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第八章)混迷の世界へ 三人の王族

▪️東国の王子⑦


 店の奥から身なりのいい男が現れる。

大振りな仕草で(かしず)く道化のような様子は、初めてあった時から変わらない。

白銀に輝く長髪を後ろに結わえ、黄金の刺繍と煌びやかな宝石で鮮やかに彩られたシンクのジャケットを身につけたその男の名は、ビルスティア=ドレッキン。

かつては魔王軍のビルスロイとして、今は、《“血獣”の魔王》として陰ながら支援してくれている僕の協力者だ。

今は地方貴族として善政を敷き、良君との名声を得ているが、派手好きな性格は相変わらずのようだ。


「お久しぶりです、アロウ様。最近のご活躍は聞き及んでおります」

 ビルスは(うやうや)しく礼をしながら、リヴェイアの隣の席へ腰をかける。


「おや、あなたが出てくるということは、無粋な輩は片付いたようですね」

「ええ、もうこの店は安全ですよ」

 ビルスの目配りの先では、一人の老紳士が給仕に料理を注文している。

リヴェイアの言葉通り、先程反応を見せ監視達は気を失っていのか、座ったままの姿勢で微動だにしない。

入口近くの席に座る、執事のベルゴートの仕業だろう。

彼の正体は、ビルスの配下の魔物である。

魔力を隠しながら複数名の意識を奪う荒業を行って僕に気づかせない実力は、恐ろしくも頼もしすぎる。


「久しぶり、ビルス。だけど、これ、どういうこと?」

 仮にも表向きは子爵であるビルスに思いっきり不機嫌そうな顔で睨みつける。


「申し訳ありません、アロウ様。私も最初からご説明しようとは申し上げたのですが、殿下がどうしても、アロウ様の人となりを確認したいと申しまして」

 じろりと今度はリヴェイアの方に視線をやる。

流石に王子相手に睨みつける勇気はない。


「あはは、まぁそういうわけだよ。だから彼のことは許してやってほしい。で、こちらにも手を貸してくれないかな?」

「お断りします」

 見張りもいない今度こそ席を立つ。

確かに今のエウル国王にいい話は聞かない。

だが、稀代の悪王という訳ではなく、逆に言えば、どこにでもいる凡人の域をでない程度なのだ。

国王に目をつけられたのは厄介なことだが、それがリヴェイアに取って代わったところで大差はない。

それどころか、まかり間違えば逆賊として国に追われる身となってしまう。

そんなことは真っ平御免なのだ。


「近々、この国に謀反の戦(クーデター)が起こります」

 リヴェイアが語り出す。


「でしょうね」

 その言葉を冷ややかに返す。

反乱を起こそうとしている当の本人が何をいまさら言い出すのか。

しかし、次に語られた言葉は、全くの想定外だった。


「ですが、それは私ではないんですよ。アロウさん」

「……え?」




 《青き渚》亭の奥にある特別席(シークレットルーム)に席を移す。

リヴェイアがこの店を贔屓に来ているというのは本当らしい。

なんでも、この店を含め各地にあるいくつかの高級店では、貴族や商人達が密談に使うための部屋があり、店主に依頼すれば使わせてもらえるそうだ。

無論、誰にでもというわけではないらしいが、なるほど、勉強になる。

店内の監視が意識を失っている以上、この秘密の部屋にいれば見失ったと思って勝手にどこかへ引き上げていくだろう。

改めて、リヴェイアとビルスに向かい合い、用意された燻し豆(コーヒー)に口をつける。


「で、さっきのはどういう意味ですか?」

 二人の顔を交互に見つめる。

てっきりリヴェイアが国家転覆(クーデター)を計り、王家を乗っ取る勧誘なのかと思っていたが。


「まぁまぁ。僕としては荒事は苦手でね。どちらかと言えば(かつ)ぎ出された方なんだよ」

やれやれと両手を上げて、リヴェイアは首を横に振る。


「それでは、そのご説明は、私から致しましょう」

 そして、その説明を引き継いだのはビルスの方だった。


