第十章)そして北へ 一堂に会し
▪️そして北へ①
「『勇者』ですって!?」
フラウが絶叫する。
それは驚きというよりも、むしろ恐怖の叫びに近かった。
死んだはずの勇者が生きていた、または蘇ったということよりも、その『勇者』が、『魔王』として敵となったことが、何よりも恐ろしいのだ。
元勇者パーティの『魔法使い』として、共に肩を並べていたのだ。
その脅威、恐怖は、誰よりもよく知るところなのだ。
僕達は大陸中央部にそびえるウーレイ大山脈の麓、フラウの用意した隠れ家に集まっている。
大火でもあったのか、廃墟と化した中規模の街並みだが、その中心に位置する屋敷だけがまるで結界にでも区切られているかのようにかつての荘厳な姿を保っている。
かつては領主の屋敷だったのだろう。
その大広間のテーブルの一角に僕達、《反逆者》のメンバーが腰掛けている。それにしても、ここに集まった面々は、圧巻の一言だ。
まずは屋敷の主であるフラウ。
彼女こそは、南国の実質的な支配者であり、《“黒薔薇”の魔王》でもある。
そして、彼女の配下であるロゼリア。
フラウの影でこそあるが、南国の宮廷魔導師であり、王国軍の参謀でもある傑物だ。
そして、同じく配下のエアロネ、ランデル、ウォルティシアがその後ろに控える。
僕達の反対側には、リュオのパーティが居並ぶ。
彼こそは、西国最強部隊“白獣の牙”の部隊長であり、Sランク冒険者、“白刃”でもある。
そしてその相棒、同じくSランク冒険者である“水主”のジーンがその隣に控える。
武と魔。
共に人間としては頂きを極めた、西国の最高戦力である。
東国からも相応の人物が顔を並べる。
旧エウルの貴族であり、《“血獣”の魔王》であるビルス。
そしてその妻、元『僧侶』のエレナ先生。
そしてその隣には、元エウル王国第一王子であったガラージが席を並べている。
ガラージは、旧体制のエウルを解体し、その責任をとって隠遁する形となった。
だが、その実態はといえば、新体制となったキュメールを率いる実弟リヴェイアから裏の仕事を請け負う相談役となっている。
相談役の相談役と言えばおかしいが、愚痴聞き相手として付き合う中で、ガラージには、自分が元魔王であることを打ち明けている。
その他のメンバーとしては、格付けとしてはCランクながら、驚異的な速度で躍進を続ける《月と羽根》のメイン、ペルシ姉妹。
魔王軍から離脱した《蒼炎》《朱風》の牛巨神兄弟。
そして、最大手製薬ギルドの御曹司、カリユス氏も居並ぶ。
オグゼ達は、その巨体が屋敷に入らないこともあるが、ほとんどの面々が人間であることに気をつかい、幻術で人の姿をとっている。
リリィロッシュやビルスがそうなのだが、魔族の使う人化の幻術は、好きな姿になれるというのではなく、もし人間だったらこうなる、という姿が反映される。
意外にも過ぎるが、オグゼは、精悍な顔立ちの
壮年の戦士。
ブルーガは、いかにも人好きのする愛嬌のある美青年の姿となっていた。
カリユス氏は、流石は業界トップギルドと言ったところか、どこから聞きつけたのか、僕とフラウの繋がりを嗅ぎつけ、いつの間にかかなりのところまで状況を把握していた。
フラウの発案で、下手に探られて敵対するよりは味方に引き込めと、こちらの内情を話し、協力を約束してもらったという経緯がある。
メイン姉妹はと言えば、強面のリュオさんやオグゼ、またはフラウやカリユス氏などの大物に囲まれ、顔を青ざめながら小さくなっている。
居場所のつかめなかった、元『戦士』のラゼルさんや“魔剣”のレイドロスを除き、僕が元『魔王』であるということを知る全員が集まったこととなる。
「それは確かなの? 本当に、あの『勇者』だというの?」
フラウが腕組をして尋ねる。
努めて冷静を装っているが、視線は険しく苛立ちを隠すことは出来ていない。
