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第九章)最後の魔王 獣、二匹。それとほのぼのコンビ

▪️魔王軍の襲来⑤


 ラケインは無言で武器を構える。

右手に大剣・万物喰らい(フルイーター)

左手に盾槍・蒼輝(ラピス)

その身には、半月の魔鎧(ハーフムーン)を纏い、額には、対魔の鉄甲・暁天の鉢金を当てている。

ラケインのフル装備である。


 そのラケインの目の前には、巨大な戦斧を肩に担いだ青いたてがみの牛巨神(ベヒーモス)が立ちはだかる。

紅の瞳を持つ、咆哮する魔獣を象った戦斧を携え、青く脈動する胴鎧で身を固め、立ち上る魔力によってたてがみが逆立つ。

《蒼炎》のオグゼも万全の体制で待ち受ける。


 二人の獣は、互いに無言である。

勝負を預ける。

そう言った二人が再び出会ったのだ。

もはや、交わす言葉などありはしない。


──ガゴォォ


 突如、雷鳴の如き炸裂音。

同時に、大気を引き裂くような衝撃が周囲に走る。

その正体は、無論、二人の獣の衝突によるものだ。


「くははは! 流石よ。やるな、ラケイン」

 両手持ちの巨大な戦斧が風を巻き込みながら、その猛威を存分に吹き荒らす。

ただ振り回しているだけでわない。

轟々と繰り出されるその一撃一撃が、必殺の威力と精度を備えた死そのものである。

巨大な体躯を持つオグゼにして、あまりに巨大な戦斧である。

いかに大柄な方であるとはいえ、人間の身のラケインにとって、それは無数の鋼鉄の壁が降り注ぐに等しい。


「はぁぁぁっ!」

 対してラケインもまた、猛威と呼ぶにふさわしい攻撃を次々に放つ。

身の丈ほどもある万物喰らい(フルイーター)を振り下ろし、なぎ払い、その遠心力をそのまま叩き込むかのように蒼輝(ラピス)で刺し穿つ。

無慈悲な程に凶悪なオグゼの攻撃を躱し、自らも攻撃する。


 恐るべきは、その体捌きである。

直撃どころか、かすりさえしても大ダメージを避けられぬほどの猛攻を、全て紙一重でかわすのだ。

防御などありえない。

鉄の壁に等しいオグゼの戦斧である。

しかも、前回の戦いとは違い、オグゼには油断も加減もない。

戦士として認めた好敵手を相手に、全力の攻撃を放っている。

蒼輝(ラピス)だろうが万物喰らい(フルイーター)だろうが、ぶつかった瞬間に腕ごともぎ取られるだろう。


 故に、防御はなく回避一択。

だが、ラケインのすさまじさはそれに留まらない。

回避の動きがそのまま攻撃に連動するのだ。

唐竹に振り落とされる戦斧を、半身になって躱し、その捻りを生かして蒼輝(ラピス)で衝く。

間合い(リーチ)が違いすぎる故にオグゼの腕を僅かに傷つけるに過ぎないが、確かにダメージを与える。

次いで左足を半歩引き、ねじった体を戻す勢いと共に、オグゼの戦斧の上を滑らせるように万物喰らい(フルイーター)を走らせ、オグゼの首を狙う。

こうして回避と反撃、さらに次の攻撃へと、全ての動きを無駄なく繋げることで、オグゼ以上の手数を確保しているのだ。


 しかし、それを受けるオグゼもまた怪物。

自らに倍する手数の攻撃を、戦斧の柄で、角で、手甲で僅かに逸らし、その直撃を防いでいる。

牛鬼人(ミノタウロス)の強化変異種である牛巨神(ベヒーモス)は、魔族でありながら魔法を不得手としている。

しかし、その欠点を補ってあまりあるほどに強固な肉体を持っている。

膂力(パワー)、そして耐久(タフネス)