「まず、この国の情勢をご説明いたします」

 ビルスが説明したのは以下の通りだ。




 エウル王国。

その頂点にあるのは、無論、エウル国王・バルハルト=ソリューン。

齢六十八。

もはや老齢ではあるものの、毎夜豪勢な食事で(ぜい)を尽くし、後宮に囲った三百を越す女官を(はべ)らす、典型的な愚王。

無理な徴税や無謀な侵略を行わない為に、国民からは過激な反発はされていない。


 国王の悪政を実現させる為の調略などを司るのは、宰相として行政に君臨する第二王子・ザハク。

二十七歳という若さで大国の政治を掌握しているのは、何も王族だからという理由だけではない。

バルハルト王がほどほど(・・・・)の散財をしているにも関わらず、財政が破綻せず、国民からも強い不満が上がらないのは、単に彼の手腕によるところが大きい。

しかし、その性格は陰湿で陰険。

敵に回ったものは、真綿で首を絞める様に、搦手(からめて)を用いて排除する策を好む。

あらゆる手を使い政治の頂点へと上り詰め、国の舵を自在に操っている。


 ザハク王子が政治の長であるならば、軍部の長なのが、第一王子・ガラージである。

粗野にして乱暴。

彼を表すのならばこの一言に尽きる。

年齢は三十二。

彼自身も武芸に長ける精力的な武将である。

八万の王国軍、そして盟主国として百万の連合国軍を指揮下に置く大将軍だが、彼が最も信を置くのは親衛隊の百騎である。

翠龍騎士団(ナーガナイツ)》と呼ばれる彼らは、王城すら含むすべての屋内外での帯刀と騎乗を許されており、ガラージに逆らうものを容赦なく斬り捨てる。

彼らによる恐怖で支配した王国軍は、無類の精強さを誇っている。


 権力のみをもつ国王と、武力のみをもつ長男と、狡猾さだけをもつ次男による支配。

それが今のエウル王国の実態である。


「良くも悪くも。いや、この場合は良い方が大きいですか。とにかく、彼らは小物なのですよ」

 ビルスがニヤリと嘲るように苦笑する。


「彼らに互いを支え合うというような殊勝な考えはありません。ただ彼らは、権力の拡大よりも、今の地位を失うことの方を恐れている。彼らが三すくみの状態で身動きが取れないでいることが、この国の幸運ですね」

 なるほど。

三人のうち、誰か一人が力を持てば、残りふたりが牽制にかかる。

結果として互いに監視し合う形となり、この国の均衡は保たれている。


「そんなわけで、僕としては、そんな権力抗争に巻き込まれたくなくてね。お金だけ頂いて悠々自適に過ごしていたかったわけ」

 リヴェイアは、心底嫌そうな顔をして腕を組む。

彼に権力欲は本当になかったのだろう。

歳は僕より二つ上の二十一。

貴族としての給金以外に、国費の一部を小遣いとして勝手に使用できる権利を得ていることは、周知の事実だ。

言ってみればほかの二兄弟よりも余程タチが悪い。

だがその金額は、ほかの兄弟達が懐に入れる金額よりも遥かに少ないのだという噂だ。

職にもつかず、程々の贅沢をし遊びにふける放蕩息子。

それがこの第三王子・リヴェイアだ。


 だが、リヴェイアに権力欲がなく、国内も一応の安定が見られるのであれば、なぜ国家転覆(クーデター)などという話が出てくるのか?

そう思って話を促すようにビルスへと視線を送る。


「そう。これまではそれで良かったんですよ。だが、事情が変わった。えぇ、ここで《反逆者(リベリオン)》の登場となるわけです」

 そうか。

三者がお互いを監視し合うという、原因はともかく結果としては理想的とも言える今の体制は、三者が同程度の力を持ってこそ働く。

そこへSランクとなった《反逆者(リベリオン)》を国王が召抱えれば、パワーバランスが崩れてしまうのだ。


「名が売れるって言うのもいいことばかりじゃないね。ビルス。最大でどの程度の影響を見ている?」

「これは私見ですが、国王(バルハルト)がB9-I8、第一王子(ガラージ)がO8-Y9-B2、第二王子(ザハク)がY8-P9。有り体にしていえば、最悪の場合、国が滅びます」


