バラ(青)
私には、好きな人がいた。みんなはミステリアスで近寄りがたくて怖いって噂してたけど、そんな事ないってクラスでは私だけが知っていた。
「悠さん、おつかれ」
今日もその人は部室でだけ本心を見せる。優しく、私や部長に笑いかける。
「聞いてよ!今日もね、」
優しい微笑みに癒されていると部長がやってきた。気になる彼のことを部室はいつも楽しそうに話す。
そんな、他愛のない日々がずっと続く、そう思っていた。
「赤崎桜です。よろしくお願いします」
日常が少し変わったのは転校生が来てからだった。可愛らしい声、サラサラで綺麗に整えられた髪の毛、白い肌。そして、屈託のない明るい笑顔。教室の誰もが彼女に注目していた。1人を覗いては。
青さんはいつも通りぼんやりと窓の外を見ていた。
「ねぇ、赤崎さんって可愛いよね」
「そうだね」
昼休み、私はいつも一緒に食べているグループでお昼を食べていた。教室内は賑やかだ。
「悠ちゃんもしかしてあまり興味無い感じ?」
「だって、どう頑張ってもこのグループには入らないでしょ?」
「確かに、悠の言う通りかも」
「美穂、それダジャレ?」
「違うわよ佳奈と悠は赤崎さん、どのグループに入ると思う?」
「えー?どうだろ。佐川さんの所かな?お昼誘ってたし。悠ちゃんは?」
正直、どこにも入らない気がする。
「そうだな。楠木さんの所じゃない?」
適当な嘘をついた。転校生がどこに属しようが私にはあまり関係ない。というか、興味もない。
「でも、赤崎さん、どこにもいないね。笠原さんもいるから校内案内されてる訳でもなさそうだし」
「先生に呼び出されてるとかじゃない?」
少し、心がザワザワする気がした。
その気持ちを払拭するように水筒のお茶を飲む。
私の予想通り、赤崎さんはどこのグループにも入らなかった。だけど、不思議とクラスには溶け込んでいった。誰も赤崎さんが無所属であっても何も言わず、それどころか、クラス内のグループに誘うこともクラス内から排除することもなかった。
そのことに関しても私は内心どうでもいいと思っていた。
ただ、私は青さんのことが気がかりだった。というのも、転校初日はまったく興味を示していなかったのに今は随分赤崎さんを気にしているように見えるからだ。授業中も何度か目で追っているのがわかる。
「まさか、ね」
私の中で小さな疑問が生まれ、連鎖的に焦りを引き起こしていく。
そんな時だった。部長が展示のテーマを決めたのは。
その日、私は昼休みに青さんが告白されているのを見て憂鬱な気分で部室に向かった。青さんは放課後も呼び出されているらしく、部活は遅れるとの連絡を受けた。先生からの呼び出しがあることも考えると今日は来れないのかもしれない。
「うん。展示やることは前に言ったわよね?会議中に急にテーマを思いついて」
部長の話を半分くらい聞いていると、部長会であったことから元気に話し始めた。
「それ、話はちゃんと聞いてきました?」
適当に相槌を入れていると、部長はノリノリで話し出す。
「バッチリよ。それでテーマは愛の告白にしようと思います」
「、、、は?」
私が絞り出せた声はこの一言だけだった。部長と見つめ合い、また沈黙が訪れる。
「だから、愛の告白だって」
聞き間違いじゃなかったらしい。嬉しそうな顔で部長は告げる。私はジト目で抗議する。それを部長は軽く流した。
「いいでしょ?私の勇気に巻き込まれてよ」
「完全に事故る気じゃないですか」
部長の事故に巻き込まれるのは断固として嫌だ。告白なんて出来るはずないのだから。
「事故るって失礼なこと言わないでよ。本気なんだから」
部長は少しむくれながらそう言った。その顔を相手に見せればイチコロな気もするけど、大人な女を目指している部長はそんなことは出来ないと前に言っていた。
「それに、対象はなんでもいいから。アニメキャラでもゲームキャラでも。一緒に愛を叫びましょう」
「部長が決めたら頑固なのは知ってるけど、」
ここまで本気なら私は従うしか無かった。あとは青さんが拒否してくれることを願うしかない。
しかし、ここでも私の期待は裏切られた。
「愛の告白か。難しそうだね」
そう言って少し考える素振りをして了承したのだ。意外だった。
部長は上機嫌で花を発注し、あっという間に学園祭当日を迎えた。
「えー悠ちゃん部活の当番なの?」
「ごめん、うちの部人が少ないからさ」
