表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/171

第二章)冒険者の生活⑨ ラケイン=ボルガット

 まずは情報収集だ。

ラケインに、今朝の授業について話を聞いてみる。


「ラケイン、今朝のエレナ先生の授業だけど、あの話って聞いたことあった?」


 至極軽めに聞いてみる。


「……ああ、ある」


 無口なラケインだが、授業の通りらしい。

というか、何を考えているか表情が読めない。

何人か他の生徒にも聞いてみたが、特に違和感はなかったようだ。

すると、少なくともエレナ先生のでまかせ、ということは無さそうだ。


「でも魔界ってなんだろうなぁ。この世界の裏側って言っても、想像つかないけど」


 そう、少なくともこの空想(ファンタジー)だけは、受け入れられない。

すると、驚くべき言葉がダンテから返ってきた。


「ははっ、想像は出来ないけど、この大陸に魔族の巣がない以上は、どこか別の世界にあるんだろうな」


 え?

この大陸に無ければ別の世界?

別の大陸に住んでるという発想はないのか?


 よく話を聞いてみれば、人間たちは、驚くべき世界観を持っていた。

世界には、陸地はこの大陸一つしかなく、周囲を囲む海の向こうは、世界の果てと呼ばれ断崖絶壁となっている、というのだ。

ちなみに、僕が魔王だった頃の魔王城は、侵攻用の拠点として大陸の西端に作っている。

これも、人間達から見れば、魔界とやらから出現した代物に見えたのだろう。


 一度、しっかりと話を聞いてみたい。

少なくとも、教会の関係者であり、勇者パーティの一人である『僧侶』エレナ先生なら、その辺りの事情をよく知っているはずだ。

だが、ヘタをすれば、僕が魔王であったことはともかく、少なくとも魔族の関係者であることは、分かってしまうだろう。

そうなれば、僕はもちろん、リリィロッシュにも手が回る。

タダでさえ、魔族に追われているのに加え、人間まで敵に回る。

それだけは避けなくては。


 そういえば、リリィロッシュが今の魔族に追われている理由も聞いてなかったな。


 ……知らないことばかりだ。

人間の信じる歴史と魔族が知る歴史の謎。

リリィロッシュと魔族の関係。

そして、新たな複数の魔王たち。

これまでは、魔王であったことに恥じないように生きていきたい。

そう漠然と思っていた。

それどころか、ただ生きていくのでさえ必死だったから。


 だが、今からはちがう。

目的ができた。

この世界の謎を解く。

魔族を正しく人間に知らせる。

そして、人間と魔族の戦争の歴史を止める。

大それた夢だ。

しかし、今の僕にしか出来ない事なのだ。

魔王であり、人間であり、何より、冒険者である。


 冒険をしよう。

かつて未開地を切り開いた先達のように。

偽りに満ちたこの世界を、切り開いてみせる。




 と、決意を固めたはいいが、具体的な方法を見つけられずにいるまま、学校での生活は過ぎていく。


 今日は戦闘訓練がメインだ。

剣、槍、大剣を扱う戦士組はもちろん、魔力が尽きた時のために、魔法使い組も訓練を行う。


 そもそも、魔法使いそのものの数が少ないために重宝されているが、実際に魔法のみで戦闘に耐えられる魔法使いは少ないのだ。

それでも冒険者としてやって行けるのは、単に魔法自体の威力にある。

決まればでかい。

ただそれだけだ。


 だが、目まぐるしく戦況の動く実際の戦闘では、魔力を高めるために集中する時間などない。

そして折角の魔法が敵に当たるとも限らない。

初心者の魔法使いは、何の成果も挙げられないまま、魔力が尽きてしまうことが多いのだ。


 ここでは、そんな魔法使いの生存率を上げるため、簡単な体術の授業も行っている。

授業は戦士組と一緒に行われる。

もちろん魔法組のメニューは数倍優しいものになるが、それでも音をあげる者が後を断たない。

これは、戦士組に優越感を与えるためでなく、魔法組の体力の無さを正しく理解することで、今後パーティを組む時の齟齬を無くすことが目的らしい。


 正直、楽勝だ。

魔力で身体を強化する必要すらない。

村で密かに訓練していた時より楽なくらいだ。


 走り込みも、こんな平坦な運動場ではなく険しい山道だった。

トレーニングも、剣の修行として木の棒を振っていた頃の方がきつい。

体術の特訓も、リリィロッシュに扱かれていた時なんか思い出したくもないほどだ。


 だが、今日は、“本気”でやってみた。

走り込みでは魔法組を置き去りにして、戦士組について行った。

トレーニングでは、魔法組の半分以下の時間でノルマを終えた。

体術では相手が嫌がってしまったので、戦士組と手合わせし、そのうちの何人かには勝つことも出来た。

いきなりの活躍に周りもざわついたが、そこは前もって考えていた言い訳を使う。


「周りの人が大変そうにしていたから言い出せなかったんです。でもみんなが必死にやってるのに自分だけ楽をしているのが嫌になったんです」


 もちろん嘘だ。

これまでは、間違っても魔族との関わりを怪しまれないように力をセーブしてきたが、事情が変わった。

当面の目標は、もちろんエレナ先生だ。

まずは優等生としてエレナ先生に近づく。

当然、奥の手である魔力操作までは見せない。

リリィロッシュとの特訓で培った、自力のみだが、それでも同年代の学生達相手には圧倒できるだろう。



 そうして優秀な成績を見せつけながら様子を見ていたのだが、どうやら一人の心に火をつけてしまったようだ。


「……やろう」