 ビルスが口にしたのは、魔王時代に使っていた符牒だ。

最良の勝利とは戦わずして勝つこととはよく言ったもの。

魔王軍や魔物による直接的な侵攻よりもむしろ、人の欲望や感情を刺激して人間同士を潰し合わせるような調略も作戦以前の常道として行っていた。

鼻のきく連中に、人間に潜む七つの悪性を用いて報告させていたのだ。


R:《暴食(レッド)》……散財・収集癖

O:《色欲(オレンジ)》……好色

Y:《強欲(イエロー)》……独占欲

G:《憤怒(グリーン)》……短気

B:《怠惰(ブルー)》……無気力

I:《傲慢(インディゴ)》……特権欲

P:《嫉妬(パープル)》……嫉妬心


 一般的な基準を4から6として、0から10の十一段階でその悪性の強度を表している。

つまり、バルハルト王は怠惰、ガラージは強欲、ザハクは嫉妬が強いということだ。


 ちなみに、ガラージのB2のように、数が少なくても問題だ。

怠惰の欲が少ないということは、精力的に活動できるということだが、多くの場合、それを他者にも強要する。

苛烈な支配は、こちらのつけ入るスキにもなるのだ。


「いやいや、滅ぶってそんな大げさな」

 リヴェイアが呆れながら苦笑するが、報告を分析したこちらはちっとも笑えない。


「……あぁ、まずいね、確かに」

「えっ?」

 ビルスの報告を聞き、指を宙でさ迷わせながら思案する。

それぞれの数値だけならそれほど脅威にはならない。

それこそ、たかが一人のことならば、だ。

だが、これが三人の相乗効果、それも国の頂点ともなればかなりまずい。


 僕の言葉にリヴェイアが目を丸くして顔を青ざめる。

リヴェイアの中では、まだ父と兄弟の権力争い程度の認識だったのだろう。

だが、このままではそれで収まらない可能性が高い。


「ビルスの調査と報告が確かで、ここに僕達の影響が加わるなら馬鹿な話でもないですよ」

 リヴェイアを見つめ、あくまで最悪の場合だと前置きした上で順序だてて説明する。


「まず現状としては、それぞれ三者が互いに牽制しあい、それがいい方向にまとまっている状態です」

 机の上に塩、胡椒、砂糖の瓶を三角に配置する。


「頂点にバルハルト王。武力と恐怖で支配するガラージ王子。そして、その浪費を支えると同時にそれを隠れ蓑に自身も甘い汁をすするザハク王子です」

 それぞれの瓶に手を触れながらその関係を説明する。


「バルハルト王は、一国の頂点であることに満足し、それ以上の野心は人並みにしかありません。彼を支えるのは、傲慢と怠惰。支配する内には強く、外にはさほど執着がない。つまり、対外には強い野心を持っていない。リスクを負ってまで他国に強く出る意思もないということです」

 僕の説明にリヴェイアが頷く。

長く家を離れていても、僕の言葉に納得できるものがあるのだろう。

事実、エウル王国は、内政では高い税制を取りながら、外交では他国有利の方針をとっている。

身を守るには大蛇の隣(長い物には巻かれろ)愚王の人差し指(内弁慶)なのだ。


「外への執着が強くない。これは無いということではなく、人並みだということです。大した野心もなく他国へ反発することなかった影には、鬱積した闇、言ってみれば溜まりに溜まった鬱憤があるのです。そこにSランクという対外的にも強く出れる手札が現れれば、勘違いとはいえそれまでの恨みを晴らそうとするでしょうね」

 (国王)の瓶の前にカップ(自分)を置く。

綺麗な三角形だったエウル王国の形が崩れる。


「僕としてもそんなくだらないことに協力はしたくないといっても相手は国王。それなりに振り回されることになるでしょう」

 カップを三角の外側に置き直す。


「ここで最初に反応するのは、強欲の第一王子です。自身の手札である武力が脅かされると感じ、国王の打倒と僕達との分離に乗り出すでしょう」

 胡椒(ガラージ)の瓶を中央に寄せ、同時にカップ(僕達)をさらに外へと追いやる。


「ここで第二王子が静観したり漁夫の利を狙ったりするようならば、話しはただのお家騒動で済むんです」

 ただの、とは言っても、この時点で国はまっぷたつに割れて内戦状態となっている。

国王は国外に力を割いているために、守りは少なく、ガラージ王子とザハク王子の二勢力に国は割れる。

だが、予想ではさらに事態は悪くなる。


「第二王子を支配するのは、強欲と嫉妬。良くいえば強い向上心です。しかし、この場合は最悪の方向にそれが向かいます。あらゆる手を尽くして王と兄の争いに手を出します。恐らくは、脅迫や金の力で軍の一部を私有化して、内乱に参戦するでしよう」

 リヴェイアの顔が青くなる。

彼らの人となりをよく知るからこそ、その光景と顛末がありありと目に浮かぶのだ。


「ここでさらに事態は悪化します。王国内は内戦で混乱。しかもバルハルト王の命令で、僕達を含めて軍の一部が国外にちょっかいを出して争いになります。エウルは内も外も敵だらけの状態に。更には、連合国にも盟主の座を追われ、エウルだけでなくノガルド連合国全体が崩壊の危機となります」


 正直、地獄絵図の様相だ。

考えうる予想を最大限に悪い方向へ持っていった結果だとはいえ、完全に妄想とも言いきれない。

被害はこれより少なくなるだろうが、かなりの確率で近い結果となるだろう。

そして、もしも僕が魔王であったなら、もしも近隣諸国がこの情報を持っていたとしたなら、間違いなくこのとおりの結果となるだろう。


 リヴェイアの顔面は蒼白だ。

ビルスも、いつもの道化のように大仰な仕草は姿を消し、静かに頷いている。

昔のビルスは、暴れるだけの野獣であったが、小魔王となり、地方とはいえ領主となった彼からは、学ぶことも多い。

そのビルスが担ぐからには、彼の才も性根も信用できる。


「これは……、困りましたね」

 彼の反応を見つめる。

この一言が、国の危機に対するものであるならば、話しはここまでだ。

そんな他人事のような気構えの人物に、一国という大船の舵を取れるとは思えない。



「困りました。私にはこの難事を打開するだけの力がない。《反逆者(リベリオン)》の皆様、どうか私に力を貸して欲しい」

 そう言って席を立ち、床に座し、頭を下げる。

その姿は、つい先程までの遊び人のものではない。

ビルスに連れられ、国の危機を案じていただけの放蕩の王子のものでもない。

彼は、渦中に飛び込む覚悟を決めかねていたのではなく、すでにその解決策に考えを巡らせていたのだ。


「もちろんです。王子、《反逆者(リベリオン)》がこのご依頼、承ります」

 僕達も互いに頷き合い、リヴェイア王子の手を握りしめた。

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