私の当番は昼過ぎからだった。今は青さんの当番の時間。
「じゃあ、美味しそうな食べ物あったら差し入れるから当番頑張ってよ」
「うん、佳奈ちゃん、美穂ちゃん、ありがとう」
友人たちと分かれて私は1人、部室へと向かった。今なら青さんと2人きりになれるはず。
告白なんてする勇気はないけど、少しでも近くにいたい。ドキドキする旨を抑えながら私は部室のドアを開けた。
「あれ?悠さんの当番はまだ早いよね?」
持参していたであろう文庫本から顔を上げた青さんは不思議そうに私の顔を見た。
「人酔いしそうだったから避難してきたの」
もっともらしい理由を言って私は青さんの隣を陣取った。
「オレンジのバラ、キレイだね」
作品を見比べながら私はそう言った。三者三様の作品が出揃い、華やかな雰囲気が漂っている。部長のは真正面から相手に思いが届きそうな気がするくらい丁寧に生けられている。
青さんのは静かに相手を思っている感じがして、なんだか温かい気持ちになる。
一方の私は、色がただそこにある感じのような気がする。やっぱり告白なんて出来ないと思った。
「大量発注だったからカラーバリエーション増やしてくれたのかもね。部長の告白、上手くいくと思う?」
青さんも作品を眺めながら何気なくそう言った。
「どうだろう?正直、赤崎さんと白坂くんよりも部長の事の方が気になるよね」
「う、ん」
一瞬、青さんの目が泳ぎ、声が上擦ったのが分かった。私は何も指摘しない。
「悠さんはミスコン見に行かないの?」
当番でもないのにここに居座っている私にそう疑問をなげかけた。
「興味ないもの。あんなの、ただの人気投票でしょ?焼肉がかかってるって盛り上がってるけど、バカみたい」
つい、冷たい声になってしまった。結果も、出場者も正直いって興味が無い。私の目に映るのは1人だけだから。
「悠さんって結構言うよね」
苦笑しながら青さんはそう言った。
私の口は止まらない。
「ジンクスだって、あほらしいと思わない?」
「ジンクス?そんなのあるんだ」
青さんは驚いたように聞いた。
「ミス・ミスターに選ばれたカップルはその後もずっと続くなんてありふれたものだよ。白坂くんもミスターの方で出てるし」
「へぇ、人によってはロマンチックって言うんじゃない?」
ロマンチックだなんて悲しいめで言わないで欲しい。
「それなら、ミスコンにも出られない、叶わないことがほぼ決まってる人はどうしたらいいのよ」
「悠さん?」
私の中の黒い感情が少し漏れ出てきた。ジンクスなんて、嫌い。私は想いを伝えることが出来ない。伝えてはいけない。それなのに、多くの生徒はお祭り気分に浮かれて、
「青葉!どうして見に来てくれなかったの?」
部室のドアの方から聞こえてきた声にハッとする。ドアの方にはミスコンの衣装を着た赤崎さんが立っていた。
赤崎さんは青さんのことを名前で呼んだ。教室では苗字でさん付けなのに。きっと、青さんも赤崎さんを名前で呼ぶのだろう。2人の間には私には入り込めない何かがあるのだから。
「ごめん、私クラスの展示見てくるね」
動揺を悟られたくなくて、私はそう言い残して部室を急いで出た。
私の知らない青さんを見るのが怖かった。
「部長はどうなったのかな」
青さんの予想では途中で日和るとの事だった。背中を押す、それが私たちが部長にできる協力方法とも言っていた。
「少し、探してみるか」
私は少し痛む胸に築かないふりをして部長を探した。
「私、最低だな」
案の定、部長は暗い顔をして階段に座り込んでいた。
「そんな事ないですよ、部長」
「え、悠!?」
私が声をかけると大きめの瞳をさらに大きくして驚いていた。全く気づいていなかったようだ。
「部長のおかげで勇気を貰えた人もいるんですよ」
構わず私は部長に慰めの言葉を吐く。
部長は少し考えるようにして言葉を紡いでいった。
「悠は、さ、好きな人がいて、自分とは違う存在だって気づいた時、どうする?」
「私なら、そうですね。告白なんて出来ないです」
「そう、よね」
私には、関係を壊さないよう務めるので精一杯だった。告白なんて絶対にできない。失敗して距離感が開くのはめにみえているのだから。だけど、
「でも、部長は違いますよね?」
「え、?」
「部長はそんなこと気にせずに突っ込んでいくと思います」
私は真っ直ぐに部長を見てそう言った。
