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色とりどりの花束を  作者: 葵
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ヒマワリ

「今日も、見つからなかった」


ふと、愚痴をこぼす。炎天下の中を歩き続けるのは危険だと判断し、僕は日陰にあるベンチに座り込んだ。

自販機で買った炭酸飲料を首にあて、その冷たさに救われる気がした。

プシュッと軽快な音が鳴り、缶は空いた。

冷たさと甘さ、弾ける炭酸が体を満たし、暑さを和らげる。液体を一気に飲み干してから、時計を見る。

時刻は昼過ぎを指していた。


「一旦帰るか」


1度シャワーを浴びてスッキリしたい。そう思い、僕は立ち上がり、家へと向かった。夏季休暇が始まり、何日も過ぎている。それなのに僕は探し人を見つけられずにいた。


大学の休みに入る前、彼女は突然僕の目の前から姿を消した。共通の友人も首を傾げていたが、それ以上特に何も気にした様子はなかった。それどころか、徐々に彼女のことを話題にすることは減り、誰も気にかけることがなくなってしまった。

しまいには、彼女の存在すら忘れる人も現れ始めた。



「なんだ、ここ」


夢の中なのは何とか理解できた。それにしても異様だ。壁も天井も床も全て赤色で染められている。自分の中の危険信号がこれでもかというくらい鳴り響いている。


「とりあえず、外へ」


外へ出ると雨が降っていた。ふと、自分と身なりを確かめると、至る所に赤い色が着いていた。雨はそれらの色を流し、地面を染めていく。


「あの日、みたいだ」


彼女と出会ったのも雨の降る日だった。懐かしくなると同時に目頭が熱くなった。どう足掻いても見つけることが出来ない焦りに対して泣きたくなる。


「お兄さん、どうしたの?」


ふいに、隣から声がした。いつの間にか小学生くらいの子が隣に立っていた。男の子か女の子か僕には見分けることは出来ない。とても中性的な子だ。


「お兄さんも探し物をしに来たの?」


こちらを見つめて聞いてきた。


「人を、探しているんだ」


「そっか。同じだね」


「同じ?」


「お母さんを探しているんだ。急にいなくなったから。お兄さんは?」


「、、、彼女を探しているんだ」


「彼女?」


「そう。急にいなくなってしまったんだ」


雨がさっきよりも強くなった気がする。体についていた赤色は落ちたみたいだ。


「雨と一緒に気持ちも流してくれたら楽になれるのかな」


「大切なのに、忘れたいの?」


子供の足元も赤く染っていた。似たような場所にいたのかもしれない。


「忘れたくないよ。だけど、周りはみんな忘れていっているんだ。明日には彼女を覚えているのは僕だけになるかもしれない。もしかしたら、僕も彼女のことを忘れてしまうかもしれない」


そう、それこそが僕が今1番恐れていることでもある。


「お母さんね、雨の日にいなくなったの」


「僕は雨の日に彼女と出会ったんだ」


そして、太陽がサンサンと照らした翌日にいなくなった。


「前はね、雨が好きだったのに、今は嫌い。雨は私からお母さんを取ったの」


雷鳴が轟いた。子供は泣いていた。僕は何も出来ずに、そこにいることしか出来なかった。

なおも雨は降り続けた。


「りん、何処にいるの?」


どこからか声が聞こえる。心配そうな女性の声。


「お母さん、?」


子供は立ち上がり、辺りを見回す僕も一緒になって女性を探した。声は聞こえるのに誰もいない。

再び雷鳴が轟いた。先程よりも大きく、ビリビリとした感覚が伝わってくる。

その音を境に雨はやんだ。そして、子供もいなくなり、女性の声も聞こえなくなった。



目を覚ますと、そこはいつもの自分の部屋、ではなく白い天井が目に入った。薬品の匂いがする。ついでに腕には点滴が刺さっている。


「日向、あんた魘されていたけど大丈夫?」


横には心配そうに僕を見つめる母親が座っていた。話を聞くと、数時間前、僕は熱中症で倒れ、病院まで運ばれたらしい。軽く脱水症状も起こしており、点滴が終わるまでは帰れないと言われた。


「あんた、最近寝不足だったんじゃないの?クマもすごいわよ」


寝不足も熱中症の片棒を担いでいたらしい。


「そういえば、由美ちゃんがさっきお見舞いを置いていったけど、」


「由美が!?」


「こら、落ち着きなさい」


「母さん、由美と会ったの?」


「え?うん、世間話もしたわよ?」


どういう事だろう。携帯を確認すると由美の連絡先は消えている。


「そうそう、今携帯が壊れてて連絡ができないとも言っていたわ」


母さんは会えるのに、どうして僕だけ会えないんだろう。


「あんた、顔色悪いわよ?」


「ごめん、ちょっとくらくらして」


「ほら、大人しくしてなさい」


母さんは心配しつつも帰って行った。僕はベッドで点滴を受けながらこれまでの事に思いをめぐらせることしか出来なかった。

ふと、脳裏に浮かんだのは気味が悪いほどの赤色だった。この近辺で赤色が多用されているところを考える。そして、1つだけ思い当たる場所を探り出した。



祭囃子が遠くに聞こえる。ここも祭り会場の1部のはずだが、屋台はおろか、人は誰もいなかった。赤い提灯で飾られた道、灯篭で照らされた赤い鳥居。震える足で僕は神社の前に来ていた。

