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第八章)混迷の世界へ ある村の戦い。終結

▪️エウル王国の北伐③


 その報を聞き、そちらへ目をやる。

黒地に白い刺繍の蛇が描かれた旗。

手勢はおよそ百か。

そしてその先頭に、一際体の大きな鎧姿が見える。

全身黒づくめの重鎧を身につけた鬼神。


「やっと出てきたか。……あれが、“蛇王”」


 それは、異常な光景だった。

荷物を運ぶための魔蜥蜴(ホラレ)馬車が数台。

百人ほどの盗賊は、皆徒歩(かち)である。

黒一色で揃えたとはいえ、その装備はまちまちで、あるものは鋼の胴鎧、あるものは皮の前垂れ、またあるものは木を束ねただけの盾を手に、高価な鎧や法衣を装備した千を超える軍に突撃している(・・・・・・)


 馬鹿げた話だ。

仮にも、四大王国の正規軍である。

その練度が低いはずもない。

それが、十倍を超える人数も、貧弱な装備もものともせず、局所的にとはいえエウル軍を圧倒しているのだ。


 その中心にいるのが、黒づくめの重鎧、“蛇王”である。

彼の得物は、重く巨大な槍だ。

蛇頭を模した穂先が鈍色(にびいろ)に煌めく度に、鮮血が高く舞い上がる。

突き、払い、薙ぎ、叩き、また突く。

後方からの奇襲ということもあり、その猛烈な攻めの前に、エウル軍はなすすべもなく切り裂かれる。


「──、──」

 蛇王がなにか指示を出しているが、当然この騒乱の最中だ。

何を言っているのかは、分からない。

だが、その手振りで何を狙っているのかは、すぐに分かる。


「ラケインっ!」

「任せろ!」

 目配せもなくラケインが僕の意を察して前に出る。

目の前では、《密林の蛇王(ナーガロード)》の一団が、ムルムの軍を断ち割っていく。

今この場で振るうのは、万物喰らい(フルイーター)だ。


爆炎系魔法(ブラスト)赤扇(レッドクリフ)っ!」

 爆炎で周囲の兵を薙ぎ払う。

その一瞬、槍衾(やりぶすま)に空隙ができる。


「〈大斬撃(だいざんげき)〉“虎王(こおう)”っ!」

 爆煙に怯んだ僅かな隙を狙い、ラケインの万物喰らい(フルイーター)が唸る。


 “魔剣”レイドロスがラケインに伝えた操気剣技は、大きく分けて二つ。

闘気を剣に纏わせ、破壊力を上げる〈終剣技(ついけんぎ)〉と、闘気を剣に乗せて飛ばす〈大斬撃〉。

さらに基本となる剣技に上乗せすることにより、その性質は千変万化する。


唐竹に撃ち降ろす、山をも割る最強の一撃“破山”。

袈裟に振り抜き、天を裂き地を割る断てぬもの無き刃“雷豪”。

真横へ薙ぐ、闇を両断する開闢(かいびゃく)の剣“(ぎょう)”。

地より逆巻き、昇龍の如く立ち昇り天をも喰らう“昇星”。

必殺の一撃を切り返し、天翔る燕すら落とす神速の連撃“飛燕”。

一点に力を凝縮し、万物を穿ち閃光の如く駆ける“一閃”。

乱撃により、間合いの内を必滅の陣と成す“滅界”。

そして、物質を斬る斬撃でなく、空を断ち空を爆ぜ圧殺する覇王の咆哮、それが“虎王”てある。


 ──メシっ、ベキっ


 “虎王”の剣圧により爆ぜた空間が、衝撃波となってエウルの兵達を消し飛ばす。

猛虎の咆哮が向かう先は、“蛇王ナーガロード”である。

だが、僅かに狙いが逸れ(・・・・・)、彼らの前に立ちふさがるエウル軍を薙ぎ払うのみに留まってしまう。


