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色とりどりの花束を  作者: 葵
2/8

バラ(黄)

出会い、というか再会は突然だった。

朝、教室に入ってからはホームルームまで席に座ってぼんやりと窓の外を見つめていた。

その日は妙にクラスが騒がしいと感じていたけど自分には関係ないと思っていた。


「赤崎桜です。よろしくお願いします」


澄んだ声が教室に響く。黒板には名前が書かれ、教卓の横には緊張した面持ちの1人の女の子がいた。


「席は、笠原さんのの隣ね。笠原さん、手を挙げて」


担任に指名された笠原さんは手を挙げ、転校生ははにかみながら指定された席に座る。

そして、今日も退屈な授業が始まった。


ぼんやりと授業を受けていたらもう昼休みになっていた。お弁当を持って机をくっつけるグループが幾つかある。

邪魔にならないように、誰にも気づかれないように細心注意を払って教室から離れた。


「ふぅ、」


静かな場所で息を吐く。今日はいつにも増して騒がしかった。転校生をどの派閥が獲得するかを牽制しあっているのだろう。

実に面倒くさそうなことである。


「ねぇ、」


声が聞こえ、ふと顔を上げると争いの渦中に居るであろう、転校生が目の前に立っていた。


「、、、何?」


少し上擦った声で言葉を返す。


「私もここでお弁当食べてもいい?」


弁当の入った袋を少し持ち上げ、彼女はいたずらっ子のように笑った。


「いいけど、教室にいなくてもいいの?」


「それ、あなたが言えたことじゃないでしょう?」


「まあね」


先程から降り出した雨音だけが空間に響いた。


「そう言えば、名前なんだっけ?」


弁当を上機嫌に広げる彼女を横目に聞いた。


「え?朝も自己紹介したじゃない」


「ごめん、聞いてなかった」


「全く。私は赤崎桜。よろしくね。あなたは?」


「河井青葉、よろしく」


「青葉?青葉ってもしかして、南幼稚園の?」


「そう、だけど」


知り合いだっただろうか?赤崎桜。


「ほら、私だよ」


そう言うと彼女は桃色のヘアピンを見せてきた。


「覚えてない?いつも私が泣いてた時、慰めてくれたじゃない」


泣いてた時、慰める。ふいに一人の少女の面影と重なる。


「もしかして、泣き虫桜?」


「覚え方酷くない?」


よくよく見ると面影がある気がする。


「ごめん、気づかなかった。髪、伸ばしたんだ」


「そうだよ。忘れてたなんて酷い」


ふと記憶が蘇ってきた。

確か、よくからかわれて泣かされてたな。それよりも、


「何でここにいるの?」


父親の仕事の都合で海外に行くって言ってたはずなのに。


「中学からは日本に帰ってきたの。それで、お父さんの仕事がここになったから戻ってきたんだよ。何?私に会えて嬉しくないの?」


「普通、かな」


卵焼きをつつきながら応える。


「青葉って昔からそういうとこあるよね。私、少しは期待してたんだよ」


拗ねたように言うところはまだ幼い時と変わっていない。懐かしい気持ちが込み上げてくる。


「その割に、見抜けてなかったみたいだけど」


そう言うと、桜は苦笑いをしながら反論した。


「それは、お互い様でしょ」


気がつくと雨音が聞こえないほどに笑い声と話し声が溢れていた。もう少し話したい、そう思っているとふと、予鈴がなった。そろそろ戻らないと授業に遅れてしまう。


「次の授業、何だっけ?」


桜が隣で尋ねる。


「数学。分かんないとこあったら笠原さんに聞きなよ」


