第二章)冒険者の生活⑧ 出会い、再会
《“紅”の魔王》が着ているコート
また後で出てきますが、小魔王を象徴するコートになります。
自分の中で一番近いイメージ何かなぁとGoogle画像漁ってましたが、「七つの大罪ヴァン」のロングコート、「ロングコート ゴシック」で検索するようなものが近いと思います。
この世界には、いわゆる四大国と言われる四つの強国がある。
そのうちの一つ、東の大国・ノガルド連合国の盟主国である、エウル王国が誇る冒険者育成学校。
それがここ、ノガルド育成学校だ。
冒険者自体には、読み書きすらできなくても、話すことさえできれば何歳でもなれる。
自分の名も書けない子供も、杖をついた老人でもだ。
それは、貧困者に対する支援の一環ではあるのだが、しかし、特に初心者のクエストは、過酷な依頼内容に比べてその報酬が見合っているとは言い難い。
結果、報酬を得ても生き抜くことが出来ない者、または、クエストの達成すら出来ないものも多く出てくる。
それゆえに、各国では、未来の逸材を求め、最低限の知識と強さを与えようと、育成学校を設立した。
入学資格は、12歳から15歳。
そして、幾ばくかの入学費用を支払えること。
在籍中の費用負担はないが、さもないと、無限に希望者が押し寄せてくるための措置らしい。
結果、跡目を継げない貴族の三男、四男や、騎士の息子達が多く在籍することになる。
本当に教育の必要な貧しいものには門戸が開かれないとは、なかなか難しいものだ。
ともかく、これから三年の間、ここを学舎とするのだ。
「それではぁ、二番の番号札の新入生ぃ、入寮式を始めるぅ」
若干間延びした大声をあげているのは、頭のハゲあがった、でっぷりとした大男だ。
どうやら学生寮は三つあるらしく、入口で配った番号で分かれているようだ。
ゾロゾロと、同じく新入生らしい姿が集まり出す。
皆、ある程度は戦いの心得があるのだろう、簡単な皮鎧を身につけていたり、中には全身甲冑の重装備者までいた。
「集まったかぁ。それではぁ、このリオネット学生寮長ぉ、ゴーワンが、お前達を歓迎するぅ。寮生は、みな家族だぁ。仲良くやれぇ。それと、ここではみんな、ただの冒険者の卵として扱う。お貴族様でも関係ない。問題起こすやつは遠慮なく叩き出すから、そのつもりでなぁ」
この寮のまとめ役らしいゴーワンさんが、親切に、分かりやすく忠告する。
しかし、どこにでも人の話を聞かないというか、問題を起こすやつはいるらしい。
「そこのぉ、うちは学生寮だぁ。お貴族様でも召使の使用は禁止。荷物も自分で持てよぉ」
見ると、綺麗に着飾ったローブを着た、いかにもなボンボンが苛立たしげに腕を組んでいる。
彼の周りには、武器や身の回りの品はおろか、明らかに高級そうな食器類を持った執事や召使たちが控えている。
「おい、貴様。このボンヌール家の三男、ヘンナ様に対して口の聞き方を知らんようだな。こんなおんぼろ宿舎に相部屋だと? お父様に言って、待遇の改善をさせねばな。貴様も俺に逆らわん方が身のためだぞ」
……もうこれ以上ないほどのカマセっぷりを発揮したヘンナだったが、次の瞬間には、その姿がなかった。
寮長のゴーワンが、おもむろに近寄ったかと思うと、首根っこを掴みあげ、思いっきり学園の塀の外へとぶん投げたのだ。
「忠告はしたぞぉ。ここでは貴族様の名声も通じない。ヘンナ=ボンヌール、退学だぁ」
そうしてのっそりとまた壇上に戻っていった。
「まぁ、そういうこった。若いうちだぁ、色々あるだろうが、問題だけ起こすなよぉ」
そう言うと、名前を読み上げ、部屋割りを決めていく。
もう誰もとやかく言おうとはしなかった。
どうやら部屋は二人で一つの割り振りらしい。