「──っ!」

 蛇王の合図で、盗賊達の動きに拍車がかかる。

図らずも(・・・・)眼前の陣形が崩れた事を機に、一気に目標へとたどり着く。

彼らの目標、それは、虎王の衝撃波のより綻んだ、村人達を閉じ込めた檻だった。


「ふん、そうはさせんぞ!」


 ようやく盗賊たちの目的に気づいたのか、エウル軍の部隊長の一人が、“蛇王”の前に立ちはだかる。

遠目だが、“蛇王”も大柄であるように見えるが、その部隊長は、更に頭一つ分は大きい。

魔法剣士であるらしく、手に持つ大剣は、炎が宿っている。

燃える大剣を大きく振りかぶり、“蛇王”へとうち下ろす。

地は大きくえぐれるが、彼の出番はここまでであった。


 “蛇王”は、手に持つ槍を構え直す。

腰は高く、力んでいるようには見えない。

むしろ、その身から立ち昇る覇気を内へと秘め、脱力させているようだ。

一瞬。

正に刹那の時である。

槍を緩く持ち、ただ構えているその状態から、左の軸足を強く踏みしめ、体を前方へと押し出し、倒れ込むようにして槍を突き出す。

引き絞られた矢が発射されるにも似たその一撃は、巨躯の部隊長を穿ち、胸に大きな風穴を開ける。

瞬きするよりも短なその一瞬に、すべての力を槍に込めて炸裂させたのだ。


「てめぇら! ふざけやがって!」


 ただの手駒とはいえ、それなりの使い手であった部隊長を倒されムルムが激昴する。

暗黒の魔力を立ち上らせ、“蛇王”に向かって放とうとするが、そうはさせない。


「おいおい、喧嘩売ってきたのはそっちが先だろ? それと、手柄の横取りはさせないよ」

 守護系魔法(エンチャントスペル)で強化させた拳を突き出し割って入る。

ムルムの手を弾き、魔法を中断させる。

だが、ムルムもまた体を強化し、魔力の槍と化した魔杖を振るう。


「ちっ、てめぇ邪魔をする気か!」

「そう見えないなら余程の間抜けだね」

 さすがは軍団長と言うだけはある。

軽口で応戦するも、実際にはそれほど余裕はない。

闇属性の魔法は、基本の四元素の反転である。

つまり、その使い手であるムルムは、最低でも四属性を極めているということだ。

各種の属性で強化した肉体で肉薄する。

それは、破壊力を、膂力を、耐久力を、速度を何倍にも引き上げた、化け物との戦いなのだ。


 ムルムは杖を、僕は水晶姫(クリスタニア)を振るい、幾合も切り結ぶ。

振るわれた杖を受け、剣を薙ぎ、蹴りをいなし、拳を交わす。


「けっ、小僧がやるな!」

「黙ってないと舌を噛むよ?」

「ぬかせ!」


 魔杖が突き出される。

火の守護系魔法(エンチャント)で攻撃力を増したその一撃は、大盾すら貫く威力を持つ。

その杖を土の守護系魔法(エンチャント)で耐久力を上げた水晶姫(クリスタニア)で弾き、左へと捌く。

単純な力比べでは分が悪い。

だが、それを補うための剣術は身につけている。

水晶姫(クリスタニア)を両手で構え、力は受けきらず僅かにずらして受け流すのだ。


 しかしムルムも、その一撃は囮であったようで、すぐ様体を捻り、死に体となった右手を引き、左手を目の前へと突き出す。

ゼロ距離。

避ける暇もないが、逆に拳を加速させるだけの距離もない。

いくら魔法で強化しているといえど、この距離では大したダメージにもならない。

だが、その手は、拳のように握られておらず、掌は開かれている。


 まずい!

