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第八章)混迷の世界へ 第七首・“荒廃”のムルム

▪️エウル王国の北伐①


 “鋼撃(スレッジ)”のケルカトル。

なるほど、その一撃は、まさに圧倒的(スレッジ)の名にふさわしい威力と言っていいだろう。

ただ棒立ちしている状態からの正拳。

言ってみればそれだけだ。

だが、起点たる左の軸足を強く踏みしめ、上体を前方へと押し出す。

強く押し出されたその力を腰に伝え、強力な背筋で増幅。

同時に、極限にまで緩められた左腕を瞬間的に引き絞ることで状態に集められた力をさらに加速。

そして、上体とともに押し出された右足の踏み込みを起爆剤として、右腕に集められた力は、螺旋にも似た回転により集約され、一気に開放される。


 これが、すべて一動作。

間合いもタイミングも何も無い、無拍子(ゼロ)からなる会心の一撃(クリティカル)

受けた側からすれば、何が起きたか分からぬままに、その命を刈られることだろう。


「来ていたのか」

 ふいに騎士に、ケルカトルに声をかけられる。


「えぇ、凄まじい技ですね」

 あまりの衝撃に、ありきたりな言葉しか出てこない。

冒険者という職業上、魔物や魔族ならば強者と相見(あいまみ)えることなど日常の事だ。

だが、これだけの実力を持つ人間(・・)に出会うことは、そうはない。

ラケインも悪いスイッチが入っているようで、口の端が釣り上がり、抑えて入るが獰猛な気配が漏れ出している。


「ふん、Sランクに褒められようとも、世辞にしか聞こえんがな」

 ケルカトルには、嫌味にでも映ったのか、興味なさげに顔を逸らし、今しがた絶命した男の方に視線を送る。


「ケルカトルさん、でよろしいんですね? こういったことは、よくあるんですか?」

 ケルカトルは、僅かに眉を動かしこちらを振り返った。


「客の誰かからでも俺のことを聞いたか。そうだな、日常茶飯事とまでは行かないが、まぁ、よくあることだ。エウルから出向した騎士が増長して無法を働く。それを見て騎士崩れの無法者や冒険者などが騎士を(かた)り犯罪を犯す。ここドレーシュだけではない、『中央』以外の『地方区』では、ありふれた光景だ」

 ケルカトルは、吐き捨てるように呟く。


 ノガルド連合国内では、盟主たるエウルを「中央」、それ以外の加盟国を「地方区」と呼ぶ。

それは、名目では各国の地位を同等におく連合条約においても、エウルこそが王であると言わんばかりの取り決めである。

事実、生家のあるドルホ王国でも、エウルの騎士は、何をしても許される免罪符を持つものとして恐れられていた。

それでも、ここまでの状態ではなかったのだが、小国という立場、コール聖教国と隣接するという立地など、様々な要因からここではそれが顕著となってしまっている。

だからこそ、国王ですら騎士に低頭するなどということが起こり得るのだ。


「どうせエウルの騎士の名を騙るクズだろうが、これがまかり通るほどには、エウルの騎士もクズだ。……まぁ、お前達は別のようだがな」

 最後の一言は、聞こえるかどうかという程に小さかったが、そう呟き、やってきた衛兵たちに後処理の指示を出していく。


「それよりもお前達、こんなところで何をしているんだ? 本国からの命令を受けているんだろ?」

 ケルカトルが訝しげに聞く。

この国に来て五日目。

王宮にもおらず、かといって討伐に出かける訳でもなく、任務を蔑ろにしていると思われても仕方がない。


「ええ。一応情報収集ですよ。知っての通り、僕達は四人。最低限、幹部のアジトでもわからなければ手の打ちようがありませんから」

 まさにお手上げと言わんばかりに、両手を上にして肩口で振る。


「ふっ、そうだろうな。正直、俺達もお前達がたったの四人でやってきた時には、頭がおかしいのかと思ったさ」

 ケルカトルは悪びれもせず鼻で笑うが、まさにおっしゃる通りである。


「ええ。僕達も弱ってます。陛下は適材適所という言葉をご存知ないらしい。ケルカトルさんは、奴らのアジトをご存知でないですか?」

「ふん、こちらの力不足を棚に上げて言わせてもらうが、そんなもの知っていたらとっくに取り押さえているわ」

 まあそうだろうな、とは分かっていた。

今回の一件、ノガルド連合という視点で見れば、強大な組織のために僕達が派遣されたと見えるが、エティウとドレーシュという視点で見れば、ドレーシュ(子ども)のトラブルを片付けるためにエウル()が出てきたとも見れる。

