第七章)混沌の時代 二つの戦局
▪️vs吸血の王②
「それを任せる、マラーカ」
「……はい、あなた」
カーミルの合図で集まった白い骨塊から女性が現れる。
白い髪、白い肌、そして、血のように赤い瞳。
マラーカと呼ばれたその女性は、白の少女がそのまま大人になったかのように、彼女によく似ている。
「ふむ、そういえばミラーカの後に、骸骨は二体あったよな」
ラケインのつぶやきに、その光景を思い出す。
たしかに、白の少女ミラーカの横には、二体の骸骨がいた。
そして、その骸骨は共に赤い瞳をしていた。
「……つまりあれは、ミラーカの母親で、もう一人吸血の骸骨が増えたってことか」
正直なところ、逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
前回は、万全の体制ではなかったとはいえ、四人がかりでカーミル一人に勝てなかったのだ。
それがもう一人増える。
これは、勝ち筋が見えてこない。
「先輩」
その時、メイシャが後から声をかけてきた。
「先輩、お願いがあります」
振り向くまでもない。
その声は固く、悲壮感に満ちていた。
「ダメ。一つ目は無理。でも二つ目ならやって」
メイシャの言葉に先んじて、その答えを言う。
「はっ?」
ゆっくりとメイシャの方を振り返ると、目を丸くして固まっている。
「わ、私、まだ何も言って……」
メイシャの考えならわかる。
優しい子だ。
マラーカのことも救いたい。
そして、この絶望的な状況を前に、僕達に引け目を感じている。
それなら、この子の出す答えはひとつしかない。
「私たちに撤退を促して、自分一人だけ残るつもりですね?」
「え?」
リリィロッシュが声を掛ける。
「それで自分も吸血の力を使うから、嫌わないでほしい、か」
「え、え? ラク様まで?」
ラケインもそれに続く。
「メイシャ。何年一緒にいると思っている。メイシャの考えなんて俺達にはお見通しだ」
ラケインがメイシャに微笑みかける。
「俺たちにメイシャほどの因縁はないが、それでも俺たちだってあの娘を助けたいと思っている。それに、お前のことも受け入れると決めていたはずだ。心配ないから暴れて来い」
「ラク様……。はいっ、お願いします!」
ラケインの言葉に、メイシャの言葉が返る。
「アロウ。そういう訳だ。悪いが付き合ってもらうぞ」
ラケインがこちらを見る。
正直、唐変木もいいところのラケインがこんな機微を見せるのは意外だったが、ラケインは頼りになるやつだ。
「リリィロッシュ、僕達はあの二人目の相手だ。ラケイン、そっちは二人でいちゃついてきなよ」
「ふっ、そっちこそだな」
そして、二つの戦闘が始まる。
「マラーカ。王の命により、敵を駆逐します」
マラーカの無機質な声が響く。
その号令により、その背後に積み重なる骨塊が形を変える。
〈白き神域〉
既に無形と言える程に砕かれた小さな骨の集合体。
それがマラーカの意思により、槍となり、壁となり、手足にも津波にもなる、攻防一体の城壁。
三本の触手。
それが高速で飛翔する槍となる。
「なんの!」
僕が盾に内蔵された魔弓から魔法の矢で骨槍を撃ち落とすと同時に、リリィロッシュが突撃する。
その姿は漆黒の風。
魔力操作で素早さを引き上げ、一瞬でマラーカに肉薄し、大刀を振るう。
僕達のパーティの中では、魔法使いのポジションを務めるリリィロッシュだが、本来彼女のスタイルは瞬足の大剣使いだ。
それも、力押しするラケインとは異なり、技術とスピードで撹乱する軽量型の戦士。
そして、僕はといえば、高速戦闘型の魔法剣士だ。
ある時は、僕が前衛として牽制し、リリィロッシュが大規模魔法で仕留める。
またある時は、リリィロッシュが前に出て、僕が精緻な高速魔法で狙い撃つ。
そしてまたある時は、二人が共に攻めにまわり、高速機動で撹乱しつつ堅実に攻める。
二人とも前衛から後衛までカバーするからこそ出来る、変幻自在の戦闘法。
このところ、ラケイン達と別れて二人で行動することが多かったために編み出した、僕達二人のスタイルだ。
リリィロッシュが手に持つ大刀は、彼女の新装備、〈黒桜昇狼〉。
《月の羽根》の二人に渡した、狐月大刀と精霊の羽根の代わりとなる、新たな武器だ。
天へと昇る大狼を模した大刀で、狐月大刀同様、反りを持った片刃の曲刀であり、黒桜という硬質な木から削り出した木刀である。
当然、刃は付いていないが、持つものの魔力に反応し風の魔法を宿すことで、普通の剣の数倍もの切れ味を生み出す魔法剣。