咄嗟に、受け流した水晶姫(クリスタニア)に重心を寄せ、振るった勢いそのままに転がり込む。

僅か数瞬。

その直後に熱。

ムルムの突き出した掌は、打撃ではなく密着状態からの魔法の行使だった。

あれはまずい。

いなそうが防ごうが、あの距離からならそれだけで致命傷だった。


 こちらもやられてばかりではない。

転がるついでに体をいれかえ、振り向きざまに冷気を振りまく。

扇形に広がる氷柱。

追撃を阻む盾と迎撃のための槍。

だが、それも魔力を込めた魔杖に打ち砕かれる。


 突如、歓声が上がる。

振り向けば、《密林の蛇王(ナーガロード)》が村人達を解放し、待機していたホラレ馬車に乗り込み、離脱するところだった。


「……ちっ。おい、“魔帝(マギスター)”、お遊びはここまでだ。本命が逃げた以上、ここにいても仕方がない。こっちは引く。だが、これ以上やるつもりならエウルに敵対するものとして報告するぞ」

 ここまで、のようだ。

ムルムが魔力を納め、休戦を申し出る。

確かに、思うところはあれ、そもそも僕達とエウル軍が争う必要は無い。

村人達も解放された今、これ以上の戦いは無用のものだ。


「いいでしょう。僕達も引きます」

 水晶姫(クリスタニア)を鞘に戻し、距離を取る。

緑の閃光弾が上がる。

ムルムの魔法弾により、停戦の知らせがされ、あとに残されたのは、エウル軍の亡骸だけだ。


「軍団長ムルム、ガラージ王子に伝えろ。この件は僕達が預かる。お前達は引け!」

 “荒廃”に飲み込まれた村、虐殺された村人達。

なんの栄誉も報酬もない無用の戦いに命を落としたエウルの兵。

この戦いには、なんの意味もなかったのだ。


「冗談いうなよ、“魔帝”。俺たちにこれだけ喧嘩売ったんだ。生きてこの国を出れると思うなよ?」

 そう言うとムルムは、軍の人混みへと消える。

次第に人垣は減っていき、後には、その後の処理(・・・・・・)をするらしい人員だけが残る。


「僕達も一度戻ろう。作戦を考えないと」

 こうして、エウル軍、そして《密林の蛇王(ナーガロード)》との戦いが始まったのだ。




「そうですか。ついに引っ張り出せましたか」

「ええ。ご協力ありがとうございます」


 通信用の水晶に映る人物は、満足そうに頷く。

リヴェイア=セイル。

僕達の雇い主、いや協力している仲間、エウル王国の第三王子である。


 僕たちが連続して《密林の蛇王(ナーガロード)》の出現場所に現れることが出来たのには、もちろんからくりがある。

簡単に言えば餌を撒いたのだ。

彼らは、総勢二万とも言われる大盗賊団。

この数は、異常に過ぎる。

そのうち幾らかは、このドレーシュで静かに暮らす民だろうが、それを差し引いてもその数は多い。

その分、食料品や生活雑貨の消費も激しく、またそれを維持するための金子(きんす)も必要だ。


 そこで、連日の城下町の散策だ。

メイシャの商人としての知識、町での情報収集。

それらを総合して、リヴェイア王子を通じ、各地の貴族からコール聖教国へ向かって囮となる荷を送って貰ったのだ。


 軍事、流通、経済。

すべての物事は、情報によって支配される。

されるがままに、情報に翻弄されるなど論外。

情報をいち早く掴むようになって半人前。

情報を利用できるようになって一人前。

情報を作るようになって十人前。

魔王時代に参謀であったある魔族から言われた言葉だ。

多くの村や町を調略していたことに比べれば、たかが盗賊団を操るのにわけはなかった。


 だが、いくら策を練ろうと、実弾(資金)がなければ彫刻のワイン(絵に描いた餅)ではある。

それを成すためのパトロンが、リヴェイア王子だ。


「それにしても、想像以上の成果ですよ。まさか損耗率が一割以下とは。協力してくれた貴族達も喜んでいますよ」

「いえ、こちらこそ。王子の人脈のおかげで思ったように采配できました。数も質も希望通りのものだったからこその成果です」

 この通りである。


 実のところ、リヴェイア王子の放蕩癖には、裏があった。

小さな領地だから、その領の采配は、信頼出来る従者に任せてきた。

そして、領地の収益とは別に、国の資金を使えるからこそ、各地を好きに放浪できた。

それは何も、物見遊山に旅していたわけではなかったのだ。

領地は小さくとも、民を愛し、良い統治を行う地方領主。

貧しくとも信義を重んじる公明正大な下級貴族。

そして、彼らを支援する隠れた名君。

各地をめぐり、そんな人々との強いパイプを確立していたのだ。


 無論、リヴェイア王子としては、なんの打算もなかったとは言わない。

力を持つ大貴族達の殆どは、国王や他の王子に既に取り込まれている。

だからこそ、下級貴族達を味方にするしかなかったとは言えるが、それを金をばらまくのではなく、(よしみ)を通じ、真の意味で繋がることを選んだリヴェイア王子だからこそ、今回の支援が可能だったのだ。