つまりドレーシュでは、何も情報を得ておらず手も足も出ていないということだ。


「まぁそっちの立場もわかるが、エウルの騎士様にいつまでもうろつかれても迷惑だ。無理なら無理と引き上げることだな」

 そう言ってケルカトルは、酒場をあとにする。

確かにそうだ。

そろそろ、仕掛けに行くか(・・・・・・・)




 それから十日後。

僕達は、ドレーシュの南端、ドルネクとの国境に来ていた。


「な、なんだ? こいつらは!」

()えぇ、一体何だってんだ!」

 蜘蛛の子を散らすように、盗賊たちが逃げ惑う。

僕の水氷系魔法(アイススペル)で凍らされ、烈風系魔法(ウィンドスペル)で足を取られと、次々に捕えられていく。


「はぁぁあっ!」

 ラケインの咆哮。

蒼輝(ラピス)を回転させ、次々に盗賊たちを斬っていく。

盗賊が振るう剣を防ぎ、弾き、いなす。

先の槍で切り裂き、返す上の槍で突く。


「はいはぁい。怪我した人は死んじゃう前にこっち来てくださいねぇ」

 そうして倒れされた盗賊たちをテキパキと治療しながら、メイシャが自然系魔法(ネイチャースペル)で拘束していく。


「な、なんだ? 進めねぇ!」

「見えない壁が! ちくしょう!」

 辛くも逃げ延びた者達も、リリィロッシュの大規模魔法が逃がさない。

襲撃から(・・・・)一時間ほどで、二百人以上もいた盗賊たちは、残らず捕縛された。


「またか……。どうなってるんだ? 運がいいでは済まんぞ」

 遅れること三時間。

騎士団長ケルカトルが現れる。

この十日の間で、既に三回の戦闘を行っている。

それも、どの現場でも盗賊たちが現れてから(・・・・・)二時間以内に決着がついていた。


「いえ、たまたま近くにいただけですよ」

 そう笑って答えるが、全く説得力はない。

ここは国境。

盗賊たちが現れ、その事が町に伝わるのに三時間。

軍が出動の準備を整え、駆けつけるのには優に半日がすぎるはずだ。

それが、小一時間ほどで決着がつく。

明らかにからくりがあると思われても仕方がない。


 無論、からくりはある。

たが、今はまだそれを隠しておきたい。

仕込みを入れている最中だ。

タネ明かしには、まだ早い。

それでもそろそろ、だ。

そろそろ相手の方にも別の動きが出てくるだろう。


 しかし、こちらもまた気がついていなかったのだ。

いや、忘れていた。

物語の配役が、別の場所にもいた事を。




 それからも、ほぼ三日に一度のペースで《密林の蛇王(ナーガロード)》の部隊と遭遇し、その殆どを生かしたまま捕らえ、ドレーシュ軍に引き渡していく。

先日のような大部隊は流石に珍しいようで、大体が十から三十人程のグループだったが、稀に百人以上の大部隊も現れた。

既にその数は千に届こうとしており、当然、軍での収容人数を大幅に超えている。

現在は、森の一部を切り開き、捕らえた盗賊たちを使って、簡易の収容施設を建設しているところだ。


「え? 自分達の入る牢屋を自分たちで作ってるんですか? それだと脱走経路も作り放題じゃないです?」

 話を聞いたメイシャが首を傾げる。

いくら牢屋に入れるとは言っても、収容所の構造から周囲の環境まで把握し、あまつさえ、脱出用の抜け穴さえ自由に作れるのだ。


「そうだね。それに、完成していない今現在、盗賊たちは見張りがいるとはいえ、ほぼ野営に近い状態で監視されているらしい」

「えぇー? それじゃあ、どうぞ脱走してくださいって、言ってるようなもんじゃないですか。せっかく捕まえたのに」

 メイシャがプリプリと可愛らしく怒りながら、足をじたばたさせている。

商人の出身であるメイシャにとって、盗賊は大敵である。

捕らえておく場所が無くて、仕方が無いとはいえ、この状況には納得出来るはずもない。


「でも、ひょっとしたら……」

 今朝届いた一枚の手紙に視線を送り、思考を巡らす。


「少し、見えてきた、かな」

 封筒をしまい、今日も町へと出かける。




 その知らせが入ったのは、この国へ来てもうすぐふた月が経とうかという頃だった。