更には驚異的な技術すら持った、最上級の戦士。

それが《蒼炎》のオグゼなのだ。


「くはは! どうした、《剛戦士(ブレイダー)》。その程度では、我が硬皮に傷は付けれんぞ!」

「ちぃっ。確かに、埒が、明かない、か!」


 ギリギリの攻防の中、一際大きな衝撃とともに身を離し間合いを取る。

いかに強大な攻撃だろうと、当たらなければ意味は無い。

それと同様に、いかに密な連撃を繰り出そうと、効かなければ意味はない。

ラケインとオグゼの攻防は、一見互角にも思える。

だが、激しく動き回るラケインの方が消耗が早い。

ただでさえも体躯に劣るラケインが無理をしたからこその膠着だ。

それは、スタミナと精神力を容赦なく削り取る綱渡りような立ち回りだ。

そして、そのどちらか一方が途切れた瞬間、ラケインは肉塊へと変わるのだ。


「やはり、蒼輝(ラピス)では無理か」

 そう言い、万物喰らい(フルイーター)から魔剣(レイドロス)を抜き放つ。

蒼輝(ラピス)万物喰らい(フルイーター)も置き、魔剣(レイドロス)に全ての力を注ぎ込む形だ。


「そうだな。それしかあるまい」

 オグゼが満足そうに戦斧をしごく。

そう。

これしかないのだ。

短槍である蒼輝(ラピス)はもとより、万物喰らい(フルイーター)でさえ、致命打(クリティカル)にならないのだ。

さらに、オグゼの振るう戦斧に至っては、ただ振り回すだけでも打ち合うことすら出来ない。

なるば、防御も手数も捨て、一撃の重みに特化させた、魔剣(レイドロス)による一刀流剣術でしか、勝機を見出すことはできないのだ。


「待たせたな、オグゼ」

「あぁ、楽しもうか、ラケイン」

 二匹の獣は、互いに睨み合い、そして同じ獰猛な笑みを浮かべる。

互いにその右足を踏み出し、いま、激突する。




「うわぁ。すげえな、ありゃ」


 ラケインの電光石火の打ち込みを見てそう漏らすのは、双頭の雄牛が刻印された大鉈を担いだ、もう一人の牛巨神(ベヒーモス)

《朱風》のブルーガである。


「うわぁ。なんですかあれ。あんなの反則ですよ」

 オグゼのあまりに暴力的な乱撃を見てそう漏らすのは、白い衣を纏い不釣り合いな巨大な戦鎚(メイス)を手に持つ少女。

白魔(アルバス)》のメイシャである。


 一応は武器を構え向き合うふたりだったが、激しくぶつかり合うラケインとオグゼ達とは対照的に、ほとんど動きが見られない。

どころか、完全にラケイン達の方に気を取られ、戦う素振りすら見せず向き合っているだけなのだ。


 ラケインに投げつけられた短剣から、オグゼと共に呼び出されたブルーガであったが、戦闘狂のきらいがある兄とは違い、些かのんびりとした性格であり、目的のない戦いには、消極的なのであった。


 同じくメイシャも、村の惨状から殺気立っていたが、ラケインと合流した後は元のマイペースさを取り戻し、見知った相手でもあるブルーガに戦意がないと見るや、それに付き合っているのだ。


