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色とりどりの花束を  作者: 葵
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アネモネ

爽やかな風が吹く中で少女は1人泣いていた。風が涙を乾かしても枯れることのない想いが溢れてくる。


「好きだったのに」


僅かに咲いていた桜は昨夜の雨で全て散ってしまっていた。抱いていた想いも花が枯れて散るようになくなってしまえばいいのに、そう思わずにはいられなかった。

目を閉じると、嫌でもあの人のことを思い浮かべてしまう。

幸せだった日々を思い出しては嗚咽を漏らしながら泣いた。人があまり来ない場所だったので人目を気にせずに泣けることは幸運だった。


少女、ゆかりは2つ年上の先輩に想いを寄せていた。面倒見が良くて優しかった先輩。

自分とは住む世界の違う、輝いた人。そう思っていた。


「あれ?誰かいる?」


放課後の美術室でそう声をかけられた時から、想いは次第に大きくなって行った。


「はい、」


小さな声で返事をすると先輩は優しく微笑みかけた。


「俺、ここの幽霊部員なんだ。川上遥。君は?」


「わ、私は、中川ゆかりです。1年で、まさか、他に部員がいると思わなくて、その、」


「俺以外にも数人いたと思うんだけどな。まあ、兼部とか俺みたいな幽霊部員が多いから気にしないで。よろしくな」


「はい、」


そこから2人の静かな交流が始まった。他の先輩も時折混じえて話をして、絵を描く。美術部での活動は目立ったことはないけど毎日のささやかな楽しみの一つとなっていた。


「ゆかりの絵ってさ、」


「どうかしましたか?」


「切ない感じのが多いよな。何で?」


少し悩んだ顔をして先輩は聞いた。心の中がくしゃりと音をたてた。

当の先輩は自身の絵の表現が納得いかないのか微妙な顔をしている。

心の小さな動きに気づかれていないようでほっとした。


「切ない、ですか?」


「うん、なんか、綺麗だし上手いんだけど、なんて言うんだろ?」


今描いているのは風景画。その前は花。先輩の言っている意味を理解したくなかった。


「なんかさ、手に入らないものを掴もうとしている、とか、そう!星に手を伸ばして、掴めないことを嘆いてるみたいな!」


息が詰まる。何か返事をしないといけないのに。


「ってなんか、気持ち悪いよな。ごめん」


「せ、先輩って意外とロマンチストというか、詩人ですね」


「今のなしで。みんなには秘密な」


照れたように笑う先輩はいつもよりも少し幼く見えた。



春に先輩と出会い、文化祭に展示する作品を夏休みに仕上げ、それからは、美術室で1人で過ごす日々が続いた。

3年生の先輩は引退、2年生の先輩は兼部している部活にかかりきりになっている。


「もう、帰らないと」


最近はぼんやりと筆を進めることが多くなっている。帰り支度をして外に出ると白い息が出るほど寒くなっていた。


「少し前までは秋だったのに」


先輩達の引退式を盛大に行ったことを思い出した。最後、部長が号泣して宥めるのが大変だったことを思い出してクスリと笑う。


「何笑ってるんだ?」


「先輩、いたんですか」


「進路のことで呼び出されてさ、話してたんだよ」


進路、ゆかりにはまだ遠い話のように思えた。笑いながら先輩は先生との話をしてくれる。


「今のうちからとりあえずは考えてた方がいいぞ。呼び出されるのも面倒だし、慌てることになるからな」


「慌ててるようには見えませんけど」


「そりゃあ、慌ててないからな」


「なんですか、それ」


先輩はゆかりの顔をまじまじと見つめている。


「どうしたんですか?」


思わず目をそらす。


「いや、ゆかりも変わったなって。最初会った時はビクビクしててさ、俺、怖がらせたと思ったし」


「あれは、初対面で驚いただけですよ」


「それがここまで打ち解けてくれるなんてな、」


「何言ってるんですか。先輩なら誰とでも仲良くなれますよ」


「そうか?それは嬉しいけど、後輩が出来て嬉しいんだよ。あれ?顔赤くね?」


「さ、寒いからですよ。先輩こそ耳赤いじゃないですか」


「マジで?寒いとすぐ赤くなるんだよな。早く帰って炬燵に入りてーわ」


先輩にとっては仲のいい後輩としか見られていなくて少し切なくなった。絵のことを指摘された時よりも心が大きな音を立てた。



三学期に入り、3年生の登校日数が減ってからは先輩とも部長とも会うことはなくなっていた。

校内は学年末テストに向けて空気が引き締まると思いきや、バレンタインが近いこともありどこか浮ついた雰囲気を残していた。


「バレンタインね」


「ゆかりちゃん渡す人いないの?」


「いないよ。ゆきちゃんは?」


「私は、気になっている2年の先輩かな」


渡したい人がいない、というのはなんともやるせない気持ちになってくる。連絡先も知らないため、約束をして渡すことも出来ない。


「大丈夫?寝不足?」


「数学の範囲広すぎだよー」


「頑張った自分にチョコ買ってもいいんじゃない?ほら、これとか美味しいそうだよ」


スマホの画面に映されたのは「新発売」とデカデカと書かれたチョコレートの商品説明。ポップに対して控えめな色のパッケージには好感が持てる。


「帰りに買ってみる」


「食べたら感想教えてね」


テスト期間は部活もできない。テスト勉強をしても気になることが頭をめぐって集中できないのも事実。


「ゆきちゃんにはバレてたかもな」


コンビニのお菓子コーナーには派手なポップで飾られたお目当ての商品があった。レジ横の肉まんの誘惑に負けることなく、チョコレートだけを買って店を後にする。


「すごい、きれい」


パッケージを開けると艶々としたチョコレートが出てきた。シンプルなチョコにナッツが入ったもの、果物が入ったものが混在していて食べるまでは何かわかないワクワク感もこの商品の醍醐味らしい。


