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第十章)そして北へ 聖都での日常

▪️北の大地④


 スラムでフォルクスに会ってから十日。

段々とこちらでの生活に慣れてきたところだ。

顔を合わせただけとはいえ、教皇と縁を作る目的も達成し、エティウ側への義理も果たしたというところだ。

これから更に教皇との縁を深める為に、なんらかの作戦が必要だが、まずはこの地での常識などを学ぶ必要がある。

一応、ノガルド側の方ではガラージ達に動いてもらっているが、その成果が生きてくるのは、もうしばらく後になるだろう。


「みんな、お疲れさん」

「お疲れ様です。かんぱーい」


 今日も宿屋に併設されている食堂でグラスをぶつけ合う。

巡礼客も多いこの聖都では、流石にこれまでの村のように各家庭で自給自足、などとはいかないようで、こうした専門店がきちんとある。

野菜売りに衣類屋、小物売りや鍛冶屋、巡礼用品店なんてものもある。

他の国の町と違うのは、貨幣ではなく、聖都専用の聖札で支払うということくらいだ。

店側は売り上げた聖札を国に納めることで、自分たち用の配給を得る、そんな仕組みらしい。

また、教会への寄進用聖道具店というのも、この町独自の店だろう。

品質としては雑多なものだが、装飾だけは立派な聖道具を、わざわざ教会で買って教会へ納めるのだ。

なんとも興味深い。


 僕達はといえば、今日も大通りで演劇を行ってきた。

聖都にいくつか点在する広場を回っていれば、元々地元の人よりも巡礼客の多い街なので、客に飽きられることもない。

そうしてこの街の情報を集めながら聖札を稼ぎ、食堂で打ち上げをするというのがいつもの流れだ。


「今日もたくさんの拍手を貰いましたね」

「うん。お返しが五つもあるね」

 微妙に食い違う会話だが、これは僕らの中での符牒である。

僕達の二つ後ろの席に二人。

前方の立ち飲みに一人。

階段と入口にも一人ずつの五人。

どうも怪しい人物がこちらの様子を伺っている。

そのうち同じ二人は、ここ数日僕らの周りをうろついている。


「アロウ、これから(・・・・)どうする?」

「うーん、寄りたいところがあるから先に帰るよ」

 そう言って一人で席を立つ。

ラケインは気配で、メインは勘で、魔法使い組は魔力感知でそれぞれに気づいている。

どこの手のものなのかは分からないが、どうやら僕達のことを怪しむ何者かがいるようだ。

だが、それもそろそろあぶりだしてもいい頃合いだろう。


 実際のところ、彼らが食いついてくるのを待っていたのだ。

敵対勢力とまでは行かなくとも、エティウ王国軍派閥、コール新体制派からすれば、僕達は教皇に近づく要注意人物。

また、コール旧体制派からしても、まだ信用を得てはいないし、リュオの所属するエティウ新女王派閥でさえ、任務の確認のために僕らを見張っていても不思議ではない。

つまるところ、今の僕らには、明確な味方がいないのだ。

いづれにしろ、なんらかのアクションがあればそれをきっかけに状況は動く。


 他のメンバーを残し、一人で店を出る。

相手もプロだ。

下手に魔力感知を使うことなく、気配だけで動きを探るが、無事追っ手が着いてきている。

街頭の明かりを頼りに、思わせぶりに小教会へと向かい、途中で横道へと走る。

清潔な大通りから数本裏へ入っただけで、景色が一変する。

それは、どこの国にもあるスラムの一角だ。

日々を生きるのに精一杯の貧しい人達の地域。

ここならば、何が起きても知られる心配はない。

闇討ちするには、おあつらえ向きだろう。

お互いに(・・・・)、ね。




「気づいたか。だが逃がすかよ」

 小走りに角を曲がった僕を追って、二人組が着いてきた。


「むっ!? どこへ行った?」

「確かにこの角を曲がったはず……」

 僕を見失った二人が硬直した一瞬の隙をつき、背後から拘束しようとしたが、(すんで)の処でかわされる。

どこの使いかは知らないが、流石に鍛えられている。


「ちぃっ、こいついつの間に」

 なんということはない。

角を曲がって姿が見えなくなった一瞬で、魔力を使って壁を駆け上がり、上から後ろへと回っただけだ。

同時に二人の力量も分かった。

それなりにはやるようだが、戦闘だけに限ればどうとでもなる相手だ。


「とすれば、どっちにしようかな」

 改めて二人を見るが、黒装束などということも無く、どこにでもいる町人のような出で立ちだ。