学生寮と言うには思ったより広い造りだが、武器やら鎧やらのメンテナンスもしなければならないと思えばむしろ手狭になるかもしれない。
「ラケイン=ボルガットだ。……大剣を得手にしている。よろしく」
「こちらこそ。僕は、アロウ=デアクリフ。魔法使いだよ」
僕のルームメイトは、口下手な少年のようだ。
少年とは言ったが、かなり背が高い。
小柄な僕とは頭一つ分以上の差がある。
朴訥ながらに人柄の良さそうな人物であることに安心して、握手をかわして簡単な自己紹介をする。
その後、教室へ移動すると、明日からの授業の前に担任の挨拶があるらしい。
クラスは、各寮混合らしく、1/3程が同じ寮生、残りは違う寮の学生らしい。
そこで、よく知った顔を見つけることになる。
とはいっても、学生の方ではない。
「こんにちは、私が皆さんの担任となる、エレナ=クレスケンスです。今年一年、よろしくお願いしますね」
そう言った担任は、十三年ぶりに見る顔だ。
記憶にあるより幾分歳をとっていているが、間違いない。
純白の聖衣を緑の冒険者服に変えても、その慈愛に満ちた聖なる気配は隠しようがない。
かつて、我の必殺の吐息を防ぐほどの結界を張って見せた、勇者パーティの一人。
『僧侶』だった。
それから実技の授業が始まり、各自装備を整えると、驚いたことに、ラケインは、入寮式の時に見かけた全身甲冑の重戦士だった。
かなりの重量の鎧を着ているのに、その動きは軽やかに、大盾を左に持ち大剣を片手で振り回す様は、冒険者と言うより狂戦士に近いものがある。
かといって、その実力は本物だ。
僕らはすぐに意気投合するようになる。
彼の無口にだけは、なかなか慣れないけど。
ちなみに、ここでは魔法使いとして登録している。
実際には、ナイフも扱いにも慣れ、剣も自在に振れるようになった。
魔法使いというよりは、魔法剣士と言った方が正確だ。
しかし、今の年齢でそこまでの技術を持っているのもおかしいので、第二位階の魔法がなんとか使える程度の魔法使いを名乗っている。
リリィロッシュとの修行で得た力でもあるので、公表してもよかったが、悪目立ちを避けるためだ。
まさか勇者パーティの僧侶がいるとは思わなかったが、功を奏したらしい。
それにしても、まさかあの『僧侶』と出会うとは。
「なんだよ、アロウもエレナ先生狙いなの? エレナ先生、美人だよなぁ」
そう言って冷やかしてくるのは、クラスのムードメーカー、ダンテだ。
気付かず、『僧侶』のことを凝視していたらしい。
「ばっ、そんなんじゃないよ。歳だってだいぶ違うし」
急に振られて、そんな訳の分からない言い訳をしてしまう。
「いやいや、エレナ先生狙いのやつ、結構多いぜ? 胸も大きいし、あの可愛さだろ? 歳ったって、まだ三十前だし余裕だって♪」
……どうやらダンテは、年上好みのようだ。
確かに、『僧侶』、いやエレナ先生は、実際の年齢よりだいぶ若く見える。
とても自分たちの倍も歳が離れているとは思えない。
が、まぁそんな情報はいい。
仮にも勇者パーティの一人だというのに、そう言った話が聞こえてこないのだ。
「なぁダンテ、エレナ先生って冒険者なの? あんな美人なのに」
あえて食いつきそうな感じで振ってみる。
「お、やっぱり気になっちゃう? じゃあ、ダンテ先生が集めたエレナ先生情報を公開してやろう!」
と仰々しくメモを取り出す。
こいつの事は気のイイヤツだと思っていたが、ただの馬鹿なのかもしれない。
「エレナ先生は、と。二十八歳独身、彼氏なし。エウル王国の東端の生まれらしい。珍しい四属性魔法の使い手で、元はBランクの冒険者らしいぜ。得意武器はメイス。趣味は園芸と料理だってさ」
後半はどうでもいい情報だったが、どういう事だ?
勇者パーティではなく、冒険者?
しかも僧侶ではなく魔法使いだって?
他人の空似か?