 共に先の戦いでは剣を交えた間ではあるが、もとより互いに恨みなどなく、むしろその強さに敬意を持っている程だ。

そんな二人がとった行動。

それは、兄と夫の戦いをのんびりと見学する事だった。


 かといってこれは、ただの酔狂によるものでは無い。

無論、特に敵意のない相手に対し、戦い辛いという気持ちもあるにはあったが、だからといって双方に戦う理由がある以上、別の戦場へと向かうだけである。

互いに相手を見逃せば、他の戦況に支障が出ると考えた上での停戦となったわけだ。


「おい嬢ちゃん。あんたの(つがい)、ありゃやべぇな。兄貴と渡り合う人間なんぞ、前の大戦でも数える程しかいなかったぞ」

「嬢ちゃんじゃありません! 私には、アルメシアという名前があります。それに(つがい)じゃ……、いや、合ってるのか。とにかく、ラク様はラク様なんです!」

 ぷんぷんという擬音が聞こえてくるような愛らしさで怒るメイシャにブルーガは苦笑する。

なるほど、あの見るからに堅物な旦那とこの少女がどう釣り合うのかと思ったが、確かにお似合いの(カップル)だ。

かたや、冗談が通じるか危うい程の堅物であり、剣を握れば戦いに没頭してしまう戦闘狂。

かたや、大真面目に冗談のようなことをしでかすだろうマイペースな少女。

チグハグででこぼこなこの雰囲気、自分と兄にそっくりなのだ。


「ああ、そりゃ悪かったよ。ところでお前も俺の名前覚えてるのか?」

「え? ……も、もちろんですよ。えぇと……、ボルータスさん!」

 メイシャの盛大な間違い(クリティカルヒット)に思わず鉈を落とし跪いてしまう。


「ブルーガだ。まったく、ルー(・・)しか合ってねぇ。……まぁいい。もうやり合うつもりもないだろ。武器を下ろしてあっち見ないか。もう首が痛くなってきちまったよ」

 ブルーガはそう言って肩をゴキりと鳴らしながら、大鉈を地に突き刺してどっかりと胡座をかく。


「了解です。私も銀賢星(この子)が重くて困ってたんです」

 これにはメイシャも直ぐに同意し、武器を下ろす。

ひゅんと指先を振ったかと思うと、地面から岩塊を生み出し、そこに腰かけた。


「おお、そりゃあ便利だな。俺にも作ってくれよ」

「いいですよ。ちょっと大きめですけど……、えい」

 ブルーガのぼやきにメイシャが快く答える。

自分のすぐ横に、座面からしてメイシャの胸元ほども高さがある岩塊を生み出す。

自分で言ったことではあったが、ブルーガは驚く。

メイシャはすぐ横、つまり自分の隣にその席を設けたのだ。

仮にも相手は人間で、自分は魔族。

見た目の歳からして、先の大戦を知らない世代だろうが、それにしても、一応は敵として向かい合っている自分に対し、あまりにも気安過ぎやしないだろうか。


「おっ、すまねぇな。……むぅ、アルメシアよぉ。言っておいてなんだが、俺の事が恐ろしくはないのか? これでも魔族にすら恐れられるもんなんだがなぁ」

 だが、メイシャはキョトンして首を傾げる。


「んー、別に? ブルーガさん、別に悪い人には見えないですし。それに、敵なら倒すだけですから」


 これには流石のブルーガも呆気に取られた。

敵なら倒すだけ。

簡単に言ってくれる。

目の前の少女は、十二軍団長とも並ぶ力の持ち主である自分たちを、こともなげに倒すと言い放ったのだ。

確かに、この少女ならばそれを言うに値するだけの力を持っている。

だが、それよりもなお驚くべきは、敵なら(・・・)、と言ったことだ。


 自分は魔族であり、この村を襲った人間の敵であり、そして今しがた大鉈を向けた相手でもある。

すでに戦意を削がれたとはいえ、その自分をして敵ではないと言ったのだ。


「ちょっと待て、アルメシア。俺は魔族だ。魔族は敵じゃないのか?」

 ブルーガが問う。

少なくとも、ブルーガ自身は、人間を敵と見なしている。

例え軍団長はおろか、魔王からの指示でさえろくに聞かない鼻つまみものだとしても、魔族を救うため、人間と戦うためにこの地へやって来ているのだ。

だが、メイシャは首を横に振る。


「魔族であることと敵であることは別のことです。私たちの前に立ちはだかるなら敵です。でも、こうして隣に座ることが出来るなら友達ですよ?」

 メイシャは心底不思議そうな顔をしてブルーガを見つめ返す。


 その瞳を見返し、ブルーガは思わず鳥肌が立つ。

その深さに飲み込まれそうになったのだ。

敵ならば倒し、そうでなければ友として迎え入れる。

逆に、立ちはだかるならば誰であろうと叩き潰す。

そこには、見かけも種族も関係ない。

その思考は、既に人間の域を越えて異常ですらある。


「ぐふははは。おい、アルメシア。俺は、お前をすげぇと思う。この場の戦い、互いに命あれば、友となってくれ」

 そう言って手を差し出す。

ここは戦場。

しかも、剣を置いたとはいえ、敵対する立場だ。

だが、それでもブルーガは、メイシャを認めずにはいられなかった。


「えぇ。喜んで。お兄さんとラク様も楽しそうですし、仲良くなれそうです」

 メイシャは、差し出された手をとる。

ブルーガの手が大きく、握手と言うよりは指先を摘むような形となったが、それでも、しっかりとその手を握る。


 ブルーガは、視線を兄の方へと向ける。

その目の前では、オグゼとラケインが死闘を繰り広げている。

一瞬の判断の誤りが確実に死を迎える程の剣戟だが、なるほど、確かに兄の顔は生き生きとしている。


「ああ、楽しそうだ」

 ブルーガは、そう言ってメイシャと二人、その戦いをながめるのだった。

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