第二章)冒険者の生活⑥ 楽しんでませんよね?
翌日。
「それでは、今日も依頼に行きますよ」
張り切るリリィロッシュを恨めしく思ったのは内緒だ。
実際、僕は恵まれている。
荷物はリリィロッシュが預かってくれ、自分で持つのは最低限の装備だけ。
依頼も大きな間違いがあれば訂正してくれる。
しかも、緊急時には間違いなく護ってくれる安全仕様。
これで文句を言うのはお門違いなのだ。
違いなのだが、そう思うのと気持ちは別問題ということで。
「ふふ、昨日の依頼が大分堪えたようですね。それは重畳です」
そんなことを言うリリィロッシュを本気でジト目してやった。
この人、楽しんでませんよね?
「冗談ですよ。でも、半分は本当です。一度は、普通の冒険者と同じ条件で依頼をこなしてもらおうと思いましたので」
「一度は、って?」
先日、ヒモ生活の話をした分、訝しげに尋ねる。
ジト目した身で恐縮だが、何もリリィロッシュに貢がせるつもりは無い。
これからは、一人の冒険者として生きていくのだ。
「一度は、ですよ。本来アロウは、魔力持ちです。なので、今日は楽をして行きましょう」
そういうと、一枚の羊皮紙を取り出した。
〈Dランク:討伐)リナト村・ゴブリンパーティ〉
小鬼は低位の魔物だが、亜人系魔物の特性として、パーティを組む。
昨日倒したような、一匹で行動するはぐれは、ごく珍しいパターンだ。
血族で集落を作り、五匹前後の一団を組んでそれぞれの縄張りへと派遣される。
低位故に繁殖力が強く、最弱に分類される割に、長期的に見ればかなり厄介な魔物で、魔族の間でも専門の駆除業者がいる程に厄介だ。
『一匹のGを見たら百匹いると思え』
とは、よく言ったものだ。
今回の依頼は、リナト村をナワバリとしている小鬼一団の討伐になる。
「なんか、採集依頼から急にハードル上がったね」
恐る恐る聞いてみると、リリィロッシュはいい笑顔で答える。
「でしょうね。本来なら三年目相当の冒険者向けクエストです。ギルドでアロウが受注しようとしてもはねられますよ」
「ちなみにこのクエストって、リリィロッシュが手伝ってくれたりとかは……」
答えは分かっているのだが、一縷の希望を持って聞いてみる。
「頑張ってくださいね、アロウ」
知ってた。
本当に悪い意味で、見事に期待通りだ。
そろそろ、こういう時以外のリリィロッシュの笑顔が懐かしい。
「大丈夫ですよ。本来のアロウの力を使いこなせれば、昨日よりもだいぶ楽になりますから」
……いや、昨日もかなり本気でしたよ!?
そして二日後。
「……あれ?」
クエストは非常に楽に片付いてしまった。
しかも、二日間の工程も快適の一言だ。
「一昨日の苦労は、なんだったんだよぉ」
前回とは別の意味で、がっくりと疲労してしまった。
時は遡って依頼当日の朝。
「それでは、まずは、依頼元であるリナト村へ移動します。徒歩で向かうのが定石ですが、移動だけに往復三日もかけていられません。今回は討伐系、しかも複数体討伐なので乗合馬車を探すのもひとつの手ですね」
前回の採取クエストは、ほとんどお使い同様の仕事で報酬も少なかった。
今回は、討伐系。
であれば、移動に時間をかけるより、お金を出してでも、フットワークを軽くするのもいい手、ということだ。
「でも、それは次点の案として、まずは行商人のいる市場に顔を出します」
そういうと、こじんまりとした市場の片隅で荷降ろしをしている商人たちに何人か声をかけている。
「アロウ、この方がリナト村方面へ向かうそうです」
確かに、常に色々な町へ動き回る行商の商人なら、近くを通ることはあるだろう。
なんなら多少の金を渡せば荷台に相乗りくらいはさせてくれるものだ。
そうして昼前には、もうリナト村へ着いてしまった。
「それでは、まずは情報収集です。依頼を出した村長へ話を聞きに行きますよ」
サクサクと段取りが進んでいく。
昨日は、茸の群生地の聞き込みから始めるぞとか言っていたのはなんだったんだ?
