第二章)冒険者の生活⑦ 巨星
それから暫くは、簡単な討伐系の依頼をこなしながら、魔法の鍛錬や戦い方を鍛えてもらう日々を過ごした。
その日々は、全てが順調だったとは言えない。
集中を切らして矢を外したり、うっかり探知を濃い魔力で使ってしまい、獲物に全力で逃げられたりもした。
またある日は、ナイフが魔物に刺さったまま振りほどかれ、素手で立ち向かうことになったこともある。
その一つ一つが、修行の日々だ。
そうしたある日、アレに出会ったのだ。
「今日は、小鬼パーティですね。探知に失敗しないでくださいね、アロウ」
昨日の失敗に釘を刺され、今日もギルドを出発する。
「だ、大丈夫だって。今日はうまくやるからさ」
焦りを隠せないまま、自信たっぷりの空元気で答える。
先生モードのリリィロッシュは、本当に怖いのだ。
にこやかな笑顔のまま、絶対零度の視線を飛ばしてくる。
そんないつものやり取りをしながら、小鬼を倒すべく移動する。
青い空、輝く二つの太陽、緑映える大地、怖いリリィロッシュ。
実に平和でいつも通りの日常だなぁ、とそんなことを考えていた。
だが、目的地の森、その入口近くについた途端、突如、空間が悲鳴をあげる。
景色が歪み、空間にヒビが入る。
転移魔法か?
いや、違う。
これは、空間を歪ませるほどの圧倒的な力。
かつて、最終決戦で『戦士』や『魔法使い』が見せたものと同等の、世界を狂わすほどの〈圧倒的な力〉によるものだ。
決して、Dランクの依頼で向かうような安全な場所に、あってはならない力だ。
その一瞬の間に体が強ばる。
顔面を蒼白にしたリリィロッシュに捕まれ、瞬時に姿を隠す。
息を殺し、藪に隠れるが、まだ事態が掴めない。
かつての勇者パーティと、そして魔王と同等の力。
そんなものが存在するなど考えたこともなかった。
いったいなんなんだ!?
そう思っていると、破壊の力を持った主とその相手が姿を見せる。
一人はかつて見た顔だ。
旧魔王軍において軍団長であった魔族。
最高戦力である《四天王》に次ぐ実力者であり、部下からの信頼も厚かった生粋の武人である。
見上げるほどの体躯に獅子の顔。
天を突く角はどんな鋼よりも固く、その爪は硬い岩をも貫く。
最終決戦の際には、人間の連合軍の抑えに回っていた為、勇者パーティとはかち合わなかったが、武闘派で慣らした彼は、魔王軍でも有数の力の持ち主だ。
その手には、彼が愛用としていた黄金の長柄斧が握られている。
もう一人は、……知らない顔だ。
だが、非常によく似ている。
人間に近い人型に細身の身体。
白と言うよりは白金のように輝く髪は、整えられることも無く無造作に風になびくに任せてある。
羽織る紅いコートは、それなりに仕立てのいいものにも見えるが、無造作に気崩し、胸をはだけさせていて、どうにも気だるい様子だ。
幅広の襟といくつも付いた留め具が特徴的と言えばそうか。
やけに艶やかな漆黒のズボンに、これもまた紅いブーツ。
パッと見には、奇抜なだけのありふれた品にしか見えないが、そのどれもに尋常でない魔力が秘められていることは、ひしひしと感じられる。
顔つきを見るに、見た目には人間であれば二十代の後半か。
どこを見ているのかも分からぬような気だるい雰囲気の中、紅い目だけがランランと燃えている。
全く似ているところなどない。
その有り様などもちろん、纏っている魔力の質も全く違う。
まして、外見でもない。
しかし、漠然と感じられるその絶対の絶望感こそが似ているのだ。
だからこそ確信した。
彼こそが、現在各地で発生しているという、《小魔王》の一人だと。
上手く隠れられたのか、それとも、圧倒的強者に自分たち如き虫けらは、目に入らないのか。
突如現れた猛威は、二人とも一切こちらへ気を払う様子がない。
無言のまま、一歩、また一歩と歩を進める。
目には見えぬ、間合いという名の絶対領域。
それが重なり合うまで、あと三、二、……一。
そしておもむろに戦闘は始まるが、一際鈍く、締め付けられるような空間が軋む音がしたその数瞬の後に、それは終わった。
何が起きたかなど、見えはしなかった。
だが、結果だけはすぐに分かった。
残されたのは、飛ばされ地に落ちた獅子顔の魔族の首と、ほぼ無傷のまま横たわるその胴体。
そして、変わらず気だるそうな表情でそれを見つめる赤いコートの小魔王。
しばらくの後、どういった術がなされたのか分からないが、獅子顔の魔族の首と体がズブズブと地面に飲み込まれる。