 訓練用の闘技場を指差し、僕のルームメイトが呼びかける。

左手に持っていたはずの大盾を置き、高揚の為か、右手の大剣を強く握りこんでいる。

ラケインは確かに強いが、あくまで同年代としては、だ。

彼には悪いが踏み台にさせてもらおう。


 と思っていた瞬間が僕にもあった、はずなのだが、


「ちょっ、ちょっと待っ……!」


 ラケインの大剣が眼前に迫る。

ラケインの戦闘法は単純だ。

全身甲冑(フルプレートメイル)に防御を任せ、身長程もある大剣による怒涛の攻撃で相手を圧倒する。

ラケインの恐ろしいところは、そんな大剣を片手で振り回す膂力だ。

しかし……。


 これまで何度か一緒に狩りにも行った。

一緒に簡単なクエストをこなしたこともある。

授業外の特訓にも付き合ったことがある。


「くっ!!」


 間一髪、大剣をギリギリで避ける。

体のすぐ横を剣圧による暴風が過ぎ去ったかと、今度は剣に吹き飛ばされた地面の石礫に晒される。


 今まで知っていたラケインの動きとは違う!

これまでのラケインは、左手に大盾を持ってはいるものの、鎧に身を任せ、防御を考えずに突貫し、全ての力を次の攻撃のために使い、完全に防御を捨てた、超攻撃重視の重戦士型(パワースタイル)だ。

大盾を捨てた今も、片手で大剣を振るい圧倒してくる手順は同じだが、その練度と体捌きが違う。

迫るスピードが違う。

剣速も違う。

そして右手で大剣を振るったかと思えば、両手持ちで素早く切り返したりもする。


 それにあの左手の構えはなんだ?

これまで防御の一切を鎧に任せていたのに、あの左手は明らかに防御を意識している。

いや、カウンターを取れる構えにある。


 身に覚えがある。

片手に大剣。

片手に魔法。

徒手と魔法という違いはあっても、この攻撃を覚えている。

これは、(魔王)の剣技だ。


 辛くもラケインの大剣から逃れ、距離をとる。

遠距離の魔法攻撃こそないが、圧倒的な攻撃力と、隙のない身のこなしは、とても同年代の少年のものとは思えない。

しかし、これが(魔王)の技なら、こっちはその宿敵(勇者)の技を使おう。

もう出し惜しみはなしだ。


「はぁっ!」


 魔力操作で身体能力を引き上げる。

手に持つのは、杖でなく長剣。

それを両手で構え、魔力を高める。


同時詠唱(ダブルアクション)

 剣を構え行動しながら魔法を使う。

魔法戦闘の基本ではあるが、その使用者は決して多くはない。

まして、学生のうちにその技術を操れるものなど、数える程しかいまい。

それでも、出し惜しみをしていたらやられる。

そう思わせるほどの力と気迫をラケインは見せていた。


 こちらの魔力を感じとったのだろう、無口なラケインが口の端を歪める。


「……やるな」


 ラケインの気が一層膨れ上がる。

ラケインもまた、意識の中で一段、能力を上げたようだ。

強大な闘気を身体に循環させ、身体能力をあげる操気術。

魔法使いの魔闘法と対となる技だ。

しかし、一流の戦士が使うそれは、魔法使いの魔力操作を遥かに上回る。

攻撃力、防御力、スピード、反応速度。

これを極限まで極めると、かつて『戦士』が使った、装気剣技となる。

ラケインの技は、未だそこまでの段階には無い。

しかし、間違いなく一流の剣士のそれに、決して劣るものではない。

ラケインの周囲に渦巻く闘気の嵐が、それを物語っている。

こんな暴風のような闘気を待っていては、身が持たない。

先手必勝!


「行くぞ、ラケイン!!」


 魔闘法で高めた身体能力をフルに生かし、ラケインへ突貫する。

いくら身体能力を高めたとはいえ、魔法使いが一流の戦士に近づくのは自殺行為だ。

だが、生憎こっちは普通の魔法使いじゃない。


 ラケインに肉薄し、剣を振るう。

剣は魔力で強化している。

片手で持った剣では、ラケインの力に抗えない。

足りない力は両手で固定し、スピードにかける。

これなら、ラケインの大剣にも対抗できるはずだ。

しかし、ラケインは剣を受けず、至極当たり前のように、身を躱し、大剣を振り下ろす。

こちらも、それを剣で受け止めることはせず、全力で回避。

いかに強化したとはいえ、攻撃に回ったあの大剣を受ける自信はない。

すぐさま魔法で反撃。


石礫ストーン・ラッシュっ!!」


 これが並の魔法使いなら、一旦距離をとり、魔力を高める必要がある。

しかし、そんな隙を逃すラケインでは無いはずだ。

僕にはそれが必要ない。

行動しながら常に魔力を練り、速効で魔法を使用できる。

これが同時詠唱(ダブルアクション)の効能だ。


 しかし、ラケインは、これも予想していたかのごとく、おおよその防御を鎧に任せ、左手で飛礫を打ち返す。

返された飛礫は小石の散弾となって襲ってくるが、これは土壁(ストーン・ウォール)で防ぐ。


 十秒にも満たない攻防。

しかしこれで分かった。

理由は分からないが、ラケインもまた、僕と同じように力を隠していた。

学生にしては上等、の力ではない。

明らかに一流の戦士に近い力を持っている。




「そこまで! 二人とも剣を納めなさい!」


 ここでエレナ先生が割って入ってきた。

しまった。

皆の目もある中で、やりすぎてしまったか。


「二人とも、教員室へ来なさい。ほかの皆は自習にします」


 エレナ先生はそう言うと、踵を返して、足早に去っていく。


 しかし、僕には見えてしまった。

いつもは温和なその顔が、かつて魔王城でみた、あの厳しい表情に変わっているのを。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