第八章)混迷の世界へ 出撃。“蒼龍の角”★
▪️嵐の前の静けさ④
「初仕事がこれとは、なかなかにこき使ってくれるな」
ラケインがホラレの手綱を操りながらぼやく。
「僕達の品定めと周囲への示威行為。ま、僕達がやるんじゃなければ、妥当な采配だよ」
それに合わせて答える。
僕達が向かっているのは、エウルから北上すること三日。
緑深き小国、ドレーシュ王国。
今回は、王命による騎士としての活動だ。
僕達の乗る馬車も普段使っている魔蜥蜴馬車ではなく、王国軍のものだ。
黒塗りの車体に濃紺の幌がかかり、その幌と車体の後部に取り付けられた旗には、エウル王国の紋章が大きく描かれている。
そして、騎士としての任務ということは、給金をもらっている以上、成功報酬などはなく、撤退も失敗も原則許されない。
まぁ、特別恩賞くらいは、期待したいところだ。
ドレーシュ王国は、ノガルド連合内でも最も貧しい国のひとつだ。
とは言っても、治安が悪かったり、貧困層が多かったりするわけではない。
国内の土地の大半を森林が占めており、単純に人口が少ないのだ。
エウル王国の王都ドルアイとほぼ同じ広さの国土の中に、一万四千人が暮らしている。
ちなみにドルアイの人口は、百二万人。
人口密度にして約73倍の計算となる。
「そろそろ着くぞ」
ラケインの声に、僕達も荷物をまとめる準備をする。
幌の隙間から外を覗くと、深い森の中にそれなりの規模の町が見えてきた。
ドレーシュ王国の王都、ネクレーの町だ。
エウルであれば地方都市程度の規模でしかないが、王都というだけあり人々が行き交い賑わいを見せている。
さして広くはない城下町の通りを抜けると、王城へと到着した。
「エウル王国騎士団《蒼龍の角》、到着いたしました!」
衛兵の号令に合わせ、広間の大扉が開かれる。
毅然としつつも礼を失することのないよう、ドレーシュ王の前に跪こうとした、その時である。
「よくぞ参られました、エウル王国の騎士殿よ。みすぼらしい城で不自由をお掛け致しますが、何卒ご容赦願います」
王座から老人が駆け下り、そう言って眼前で平伏したのである。
当然、この人物こそが、このドレーシュ王国の王であろう。
しかし、いくら小国といっても一国の主である。
間違っても、他国の使徒、それも冒険者上がりの騎士などに、とっていい態度ではない。
「な、おやめ下さい。一体どうしたというのですか。我々はただの騎士団、王族どころか貴族ですらない一介の騎士なのですよ」
慌てて王の肩を抱き上げ、立たせようとするが、国王はいやいやと首を横に振るばかりで頭を上げようともしない。
「存じておりますとも、《蒼龍の角》の皆様方。元は平民のSランク冒険者であられますね。ですが、ソリューン陛下の命で来訪されたエウルの騎士団なのです。我ら属国の王が、何故頭を上げられましょう」
なるほど、これはかなり問題だ。
外には弱いが内には強い、バルハルト王の気質のせいだろう。
ただでさえ小国の集まりであるノガルド連合の中でさえ、さらに小さなドレーシュ王国だ。
エウルからの圧力は相当のものだったのだろう。
この分では、他の騎士団が他国にどのような態度をとっているのか、想像に難くない。
そう言えば、幼い頃から両親に青い鎧を人には近づかないようにと、よく言い聞かされていた。
あの人の話を全く聞かない母さんと、人の事など全く考えないヒゲがだ。
今思えば、いくら過去に色々やらかしていたからとはいえ、大人しく軍に入隊したことも合点が行く。
恐らく、迎えに来たという軍は、故郷のドラコアスの軍ではなく、ノガルド連合の、つまりはエウルの軍だったのだろう。
「事情はわかりました。こちらに対する振る舞いは、お任せ致します。ですが、私たちには礼など不要とだけ言っておきます」
「ご理解頂き、かたじけなく存じます」
今は、その事には触れないでおこう。
恐らくは、僕達自身への監視も必ず付けられている。