正直、気持ちは置いてきぼり状態だ。
以下、村長の話の要約である。
・村の南側の森に五匹と思われる小鬼一団がいる。
・そのうち一匹は術師のようだ。
・被害が出てうんたらかんたら
被害については同情するが、生憎と聞きたい情報だけ聞ければ用はない。
「では、南の森に向かいますよ」
と、怖いほどの速度でさくさく進んでいくリリィロッシュさん。
ほんとに、ほんの少しだけ待って欲しい。
体はどんどん進んでいくのに、頭の中身だけまだドネ村に置いてきているみたいだ。
早く追いついてこい。
そうこうしているうちに、あっという間に南の森に着いてしまう。
さすがにここまで来れば、気持ちが置いてきぼりとか言ってる場合じゃない。
「リ、リリィロッシュ。確かにここまで驚くくらい順調だけど、この先は、戦闘だよね? 昨日、一匹の小鬼にも苦労したんだけど……」
まさか、僕の実力を忘れてやしないかと、心配になってみる。
「大丈夫です。今日は秘密兵器がありますので」
そういって、ずっと持ってくれていた、荷物袋から、ソレを抜き出した。
「秘密兵器って、弓?」
荷物袋の側面にくくりつけられていた、ただの弓。
魔法の道具だとか、ミスリルの弓などではない、秘密兵器とよぶには、頼りなさ過ぎる、ありふれた弓だ。
「はい。弓です。今のアロウには、これは必需品です。今からは、アロウが持っていてくださいね」
魔王時代には興味もなかった、貧弱な遠距離攻撃武器。
今の姿となってからも、村の子供の嗜みとして、多少扱える程度のものだ。
「それでは、本番の前に少しだけ練習をして見ますか。アロウ、この先に見える赤い木の実を狙ってください」
おおよそまっすぐな枝に羽をくくりつけただけの、鏃もない粗末な矢を受け取り、言われた木の実を狙う。
「このくらいの距離ならなんとか」
村の子供は、森に入って弓や罠で、小鳥や小動物を狩るものだ。
そうして狩りの技術を学ぶとともに、食卓を潤す。
小ぶりな的だったが、なんとか当てることには成功した。
残念ながら、鏃のない粗末な矢では、射抜けずに傷をつけるだけになってしまったが。
「それでは、もう一度。今度は魔力を込めて狙ってみてください。まず見て。目から手へ、手から矢へ、矢から的へ。そうしたら、的から矢へ、矢から手へ。そして手から目へと魔力を意識して射てください」
武器に魔力を込める。
それは、魔力を使う戦いの基本だ。
そう言えば、以前は当たり前に使っていた技術なのに、これまで使ってこなかったな。
疑問は一旦忘れ、言われたように魔力を矢に通す。
「おぉ!?」
弓矢を通して魔力を使うのは初めての経験だったが、一度的に魔力がつながると、視界が二つに分かれる。
いや、実際には自分で見ている景色が見えているだけだが、意識の中では、的だけがくっきりと浮かび上がる。
手を伸ばせば直ぐに触れてしまいそうだ。
こんなにも目の前にあれば、もう外しようがない。
弦を離すと、ごく当たり前のように、矢は的の中心を射抜き……爆砕した。
「えぇぇ??」
さっきと矢は変わっていない。
鏃もついていない粗末な矢だ。
とするとこれが魔力の効果か。
「そうです。魔力で弓、そしてアロウ自身も強化されて必中の武器となっているのです」
これまで自分自身、そして敵対する相手も高レベルすぎて、魔力による強化という技が、どれほどのものかという認識が足りていなかったようだ。
……これは、すさまじい。
「魔力を細やかに操れる。これがどれほどの恩恵となるか、わかってもらえたようですね。察するに、アロウは、魔王として強すぎたのですよ。そして、今は、あまりにも弱い。当然、戦い方も体の使い方も違い、そのギャップのために、今は苦労しているんだと思います。今日は、弱い人間の能力の使い方を学んでいただきます」