こちらへの対策か、盗賊たちは少人数の部隊が複数組、離れた場所を襲うようになっていた。

だが、その程度の規模であれば、僕達もバラバラになり、地域の警備隊と連携すれば事足りる。

そのせいか、この数日、盗賊が現れたという報告は聞かなかった。

メイシャとリリィロッシュは、それぞれに別の場所へ討伐へ向かっているが、今日も空振りになるかもしれない。

ラケインと二人で、宿舎で情報をまとめている、その時だった。


「おい、お前達! どういうつもりだ、あんな奴らを呼び寄せやがって!」

「な、なんのことです?」


 僕達の宿舎に衛兵が飛び込んでくるなり、激しい剣幕で怒鳴り散らすが、何のことだかさっぱりと検討がつかない。

呼び寄せる?

何のことだ。


「知らばっくれるつもりか! エウルの騎士団が村を焼いているんだぞ!」

「……っ! しまった、そっちが動いたのか!」

 瞬時に、何が起こったのかを悟る。

これは僕のミスだ。

二万の大盗賊団という霞を掴むような相手への警戒に気を取られ、彼ら(・・)への対策を後回しにしてしまっていたのだ。

〈強欲〉の気質を持つ第一王子が、僕達への牽制の為に、仕掛けてくることは読めていたのに!


「すみません! 僕達は、国王陛下の直轄部隊ですが、彼らは僕達とは別の司令系統の正規軍です。『地方』で恐れられているあのエウル軍(・・・・・)です。」

「知るかっ! くっ、俺はもう行くぞ!」

 衛兵はそう叫ぶなり、外へと駆け出していく。


「アロウ、俺達も!」

「ああ!」

 そして僕らも飛び出した。




 馬車で向かった先は、惨状だった。

街道沿いにあるはずのその集落は、その姿を消していた。

既に戦闘は集結しており、後に残ったのは、村であった痕跡と、元林であった木々の残骸だけだ。

途中でリリィロッシュとメイシャも交流するが、二人とも絶句している。


「くっ……」

 脂の焦げた臭いが鼻をつく。

焼け落ちた家や倒れた木と混じり、人だった物も見え隠れしている。


「……っ! ……!」

 風向きが変わり、人の声が微かに聞こえてくる。

急いでそちらへ向かうが、そこで見たのは、地獄だった。

高く積まれた死体の山。

その数は、百人を優に超えるだろう。

本来、盗賊たちを捕らえるはずの牢屋には、身なりからして焼かれた集落の住民と思われる、女性だけが入れられている。

そして、


「この人でなし共めっ! 地獄へ落ちろぉっ!」

 縄で縛られ、取り押さえられていたのは、僕達を呼びに来た衛兵だった。


「反抗を確認」

 しかし次の瞬間には、彼の首から上は地面へごとりと落ち、力なく地に伏したその体も、死体の山へと投げ捨てられた。


「次!」

「ひっ、ひぃぃ。お、お助け下さい騎士様ぁぁっ」

 次に引きずられて来た男は、農民だった。

泣き崩れ拝むようにして騎士に命乞いをするその姿は、あまりにも哀れなものだったが、


「……反抗を確認」

 騎士から発せられた言葉は、残酷なものだった。

男を取り押さえる(かたわ)らに立つ兵士が大剣を振り上げる。


「ひぃっ」

 泣き喚く男の顔を見下ろすその顔は、愉悦に醜く歪んでいる。

掲げられた白刃は、男の首をめがけ、振り下ろされた。


──ガキィン


 刹那。

激しい金属音が響き、大剣は(うずくま)る男から大きく外れ、地面へとめり込む。


「誰だっ!」

 騎士が抜剣して叫ぶが、周囲に人影はない。

いや、遠く芥子(けし)粒のような大きさに見える人影が四つ。

その人影は、自分がやったのだと言わんばかりにどんどん大きくなっていく。


「弁解を聞く必要はあるかな?」

 今にも爆発しそうになるほどの怒気を気力だけで押さえ込み騎士に尋ねる。


「ふん、なるほど。国王の犬か。Sランクの名は伊達ではなさそうだな」


 そう言ってその騎士、エウル王国正規軍第七軍団長、第七首“荒廃”のムルムは、口角をニタリと持ち上げた。

多分、作中随一の悪いやつです

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