ここで僕達への振る舞いを改めてもらったとしたら、この国の印象が悪くなるだけだ。
王には肩身の狭い思いを、臣下たちには忸怩たる思いをさせてしまうだろうが、それを正すのは、僕達の役目ではない。
「それでは、大盗賊団《密林の蛇王》の詳細を教えて下さいますか?」
それが、僕達の任務だ。
《密林の蛇王》。
ドレーシュ王国の森林地帯をねぐらとする、盗賊団だ。
わざわざ、“大”と付くのには理由がある。
その規模は推定で二万人。
そう。
ドレーシュ王国の人口を遥かに凌ぎ、もはやその勢力は、一国に匹敵するのだ。
無論、ドレーシュ王国の住民自体も混ざっているはずだし、その総数には、盗賊たちの家族や奴隷も含めての人数にはなる。
それでも、この人数は異常だ。
理由は簡単である。
ドレーシュ王国の隣、ドルネク王国は、東国と北国を繋ぐ大きな道が通っている。
無論、ドレーシュ王国にもコールへと向かう道はあるが、山や川など地形の問題で、ドルネクを通る道を使うことが一般的なのだ。
大きな道には商人がいて、盗賊はその商人を襲う。
当然、討伐部隊も編成されるが、そうしたらドレーシュへと逃げ隠れる。
ドレーシュの深い森は、追っ手をかわし潜むにも、アジトを作って暮らすにも都合がよかったのだ。
しかし、実のところこのような状態は、昨今に始まったことではなかった。
ドルネクの道は昔からあったし、それを狙う盗賊も当然のようにこれまでにもいた。
それがなぜ今更問題視されるようになったかといえば、それら盗賊をまとめるリーダーが現れたからである。
“蛇王”。
その正体は分からないが、有象無象であった盗賊たちをひとつの組織としてまとめあげた強力なリーダー。
彼の存在によって、“厄介な盗賊ども”は、“第一級危険集団”へと格上げされたのだ。
「ママ達も大事をとって、急ぎじゃない時は、あえてドルネクの道を迂回してコールへ行くって言ってましたね」
国王からは、エウルで聞いた以上の情報は語られず、僕達に与えられた客間に場所を移して、控えの騎士さんから改めて説明を受ける。
メイシャが片手に持ったメモを見比べ、ドルネクとドレーシュの地図に、危険な場所を書き込んでいく。
行商をやっているご両親からの生きた情報は貴重だ。
思った通り、地図自体にも危険な場所の情報にも間違いがある。
国王はああ言っていたが、やはり城の騎士達には、よく思われていないようだ。
メイシャの書き込んだ情報を見ていると、流石に地図そのものは本物らしい。
もし偽りの地図など渡そうものなら、それこそバレた時にこの国が消し飛んでしまう。
だが、情報が古かったり、省略されていたりと、正確とはとても言い難い資料が渡されたのだ。
「ここと、ここ。あとここに林道があるはずです。あとこの道は数年前の土砂崩れで潰れているはずですよ。騎士さん、この林道の道を教えてくださいますか?」
「……はい」
メイシャが手帳と地図を交互に見ながら、情報の間違いを指摘する。
騎士はバツが悪そうにするが、こちらもそれをあえて指摘はしない。
自らが使える王が、たかが一騎士にあれほど遜らなければならないのだ。
彼の心情も分かるというものだ。
小一時間ほど、地図を精査し情報をまとめる。
「それじゃあ、行きますか」
馬車に詰んだ荷物の目録を作り、メイシャを留守番にして城から出かける。
目録を作ったのは、何か細工があればわかりますよ、という意思表示だが、おそらくは無駄だろう。
きちんと後で確認するとしよう。
こちらをよく思わない城の騎士達を警戒しながらも外出したのには、理由があるのだ。
そうして僕達が向かったのは城下町だ。
冒険者の仕事と騎士の任務とでは、大きく違うものがふたつある。
その一つは、先にも言った報酬である。
騎士である以上、王から給金を支払われている。
成功報酬はなく、指示以外の自由はなく、敵前逃亡も処罰される。
それが、どんなに困難な任務であろうともだ。