それでわかった。
これまで使っていた魔力を使った戦い方を忘れていた理由。
魔王であったころと同じようには、魔力も体も付いてこれないことを、本能的に理解していたのだ。
僕は、弱い。
わかりきっていたようで、わかっていなかったということか。
弱い戦い方を、しっかり学ぶとしよう。
さて、リナト村への移動中、リリィロッシュから、新たに一つの技術を教わっていた。
複合魔法・〈探知〉。
火・水・風・土の四属性を持つものだけが行使できる高等技術、複合魔法。
言葉にすると大層なものだが、この探知の魔法に限っては、並程度の力量の魔法使いなら簡単に使うことが出来る初歩的な魔法だ。
火の力で体温を、水の力で湿度を、風の力で空気の流れを、土の力で周囲の振動を感じて、周囲の地形や生物を感知する。
「アロウ。体を覆っている基本の魔力を、限りなく薄くして周囲に放ってください。水面に雫が落ちて、波紋が広がるようにです。感知したあらゆる事象を情報として理解する。これが魔法使いの基礎技術、〈探知〉です」
言われてみて試すが、ただの雑多な情報を個別に感知して整理する、というのはなかなかに難しい。
しかし、それも数回繰り返すとコツのようなものがわかる。
「これは……、便利だ」
数回繰り返した結果、その微妙なズレが何を表すのか感覚的にわかり、完全に習得すると、目の前に擬似的な立体地図が見えるようになる。
そしてそこでは、地形や動物達の動きが手に取るように分かるのだ。
「ここからは、探知をこまめに使って、小鬼を探します。魔力の波を出来るだけ薄くするように気をつけてください。ゴブリンに魔力を気づかれては元も子もないのです」
すると一時間もしないうちに、小さな岩山に小鬼の巣を発見した。
そこからは早かった。
魔力で強化した弓矢で、見張りの兵士と戦士を仕留める。
見張りが爆散した音で偵察に来た二匹を更に狙撃。
最後に出てきた術師は、流石に矢を弾いたが、操気法で強化した動きにはついてこれず、ナイフで一突きにした。
あっという間に五匹。
再び探知を行い、予備戦力がいないことを確認して、討伐確認の右耳と魔石を回収する。
あいにく、今回はドロップ品は無かった。
スグに村へ戻り、討伐を報告する。
村人は大いに喜び、接待とお礼のお金を渡そうとするが、リリィロッシュがこれを固辞した。
「私たちはギルドからの依頼を受けた冒険者です。報酬はギルドから受け取りますので、ここでの礼は不要です」
そう言って村からスグに去ってしまったのだ。
リリィロッシュ曰く、今は脅威から解放されて喜んでくれていますが、稀に現地での接待を理由に、報酬の値下げを行う依頼主もいる、との事だ。
しかし、既に日は傾き、このまま村を去ると確実に野宿になるのだが……
「今日は野宿になります。ですが、魔力持ちは野宿も快適に過ごせるのですよ」
と、リリィロッシュの中では既に野宿に決定しているようだった。
そしてすぐに、その言葉の正しさを理解する。
魔法使いにとって、野宿は苦行ではなかった。
再び探知と弓矢のコンボで、食材を用意する。
今夜は野鳥で焼き鳥だ。
火の魔法で焚き火を作り、
水の魔法で飲み水を確保し、
風の魔法で周囲の虫除けを行い、
土の魔法で簡単な机や雨よけを作る。
……野宿って、こんなものだったっけ?
固い干し肉やパンではなく、たっぷりと脂ののった鳥を食べ、ゆっくりと休んだ後は、街道へ戻り行商人の馬車に同乗させてもらう。
「Dランクのクエスト、お疲れ様でした」
こうして僕は、一昨日とのあまりのギャップに、肩を落としたのだ。




