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追憶の項 魔族の落ちこぼれ

〈追憶の項〉では、登場人物のオリジナルストーリーを紹介します。

今回はリリィロッシュの過去編です。


※魔族、という種族はありません。

魔界に住む様々な種族の総称です。

 今日もボロボロの体を引きずる。

栄えある魔王軍に入隊出来たのは、単に種族としての優遇と、生まれの優秀さからだった。


 魔王軍、第六軍団。

その末席。

それが私の居場所だ。


「リリィ、貴様それでも高位魔族の端くれなのか? それとも、力を振るえるように俺達が精を貸してやろうか?」


 下卑た嘲笑と共に、体を撫で回す同僚達を睨みつける。


「例え末席と言えど、私は魔王軍の一員だ。貴様ら程度に体を預けるものか」


 そう言って、彼らを押しのける。


 それが気に触ったのだろう。

数人で兵舎の影に引きずり込まれ、暴行と強姦を受ける。

自分にはその気はなくとも、身体に魔力が満ちるのがわかる。

そして、身体が喜びに震えるのも。


 リリィ。

私は、高位魔族として知られる、淫魔(サキュバス)だ。

異性を(たぶら)かし、精を魔力の糧とし、絶大なる魔力を誇る、魔族の精鋭。

精神系魔法を得意とするが、攻撃魔法に転じたとしても、その威力に陰りはなく、数世代前の魔王軍においては、当時の魔王様の傍らで副官として権勢を敷いたという。


 しかし、私はその血を疎んだ。

種族として、他者の精を貪るのは理解ができる。

しかし、その過程として、他者に媚び、他者を誑かし、嘘と嘲りで成り立つ、その生き方を激しく忌避した。

だから私は、他者と交わらず、魔力も振るわず、己の肉体の力だけで身を立てることを選んだ。


魔力を使えない魔法使い。


男嫌いの淫魔。


 それが私の呼び名だ。

だからどうした。

種族のはみ出しもの、異端なのは、充分に承知している。

それでも、この道を選んでしまったのだ。


 心ならずも回復した体で、その夜も剣の修行に暮れる。

種族の異端に目をくれる者はいない。

剣で身を立てるといっても、その剣は我流の域を出ない。


 それでも、ただ、剣を振る。

閉じた瞳に映るのは、淫らに男を誘う母の姿か。

理不尽な力に犯される自分自身か。

朧に見える幻影を払うように、怒りに任せ剣を振るう。




 ある日、いつものように剣を振るっていると、珍しく人が通りかかった。


「こんな夜更けに剣の音がするかと思えば、またへたっぴな剣を振ってやがるな」


 そう言って近寄ってきたのは、鎧に身を固めた騎士だった。

否、鎧だけの魔物だ。

知恵ある高位の魔物、首なし騎士(デュラハン)だ。

その正体は(レイス)

