第二章)冒険者の生活⑩ 告白
「座って下さい。ごめんなさいね、呼び出して」
教員室へ向かっていたが、他の教師が何人か詰めていたので、その隣の小さな会議室へと移った。
その表情はいつも通りの温和な雰囲気だ。
僕とラケインは、訓練場からそのまま来たので、防具もつけたままだ。
「まずは言っておきますが、別にあなた達を叱るために呼び出したわけではないの。少しやりすぎたとはいえ、訓練での戦闘は、別に罰せられるものではないわ」
そう言って、一呼吸置く。
「単刀直入に言うわ。あなた達は何者なの?」
一瞬にして、エレナ先生の雰囲気が変わる。
温和な表情はそのまま。
魔力だって使っていない。
けれど、その身から発せられる気迫は、大型の魔物のものにも引けを取らない。
気圧される。
半年前、初めて偽魔狼と向かい合ったとき以来の感覚だが、その圧力は比べ物にならない。
「何者、とは、どういう意味でしょうか?」
直球で投げられた質問を、まずはかわしてみる。
こちらもいきなり本題に入ってもらうのは望むところなのだが、この場にはラケインもいる。
彼も何か訳ありのようだが、いくらなんでも彼の前で自分は『魔王』だなんて言えるわけもない。
「そうね、質問があまりにも漠然としすぎていましたね」
エレナ先生は思案げに目を伏せ、今一度問い直す。
「では、質問を変えましょう。あなた達の力は、年齢や学生という枠に納めるには明らかに逸しています。今すぐに冒険者や騎士として勤めても充分な力を持っています。この学校へ来た目的は何ですか?」
基本的に、育成学校へは冒険者になるための基礎を学ぶために来ているものがほとんどだろう。
規格外の力を持った僕たちが、入学することが不自然、といえばそうか。
しかし、目的……と言ってもな。
ヒゲたちが王国に雇われなければ、此処に来ることもなかったわけで。
「僕は、両親が王国に召し上げられたので、独り立ちできる準備のためにここに来ました」
ありのままを説明する。
冒険者となっても、初めは皆Eランクスタートなのだ。
割のいい討伐系依頼も受けれず、危険だけが大きい新人冒険者。
そんな中で生きなければならない。
しかし、育成学校を卒業できれば、Cランクの資格をとることが出来、多少のノウハウも学べる。
なにより、高配当の依頼を受けることができるようになり、ようやくまともな生活を送れるようになるのだ。
エレナ先生にはそう説明した。
「ラケインはどうなの?」
「……同じです。独り立ちの準備のために」
ラケインも同じようだ。
なんだかんだ、ルームメイトでもあり信用できる友人だ。
彼の美徳は、不要に嘘をつかない事。
だから、この回答も本当のはずだ。
……もっとも、嘘をつくほど会話が成立しないということもあるが。
「そう。では、次の質問。あなた達二人を育てたのは誰?」
これは、僕の場合はリリィロッシュか。
魔族である、と言わずに、Bランクの冒険者だと言えば嘘はない。
しかし、ここで、エレナ先生はこの質問の核心を攻めてきた。
「始めに言っておきます。私は、前勇者パーティで『僧侶』を務めていました。そして、あなた達の戦い方に見覚えがあります。この意味をよく考えて、答えてください」
そう言って、今度こそ、魔力を纏って威圧の気迫を放ってくる。
まさかここでその言葉を使うとは。
やはりエレナ先生も、ラケインの剣技に見覚えがあったのだろう。
「……育ての父は、ウォル=レイドロス。魔族です」
ラケインが驚くべき発言をする。
ウォルという名は偽名だろうか。
だが、レイドロスなら分かる。
かつての魔王軍において、《四天王》“魔剣”のレイドロスと呼ばれた剣の達人だ。
長剣をあやつる剣士で、剣技においては僕の師でもあった。
そして、最終決戦で戦士が見せた装気剣技の生みの親でもある。
そうか。
あいつもリリィロッシュ同様、野に降り、人と共に暮らしていたのか。
そして彼の名前に聞き覚えがあるのは、エレナ先生も同様のようだ。
「《四天王》、レイドロス……」
驚愕の表情と共に、彼の剣技が前魔王と酷似していたことに納得したようだ。
「彼は、『戦士』と戦い敗れたと聞きましたが、生き延びていたのですね。自らの剣技にのみ執着し、およそ心と呼べるものがない人物と聞いていましたが。一応聞きますが、危険はないのですね?」
彼を育ての親と呼ぶ、ラケインに気を使ったのだろう。
人間の世界の中に最強クラスの魔族が潜んでいる、その危険性をあえて言わず、念のため、と確認する。
「はい、父にとっては剣が全て。そこに人も魔族もありません。しかし、剣が関わらない部分においては、優しい父でした」
そうか、剣の執着は以前のままだが、それ以外にも気を向けることが出来たか。
きっと、『戦士』と剣を交えて感じいるものがあったのだろう。
配下であり、師であるレイドロスの無事と成長に嬉しくなる。
「ラケインについては分かりました。まだ安心はできないので、調査する必要がありますが。さて、アロウ。あなたはどうなのですか?」