会話が時間にさえぎられたことに不服だったために、つい、素っ気なく答える。

何となく、胸の奥が冷たくなった気がしたが、桜は気にした素振りを見せなかったので、そのままにした。そこからは会話することもなく、雨音を聞きながら教室へ戻った。




桜が転校してきてから数日、相変わらず桜は教室でお昼を食べようとしなかった。


「いいの?」


「何が?あ、そのきんぴらちょうだい」


「クラスで弁当食べなくて」


「青葉だってここで食べてるじゃん。美味しい。さすがおばさんの味付け」


「ここにいるといつまで経っても派閥には入れないけど。何?」


「青葉がそんなの気にするなんて意外」


「はあ。楠木さんと佐川さんあたりが引き込もうとはしてるけど」


「そして意外とクラス事情に詳しい。ボッチなのに」


「やかましい。少しは色んな人と交流持った方がいいんじゃない?」


「それ、青葉に言われたくないかな。教室でいつも机に突っ伏してるか、本読んでるか、外見てるかの3択じゃん」


何も言い返せない。


「それに、私は青葉といたいからいいの。で、いい加減何部に入ってるか教えてよ。この学校、必須なんでしょ?」


「教えない。部活くらい自分の意思で決めな」


「私は、人見知りで繊細だから知ってる人と同じ部活がいいの。ね?教えて?」


「桜が繊細だったら世界中の人間は繊細すぎて会話もままならないだろうな」


「な、その言い方、大体、クラスの子にリサーチかけてもわからないって返されるんだからね」


クラスに1人は同じ部活の子いた気がするけど。黙っておこう。


「というか、普通に話せてるなら人見知りじゃないんじゃ」


「げ、バレた」


わざとオーバーなリアクションを取っているのに敢えてスルーしながら片付けを進める。

恥じらいを捨てているのにも関わらず傍から見ると可愛く見えるのが不思議だ。


「じゃあ、もう行くから」


「あれ?今日早くない?あと20分はあるよ?」


「先生に呼び出された」


「なにか悪いことでもしたの?」


全く、心外である。


「するように見える?」


ジト目で聞くと、


「居眠りくらいかな」


目を逸らしながら桜は応えた。自分がたまに居眠りをしている手前、人のことは言いづらいらしい。


「否定できないけど、別に説教されるわけじゃないから」


思わず苦笑が漏れる。悪いことなんてそうそうしない。

まあ、それよりも厄介なことだとは自覚している。

重たい足取りでたどり着いた国語準備室のドアをノックし、意を決して中へ入った。


「、、、失礼します」


「河井さん、座って」


呼び出した張本人である志那先生は柔らかい笑みの後ろに少しの緊張を隠していた。

この先生はとても優しい。だからこそ、厄介この上ない存在だった。


「最近、クラスで困ったことはない?」


「特にありませんけど、」


「そ、そう。悩み事があるなら、先生相談に乗るからね!」


「悩み事も特には、」


先生は言いづらそうに言葉を発した。


「その、河井さんがクラスで孤立してるんじゃないか、って心配で」


やはり、そう来たか。心当たりは十分にあった。でも、


「孤立してるって、自分では思ったことは無いんですけど」


先生を真っ直ぐ見据えると先生は目を逸らしながら言った。


「そ、そうかもしれないけど、移動とかも1人じゃない?河井さん、大人びてるからもう少し、打ち解けてみてもいいんじゃないかな?」


自分は大人びているとは思わない。どちらかと言うと子供っぽいと思う。だけど、大人びていると判断を下されたならば大人びた対応が求められる。今までの対話の中で学んだものだ。

