第二章)冒険者の生活⑪ 人魔会談。真実の歴史
「なぁなぁ! すげぇ戦いだったじゃん!」
「二人ともあんなに強かったのかよ!!」
「エレナ先生に呼ばれてどうだった? 怒られたの?」
クラスへ戻ると、ラケインと僕は、皆の質問攻めにあった。
いや、皆と言うと語弊がある。
クラスのメンバーの態度は大きくわけて三つに分かれているようだ。
一つ目は、単純に高度な戦闘をした者、教師に呼び出された者への興味。
プライドの高い貴族の出身者が多いとはいえ、冒険者を目指そうという強さを求める者達の集まりだ。
クラスの半数はこちらに属しているようだ。
二つ目は、実力を偽っていた僕らへの不信と怒り。
しかし、それが嘲りなどによるものではないと、一応は理解はしてくれているようだ。
確かに彼らの気持ちは分かる。
理由があったとはいえ、彼らには申し訳ないことをした。
三つ目は、嫉妬。
貴族様の多いこの学校で目立つことは、彼らの反感を買うこととなる。
優雅に剣を抜き放ち、敵を前に正々堂々と名乗りを上げるお貴族様の流儀の中とはいえ、彼らなりに騎士見習いとしてのプライドがある。
そんな彼らと、圧倒的に力の差があることを見せつけたのだ。
いずれにしろ、このクラスの在り様に一石投じてしまったのは間違いない。
その場は、ムードメイカーのダンテが反感を持つ組をあしらい、雰囲気をごちゃ混ぜにしてまとめてくれたが、今後このクラスにいることは、お互いの利益にはならないだろう。
その当たりのことも、今後話を詰めていかなければならない。
その夜、普段は夜に使われない会議室に、三人の人影が集まる。
もちろん、僕とラケイン、そしてエレナ先生だ。
これから話す内容は、周りに人がいる状況で話すにはあまりに物騒だからだ。
実際、あの後、エレナ先生が高めた魔力のせいで、すぐに何人かの教師が駆けつけてきたのだ。
「お時間を頂き、ありがとうございます。先生」
「いえ、大丈夫です。私の方ももっとあなたに話を聞きたいと思っていましたから」
「ラケインも済まないね、こんな夜更けに。正直、関係ないとも思うけど、第三者としての意見も聞きたくて着いてきて貰ったんだ」
「……いや。いい」
同室とはいえ、ラケインまで巻き込んでしまい申し訳なく思う。
どういった経緯で《四天王》の息子が冒険者になろうとしたのかは知らないが、決して悪目立ちしたくてここへきたわけではないだろう。
それにしても、酷い偶然もあったものだが。
「それでは誰がどこから話しましょうかね」
僕と、エレナ先生と、|ラケイン|人間による、人魔交えての会談。
たった三人とはいえ、この一万年もの間、ただの一度も行われなかった快挙である。
互いにあまりに謎。
互いにあまりに不干渉。
ただ、相手を恐れ、憎しみ、争ってきた一万年である。
「さて、その前に」
エレナ先生はそう言うと、口の中で小さく呪文を呟き宙に指を振る。
虹色の鱗粉が舞い上がり、会議室を覆っていく。
おそらく遮音の結界だろう。
術式としては、第二位階程度のものだが、流石は元『僧侶』、
ラケインなどその幻想的な光景に見入っていたほどだ。
しかし、この状況はよくない。
話し始める前にしなければならない事ができた。
「先生、この結界は、神聖系の術式によるものですよね?」
そう言って、虎の子の魔石を使い、新たに結界を張る。
神に仕える僧侶であるエレナ先生が行う術なのだ。
間違いなく神の術式が使われている。
それではダメだ。
敵の術式の中にあるなど、蚊帳で矢の雨を防ぐに等しい。
「魔力量は少なくても、精密かつ堅牢。流石は『魔王』ですね。私の結界では不十分でしたか?」
エレナ先生は、自分の結界を信用されなかったと思い、気色ばんだようだ。
「違います。エレナ先生ではなく、この魔法そのものが不都合なんです。先生には失礼でしたが、どうか分かってください」
一応説明はするが、エレナ先生には申し訳ないことをした。
世にある魔法とは、大分ざっくりと分けて二種類ある。
精霊系と神聖系だ。
普通の魔法使いが使う精霊系の魔法は、属性のついた魔力そのものである精霊の力を借りるもの。
対して神聖系は主に僧兵が使い、『神』からその力を借り受ける。
『魔王』の敵である『神』の術式など、なんの隠蔽にもならないのだ。
「……僕からいいかな?」
意外な人物から最初の議題が上がった。
ラケインだ。
いや、その質問を考えれば、確かに、それが一番はじめに問われるべき内容だった。
「アロウ、『魔王』は、どうして人間の国を攻めるんだ?」
ラケインの問は至極真っ当なものだ。
人間からすれば、魔族や魔王は単なる悪だ。
「ラケイン。その質問に答えるのは簡単だけど、少し待ってほしい。今それを言葉で話しても、多分正しく理解されないと思う。割り込むみたいで済まないけど、僕の質問を先にさせて欲しい」
ラケインは、無言で頷き了承する。
「質問、ですか。『魔王』の貴方が」
エレナ先生がつぶやく。
ラケインと同じく、人間側であるエレナ先生からすれば、一方的に襲ってきた魔族になんの質問があるんだというところだろう。