一人は皮のベストに皮のブーツ。

もう一人は麻布の服とすねのない革靴だ。

一見、革ベストの男の方が屈強にも見えるが……


「野郎っ、いつの間に!」

 麻服の男が半歩身を引き腰を屈め、革ベストの男が飛びかかる。


「それじゃ遅いよ」

 やはり戦闘の技術は、それほどでもないらしい。

普段相手にしている魔物などに比べれば、全く問題にならない。

掴みかかろうとする革ベストの男を軽く身を引いてかわし、そのまま麻服の男へ手刀を合わせる。

だが男も、手刀を腕でガードし、持ちこたえる。


 やはり、か。

麻服の男は、服の下に皮鎧を着込んでいる。

装備も間合いの取り方も、革ベストの男よりも一つ格上だ。

だとすれば、どちらを捉えるべきかは、分かりきっている。


「さて、誰の命令なのか、教えてもらうよ?」

「ぐっ、バケモノめ·····」

 その後は早かった。

革ベストの男を掌底に乗せた魔力で昏倒させ、麻服の男は不可視化させた縛蛇(バインド)の魔法で絡めとった。

いくらスラムの入口とはいえ、街中で男二人を抱えて移動なんて御免こうむる。

革ベストの男は、さっさと物陰に移して、麻服の男を廃屋へと連れ込んだのだ。

さて、何をおしえてくれるかな。




「素直に教えるか、怖い目にあってから教えるかどっちがいい?」

 無駄な質問だ。

自分でもそう思う。

高位冒険者に差し向けられる監視だ。

当然相手も高位の間諜だろう。

これは知識としてしか知らないが、拷問に耐える特訓とは、ようは拷問に慣れることだという。

熱、冷、飢、痛、恐、笑、性。

あらゆる拷問を繰り返し行い、その耐性を付けさせるのだという。

まったく、人間の残虐性には恐れ入るところだ。


 ちなみに魔族にはこの手の習慣はない。

魔族の世界は弱肉強食。

敵に敗れれば、相手を認めて屈服するなり、それを認められなければ自害すればいい。

また、こちらから情報を聞き出そうにも、相手が拒めば簡単に殺してしまう。

情報は確かに重要だが、そんな瑣末なことなど関係ないほどに力があればいい。

そんな考え方なのだ。

知性派の魔王としては嘆かわしい限りではある。


「ふっ、虫も殺さぬような顔をしても所詮は冒険者(クズども)か。だが残念だったな。斬るなり焼くなり好きにしろ。俺とて拷問に耐える修練など積んでいるわ」

「まあ当然だよね。·····だけど、こっちは痛い目(・・・)にあうなんて、一言も言ってないんだけどね」

 見かけはともかく、中身は百年以上生きる魔王なのだ。

拷問の手段などいくらでもある。

だが、じわじわと痛めつけるのは、確かに好むところではない。

だから、得意な方でやらせてもらおう。




「おかえりなさい、アロウ」

「どうだった?」

 宿に帰ると、リリィロッシュとラケインが待っていた。

他の三人は、明日の興行地の下見に行っているそうだ。


「うん、教皇側からの監視だったよ。彼ら自体には僕達の素性は知らされていなかったみたいだね」

 あの後、監視を調べあげたが、あくまでも僕達の動向を調べるという以外に指示は受けていなかったようだ。


「アロウの兄さん、あの人らをどうしたんスか?」

 メインが恐る恐ると聞く。

彼女もまあ裏の世界に足を突っ込んでいた時期がある身だ。

間者に対する聴取というものがどういう事なのか、それこそ実際に見聞きしたこともあるだろう。


「ふふ、心配しなくても、メインの心配するようなことはしてないさ。精神連結の魔法で記憶を少し覗き見ただけだよ。そのあとは、この二、三日の記憶を混乱させて放り出しただけさ」

「あぁ、よかったス。どうにも後味悪い感じなのは兄さんに似合わないスから」

 メインとペルシが胸を撫で下ろす。

彼女たちの手前、そうは言ったが、魔王時代にはそういう手法をとったこともあるというのは、言わない方がいいだろう。

それに、精神連結の魔法は、想像するよりずっと酷いものだ。

極度の二日酔いの時に、頭を振り回すようなものなのだが、まあ拷問なんかに比べればマシだろう。

僕とて、彼女たちが思うほどのお人好しではないんだ。


「それと、面白い情報が手に入ったよ」

 実際には情報というようなものではない。

だが、彼らには、自分自身も気付かぬうちにあるメッセージが仕組まれていたのだ。


「なんだ、情報って?」

 ラケインの問に答える。


「教皇様からの依頼(クエスト)だよ」

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