そして、気持ちを抑え、心にも無い言葉を吐く。


「はあ、頑張ってみます」


似たようなことを他の人にも言われたことがある。そして、とりあえず肯定することで場を収めることが出来ることも学んだ。


「うん!先生も応援してるからね」


先生は歩み寄る、というか望んでいた言葉を聞けると安堵する。幾分か表情もほぐれている気がする。

大抵の人は本人が望んでいなくても、みんなでいることを望む。その考えが時に息苦しく思える。


「この調子ならまた呼び出されるかもな」


準備室を出てボソリと呟いた。だが、そのつぶやきは息切れしたような声でかき消された。


「青さんいた」


「悠さん、どうしたの?」


同じクラスの悠さん。部活以外で話しかけてくるなんて珍しい。


「いつものとこに居なかったからさ、探してたんだ。部活のことで相談が、」


「いいよ、何?」


悠さんは唯一クラスで同じ部活に所属している。普段は大人しめのグループにいるため、わざわざ話しかけてはこない。


「学園祭の展示のことでさ、」


「作品展示のこと?」


悠さんは躊躇いながら言葉を紡いだ。


「その、テーマを付けて展示しようってことになったじゃん?」


「うん、それがどうしたの?」


「その、テーマなんだけど、」



悠さんからテーマを聞いた翌日の昼休み、相変わらず人気のない場所で昼食を摂っていた。気分は重い。


「はあ、」


「青葉、何度目のため息?幸せも唐揚げも逃げるよ」


当然のように唐揚げを1つ奪い、代わりにプチトマトを米の上に置いてきた。


「そっちこそ。ミスコンに出ることになってるけど? 」


「ねービックリしたよ。あ、これは青葉の味付けだ。美味しい」


能天気に言葉を返しながら唐揚げを味わっている。その表情は特段困ったものでも嬉しそうでもなかった。


「そりゃどうも」


穏やかな時間のはずなのになんだか胸騒ぎがした。


「でさ、衣装選びを手伝って欲しくて、」


弁当箱を片付けながら何の気なしに言われる。

一瞬言葉を失いかけたけど平静を装って返した。


「クラスのおしゃれグループに頼めばいいじゃん」


何だかんだ、桜はクラスで上手くやっている。頼めば選んでくれるはずだ。何なら当日のメイクもやってくれるだろう。


「お願い!親友でしょ」


「いつから親友になったんだろ」


「ヘアピンを貰った時」


「何年前の話?」


桜の鈍さには本当に驚かされる。

『親友』、ね。

『親友』としては快諾しなければならないような気がした。頭に浮かぶモヤは無視しなければならないようだ。


「まあ、展示の参考になりそうだし、色選びくらいは付き合うよ」


「本当に?じゃあ、放課後はモールね」


「はいはい」


楽しげな桜を横目に小さく息ををついた。

コンテストでは予選を制服審査、決勝はドレス審査となっている。予選の中間発表を見る限りでは決勝までいけそうとの事で、レンタルするドレスの色だけでも決めることとなった。


「焼肉がかかってるからみんな本気なんだよね」


「元気なことで」


店内は色とりどりの衣装がひしめき合っていた。そのうちの1着を手に取って合わせ、桜がこちらを振り向く。


「あ、この色なんてどう?」


「桜、クールな表情出来るの?」


「もちろん。どう?」


本人はキリッとした表情のつもりらしいが、どこか間抜けな部分が見え隠れしている。似合わない。桜の雰囲気とは違う気がする。


「うん、アホさが滲み出てる」


「ひどい」


選ぶこと数十分。なかなかこれという色が見つからないまま時間だけが過ぎていった。


「もう、青葉が選んでよ。決めらんない」


「え?自分で着るものなのに?」


「青葉なら私に合う色わかるでしょ?」


完全にやる気をなくしているし、そう言われては仕方ない。いくつか吟味しているとふと、1つ鮮やかな色が目に入った。


「これは?」


差し出したのはパステルオレンジのドレス。


「いいね!コレにする!」


「即決でいいの?」


「青葉が選んでくれたんだもん。これにするよ。ありがとう」


さっきまで悩んでた時間はなんだったんだ。そう思えるくらい早い判断だった。

ただ、桜の明るさにはとても似合う色だ。我ながらいいチョイスだとも思った。


「青葉、選んでくれてありがとう」


「選んであげたんだから優勝してよ」


「やるだけやってみるよ」


即決したドレスを手に持った桜の笑顔は今までで1番眩しかった。



学園祭の準備は着々と進んでいる。クラスのグループには属してないとはいえ、準備には参加しないといけない。うちのクラスは展示なので、その用意を手伝えばそれで終わりだ。問題は部活の方だった。