肉体なき魂が鎧に宿った、騎士の魔物だ。

生前は高名な騎士だったのだろうが、死んで魂となってしまえば、魔物の死霊族(アンデッド)と呼ばれる。


「嘲笑なら向こうでしろ。私は忙しい」


 見向きもさずに言い放つ。


「怖い怖い。そんな尖らなくてもいいだろうに。見たところ、淫魔(サキュバス)だろ? なんで剣の修行なんかしてんの?」


 騎士のナリをしているが、どうにも軽薄そうな口調だ。

だが、嘲りでなく、単純な興味として話しかけてくるのがわかる。

私に対して、負の感情なく話しかけてくる人物は久しぶりだ。

つい気の迷いで、自分の身の上を語る。


「貴様の言う通り、私は淫魔(サキュバス)だが、他人に媚を売るのが気に食わない。だが、他人から精を得なければ魔力が使えない。だから魔力でなく剣を磨きたいんだ」


 言っていても、自分でバカバカしいと思う。

魔法を使えない魔法使いに、なんの価値があるというのか。

つい自分の言葉に後悔をした。

だが、その後に聞こえた言葉は、全くの想像外だった。


「はははっ! そうだな。せっかく一人の魔族として生を受けたんだ。自分の力で生きたいよな! うん、気に入った! 俺でよければ、剣を教えるよ!」


 こうして、生まれて初めての友人が出来た。


 それから、毎晩の修行に彼は現れた。

彼? なのか。

元が形のない(レイス)である首なし騎士(デュラハン)であるので、性別は分からない。

ただ、話し方から男性だと思った。


 魔族に名前を名乗る習慣はない。

親しくなったり、軍などの集団に入れば必要上、名前を出すが、基本的に自分の名前とは自分の本質であるため、名前を聞くのはタブーなのだ。


 ある日、いつものように剣を振るっていると首なし騎士(デュラハン)が現れた。

しかし、その姿は見るも無残だ。

鎧はひび割れ、右腕はない。

本体の霊魂もその存在が希薄になっているようだ。


「よう、今日も遊びに来たぜ」


 いつも通り軽薄に言うが、すぐにその場に崩れ落ちる。


首なし(デュラハン)! どうしたんだ!」


 そうは言うが、この状況では答えは一つしかない。


「いやぁ、参った参った。拠点にしていた城が人間に落とされてな。今うちの副長殿が魔王様に報告に言ってる頃さ。お前にだけは最期に会いたくて戻ってきたが、いやぁ、魔族の風習って面倒だな。名前も分かりゃしない」


 そう言って、体を起こすが、もうその存在は消え入りそうだ。


「最期に名乗らせてくれよ。俺の名は〈ロッシュ〉。俺の最後の友よ。お前は、俺に身体があれば嫁に欲しいくらいのいい女だったぜ」


 そう軽薄に言って親指を立てる。

全く、最期までバカバカしい奴だ。


「私は〈リリィ〉。だが、これからは〈リリィロッシュ〉だ。私の人生でただ一人の友人の名を、私の名に刻むよ」

「リリィロッシュ……。はっ、そりゃいい。霊なんかになってこの世にしがみついたが、最期にこんなサプライズがあるとはね。リリィロッシュ。俺は消えるが、今後はお前の名に残り、お前を守護するよ」


 そう言ってロッシュは、消え去り、後には|伽藍堂〈がらんどう〉となった鎧だけが残った。


 次の日から、私は鎧を身につけた。

元々、素早さを生かした体さばきを得意としてきたので、ロッシュの鎧全てを身につけるわけにはいかない。

胸当てや籠手など、最小限のものを身につけ、彼の大剣を背負った。

素早さと、防御力と、大剣の破壊力。

相反するそれぞれを殺さぬように修練を重ねた。




 それから数年後の、御前試合。

私は相変わらず魔王軍の末席に留まっていた。

新しい魔王様が稽古と称して、直々に戦われるとの事だ。

末席の身としては、魔王様など雲の上の存在だ。

しかし、これも任務と思い全力で向かう。


 魔法を使えない魔法使い。

未熟な剣。

友人の思い。

歪な戦闘スタイル。

様々な思いを剣に乗せた。


 魔王様の力は圧倒的だった。

数合は持たせる、そう思って望んだものの、結果はただ一度剣を振るったのみ。

軽く剣を躱され、腕を振るわれただけで吹き飛んだ。


 しかし、予想外にも、魔王様からのお言葉を頂けた。


「迷うな。いい剣だった」


 ただ、一言。

しかし、その一言は、私のあらゆる呪縛から心を解き放ってくれた。


「……はいっ!」


 魔族としてこの表現はどうかと思うが、正しく神にも匹敵するような方からの肯定。

もちろん、魔王様からすれば、なんでもないただの一言だったのだろう。

それでも、私には、まさに天啓のようにも思えたのだ。




 その後、魔王様が勇者に敗れたと聞いたが、私は軍の末席として人間の軍と戦っていた。

急に襲う虚脱感。

魔王様の魔力によって、魔族は強化されているという。

これは、その反動だろう。


 潔く散る。

なぜかその考えは浮かばなかった。

死にたくない、と思った訳ではない。

ここでに死ぬ理由がない、と思ったのだ。

そもそも、この拠点の戦闘は、軍団長の暴走とも言えた。

魔王様の命令ではない。

ならば、下品な同僚達と仲良く散ってやる必要などないではないか。

いち早く戦闘域を離脱し、慣れない幻惑の魔法を使い姿を隠した。




 こうして私は魔族を捨てて人間の中に潜み、人間の冒険者・リリィロッシュとして生きることにしたのだ。

人間として転生した魔王様と出会うのは、ここから十年後のことだった。


おさらいとなりますが、淫魔は親から子が生まれる〈派生種〉です。

魔力の扱いがたくみな為、高位魔族に区分されていますが、最強の一角にはなり得ない種族です。

かつての魔王の傍らで彼を支えたのは、淫魔から進化した〈原種〉の魔族なのですが、それはまた別のお話で。

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