴いたしやして」
「ほうほう、それにしては濡れてないな。泉というより、どうも酒と小便の匂いの方がキツイくらいだが」
「いや、えー……」
こうなることは、予想はついていた。
だが、それでも一応は部下だ。
最後のチャンスは与えてやった。
「……はぁ。なぁ、ユノ。私は、もしお前が上がりが見つからなかったとしても、てめぇの小銭から10ガウでも放り込んでくれればそれを受け取り責めなかったろう」
「え? え、え?」
「ちなみにな、あの後クールに尾行させていたんだよ。てめぇは、家族にやっちゃいけないことをした。家族を傷つけ、家族を騙した。さらに言えば、お前が預かったのはホントは二万ガウを超えていたはずだ」
私は一度目を伏せ、意識を変える。
「さて、落とし前はつけねえもとな」
今から私は、双頭の紅緑のリーダー、アネゴじゃない。
スラムの悪魔、“笑う紅”だ。
紅の髪の悪魔が、口の端が天まで裂けるほどの高笑いを見せる。
あぁ、なんだこの生き物は?
こんなモノが、俺らの大将だったってのか!?
ユノは、己のしでかしたことを今さらながら後悔する。
姿は間違いなく人間、しかし、口元は吊りあがり、サイドテールにしていた髪も、ざんばらに乱れ吹き荒れる魔力でユルユルと逆立つ。
これがあの鷹揚で飲んだくれてるだけの“笑う紅”の本当の姿なのか!?
ふと、ここで至極どうでもいいことに気づく。
そう言えば、“紅”というなら“スカーレット”だよな?
そう思って、もう一度リスキィの顔を見る。
恐怖からそう見えるだけなのだろうが、目の前の人物は、もはや人には見えなかった。
高笑いする口元は耳元まで達し、まるで空間を弧に切り裂いた傷のようにも見える。
そうか、“笑う紅”じゃない、“笑う傷”なのだ。
その様子を見て、リスキィが高笑いを止めてにんまりとさらに口元を釣り上げる。
「あ、気がついちゃった? なんか他のやつらもここに来るとソレ気づき始めるんだよな。別にどうってことじゃないんだけどな。そんじゃ、始めますか! 実況のクールさぁぁん!」
リスキィがパチンと右手を鳴らした瞬間、ユノの後ろには炎で囲まれた丸い闘技場が姿を表した。
すでにクールが準備を整えている。
それは、ユノ自身、観覧するほうとしては何度も目にしてきた、アネゴの処刑領域だった。
「ひ、ひぃぁぁぇぇ!?」
「いまさら許されるとは思ってねーだろ。うちのやり方で惨たらしく決めてやるからさ」
パチリとウィンクを投げつつ、とてもいい笑顔で、リスキィはユノを片手で処刑場へ投げ入れた。
──レディスアーンジェントルメン!
ようこそお越しいただきました。
今宵の出し物は、双頭の紅緑名物!
みんな大好き家庭の医学だよ~♪
ナレーションはおなじみ、クールが、いつもどおり若干無理をしてお送りしておりますぅ──
どこか遠い目をしたクールのアナウンスに、周囲から喝采が起こる。
お祭りの始まりである。
私の名は冷徹。
通り名と言うやつだが、実際にはそんな大層なもんじゃない。
アネゴがああだから、相対的に私がそう見えるだけだ。
毎度のことだがとてつもなく柄じゃない。
だけど、普通に司会進行するだけだと、アネゴからクレームが付くのだ。
もう思考を止めて司会に徹することにしよう。
この催し物は、反逆者が出た際に速やかに執り行われる通年行事。
金も学もない最下層の彼らには、たとえ骨折したって、それをどうすればいいのかなんて知恵は無い。
それをこの場で実践して教育する出し物だ。
傷を付けるのも、治すのもアネゴ。
もちろん哀れな患者に怪我してもらうのに麻酔なんかない。
反逆者に対する公開処刑なのだ。
だがこれは、このスラム街の環境を少しでも良くしたいという、アネゴの優しさでもあるのだ。
私とアネゴは……、まあ、どっかで適当に生まれて、適当に出会った。
この街で群れてる奴らなんて大概はそうさ。
でも、アネゴは普通じゃなかった。
尋常じゃない怪力と強力な治癒魔法を生まれ持った天才だった。
不幸だったのは、治癒魔法を認めない、医者の家に生まれてしまったことだ。
アネゴは四歳の頃には、ここにいた。
治癒魔法は危険、それを知っていたため、残る怪力の方で徒党をくむ。
それでも、お医者様の家に生まれたのだ。
かなりぶっ飛んだ人格はしていても、以下の三つの不文律を決めた。
一つ、仲間を騙さない
一つ、仲間を傷つけない
一つ、困ってるやつからは奪わない
姉御自身、今日は飲み屋で酩酊しているボンボンから十万ガウを借りてきている。
もちろん返す気などないが、総勢28名の家族は、そうして得た金から炊き出しという名の飯をもらって生きている。
「ぎゃーっ!」
患者の叫び声で我に返る。
あ、本日何度目の悲鳴だっけ?もう数えんのめんどくさいや。
──さて、今度のメニューは何でしょう?