「あ、青さんお疲れ」


教室での作業を先に切り上げた悠さんが声をかける。


「悠さんもおつかれ。部長は?」


「クラスの準備で遅れるって言ってたよ」


適当に相槌を打ってから適当な椅子に座った。学園祭の展示仕様に部室を飾りつけようと言っていたのは部長な気がするけど。


「テーマ、難しくない?」


「そうだね」


我が華道部で今回の作品で設けられたテーマ。


「絶対部長の好みというか、」


「部長、作品見に来てもらうって張り切ってたからね。青さんはどんなのにするの?」


「悩み中。悠さんは?」


「私も。愛の告白なんて、難しいよね」


「部長、恋愛小説でも読みすぎた?」


「言えてる」


「2人とも、聞こえてるわよ」


他愛のない話をしていると顔を真っ赤にした部長が入ってきた。悠さんが半笑いで部長に声をかける。


「お疲れ様です」


「べ、別に恋愛小説読みすぎて感化されてないから。そもそも、どんなにアプローチしても気づいてくれないあいつが悪いんだから」


部長こと、遥先輩は絶賛片思い中の恋する乙女だ。お淑やかな女性を目指すべく入部したらしいが、成果が現れているかは微妙である。


「部長、自分の告白に私たちを巻き込まないでくださいよ」


悠さんのごもっともな意見が炸裂する。


「いいじゃない。青春しましょうよ。そう言えば、2人のクラスに来た転校生いるでしょ?」


この件については押し通したい部長が話題をそらす。下手な話題逸らしだと気づいてはいたが悠さんは乗ることにしたらしい。


「赤崎さんがどうしたんですか?」


「あの子ね、陸上部の2年エース、白坂くんと付き合ってるみたいよ」


一瞬、部長の声が入ってこなかった。

桜はそんなこと、一言も言ってなかった。


「へー。白坂くんってエースだったんですね」


「悠、同じ学年なのに知らなかったの?」


「興味無いんで」


「まあ、美男美女でお似合いよね」


「部長と鈴木先輩もお似合いだと思いますけどね」


「本当に!?」


「だから、テーマを愛の告白になんてしなくても上手くいくと思うんですけど、」


「それなら、もっと気合いを入れなきゃ」


「うわ、失敗した。あれ?青さんどうかした?」


悠さんの声で現実に引き戻される。


「いや、どんなのにしようか考えててさ、」


「それはね、自分の気持ちに素直になればいいのよ!恋をすると誰でも変わるのよ!」


部長のテンションがおかしな方へ向かっている気がする。


「まずはお掃除して、それからね、」


気合の入りまくった部長に押される形で準備は始まった。

そして、気合の入りまくった部長による花の誤発注により、1週間後の部室内にはバラの花が大量に届いていた。


「うわ、これどうするんですか?」


「部長、しっかりしてくださいよ。私、こんなにバラ使わないし、青さんに至っては使う予定無かったんですけど」


「ごめんなさい。数字の確認ミスで」


「まあ、届いてしまったものは仕方ないですけど」


この量、さすがに使わないともったいないだろう。デザインはまだ完成していないから今なら間に合う。


「わかりました。予定を変更してバラも使いますよ。使いきれなかった分はジャムとかドライフラワーにして先生たちに売って部費の足しにすればいいんじゃないですか?」


「青葉、それは名案ね。それじゃあ、張り切っていきましょう」


落ち込みから復活した部長は元気よく室内の装飾を始めた。



学園祭の役割は至って楽なものだ。クラスも展示だから当日にやることは特にない。


「オレンジのバラ、キレイだね」


作品を見比べながら悠さんは言った。三者三様の作品が出揃い、華やかな雰囲気が漂っていた。


「大量発注だったからカラーバリエーション増やしてくれたのかもね。部長の告白、上手くいくと思う?」