おそらく、何らかの魔法か能力で赤いコートの小魔王が体ごと彼を捕食したのだろう。
獅子顔の魔族の体が完全に消滅したことを確認し、赤いコートの小魔王は、戦利品である長柄斧を手に取った。
その瞬間、目が、あった。
全身が泡立つ。
身体中のありとあらゆる毛穴から、凍りつく空気の針を突き刺されているようだ。
背筋に危機感という名の電流が走り、足腰は絶望感という病魔に侵される。
歴戦のリリィロッシュすら、目も虚ろに体に力が入らないでいるようだ。
「ふっ、ふーっ、ふーっ」
一歩、前へ踏み出す。
声にもならぬただの荒い息づかい。
その一音一音に力を込め、腹の底に響かせる。
リリィロッシュが動けないなら、自分が動くべきだ。
手に力は入らず、ナイフも持てない。
腰も砕け、歩みは産まれたばかりの子鹿にも劣る。
一瞬の盾にすらなれなくとも、それでも、前へ足を踏み出す。
赤いコートの小魔王は、目を細める。
そして興味を失ったように、今度こそ転移魔法で姿を消した。
そしてそのまま、僕は意識を失うのだった。
後に聞く。
彼こそは、この地域にほど近いクエンラ火山帯を根城とする、《“紅”の魔王》だったのだと。
旧魔王、つまり前世の僕が勇者に敗れて三年後、世界の各地で元々力を持っていた魔族や魔物のリーダーが、ある日突然に魔王を名乗り出したという。
奇妙なのは、魔族だけでなく、ろくに知恵がないような魔物たちの中にも、知恵を身につけ、圧倒的な力を持つ魔王が誕生していることだ。
なかには、勝手に魔王を名乗っただけのただの魔族もあったようだが、しばらくもしないうちに淘汰されていった。
これまで、前世の僕を含め、多くの『魔王』が誕生してきた。
数十年から百年の権勢を誇り、時の『勇者』に敗れ、また数十年の後に復活する。
それが『魔王』だった。
しかし、今回の事態は、この数千年のうちには記録のないことだ。
各地の人間の王族も頭を悩ませ、かつての勇者達に非難を向けるものもあった。
現在、この世界は、未曾有の危機に瀕していた。
「起きましたか、アロウ」
気がつくと、拠点としている宿屋に寝かされていた。
確か、《“紅”の魔王》が去った時点で、魔力に当てられ気を失ったはずだ。
「ごめん、気絶したのを連れて帰ってくれたんだね、ありがとう」
「いえ、私の方こそ、あの魔力に当てられてお守りするどころか、アロウに守られてしまう始末。申し訳ありません。私は、やはり弱いままなのです」
そう言って、リリィロッシュは悔しそうに涙ぐんだ。
「リリィロッシュ、泣かないで。僕もあの魔力に気を失ったしおあいこだよ。それに、リリィロッシュがいなければ、あの夜に僕は死んでいたんだから」
そう言って、手を握る。
「アロウ、強く、なりましょう」
「リリィロッシュ。うん、強くなろう。一緒に」
そう言って、その夜は眠りについた。
数ヶ月後、僕は冒険者育成の学校に通うことになる。
元々、育成学校の入学までに、冒険者としてのノウハウを、リリィロッシュから学ぶという予定だったのだが、実にあっという間だった。
「それではアロウ。しばらくの間、お別れです。ギルド経由で私の居場所は分かるようにしておきますから、長期休暇の際には連絡してくださいね」
リリィロッシュは名残惜しそうに言う。
「長期休暇なんて言わずに、手紙はちょくちょく出すよ。リリィロッシュも、追手に気をつけて」
名残惜しいのは僕も同じだ。
あれから、僕は強くなった。
実力を隠し、十二歳の少年としては上等、程度の能力だけを見せることにも慣れた。
そして、本来の力も十分に伸ばすことも出来た。
それは、リリィロッシュのおかげだ。
「じゃあ、行ってくるね!」
そう言って、育成学校の門を潜る。
エウル王国の首都、ドルアイ。
その中央に居を構える冒険者育成学校。
王立ノガルド育成学校。
今日からここが僕の冒険の場所となる。
地名がいくつか出てきました。
現在地は、大陸西部になります。
大陸西部>ノガルド連合国>連合国盟主エウル王国>首都ドルアイという位置関係です。
ちなみにこれまでアロウ達がいたのは、ノガルト連合国内の別の小国です。
改めて作中にも出しますが、この関係は何度が出てきますので、少し覚えておいてください。
エウル王国)Eulb⇔Blue:青
ドルアイ)Dreye:竜の眼
ノガルド(ノガルド連合国)Nogard⇔dragon:竜




