第十章)そして北へ 北伐作戦
▪️そして北へ③
「北……、コールか!?」
リュオが目を剥く。
四大国のひとつ、北の宗教国家を手に入れるというのだ。
「ええ。魔王軍が現れた今、もう人間と魔族の衝突は避けられません。だとすれば、現『魔王』を倒し、魔王軍を止めるしか、方法はありません」
既に被害が及んでいるエティウやノスマルクはもちろん、メイダルゼーンが現れたようにノガルド連合の地も安全とは言い難い。
そして、魔物の駆逐を勧めるコール聖教国も当然動き出す。
人間界が戦禍に包まれるのは、時間の問題だ。
「『魔王』は倒す。これは確定です。今はまだその力も方法もありませんが、やるしかない。そうなると、次に問題となるのは、この戦争の終わらせ方です」
『魔王』さえ倒せば、魔王城の転移機能は使えない。
だが、今回は既に多数の魔族が人間界に送られている状態だ。
単に『魔王』を倒しただけでは、戦争は止まらない。
今度は人間による魔族狩りが始まるだけだ。
そして、魔界の魔族は、ただ狩られるだけなのを待つほど弱くはない。
今は動きを見せていない小魔王達のことも考えれば、泥沼となることは目に見えている。
「だから、魔王軍を止めた後、今度は人間たちを止める仕組みが必要なんです。その後、魔界の魔力災害をどうにかするためにも、人間の世界をある程度コントロールできるだけの仕組みがどうしてもいるんです」
課題は山積みだ。
小魔王、魔王軍に『魔王』。
だが、それもこれも、魔界の魔力災害、ひいてはこの世界の魔力暴走を食い止めるための前提条件でしかない。
そしておそらく、もうさほど時間は残されていないのだ。
「なるほど。それでこのメンバー。そしてコール聖教国という訳ですね」
カリユス氏がまとめる。
そう、この場には、不思議な縁で各地の実力者、権力者が揃っている。
キュメールで権力と武力を持つビルスにガラージ。
ノスマルクを文字通りに支配しているフレア。
エティウ最強の武人して英雄としての呼び声も高いリュオ。
カリユス氏も冒険者ギルドに強いコネクションを持つ大人物だ。
あとは、北の四大国であり、この世界に広く信仰されているクルス教の総本山であるコール聖教国を抑えれば、人間の世界をほぼ掌握したと言っていいだろう。
「確かに。この面々なら世界を牛耳るのも不可能じゃないわね。……しかもそれをまとめてるのが元とはいえ『魔王』とはね」
フラウが不敵な笑みで肯定する。
しかしあまりいい冗談ではないからやめて欲しい。
「国落とし、か。くくくっ、まったくこの坊主は、退屈させないな」
かつて王位を狙っていたガラージにとっても、国を手に入れるということに思うところがあるらしい。
だけど、落とすつもりは無いのだが。
だが一人、リュオだけは、神妙な顔持ちでその場を睨んでいる。
「『魔王』を倒す、ね。お前さんたち、魔王軍とは事を構えないって言ってたと思うが」
確かに、以前〈魔眼の王〉の件で通信した時に、そう明言した。
魔族とは、魔王軍とは争わないと。
「ええ。都合のいいことを言うようで申し訳ないですが、僕達は魔王軍と戦う気はありません。あくまで狙いは『魔王』ただ一人です」
今もその気持ちに変わりはない。
魔族を救いたい。
人間を救いたい。
だから、魔王軍とは戦わず『神』を倒したい。
だが、相手が元『勇者』だとすれば、避けて通る道はないだろう。
何より、『神』の恩寵を受けたあの『勇者』なのだ。
恐らく、彼の『魔王』としての復活は、『神』の差し金と考えて間違いはないだろう。
「都合がいいか。違いない。……だが、しゃーねーな! Sランクの後輩の頼みだ。無茶も聞いてやるか」
「というか、『勇者』だってリオハザードを狙ってくるでしょ。それくらい分かりなさい」
フラウが憎まれ口を叩くが、魔王城の位置からして、魔王軍の矢面に立つのは、実際にはこの二人となる。
エティウとノスマルクに魔王軍を押さえて貰ってる間に、コールと『魔王』を何とかしようという作戦なのだが、これだけ仲の悪い二人に任せて大丈夫だろうか。
「まぁ任せておきなさい。ホントなら私もあの『勇者』の顔を引っぱたいてやりたいところだけど、それは貴方に任せるわ。私にも、元『魔法使い』としての矜恃くらいあるのよ。今更魔王軍になんか好き勝手させやしないわ」
どうやらこっちの考えもお見通しのようだ。
なら、その恩に甘えよう。
「さて、では具体的な相談と参りますか」