……いや、そんなはずはない。
僕に限って、あの四人の顔を見間違えるはずもない。
適当にお礼を言って話を切り上げることにした。
そして、エレナ先生についても一旦保留だ。
今現在、僕は魔王ではない。
彼女との接点もこれ以上はないはずだ。
しかし、そう上手く行くはずもないのが運命だよな。
リリィロッシュには、勇者パーティの『僧侶』が担任になったことを伝えてある。
もちろん、手紙がどこかで読まれる危険性を考慮して、普通には分からないようにはしてある。
もし、何かの拍子にリリィロッシュが学園に来るようなことでもあればどうなるか。
元勇者パーティ相手に、認識阻害の魔法を使った魔族が近づいたらどうなるか、想像に難くない。
しばらくはリリィロッシュには、近づいて欲しくない。
「今日は、歴史について勉強します」
エレナ先生が、壇上で教鞭をとる。
学校では、実技の指導の他、一般教養、ギルドでの依頼の受け方など、座学の授業もある。
今でこそ貴族の生徒が大半を占めるようになったとはいえ、元々、知識がないために満足にクエストを達成できない冒険者の救済のために設立された学校だ。
そういった、地道な底上げも授業に入っている。
「魔族と人間との争いは、有史以来、少なくとも三千年以上も繰り返されています」
その通りだ。
実際には数万年以上、人間が誕生して以来の歴史になる。
「原始の頃、人間は神の祝福によって産まれました。神は、ご自身の姿に似せ人間を作り、この地に遣わしました。最初は、数も少なく、一部の海岸や河川沿いにしか暮らしていなかったと言います」
この当たりは、幾分に宗教での逸話にもあるため、皆には常識の範疇だ。
「次第に人類は増え、未開の土地を開拓し、移り住むようになります。これが我々、冒険者の始まりです」
そう、今でこそ、冒険者は職業の一つであり、依頼を受けて達成する、いわば請負業となっているが、かつての冒険者は、正しく冒険を行い、未開の土地を切り開いていったのだ。
そのいくつかが、現在では王族となっている。
「危険な自然や、凶暴な野獣を退治し、人間は生活圏を広げていきましたが、ある時から、更なる脅威が誕生します」
ここからは宗教での伝承にない、歴史の授業だ。
「それまで見たことのない、野獣とは異なる凶暴な獣が現れました。それが魔物です」
ん?
魔物は有史以前にも存在した、魔力によって生まれた野獣だ。
それがある日突然現れた?
寿命の短い人間だ、伝承の都合で誤った歴史でも伝えられているのだろう。
「突如魔物が現れた理由については、諸説あります。ですが、この世界の裏側にある魔力で作られた世界、我々は魔界と呼んでいますが、その王、魔王がこの地を欲し、送り出したと考えられています」
……は?
頭が混乱する。
なんだ?その設定。
この世界の裏側ってどんな夢物語だ!?
しかも魔物を『魔王』が送り出した??
これは宗教上の伝説なんだろうか?
教師は、何故か身分を隠しているが勇者パーティの『僧侶』だ。
当時の衣装は、確かこの地の宗教の法衣だったはず。
だとすれば、彼女は役割としてでなく正しく僧侶だったはず。
この授業も正しい歴史じゃなく、宗教上の解釈なのか?
それとも、人間はいままでそう信じてきたのか?
僕の知る歴史とあまりに異なる内容。
これは、危険を冒してでも、問いたださなくてはならない。
これでは魔族は、ただの侵略者だ。
真実の魔族は、〈この世界の守り手〉だというのに。
今の僕は魔族ではない。
だが、その存在意義を否定されたままでいられるはずもない。
まずは、真意を確かめなければ。
そして、エレナ先生は、授業を続ける。
「そして、ある時から魔王は、直接この地に侵攻をかけるようになります。人間と魔族の激しい争いが続きました。強大な力を持つ魔族に、人々は疲弊し、絶望の淵にありました。そこに、神々が一人の少年に守護を与えてくださいました。それが『勇者』様です」
エレナ先生の顔がわずかに紅潮する。
それは、かつての戦いの興奮か、それとも僧侶としての責務か。
または、『勇者』との思い出のためか。
「激しい戦いの後、勇者様は魔王を倒しました。魔王の消滅に伴い、魔物の活動も停滞化します。しかし、約60から100年の周期で、魔王は復活するのです。『魔王』の復活と同時に『勇者』様もまた現れ、以来、魔界との攻防は一進一退を繰り返しました」
これは、僕も知る歴史だ。
さすがに近年の流れまでは、誤った流布もされまい。
「しかし、前魔王の消滅以来、この法則が崩れました。前魔王の消滅からわずか三年という短い期間にも関わらず、新たに魔王が誕生しました。それも、これまで各時代に一体だけであった魔王が複数。現在、各国の学者達も調査していますが依然原因は不明です。人類は、未曾有の困難な時代に入ったと言えます。だからこそ、皆さん、新たな冒険者の活躍が求められるのです」
こうして、その日の授業を締めくくられた。
アロウは現在12歳。
ラケインはひとつ上の13歳です。
アロウが生まれる一年前に前魔王が倒されたので、一話目の最終決戦は十三年前の出来事となります。
『僧侶』エレナは当時15歳でした。