「これからどうなります?」

 リヴェイア王子の言葉には、二つの意味がある。

一つは、《密林の蛇王(ナーガロード)》の本隊を引き摺り出したことから、次の段階へ進むだろうことに対して。

そしてもう一つは、僕達本来の目的に対してだ。

そもそも、今回の盗賊団討伐は、手段の一つであり目的ではない。

僕達がSランクへと昇格したことに端を発するとはいえ、このままではエウルに内乱が起きてしまう。

内乱の回避、ひいては、リヴェイア王子への王位の禅譲。

それがゴールである。


「とりあえず“蛇王”と第一王子を動かせました。こちらは若干の方向修正が必要ですが、目処はたっています。ひとまずは、引き続きこちらへの支援をお願いします。」

 二万もの構成員を養うだけの金と食料。

奥深い森林に隠れ住む盗賊たちが、それを賄うためには、商隊を襲うしかない。

それを立て続けに妨害されては、本隊が動くしかない。

そして、第一王子の配下が僕達へ牽制をかけてくることは読めていた。

しかし、蛇王個人の力量と軍団長の残虐さは計算外だった。

こちらはまだ色々と考えなければならない。


「追加でお願いしたいことがいくつか。今回の貿易で協力してくれた貴族達は儲けが出ました。それに便乗して、他の貴族達も貿易の動きが出るはずです。できる範囲で結構ですので、他の貴族達の動きも探って置いてください」

「なるほど、了解した」

 基本的に今回の作戦は、《密林の蛇王(ナーガロード)》への兵糧攻めといえる。

それに餌をチラつかせて狙い撃ちしているのだ。

そこへ、把握していない商隊が飛び込めば、作戦が崩壊する。

全ての把握は無理でも、極力不確定要素は除いておきたい。


「それともう一つ。そろそろ第二王子が動き出します。恐らくはエウル国内でなにか仕掛けるはずです。そちらはビルスに対応させますが、王子も動きがあれば教えてください。あくまでも悟られないように」

「心得ている。今は無害な放蕩息子を演じているよ。最も、その通りではあるがね」

 リヴェイア王子の軽口を聞いて安心する。

その言葉には、確固たる覚悟と自信がある。

浮かれて足を救われる者に見える、浮ついた感じはなかった。


「それでは、よろしくお願いします」

「あぁ、こちらも頼む」

 リヴェイア王子との通信を終える。

計画は今のところ順調だ。

だが、盗賊団と力押しの第一王子は、まだ御しやすい相手なのだ。

こちら同様に、知識と策略に長ける第二王子、彼の出方がまだ見えない。


「ふぅ、こういうのは久しぶりだな」

 思わず背伸びをして愚痴が出てしまう。

得手不得手と好みは別の話だ。

謀略にたける魔王と呼ばれてはいたが、正直、好き勝手に暴れる方がどれだけ楽なことか。

魔王時代にも、息が詰まると四天王相手に模擬戦を行っていたものだ。


「うーん。リリィロッシュ、ちょっといい?」

「はい。なんですか、アロウ」

 メイシャと夕飯の支度をしていたリリィロッシュに声をかける。


「ちょっと体を動かしたいんだけど、付き合ってくれない?」

 すると、


「はぁ。見ての通り、今は夕餉の準備をしています。それをメイシャ一人に押し付ける気ですか? そもそもこんな街中にいて、私たちが暴れたら、訓練とはいえどんな被害が出るか分かるでしょう。もうすぐご飯にしますから、大人しくしていてください」

「は、はい……」

 怒られてしまった。

なんと言いますか、通常の大斬撃がミホークで、虎王は36煩悩砲です。

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