ふくよかな手をパチンと叩き、カリユス氏が切り出す。
さすがは大ギルドの御曹司。
空気を読んでの司会進行もお手の物だ。
魔族だ人間だのしがらみのない彼がこの場にいることはありがたい。
「一口に国を手に入れると言っても、色々ありますからね。内乱を起こす。頭をすげ替える。……ふふ、文字通りに武力で一息に、というのもありますか」
最近この方の本当の性格が分かってきた。
まったく、フラウの言う通り、早々に仲間に引き込んで正解すぎる。
「い、いえ。本当にコールを牛耳るつもりなんてありませんからね? 人民をまとめうる人物にパイプを持つだけでも充分ですから」
おやおや、という顔をカリユス氏を制して勢いを止める。
それでなくとも、血の気の多いメンバーも多いのだ。
物騒な話はご遠慮願いたい。
「確かに。その上、かの国は通常の国家とは、大分異なりますからな。国を揺さぶろうにも〈クルス教〉という壁は大きすぎる」
ビルスが思案げに言う。
確かにその通りだ。
普通の国ならば、国王というトップがいて、国がその下に着いている。
最悪、国王さえ押さえれば、国などどうにでもなるということだ。
だが、コールは違う。
その成り立ちからして、〈クルス教〉という宗教団体がだいきぼかしたものであり、国王というものが存在しない。
王やその周りの貴族、国の運営に携わるいわゆる元老院にあたる組織もあるが、それもクルス教の一部門でしかない。
「ま、フォルクス教主に仕掛けるしかないわね」
フラウがこともなげに言う。
だいそれたことを、と思わないでもないが、やはりそれしかない。
コール聖教国、ひいては、クルス教という巨大組織そのものの頂点である、教主ワーゲン=フォルクス。
例え間接的にでも彼を動かすしか、クルス教をまとめあげるなど不可能だ。
「そっちの坊やのお国では、北に色々とちょっかいを出していたみたいじゃない。ちょうどいいからその作戦に一枚噛ませなさい。その間の囮として、魔王軍相手に暴れておけば、エティウの軍部もそれどころじゃなくなるわ」
メイシャのご両親が言っていた件か。
コール聖教国の中にも派閥闘争があり、それを助長しているのがエティウ軍部だというアレだ。
確かに、その線からなら国の中枢にも渡りをつけることが出来るかもしれない。
「おいおい。北の一件は、一応機密なんだが」
「馬鹿ね。現場の軍人であるあなたが知れる程度のことなんて、機密のうちに入らないわよ。本当に秘密にしたいことなんて、城の奥底で蠢いてる化け物たちしか知らないんだから」
リュオが苦虫を噛み潰したような顔をするが、まぁ実際、僕達どころか一介の商人であるメイシャの御両親にも知られているほどだ。
フラウが知らないわけはない。
しかし、あのリュオに坊やだの馬鹿だだのの暴言は、流石だとしか言い様がない。
「はあ。まあいい。確かに、俺の主導じゃないが、うちの軍部がコールで政権交代を画策させているらしい。フォルクスを失脚させて、傀儡のリーダーを立てるつもりなんだろうな。派閥違いの作戦だが、俺としても国を裏切る訳には行かん。だがまあ、そのルートにアロウを潜り込ませればいいんだろ?」
つまり、エティウもコール聖教国を乗っ取るため、その頂点を自分の息がかかった者にすげ変えようとしていたのだろう。
クルス教を押さえるという意味では、確かに目的が被っている。
「おいおい、俺達には仕事はなしかよ」
不満を言うのはガラージとオグゼ兄弟だが、もちろんそんなことは無い。
「いえ、エティウからの作戦で潜り込んだとしても、クルス教程の組織が相手では、もぐり込める隙もない。だから……」
「外から揺さぶればいいんだよな。ハハ、流石は我らの『魔王』。俺たちの使い方はいつも通りだ」
まぁその通りだ。
彼らに難しい作戦など伝えても無駄だ。
自分たちのやりたいようにやる。
その代わり、暴れられる場所は作ってやる。
それが彼らとの昔からの付き合い方なのだ。
「おやおや、もう物語は決まっているようですね。それでは、微力ながら我々も協力しますよ」
「ふん、俺からノガルドを奪ったくせに今度は北か。面白いから乗ってやるさ」
カリユス氏は、そうは言いつつもいつもの笑顔でニッコリと頷く。
無論、その穏やかな笑顔の裏で、素早く利益の計算を済ませているのだろう。
ガラージも、国盗りという因縁とも言える内容にむしろ腕が疼くようだ。
「それでは、人間界の支柱、クルス教の攻略を開始します!」




