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追憶の項 六千五百分の一の聖なる夜

※初投稿の際、クリスマスに合わせて投稿しました。季節がズレてしまいましたがご容赦ください。


今回は、アロウが魔王・リオハザードだったころの魔王城での一幕です。年に一度の祭り。魔王城ではどんな生活があったのか。お楽しみください。

■六千五百分の一の聖なる夜


 日の明かりすら差し込まぬ、漆黒の(とばり)の中、ごろごろと雷鳴だけが響き渡る。


「ふむ、今年もこの季節が来たか」


 広大な広間。

その最奥の玉座に腰掛ける影が、厳かに言葉を発する。

カッと稲光が一瞬の大きな人影を照らす。

玉座にあってなお、その体高は2m(メーダ)を超す。

巨大な角、漆黒の下地に黄金の紋様が描かれた鎧。

鋭い眼光は鋭く、赤い炎のような輝きを放つ。


「はっ、『魔王』様。明日は聖なる日。我が同胞らも穏やかに過ごせましょう」

 玉座の前に(たたず)む四つの人影の一つが動く。


 魔族の大陸では、人間の世界ならば天地が崩壊するかと言うほどの天変地異が日常となっている。

地殻変動で大地がせり上がり、天からは雨のような稲妻が絶え間なく降り注ぐ。

そんな中で一年で唯一、生き残ることさえ厳しい天候が和らぐ日がある。

それが《生誕祭(クリスマス)》の日だ。


 その起源は、六千五百年前に遡る。

当時の『魔王』であるクライストがその日、発生した。

かつてない程の魔力を有した偉大な魔王であったが、その恩恵はそれだけでは無かった。

魔王の発生には、膨大な魔力が必要となる。

クライストの発生により、魔族の大陸に荒れ狂う魔力が消費され、その日一日の事とはいえ、天変地異が和らいだのだ。


 地脈の影響だろうか。

以来、一年の周期をもってこの日だけは、暴走する魔力が静まり、魔族の民は穏やかに過ごせるようになる。

日没と同時に嵐は収まり、次の日没までは天候も晴れ渡るのだ。

魔族たちは、偉大な魔王を讃え、魔王の生誕を(クライスト・)讃える祭り(ミサ)を行う。

既に日は落ち、先程まで城の外に鳴り響いていた雷鳴も静まり返っている。

今宵はその前夜。

生誕祭前夜(クリスマスイブ)である。


「者ども! 明日の祭りの準備、抜かるでないぞ!」

「はっ!」

 四つの人影と共に、その後ろに控える数千もの魔族の声が響き渡る。




 魔王城の中で一番に動き始めたのは、給仕の部署。

日が落ちたとはいえ、まだ長い夜はこれからなのだ。


「さぁさ、食堂を解放するよ! 数百からの兵士が押し寄せるんだ、あんた達! 気合をいれな!」

「イェス、マム!」

 数十名もの調理師達が敬礼する先にいるのは、この厨房エリアのボス、犬魚姫(スキュラ)のリーベだった。

自給自足が常の魔族といえど、宮仕えをしていれば狩りなどしている余裕はない。

よって、魔族の民から納められる食材を時の魔術で封じ保存しておくことで、兵士たちの腹を満たしてやらなければならない。

リーベはそうやって数百年もの間、魔王城の一角で三代の魔王に仕えてきた。


 生誕祭最初のイベントは魔王城の食堂で行われる立ち食い形式の会食だ。

魔王城に集められた珍味や高級食材をこれでもかと使い尽くし、城に務めるものならば、武官・文官を問わず、上級魔族はもちろん、知性のあるものならば下位の魔物ですら参加することが出来る。