刃先も鍔も柄も、全てがひとつの木材から削り出され、迷宮の職人によって鍛えられた逸品だ。
かく言う僕の剣も新しくなっている。
二代目の〈水晶姫〉と、〈時喰み〉。
魔法使いの杖としての性質を併せ持つ魔術剣・水晶姫は、材質に月銀鉱と古鋼石をふんだんに使い、強度と魔力浸度を極限に高めている。
魔弓・時喰みは、可変式となり、小盾に内蔵することで携帯性と連射力を、取り出して構えれば命中力と威力を強化できるようになっている。
「はあぁぁっ!」
リリィロッシュの気合一閃。
深く潜り込んだスピードをそのままに、腰を下ろし、その力を脚から腰、体躯、剣へと伝えていく。
リリィロッシュの振るう大剣にそのスピードが力となって込められる。
魔力強化した僕でさえ、辛うじて目で追えるほどのスピードをからの急停止。
そして、その速度エネルギーを漏れなく剣の回転エネルギーへと転化させ、爆発的な攻撃力へとする。
それを可能とするのは、ひとえにリリィロッシュのもつしなやかで強靭な肉体だ。
カウンターからの速攻。
前回の戦闘から考えれば、明らかに分が悪い戦い。
相手がまだこちらの戦力を把握しきれていないこの一撃にかけたい。
そして、リリィロッシュの剣が、マラーカの腹へとくい込んだ。
「ふん、こっちに来たのは吸血の娘と無骨な剣士か」
カーミラがおもしろそうに呟く。
数が少ない上に、その性質上、正体を隠すことが多い吸血族。
カーミルからしても自分と家族以外の同族を見るのは初めてだった。
「娘、わしも吸血。同族を殺すのは忍びない。わしの配下とならんか? 人間共を支配した安寧の地をわしと作らんか?」
またこれだ。
どうして力を持った人間というのは、皆同じ勘違いをするのだろう。
メイシャはその言葉を嫌悪する。
これまでにも冒険者として貴族の依頼をいくつか受けてきたが、そのうちの何人かから、同じような問を聞いた。
「黙りなさい。力を持ったからっていい気にならないで。貴方は人間。それ以上でもそれ以下でもない。馬鹿な思い上がりはやめなさい」
メイシャは努めて冷静に言う。
本当は今にも激昴してそのにやけづらをぶっ飛ばしたいのだ。
だが、カーミルの体は、なんの罪もないだろうミラーカのものだ。
そして何より、その実力は三日前に存分と味わっている。
「まぁそうだろうな。ならば疾く死ね」
カーミルの目が光る。
その瞬間、メイシャを強い衝撃が襲う。
「がっ!?」
まるで見えない巨槌でぶたれたような衝撃。
油断などしてはいなかったが、それでもまるで分からない。
いや、全く感知できなかったのだ。
まるで予期していなかった攻撃に、深刻なダメージを受ける。
「メイシャっ!」
距離にしておよそ3m。
吹き飛ばされたメイシャをラケインが抱き抱える。
「大丈夫か、メイシャ」
「はい、大丈夫、です」
メイシャの言葉には強い意志の強さこそあれ、力強さはない。
目の焦点も定まっておらず、ダメージは大きい。
立ち上がろうとするメイシャは、膝に力が入らず、一瞬よろめく。
その瞬間を待っていたように、カーミルの目が再び光る。
──ガンッ!
先程と同じ鈍い衝突音。
果たして、メイシャは無事だった。
その見えない巨槌は、ラケインの一刀によって打ち払われたのだ。
「ほう、わしの〈不可視の礫〉を見破るか」
カーミルは、面白そうにラケインを見つめる。
それまで気にも止めなかったろう、無骨な人間の戦士だ。
それが、目に見えない攻撃を見切るとは。
「見えているさ、貴様の殺気がな」
だが、一流の戦士であるラケインにとってみれば、さほど難しいことではなかった。
カーミルの攻撃の正体とは、自らの魔力で満たしたこの空間そのものだった。
カーミルが支配しているのは、林の木々や死骸ばかりではない。
その濃密な魔力は、既に空間そのものさえ自在に操ることが出来る。
そして空間を固定し、相手へぶつける。
それがこの〈不可視の礫〉だった。
だが、ラケインにとってみれば、常識外とはいえ、たわいもない攻撃だった。
これがアロウやメイシャならば、その鋭すぎる魔力感知がむしろ仇となり、周囲の魔力が濃すぎて感知ができないだろう。
だが、かの“魔剣”によって鍛えられたラケインの感覚の前に、ただ見えないだけの攻撃などまったくの無意味。
カーミルから発せられる殺気は、しっかりとその目で確認できる。
死骸を使った大規模な攻撃はメイシャの浄化が、空間を利用した不可視の攻撃にはラケインが対応できる。
メイシャとラケインは、カーミルにとっては天敵なのかもしれない。
「さあメイシャ、反撃するぞ」