1歩を踏み出すのがとても恐ろしく感じる。でも、行かないといけない気がした。意を決して踏み込むと、耳をつんざくような音が聞こえると同時に、異様な空気が伝わってきた。

ゆっくりと目を開けると音どころか、異様な空気は無くなっていた。代わりに、静かに葉が揺れる音と昼間のように明るい境内が目に入った。

何かに誘われるまま、僕は僕は中へ中へと進んで行った。

徐々に何かが聞こえてくる。誰かが歌っているみたいだ。その声には聞き覚えがあった。


「由美、」


ようやく見つけた。僕が名前を呼ぶと彼女は驚いた顔でこちらを見た。


「どうして、」


掠れた声で彼女はそう言った。

僕は由美に駆け寄り、華奢なその体を抱きしめた。久しぶりに感じる匂いと温かさに安心して力が抜けていく。それと同時に愛しさと嬉しさが込み上げてきた。

ふいに、ポタリと地面に水滴が落ちた。雨じゃない。


「ずっと探してた。やっと会えた」


僕は彼女を抱きしめながら泣いていた。そう自覚すると止めたいのにどんどん涙が溢れてきた。情けない声も同時に漏れる。

本来は、もっとカッコよく彼女を抱きしめるハズだった。そのためのシミュレーションもしたはずなのに、現実では泣いている僕が彼女に優しく慰められる構図になってしまっている。