「だって、部長は私と青さんが作っていた壁を簡単に壊したじゃないですか。そんな人がひよっててどうするんですか?」
初めてであった頃を思いだす。本音を話そうとしない私と何を考えているのか分からない青さんに向かって必死にコミュニケーションをとろうと試みていた姿を。
部長の明るい笑顔は私たちを少しづつ変えていってくれた。
そんな部長が弱音を吐くのが無性に悔しかった。絶対に上手くいくはずなのに。
「部長なら出来ますよ。私や青さんには出来なくても部長には出来ます。だって、部長は優しくて強いから」
「悠、」
「私の恋は、叶わないんです。きっと青さんのも。だけど、部長には可能性があります。だから、諦める姿を私たちに見せないでください」
そう、私と青さんの恋は叶わない。そもそも、告白すら出来ずに終わってしまう。だからこそ、部長には勇気を出して欲しかった。
部長は真剣な目で話を聞いてくれた。覚悟は概ね決まったみたいだ。そして、緊張をほぐすために私は最後に大切なことを伝えた。
「あ、ちなみにあと少しで鈴木先輩も来ますから」
驚いた顔の部長を尻目の私はもと来た道を引き返して行った。途中で偶然会った鈴木先輩の反応を見る限り、2人は両思いだ。心配することはない。
自分史上重大かつ疲れる任務が終わり、肩の力が一気に抜けていくのがわかった。このままだと廊下で人目もはばからず泣いてしまいそうだ。
私は早足で部室へ戻った。遠目に赤崎さんと白坂くんが歩いているのが見える。きっとデートかな。
「青さん、大丈夫?」
ドアを開けると、青さんが1人で泣いていた。
「青さん、泣いてるの?」
我ながら意地が悪いと思う。泣いている青さんに取り入ろう、そんな考えが頭をよぎった。
「目にゴミが入ったみたいで、」
青さんは苦しい言い訳を放った。
「部長の方は上手くいったみたいだよ」
私は隣に座って、そう報告した。
「そっか」
青さんは泣きながら優しく微笑んだ。
「上手くいかないのは私たちだけだね」
そういう私の声は自分でもわかるくらい震えていた。私は青さんを抱きしめて背中を摩った。青さんも最初は驚いたみたいだけど、抱き締め返して私の背中を優しく摩った。無理して笑う姿を見たくなかったし、私は泣き顔を見せたくなかった。
私も大概、強がりなのかもしれない。
「あの時から好きだったんだ」
嗚咽に交じって小さなつぶやきが聞こえた。私はあえて聞こえないふりをする。
そして、小さく呟いた。
「ずっと好きだよ」
届くことのない言葉を吐いて、さっきよりも強く抱き締めて優しく背中を摩った。この本音を私はずっと隠し続ける。そう心に決めて、大好きな人を抱きしめた。
「2人とも、大丈夫?」
部長は泣いて腫れた目に冷たい飲み物を当てて、優しく抱きしめてからそう聞いた。1度様子を見てわざわざ買いに行ってくれたらしい。
私にはりんごジュース、青さんにはオレンジジュース、自分専用にココアを持っている。
「部長、おめでとうございます」
ふいに、青さんがそう言った。自分は辛いはずなのに。
「青葉、ありがとう。青葉は伝えられた?」
部長は優しくそう言った。抱きしめられる力が強くなる。部長のても震えていた。
「伝えられませんでした。だって、」
だって、笑っている姿が好きだったから。
きっと、青さんはそう思っているに違いない。私も、青さんの笑っているところが大好きだから。
「伝えるのって難しいよね」
私たちの頭を優しく撫でながら部長は優しく話した。
「大丈夫。2人ならその痛みを乗り越えられるよ。相手を思えるふたりなら」
最後の方は部長も涙声だった。
部長と青さんは誰よりも優しい。
部長に包み込まれながら私はそう思った。胸の痛みが増していく。こんなに距離は近いのに、私は、青さんの心の奥の大事な場所に触れることは出来ない。そう考えると無性に虚しくなった。
私の恋はこうして静かに幕を下ろした。高校生の時の出来事があまりにも鮮明すぎために、未だに新しい恋に出会えていない。
でも、それでいいと思える。だって、
「悠さん、おまたせ」
「そんなに待ってないよ。行こうか」
友達という関係だけど、まだこうしてそばにいられる。それでいいと思えるから。
「部長の結婚祝いどうする?」
「青さんなんかいいアイデアない?。あ、どうせならさ、」
ふと、風がバラの香りを運んできた。私たちは笑いあってジャムの売っているお店へ入って行った。