さて、どうしたものか。
僕の力や技術について問われている。
それだけならば話は簡単だ。
国に召し抱えられるほどの父と、流れの冒険者に鍛えられた。
これだけで話はつくし、嘘ではない。
だが……
「その前に一つだけ約束してください。今からお話しすることに、嘘はありません。そして害意も敵意も無いことを信じてほしいんです」
無駄かもしれない、それでも、自分に敵意は無いことを宣言しておく。
「分かりました。神の名においてあなたを信じます」
エレナ先生はそう約束してくれた。
ラケインを見ると、静かに頷いてくれた。
それだけで、心が軽くなる。
後のことは知らない。
エレナ先生は、自分が勇者パーティであったことを明かしてくれた。
ラケインは、父が魔族であることを明かしてくれた。
そこには、駆け引きもあったのだろう。
それでも、多少は、僕への信頼もあったはずだ。
それに応えたい。
「転生です。僕自身はただの人間ですが、前世では『魔王』でした。今の剣技は、唯一僕を負かした、『勇者』のものを参考にしています。先生が見覚えあるというなら、そのせいでしょう」
そう、自分の身を明かしたのだ。
「『魔王』……」
流石のエレナ先生も呆気に取られているようだ。
それはそうだろう。
かつて死闘を繰り広げて、ようやく倒したはずの魔王が目の前にいるのだ。
「先の言葉を覆すようですが、流石に……。いきなり信じることは出来ませんね。あまりにも内容が……」
「でしょうね。正直、僕自身も自分の境遇に気持ちが追いついてませんので。では、これはどうですか? 『神の代弁者』、『女神の抱擁』。この言葉は?」
「……っ!」
エレナ先生が息を飲む様子がわかる。
これは、最終決戦のおり、『魔王』が『勇者』を指して言った言葉と、エレナ先生が最後に放った技だ。
「その言葉を知っていると言うなら、間違いなく真実なのですね。『魔王』……、魔王・リオハザード!」
エレナ先生から魔力が吹き荒れる。
その手には、収納の魔道具から出したのだろう、いつの間にかメイスが握られている。
「待ってください! さっきも言いましたが、僕自身に敵意はありません。今は人間のアロウ=デアクリフなんです!」
「信じましょう。いえ、信じたいです! それでも、今この場には『勇者』も『戦士』も『魔法使い』もいない。せめて私だけでも、『僧侶』として人間界を守る使命があるのです!」
そう言いながら、エレナ先生の魔力はどんどん高まっている。
……不味いな。
完全にパニックになってる。
僧侶といえばサポート職だ。
恐るべき防御魔法や補助魔法はあっても、攻撃能力は他のメンバーに数段劣る。
たった一人で魔王の前に立つと思えば、こうなるのも仕方ないか。
ここは……
「狼狽えるな! それでも貴様は、我が認めた、あの『勇者』の仲間か!! そのような手合いが、我に膝をつかせようはずもなかろう!!」
なけなしの魔力を込め、『魔王』の記憶を手繰り寄せ、『魔王』としての言葉を放つ。
魔力を込めたその言葉は呪言。
魔力の耐性のないものが受ければ、そのまま傀儡となってしまうが、今回は圧倒的格上への言葉。
間違っても効果があるものではない。
しかし、『魔王』が、『勇者』パーティへ向けた言葉なのだ。
魔力は届かなくても、魂に届かない道理がない。
「っ! 『魔王』……」
高まった魔力はそのまま。
それでも、エレナ先生は多少落ち着きを取り戻したようだ。
「『魔王』、いえ、アロウ。あなたを信じましょう。今の言葉は、正しく『魔王』のものでしたが、だからこそ、あなたの言葉を信じられます。……ええ、まさか『魔王』に諭される日が来るなんておもいませんでしたが」
そう言って、徐々に魔力を納めていく。
「取り乱してすみません、もう大丈夫です。……それにしても、魔王軍の四天王に前魔王ですか。正直、想定外もいいところですね。それに、ラケインはともかく、アロウは意外でした。まさか魔王が勇者の剣を使うとは……」
あぁ、確かにそうだな。
魔王の剣を使っていたラケインが、魔族に縁があっても想像に固くないが、勇者の剣を使っていた僕が、まさか魔王だったなんて、驚くなという方が無理な話か。
「魔王と僕とでは体格も魔力量も違いますから。魔王の戦い方は、今の僕には無理なんですよ」
そう言って、リリィロッシュの受け売りを話す。
「分かりました、受け入れましょう。というか、四天王と魔王が相手ならば、私にはそうする他は無いのですが。あなた達については、要監視とさせてもらいます。とはいっても、私のクラスにいる以上、実際になにか変わる訳ではありません」
良かった。
これで誤解はとけたようだ。
めでたし、めでたし。
……では終われない。
せっかく秘密を打ち明けてまで先生と距離を近づけることが出来たのだ。
この世界の秘密を知るチャンスだ。
「ありがとうございます。でも、僕からも先生にお聞きしたいことがあるんです」