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第九章)最後の魔王 凶行の魔族

▪️魔王軍の襲来④


 突如、ラケインの足元から白熱した炎が吹き上がる。

術者の任意で発動する罠。

それも、発動するその直前まで、視覚的にも魔力的にも探知されない凶悪な罠だ。


 火炎系魔法(フレイ)神罰の塔(ゲヘナトーレ)

冥界で罪人を焼き続けるとされる獄炎を召喚し、範囲内の敵を炭も残さず燃やし尽くす凶悪な高位魔法である。


「ゲッゲッゲ。いかに腕がたとうと所詮は人間。魔族(我ら)の魔法の前には、そこらに転がるゴミクズと同じよ」


 空中に突然現れた黒いモヤの中から現れたのは、巨大な四本角を生やした、小屋ほどもの体躯を持つ一匹の大鬼。

人の胴体ほどもある太い四本腕を持ち、屈強な肉体を覆う鈍銀色の鎧には、脈打つ程に魔力が通された刻印が刻まれている。

小鬼(ゴブリン)ら魔物とは一線を画す、明らかに高位の魔族だった。


「やれやれ、あのバカ牛共に暴れさせて楽をしようとしたのが間違いだったわ。せっかくの下僕共がこうも減らされるとは」

 右腕の一方で手下の小鬼(ゴブリン)に指図すると、村人だろう老人がグルグルと縛られ棒状になった状態で運ばれてくる。


「ギッ、ゲゲッ」

 巨大な魔族は、小鬼(ゴブリン)の差し出すその老人を無造作に掴み、

ゴリっ。

その上半分を喰いちぎった。


「ゲハハッ。若い女の柔らかな血肉もいいが、年寄りはこの骨ごと食える歯ごたえがたまらんな」

 そう言いながら、残りの半分を血に濡れた口の中へと放り込む。


「さて、もう一本……」

 空いた手で合図して、さらに人間スティックを手に取ろうとする。

だが、


──ズシュッ

 伸ばした腕に一本の筋が走る。


()っ! くそ、誰だ!」

 傷に比してあまりに巨大な腕とはいえ、傷自体の大きさは小さくはない。

突然の攻撃に、伸ばした手を引っ込めて辺りを見渡す。


「……ほぉ、俺の魔法から逃れたとはな」

「それはこっちのセリフだ。今の斬撃、腕を落とすつもりだったんだがな」


 立ち上る炎の中から現れたのは、劫火に消えたと思われたラケインだった。

その左手の蒼輝(ラピス)からは、淡藤(あわふじ)色の宝玉が強く発光していた。


「ふぅ。流石に、アロウに感謝しなくてはな」


 蒼輝(ラピス)に埋められていたのは粘魔核(スライムコア)だ。

敵対する魔物の力量が上がってきたこともあり、抗魔力に乏しいラケインのために、アロウの進言で手に入れて置いたものだ。

ほぼ無尽蔵に魔力を吸収する長老粘魔核(エルダースライムコア)程ではないが、かなり成熟した核が使われている。

無論、この程度の核の蓄魔力程度では、高位魔族が必殺のつもりで使用した魔法に抗えるはずもないが、わずか数秒の間隙を作ることは可能だ。

そして、その数秒で充分。

ラケインが闘気で身を守り、そしてメイシャが障壁を作るには、お釣りが来るほどの余裕ができたのだ。


「ふぅん。派手な火の手が上がったと思えば、やっぱりお前だったのか、メイダルゼーン」

 通りの向こう側から、神罰の塔(ゲヘナトーレ)の炎を見て駆けつけたアロウとリリィロッシュが合流する。

これで4対1。

ちょうど魔族を挟撃する形となっている。


「来たか、アロウ」

「うん。蒼輝(ラピス)の核は、うまく作動したみたいだね」

 前方にラケインとメイシャが、後方にアロウとリリィロッシュが立ちはだかる。

だが、それでもメイダルゼーンと呼ばれた魔族に焦りの様子は見られない。


「ゲッゲッゲ。こんな辺境まで名が知られるとは、俺も捨てたものでは無いらしいわ」

 メイダルゼーンが腕をさすりながら愉快そうにして肩を鳴らす。


「勘違いするなよ。お前を知っているのは別口だ。もっとも、お前の下衆さ加減はよく知っているけどな」

「ほざけ、人間がぁ」

 アロウの言葉に苛立ったのか、メイダルゼーンは、そちらを向いて一組の腕を上げ威嚇する。


「おっと」

 だが、それもブラフだったようだ。

視線がアロウに向いた隙にラケインが斬り掛かるが、それを誘っていたのだろう、巨大に似合わぬ軽やかな動きで刃を受け止め、剛腕で反撃する。


「ラケイン、こいつは態度と違って油断や増長などとは無縁の男だ。慎重に行くぞ」

「そのようだな」

 仮にも相手は、魔王軍で一部隊を任されるほどの実力者なのだ。

今の一連の動きで、ラケインも認識を改める。


「ふむ、本当に俺のことを知っているようだな。小僧、貴様何者だ」

 メイダルゼーンもまた、アロウに対して認識を改める。

前大戦、つまり、前魔王であったリオハザード(アロウ)が勇者に敗れて二十一年。

見かけからも、アロウやラケインがその当時を知るはずもないのだ。


「教えてやる義理はないし、言ってもどうせ信じないよ」

「ふん、なるほど。ともあれ貴様らもそこそこに腕がたつようだ。後ろの娘二人も考えれば、こちらも慎重を期さねばならんな」

 メイダルゼーンは、そう言うと、胴当ての中から複雑な模様の刻まれた短剣を取り出し、ラケインに向けて投げつける。


「あれは……、ラケイン! それは」

 短剣はラケインの足元に突き刺さる。

狙いが外れたか?

そうではない。

短剣は、それ自体での攻撃を狙ったものでは無い。

地面に刺さった短剣が強く発光する。

探検に刻まれた刻印から魔法陣が展開しその効果を発揮する。


「ふん、くそ鬼が。都合のいい時だけ呼びやがって」

「そう言うな、ブルーガ。おかげでまたこいつとまみえることが出来るんだ。せいぜい楽しませてもらうとしよう」


 召喚魔法(サモンスペル)の刻印だったのだろう。

短剣から現れたのは、二人の牛巨神(ベヒーモス)

オグゼとブルーガの兄弟だった。

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