「勿論だ。前の対戦の時、俺達は『勇者』とは面識がなかったが、見間違えようがない。あれは『勇者』だ」
「あぁ。雷撃系魔法なんて使えるのは、古今東西、『勇者』しかいないだろ」
実は、魔王時代にオグゼ達を当時の勇者達に差し向けるのはやめていた。
彼らほどの武力があれば、力をつける前の勇者達を討つこと容易かったかもしれない。
だが、彼らは武人として純粋過ぎ、そして自由すぎる。
勇者達と意気投合して、寝返りでもされた日には目も当てられない。
魔王軍を捨てこちらへと寝返った今の状況を考えても、当時の僕の判断は正しかっただろう。
それにしても、ブルーガの言う通りだ。
かの最強魔法の使い手といえば、それは『勇者』に違いない。
魔法学の話になるが、基本となる火水土風の四属性の上位属性である闇属性。
通常、攻撃魔法の最上位と言えばこの暗黒系魔法のことを言う。
魔族ですらその使い手は多くはない。
だが上には上がある。
先の戦いでも使った虚無系魔法である。
あまりの高難度、あまりの高消費のため、魔王である自分以外に使い手などおらず、半ば伝説視されている魔法だ。
では、虚無系魔法が魔法の最高峰かと言えばそれもまた否だ。
事実、頂点のひとつではあるが、唯一の頂という訳でもない。
もうひとつの頂、それが『神』に類する魔法の頂きである、〈光属性魔法〉だ。
神聖系魔法とも呼ばれ、基本的には、『神』を信奉する僧侶にしか使うことは出来ない。
簡単に言ってしまえば、四属性魔法の完全融合。
ありとあらゆるものを滅却する浄化の魔法だ。
そして、その中の一つに、〈雷撃系魔法〉というものがある。
これは、神聖系魔法の中でも更に特殊な魔法であり、『勇者』にしか扱うことが出来ない秘伝の魔法である。
豪火を放ち、津波を呼び、大地を隆起させ、突風を起こす数々の大魔法があるが、雷を起こす魔法というものは普通存在しない。
自然環境にあってさえ、“神也”と言わしめる最強の力。
これは、才能や資質、ましてや努力によって体得できる性質のものでは無い。
間違いなく、『神』が『勇者』にのみ与える、『魔王』に対抗するための奥義なのだ。
「一度だけ、あの新参の『魔王』が見せたんだよ。なにせ見た目はただの人間の小僧だ。それがいきなり今代の『魔王』と言われて納得出来るはずもねぇ」
「ああ、勇者という名に息巻いた数百の魔族たちを一瞬に黒焦げにしたんだからな。確か……、〈神の狂乱〉だったか」
オグゼがいうには、元『勇者』が投げた光球が天へと昇り、夥しい数の雷を降らせたのだという。
高出力の広範囲殲滅魔法。
過去に魔王軍の尖兵を焼き尽くしたあの雷撃の雨がそうだったのだろう。
なるほど、たしかに『勇者』のなせる技だ。
「そんな、あの『勇者』が……」
エレナ先生も驚きを隠せない。
『僧侶』として勇者に付き従い、各地を旅してきたのだ。
その心痛は、察してあまりある。
「はぁ。『魔王』の仲間になったかと思えば、今度の敵は『勇者』様とか。勘弁してくれよ。これでもガキの時分は、勇者様の活躍を聞いて育ったんだぜ」
ガラージが頭をかきながらぼやく。
確かに人間からすれば最後の希望にして絶対の正義の象徴だ。
魔王の正体が勇者。
それを人間達が知れば、それだけで勝負はつくだろう。
だが、それは本題ではない。
「いや、みんな待ってくれよ。たしかに人間にとって『魔王』は人間の敵だ。だけど本来、魔族にとって、『魔王』にとって人間は敵じゃない。そもそも対立する必要すらないんだよ」
既に『魔王』を敵として認識しているガラージに歯止めをかける。
そう、本来は魔族と人間との間に殺しあう原因などありはしないのだ。
数千年にも及ぶ戦争の末、もはや原因など関係なく殺しあっている。
それが今の現状だ。