そしてもう一つ。
騎士に疑問を持つことは許されない。
騎士とは、王の手足であり、手足が勝手な行動をとれば、体は動けなくなってしまう。
だから、例え理不尽な命令であろうと、不可思議な指示であろうと、その理由を尋ねてはならない。
任務は粛々と受け入れ、果たされるべきものなのだ。
だから、城下町を散策する。
盟主国の騎士としてではなく、装備を軽いものにして、ただの冒険者としてだ。
「やぁ、いい武器はないかい?」
「まいど! 兄ちゃん、その装いだと魔法剣士だね。その剣は見事なもんだが、杖が貧弱だな。こいつはどうだ?」
武器屋の店主が景気よく受け答えする。
あえて水晶姫を置いてきて、予備の剣と練習用の杖を持ってきたのが功を奏したようだ。
「へえ、魔力の通りもいいね。北国の造り?」
「お、分かるかい兄ちゃん。東国の魔力精度にこだわった造りもいいけど、俺はこの北国の魔力深度の方をおすすめするね」
簡単に言えば、操作性と親和性の違いだ。
宗教国である北国製の魔道具は、道具との相性を重視する。
十の魔力から六の魔法を取り出し、六の効果を得るのが東国製。
十の魔力から十の魔法を取り出し、六の効果を得るのが北国製と言えば分かるだろうか。
こればかりは好みの話なので、どちらがいいとは一概に言いきれない。
とにかく、北国では、魔力との相性を重視する流儀をとっている。
しばらくの間、店主と武器のうんちく話に花を咲かせる。
……危うく本来の目的を忘れるところだったが。
「それにしても、こっちの辺りは盗賊が多いって聞いてたのに、町は賑やかなもんだね。幸い僕達の道中にも出くわさなかったし、おじさん、なんか聞いてるかい?」
町を歩いていて、気がついたことが一つある。
町が平和で、出歩く民たちも明るいのだ。
国民の総数よりも多いという大盗賊団が近くにいるというのに、この町の人間は、皆、明らかに普通なのだ。
「あー、兄ちゃん。盗賊の噂を当てにしてこっちへ来たのかい。そりゃあ残念だったな。あいつらは、隣の国で悪さをするが、こっちでは大人しいもんなのさ。たまに王宮への品物が襲われたりもするがな。まぁあれだ。あいつらも自分の住処の近くで暴れて、討伐隊でも組まれたら厄介だからな」
なるほど。
噂の《密林の蛇王》は、隣国でのみ暴れて、ドレーシュへ戻ってくる。
追っ手の兵達も国を越えてしまえば越境行為となり、下手をすれば戦争になってしまう。
そして、アジトのあるドレーシュで暴れることはないから、ドレーシュ国内ではさほど問題視されていないのか。
結局、魔法杖を買って、同じようなやりとりを他の店でも試してみた。
ラケイン、リリィロッシュも同様だ。
その夜、夕食を取りながら、集めた情報を持ち寄る。
「そうか。大体みんな同じような反応なんだね」
僕が武器屋と道具屋、ラケインが武器屋と鍛冶屋二軒、リリィロッシュが薬屋とハーブ屋を巡り、情報を集めた。
《密林の蛇王》は、基本的にドレーシュではなくドルネクを通る商人を襲い、ドレーシュ国内では、王宮へ運ばれる商隊のみを襲う。
ドレーシュの民には、ほとんど被害はないらしい。
その中で、気になる情報もあった。
「義賊?」
「ああ。盗賊団は、貧しい農村地帯に奪った品、特に農作物を配っているらしい。一部の民は、盗賊たちを歓迎しているふしすらあるな」
どうも、色々と歪な集団のようだ。
ドルネクの商人を襲うのはまだ理解はできる。
だが、ドレーシュで暴れていないかといえばそうではなく、わざわざ国の品物を選んで手を出している。
そして、挙句の果てには奪った物品を民に施しているとなれば、いよいよ訳が分からない。
まぁ、二万人もの構成員をもつ巨大な組織だ。
考えの違う派閥がいる、と思えばそれだけではあるが。
「気になる、ね。どうしようかな」
エウル国王から騎士としての任務である。
いつまでも時間をかけて置くわけにも行かない。
さて、どうしたものだろうか。