由美はこんなかっこ悪い僕が泣き止むまで優しく背中を摩ってくれた。小さい子をなだめているような感じは否めなかったけど、僕は彼女の温もりに安心していた。


「どうしてここにいるの?」


僕が落ち着いた頃、由美の第一声はこれだった。


「ずっと探してんたんだ。急にいなくなってすごく心配した」


「私の事なんて、放っておいて、忘れてくれればよかったのに」


由美は俯きながら小さな声でそう言った。彼女の表情は見えないが、その言葉は僕の上に重くのしかかった。お腹の中に鉛を入れられた気分だ。


「忘れられないよ、だって、」


「忘れてよ」


「無理だよ、そんなの、」


忘れたくても忘れられなかった。忘れようとする度、僕の胸は締め付けられて痛くて苦しかった。


「忘れてよ」


震えた小さな声でそう言った由美は今にも泣きそうな顔をしていた。必死に涙を零さないように堪えている。彼女が呼吸をするほど、涙の粒は大きくなっていった。


「日向くん、お願いだから私のことは忘れて」


今にも消えてしまいそうな声で彼女はそう言った。僕はただ、由美を見つめることしか出来なかった。

由美から発せられる言葉のあまりの重さに抱きしめることなんて出来なかった。


「どうして、そんなこと言うんだ?」


震える声で僕は由美に聞いた。


「私ね、もう日向くんの傍にはいられないの」


顔を伏せて由美はそう言った。


「僕のこと、嫌いになった?」


嫌いにならない方がおかしいとも思う。あれだけの醜態を晒しておいて、幻滅されないはずがない。


「嫌いじゃないよ。嫌いになるわけないよ」


由美はキッパリそう言った。聞いてる方もなんだか恥ずかしい。由美も少し恥ずかしくなったのか後半は消え入るような声だった。


「なら、どうしてそんなことを言うんだ?」


由美は目をギュッと瞑り、覚悟を決めたように口を開いた。


「私ね、遠くに行かないといけないの」


「遠くに?ってどのくらい?」


「うん、と遠く。連絡も取れなくなるし、二度と会えなくなるの」


「どうして、そんなことに?」


つい、由美の方を強く掴んでしまった。


「もう、決まってることなの。私の意思は関係ないわ」


「そんなの、おかしいだろ。由美はそれでもいいのか?」


「良くは、ないよ。でも、仕方の無いことなの」


由美は力なく悲しげに微笑んだ。そんな表情を見て心が痛くなる。そんな表情をさせたい訳では無いのに。


「こんなの、あんまりだ」


「日向くん、」


再び目頭に熱いものが込み上げてくる。今1番泣きたいのは由美のはずなのに。


「日向くん、ごめんなさい」


その謝罪はなんに対してのものかわからなかった。だけど、僕が今1番聞きたくなかった謝罪であったのは間違いない。


「由美、早くしなさい」


ふいに声が聞こえた。厳しそうな女性声だ。だけど、この場には僕と由美しかいない。


「もう、いかないと」


由美は暗い声と硬い表情でそう言った。


「由美、」


僕は由美の腕を掴んだ。

女性の声は段々と圧の強いものへと変わっていっている。


「日向くん、私ね、あなたが好きよ」


由美の言葉に愛おしさが込み上げてくる。


「だからね、私のことは忘れて」


そして、雷が落ちたような衝撃が襲ってきた。


「なん、で?」


「私はね、もうダメなの」


「そんなことないよ」


「あるよ。私はこれ以上幸せになんてなれない。遅かれ早かれ終わってしまうの。だから、あなたを好きなまま、幸せの絶頂で終わらせて?」


「そんなの、勝手すぎるよ」


「わかってる。勝手なこと言ってごめんなさい。だからそこ、私との思い出を捨てて忘れて欲しいの」


「嫌だよ、忘れたくない」


「私だって、本当は」


由美は言葉を止めて無理やり笑って言葉をつづった。


「日向くん、お別れしよう?」


「嫌だよ、一緒に帰ろう」


「お願い、私の分まで生きて幸せになって?」


「由美、」


「日向くん、もしもまた、会うことが出来たら、その時は、」


最後の言葉はききとることが出来なかった。由美は震える手でぼくの手を握り優しく笑いかけた。

そして、赤い光に包まれていった。その光景は今まで見た事がないほどに美しかった。

ふいに、唇が重なり離れた時にふわりと笑った由美は儚くて美しくて、もう見れないことを思うと寂しくなった。


「日向くん、またね」


とびきりの笑顔で由美はそう言い、姿を消した、その光景を僕はぼんやりと眺めることしかできなかった。



けたたましいアラームで僕は目を覚ました。日付は9月2日。まだまだ暑い日は続いていた。


「今日、なにか予定あったかな」


ニュースを見ながらぼんやりと考える。新聞を開くと、近くの神社で昔の女性の遺品が見つかったニュースが取り上げられていた。見覚えのある装飾品の気がするけど気のせいか。きっと、博物館とか美術館に行った時に似たようなものを見ただけだろう。

ニュースはお天気コーナーへと変わっていた。今日もお追肥になりそうだ。今年の夏は外に出ることが多かったため、肌は日に焼けていた。日焼け跡がヒリヒリ痛む。日焼け止めをきちんと塗っておくべきだったか。


「あれ?何でよく外に出ていたんだっけ?」


思い出そうとしても思い出せない。何か、大切なものを忘れている気がする。


「にゃーお」


考え事をめぐらせていると足元で猫が鳴いた。最近拾い、ヒマワリと名付けた猫は何かを訴えたそうに必死に鳴いている。


「ヒマワリ、どうした?」


見てくれと言わんばかりに前足を差し出してくる。怪我をして綺麗な白い毛が血の赤で染められている。


「赤?」


またも、何かが引っかかる。赤色に何かあったっけ?特に好きな色でもないはずなのに。


「にゃーお」


痛いからどうにかしろという視線が向けられる。


「あ、ごめん、手当しないとだよな」


軽く止血して近くの動物病院へ電話をかけた。その間も例えようのない岩こんについて考えた。何かが足りないような気がする。

しかし、そのことは足の上に乗ったヒマワリによって消し去られた。


「あ、病院に行って診てもらおうな」


ぼんやりして後回しにされたことが気に食わないらしいヒマワリをカゴに入れて僕は外に出た。

外は太陽がギラギラと輝いていた。夏の間、毎日のように外に出ていた自分の気が知れない。そう思えるほどに太陽は容赦なく照りつけていた。

大通りは暑さにやられてダラダラと歩く人と汗をかきつつも前を見て足早に歩く人で分かれていた。

僕は機嫌の悪いヒマワリの機嫌を悪化させないように揺らさない程度の早足で歩いた。


「日向くん、」


大通りを抜けたところでふいに懐かしい声に呼び止められた気がした。振り返ってみても誰もいない。


「気のせいか?」


「お兄さん、これ、落としたよ」


名前でなくお兄さん呼び、目線を下に向けると、小学生くらいの子がカゴについていたストラップを差し出していた。なんだか、見覚えがある気がする。


「拾ってくれてありがとう」


「どういたしまして」


お礼を言うとその子は笑顔で母親らしき人の元へ走っていった。

どこかで会ったことがあるのかな。


「にゃーお」


カゴの中で不機嫌な声がする。早く移動せねば。

気を取り直して僕は歩き出した。動物病院に近づくにつれて、僕の中の違和感や既視感は少しずつ薄れていった。

ただ、何となく蒼井そらが少し嫌いになった。

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