「うぁぁ、いきててよかったー」

「おう、これがあるから一年を生き延びることが出来たんだ」

「隊長殿ぉ、私は、また来年もここで……!」

 魔王城の食堂の活気は朝方まで留まることは無かった。




 やがて、夜が開ける。


「魔王様、日が昇ります」

「うむ、暗幕を開けよ」


 日の出とともに、暗黒の魔力を放つ騎士が、壁にかかるカーテンを引く。

広間に光が差し込み、一年ぶりに魔王城に太陽の日が差し込む。

魔王は、一歩、また一歩と城の外へ歩み出す。

眼下には配下の魔族たちが、一年ぶりの陽の光に、歓声を上げたいのをぐっと堪え、主の一声がかかるのを固唾を飲んで待っている。

中には、一年間の恐怖から解放された喜びにむせび泣く者も見える。

多くの魔族が、今日の日と魔王への謝意を示すために詰め寄せているのだ。


「者ども、聞け! 今年もこの日がやってきた。かつてあった偉大な魔王を讃えよ! 同胞の生を喜べ! 今日の良き日を共に分かち合おうではないか!」


 喝采があがる。

魔王・リオハザードの宣言により、魔族の国に年に一度の祭りがやってくる。




 生誕祭の日には、魔族の街は活気に満ち溢れる。


「そこの角のお兄さん、うちの魔牛肉を食べていかないかい」

「お、この飾り物、拵えが見事だな」

「おとーさん、このお菓子食べたい」


 街とはいえ、人間のそれとは違い商店などない。

多くの魔族にとって、生命の糧となるのは食事よりも地に満ちる魔力だということもあるが、元より天変地異が日常となるこの地で、物流が安定するはずもない。


 だが、この時ばかりは違う。

女も男も着飾り、大通りへと繰り出す。

力ある魔族は狩った魔獣の素材を持ち込み、料理が得意なものへと引き渡す。

鉱物系の魔物は秘蔵の鉱石を手に、手先が器用な魔物と共に(こしら)えた飾り物を売りに出す。

人々は笑い、手を取り、生あることを謳歌するのだ。


 一方、魔王城の中では、戦場もかくやというほどの慌ただしさを見せる。


「ほらほら、“魔剣”様、そんな所で剣を磨かないでください! 邪魔ですよ、ほら、足を上げて!」

「む……、すまない」

 魔族としてはか弱い、Cランク程度の魔族に、Sランクの筆頭たる、四天王が追いやられる。


 雷鳴轟かせる分厚い雲が日を遮るこの地において、一年で唯一日が差し込むこの日に、魔王城は大掃除を行うのだ。

城で働く従卒達は、自分たちの家も交代で掃除をしなければならない。

だからこそ、この日ばかりは、四天王といえど従卒たちに逆らってはいけないのだ。




 夕暮れ時。

たった一日のお祭り騒ぎは、間もなく終わりを告げる。

夕闇とともに、雷雲が近づいてくるのがわかる。

日没と同時に、また天変地異の日常がやって来るのだ。


「それでは、始めるか」


 生誕祭最後の催し物は、当代の魔王、リオハザードによるものだった。

魔王城の最上階、普段は使われぬ部屋へと足を運ぶ。

そこは、部屋とは名ばかりの、天井も壁すらない広間。

魔王は、その中心で大きく両の手を掲げる。


「おぉぉぉぉ! 天よ、地よ。例え数瞬なりとも、我が民に平穏な時間をあたえよ!」

 突き出された両の手から、眩い光が放たれる。


 それは、魔法ではない、ただの魔力の放出。

この地に起こる災害は、過ぎた魔力の暴走によるものだ。

であれば、その暴走する魔力を吸収し、きちんと放出してやればいい。


──無論、夢物語だ。


 既に九万年もの間、何人も、何百人も、何億人もの魔族が考えてきた妄想。

いかに魔王といえど、ただ一人の力で世界が歪むほどの魔力の流れを変えることなどできはしない。

それでも、やらねばならぬ。

それだけの価値が、今日の一日にはあったのだ。


「ぐっ」

 口元から血が吹き出す。

過ぎた魔力は身を滅ぼす。

この地に起こる災害と同じだ。

だが、それでも止めない。

無駄と知りつつも、その僅か数瞬にすらも満たない刹那、この平穏な時間が伸びるのならば、この程度の苦痛、決して高くはない。




 城下の民たちは、災害に備え家の中からその光を見つめる。


「キレイ……」

 魔王城から放たれる大いなる光は、大気中の塵や乱れた魔力と反応し合って白く光り輝き、雪のような塊となって、この地に降り注ぐ。


 まもなく、夜が訪れる。

同時に、再び天は(いなな)き、地は裂けるだろう。

それでも、その時が訪れるその瞬間まで、民たちは、その光を見つめる。


その日、魔族の地は、白く輝く聖夜(ホワイト・クリスマス)となるのだ。




~MerryX'mas&A Happy NewYear~

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