「はい。先日の歴史の授業。あれを聞いて、僕には理解できない部分が多かったんです。僕の知る、世界の歴史と、エレナ先生の言う人間の歴史には、重大な差異があるんです」
そう言って、エレナ先生に向かい合い、質問を投げかける。
「まず、先日の歴史の授業ですが、あれは、聖職者として教会の教える歴史の内容でしたか?それとも、一般的な歴史の内容だったんですか?」
エレナ先生は、それこそ理解できないようにキョトンとしている。
「教会の教える歴史……? どういうことでしょうか」
「人間の世界では、権力者が歴史を改ざんすることが多いはず。あの歴史が、教会の手によるものなのか、一般に知られている正しい歴史なのかが知りたいんです」
エレナ先生も、ここで僕の意図するところを飲み込めたようだ。
「そういうことですか。あの授業は、一般的に認識されているもので間違いないですよ。ただし、その教えは教会からもたらされているので、教会の教えと言っても間違いではありません」
そう、答えた。
なるほど。
やはり、『神』意図的に歪めた歴史を人間は信じている。
そう思って間違いなさそうだ。
寿命の短い人間にとって、有史からの三千年。
認識を歪ませるには十分な時間だったのだろう。
「分かりました。それでは、先に僕の知る限りの歴史をお伝えします。もちろん、これは魔族の中で伝わっている歴史であり、絶対に正しいと言いきれるものではないと前置きしておきますね」
そして、僕は魔族側からの視点で歴史を説明することになる。
およそ一万年前まで、この世界は現在でいう魔族のものだった。
そして、その頃の魔族は、今の人間達とその姿はほとんど変わらなかったという。
今でも高位の魔族ほど人間に姿が近いのはそのためだ。
この世界は魔力に満ち、自然と精霊の力が溢れる楽園だった。
ある時、この世界に『神』が降り立った。
この世界の魔力に目をつけ、自分の治める楽園を作り出そうとしたのだ。
『神』は、魔族を眷属にしようと祝福を与えようとした。
しかし、残念ながら魔族と波長が合わず、祝福を受け入れなかったのだ。
『神』は魔族を疎んじ、この世界に新たな大陸と、神を信じる新たな人類を作り出した。
それが、現在の人間たちだ。
元々、豊富な魔力が満ちた世界で、魔力から生み出されてきた半エネルギー生命の魔族や魔物。
魔族とは、正しく〈魔〉の一〈族〉だった。
それに対して、魔族の体をベースに、神の力を受け入れるように生み出された、物質に依存する生物。
それが人間だ。
そして、『神』が作った新たな大陸は、元々大海だった地域に無理やり空間を広げ、大地をそこにねじ込んだ歪な土地だった。
この世界の魔力に依らない、神の力による大陸。
それがこの世界だ。
それから数百年後、世界は『神』すら予測しなかった大きな軋みを見せる。
空間をねじ曲げてまで作った大陸によって、豊富だった魔力は、魔族の世界に押し寄せ、毒となるまでに濃縮された。
魔族は濃密な魔力によって、大きな力を得るのと引きかえに、魔物たちの因子をも取り込んでしまい、怪物じみた、多種多様な種族となった。
魔物達も濃縮された魔力によって凶暴化し、魔族にも甚大な被害を与えた。
『神』は、新たな大陸に結界を施し、濃密な魔力から大陸や人間たちを守った。
それでも、人間達の世界にわずかに流れ込んだ魔力によって人間たちの一部は変質した。
それが後にエルフやドワーフ、獣人ら、亜人となる。
世界は軋み、歪み、数千年のうちは、天変地異のない日は訪れなかった。
それでも、魔族は耐え抜き、魔物も何とか生き延びた。
濃縮された魔力を、一際受け継ぎ発生した一人の魔族が誕生したのだ。
それが『魔王』の誕生だ。
『魔王』の放つ魔力によって、魔族は加護を得て、厳しい時代を生き抜くことが出来たのだ。
その頃人間は、神の力で大陸ごと守られ、天変地異など知らぬように穏やかに生きていた。
この新大陸は、『神』の箱庭だった。
濃密すぎて毒となる魔力と、神の力を受け付けない魔族は、魔族の土地へ。
そして神を崇め、その力を受け入れる人間たちは、穏やかな新大陸へ。
新大陸に限ってのみいえば、神の加護によって守られた、完璧な楽園だったのだ。
しかし、世界の軋みはそれだけでは収まらなかった。
いかに神の力とはいえ、無理やり新大陸をねじ込まれ、肥大化した世界は、崩壊を始めたのだ。
魔族の世界は荒れ、大地からは毒となった魔力が吹き出し、空は常に毒の魔力を持った雲に覆われるようになったのだ。
そして、何代か前の『魔王』は、神の力によって隔離された新大陸に目をつけた。
濃密すぎる魔力を、新大陸に逃がす。
それによって、新大陸もまたこの世界の一部となり、世界の崩壊を防ぐことが出来るのではないかと。
それが、魔族の人間界侵攻の始まりだ。
始めは、人間にも詳しい説明を行おうとした。
しかし、人間は神の言葉を信じ、魔族を悪と断じた。
魔族は大陸の中心に存在するという、神の力の結晶を目指したが、人間の激しい抵抗にあった。
そして人間との永い争いの歴史が始まったのだ。