「どうだろう?正直、赤崎さんと白坂くんよりも部長の事の方が気になるよね」


「う、ん」


時計を見ると、そろそろミスコンの時間だ。あの話を聞いてからわざとこの時間に当番に当たるように調整した。


「悠さんはミスコン見に行かないの?」


当番でもないのにここに居座っている悠さんに疑問をなげかける。


「興味ないもの。あんなの、ただの人気投票でしょ?焼肉がかかってるって盛り上がってるけど、バカみたい」


「悠さんって結構言うよね」


「ジンクスだって、あほらしいと思わない?」


「ジンクス?そんなのあるんだ」


「ミス・ミスターに選ばれたカップルはその後もずっと続くなんてありふれたものだよ。白坂くんもミスターの方で出てるし」


「へぇ、人によってはロマンチックって言うんじゃない?」


「それなら、ミスコンにも出られない、叶わないことがほぼ決まってる人はどうしたらいいのよ」


「悠さん?」


悠さんは俯いたままだ。少し、震えている。何か、声をかけた方がいいのだろうか。


「青葉!どうして見に来てくれなかったの?」


そう思案していると大きな声が聞こえた。

扉の方を見るとあの日決めたドレスとは違うものを着た桜が立っていた。


「ごめん、私クラスの展示見てくるね」


桜の姿を見るなり、そう言って悠さんは慌てたように部屋を出て行った。


「桜、ミスコンは?今審査中じゃないの?」


「終わって結果も出されたの。なんで来てくれなかったの?」


時計を見ると随分と時間が経っていた。そろそろ当番の時間も終わる。


「当番だったんだから仕方ない。結果はどうだったの?」


「1位だったんだよ。だから、青葉にも見てて欲しかった」


残念そうに桜は呟いた。


「ごめん、ドレス、似合ってるよ」


「青葉、ごめんね。せっかく選んでくれたのに」


桜は気まづそうに目を逸らして言った。


「気にしなくていいよ。そっちの方が似合うと思うし、」


「そうかな?そう言って貰えると嬉しいや」


褒めると照れたように桜は笑った。胸がズキリと痛む。


「あ、ねえ、青葉の作品はどれ?」


気まづさなどを忘れていつもの桜に戻っている。胸をなでおろして問いかける。


「どれだと思う?」


このテーマも作った意味も桜は理解していないし、出来ないことだろう。


「えー。これかな。オレンジのバラ」


当たりだった。


「なんか、青葉っぽいよね。この作品」


「どういうこと?」


声が少し掠れる。


「なんだろ、あたたかそうな所?優しい雰囲気だし。ね、テーマ決めたんでしょ?テーマは何?」


優しそうな顔で声で桜はそう言った。


「教えない」


「えーケチ」


教えたら今までの関係全てが崩れてしまう、そんな気がした。


「桜、こんな所にいたのか」


「あ、白坂くん。見て、これ青葉が作ったんだよ。綺麗だよね」


白坂くんを見て、桜は楽しそうに作品を紹介している。


「そうだな。河井って器用なんだな」


「そうでもないよ」


つい、素っ気なく答えてしまった。白坂くんは何も悪くないのに。


「青葉って本当に人見知りだよね」


「そうなのか。桜と仲良いなら俺も仲良くしたいんだけど、良いかな?」


「、、、まあ、よろしく」


白坂くんは底抜けにいい1つそうだということだけはわかった。志那先生と同じレベルで。


「白坂くんは桜に用があったんじゃないの?」


桜を探していて用があるなら本題を切り出せばいいのに。いつまでもこちらに気をつかう必要なんてない。

出たのはやはり冷気を孕んだ声。


「そうだった。これから回る約束してただろ?なのに走ってどこかに行くし」


「ごめんね。青葉がいなかったからつい、」


「本当に河井さんのこと好きなんだな」