おやおやぁ?
どうやら腕が普通とは逆の方向に曲がっていますねぇ。
こんな時にはどうしたらいいのぉ、アネゴぉ?
はい、お骨とお骨を繋ぐのはここ、関節という場所です「ぎゃーっ!」覚えておきましょー。
肩みたいにこうして「や、やめ」ほぼ全域に稼働するやつもあるけど「い、いぎぃっ」殆どの関節は、一方向にしか「ひ、ぎゃー!」曲げられないの。
こんな時はね、こうして腕を引っ張って「うげぇ」元の場所に戻して「ぎぎゃ」がっつりと押し込む!「ぐがっ」だいたいこれで元通りになりましたぁ。みんな拍手ー──
とまぁ、アネゴとはこんな形でずっとやって来ている。
とはいえ、最近のアネゴには、気になる人ができたみたいだ。
こんな私らだけど、冒険者登録はしていて、一応普通の仕事もやっている。
というか、そのお金でこいつら食わせてる。
「まてー! お前ら! またこんなことやってんのか!」
どこからともなく、男の叫び声が聞こえる。
あ、だめ、今止めるとユノが死んじゃう!
一応この後、アネゴが治癒魔法かけて放逐って流れなんだから。
「そこまで行くから待ってろ! “ラフ・スカー”っ!!」
どっからあんな所に出る道があったんだろう。
瓦礫の上の方から高波に乗るようにヒゲ……だったか? のような名前の方が駆け下りてくる。
「なんだとー! ヒゲートの癖にー♪ 『ラブっスか?』とは何事だァー!!」
ヒゲ……、あ、ハインゲートとか言ったか。
アネゴに突っかかってくる冒険者だ。
正義感の塊みたいなやつで、私らが暴れていると飛んでくるのだ。
憲兵共と違って根性あるのは認めるけどさ。
「ならば言おう! ハインゲートォ♪ 私も君が大好きだァ~♪」
いやアネゴ、あんた何言ってんだよ。
ほんとに何言ってるんだか。
ヒゲの男と何度か揉めてるうちに、ココ最近じゃアネゴの方からこいつに絡みに言ってるみたいだ。
まさかとは思っていたが、アネゴだってそりゃ恋もするか。
瞬間、魔力が吹き荒れる。
おそらく魔法じゃない。
それは〈奇跡〉に類する代物。
回復の方向性を持った魔力が感情の爆発に誘爆されたのだろう。
哀れな実験台はもとより、会場を見に来ていた、けが人や病人。
そして恐らくはクエスト帰りだったのだろうハインゲート。
皆が傷一つなく回復する。
そのあまりの奇跡と、その後に起こった愛の接吻に、割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こる。
やれやれと頭を振る。
「ハインゲート殿。アネゴ、いや、姉をよろしく頼みます。あとは私がこの双頭の紅緑を守っていくからさ」
そう言って、近くに来るだろう姉との別れを思い、姉の幸せを祝福したのだ。