「うん。青葉は大親友だから」


2人の会話を聞くだけで、胸の痛みは増していった。そうだ。『親友』だから、この痛みはきっと、気のせい。


「河井さんもよかったら一緒に回らない?」


白坂くんはまた、こちらに気をつかった。

そんな気遣い、いらない。そう思った途端、体温が下がった気がした。らしくない早口で膜して立てる。


「ごめん、当番がまだあるから2人で行ってきなよ」


「青葉?」


桜の怪訝そうな顔が見えた気がした。だけど、口は止まらない。


「桜も早く着替えた方がいいんじゃない?汚したら大変でしょ」


「う、うん」


半ば強引に2人を送り出した。自己嫌悪が止まらない。自分の中にこんなに醜い感情があるなんて、今まで知らなかった。知りたくもなかった。


「青さん、大丈夫?」


顔を上げると目の前には悠さんが立っていた。


「青さん、泣いてるの?」


「目にゴミが入ったみたいで、」


苦しい言い訳だと思った。


「部長の方は上手くいったみたいだよ」


悠さんは隣に座って、報告した。


「そっか」


「上手くいかないのは私たちだけだね」


悠さんは小さな震えた声で言った。目は涙を滲ませている。

お互いに、背中を擦りながら涙を流した。幸い、今は昼休憩で部屋を閉めているため、誰にも気づかれることは無かった。

朧気な昔の記憶が蘇る。仲良く手を繋いで遊んで、笑って。


「あの時から好きだったんだ」


ヘアピンも同じものを付けていた時期があった。いつの間にか付けるのをやめていた。

再び目の前に現れた時は嘘だと思った。

そして、楽しげに笑っている顔を見て息苦しくなった。彼女の隣にはもう居られないから。

悠さんも嗚咽を漏らして泣いていたから小さな声に気づいていなかった。


「2人とも、大丈夫?」


部長は泣いて腫れた目に冷たい飲み物を当ててそう聞いた。1度様子を見てわざわざ買いに行ってくれたらしい。


「部長、おめでとうございます」


「青葉、ありがとう。青葉は伝えられた?」


「伝えられませんでした。だって、」


だって、笑っている姿が好きだったから。


「伝えるのって難しいよね」


頭を優しく撫でながら部長は子どもに言い聞かせるように話した。


「大丈夫。2人ならその痛みを乗り越えられるよ。相手を思えるふたりなら」


最後の方は部長も涙声だった。




大人になって、過去の痛みが疼くことは多々あった。あの文化祭は3人だけの秘密となり、3人で会う時には必ずその話で盛り上がる鉄板ネタと化していた。

時を経てようやく桜の『親友』となることが出来、今日はその『親友』の記念すべきめでたい日だった。

残念ながら、桜と白坂くんはそうそうに破局し、ミス・ミスターコンテストのジンクスとやらは消え去ってしまった。


「桜、きれいだよ」


「ありがとう、青葉。そう言われるとなんか照れるね」


「今日の主役が何言ってるの。はい、これ」


「わ!綺麗なバラ。あれ?青葉ってオレンジが好きなんじゃないの?黄色って珍しいね」


全く、昔から鈍いところは変わっていないな。


「オレンジは好きだけど、今日の主役は黄色が好きなんだから主役に合わせるに決まってる」


「私、黄色が好きって言ったっけ?」


「自分の持ち物を今一度確認してみなよ」


スマホ、バッグ、持っている飲み物。全てが見事に黄色だった。


「気づかなかった。青葉ってやっぱりすごいね」


「じゃあ、会場に行くから。主役なんだから、しっかりね」


「うん、ありがとう」


「あ、それから、桜」


「何?」


「結婚おめでとう」


この日、ようやく本当の意味で『親友』になれた気がした。

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