「おいしい」


1粒食べてみると甘いチョコレートが悩み事を優しく溶かしてくれている気がした。

おいしいけど、さらにモヤモヤが出てきて胸焼けがする。


「あれ?ゆかりじゃん」


「先輩?なんで、」


「散歩だよ、散歩。こんなとこで何してんだ?」


「テスト勉強の息抜きで、」


「学年末の時期か。それ、新発売のやつじゃん、まずかったのか?」


「え?」


「難しい顔してるからさ」


「おいしいですよ。食べますか?」


「もらうな。お、ナッツ入りじゃん」


先輩が美味しそうに食べるのを眺めつつ考える。


「なあ、もしも一つだけ願いが叶うとしたら何を願う?」


一つだけ叶う願い。

多すぎてひとつに絞れない。

先輩と同じ歳になれたら。

先輩に見合う人になれたら。

先輩とずっと一緒にいられたら。

先輩と、


「俺さ、過去に行ってみたいんだ」


「過去に?」


「どうしても会いたい人がいてさ。その人にお礼を言いたいんだ」


「そう、なんですか」


「ゆかりは?どうしたい?」


「私は、」


先輩と離れたくない。

先輩に見て欲しい。


「ゆかり?大丈夫か?何か、」


「すみません。帰って勉強しないと」


「お、おい」


家に帰った後にチョコレートを忘れてしまったことに気がついた。


「もう、いいか」


食べたチョコの味もどうでも良くなっしまった。

ただ、今は全てがしょっぱく感じた。



「先輩、卒業おめでとうございます」


 部長に言った後に先輩にも声をかけた。嬉しそうに微笑んでゆかりの頭を撫でる。

その行動に胸が締め付けられた。


「ありがとう。これは?」


「部員で作った栞です。全部絵柄が違うのでぜひ使ってください」


「みんな、上手くなったな。これなんか特に綺麗だな」


先輩はアネモネが描かれた栞を見て言った。

ゆかりの瞳が少しだけ揺れる。

ダメだ。笑顔でいないと。


「先輩、本当におめでとうございます。元気でいてくださいね」


さよならは言わない。それがせめてもの意地だ。


「そうだな」


先輩の瞳後揺れた気がした。そしてすぐにいつもの微笑に戻る。


「ゆかりも元気でな。またな」


そう言って先輩は校門をくぐって出ていった。



2年後、自身の卒業式を終え、ゆかりは件の桜の木の下に来ていた。

2年前同様、花はついていない。


「先輩、どこにいるんだろう」


この2年間、先輩と会うことは全くなかった。部長は時々部の様子を見に来てくれたが、先輩は1度も訪れなかった。部長に聞いても答えを濁すだけで何も分からない。


「遠くへ行った」


アメリカに行ったと風の噂で聞いたが、部長ははぐらかすだけだった。


「先輩にお礼を言いたいのに」


「俺がどうしたって?」


「え?」


顔を上げると高校時代と変わらない姿の先輩がそこに立っていた。


「先輩、ですよね?」


「久しぶりだな、ゆかり」


「アメリカに行ったって本当ですか?」


「げ、広めたやつ誰だよ」


「本当なんですね」


「まあ、今はアメリカに居ないけどな」


「ここに居るんだから当たり前じゃないですか」


「まあ、そうなんだけど」


しばらく沈黙が降りた。


「私、先輩に言いたいことがあったんです」


「お、おう。なんか怒ってる?」


「先輩はいつも唐突すぎるんですよ。今日だっていきなり隣に立ってるし、急に変なこと言ってきたり、そのせいで私がどれだけ動揺して勝手に傷ついたか、」


「それは、ごめん」


「私、先輩のことがずっと好きでした。先輩が私のことを女の子として見ていないのも知っていました」


「そっか、ごめんな」


「謝られても困ります。というかムカつきます」


「いや、その、ゆかりのことは女子として見てたし、俺のこと好きなんだろうなってのも勘づいてて、」


「それじゃあ、私のことを弄んでたんですか?」


「違う!それは断じて違う!」


先輩は大きな声で否定した。周りに人はいないけど、誰かに聞かれていないかが心配になった。


「俺に、勇気がなかっただけなんだ」


「どういうこと、ですか?」


先輩は悲しそうに微笑んだ。


「俺さ、もういないんだ」


「え?何言ってるかわからないです」


「俺、1年前の今日に死んだんだ」


「どうして?」


「小さい頃からの病気で、治療のためにアメリカに行ったんだけど良くならなくて」


「でも、ここにいるじゃないですか」


「命日だから帰ってきた。家族とかと会えるようにさ」


「どうして私のところに来たんですか?家族のところは?」


「ゆかり、卒業おめでとう。お前にどうしても渡したい物があったんだ」


「何を?」


「少し、目を閉じてくれるか?」


言われた通り目を閉じる。優しい風の音がする。


「もういいよ」


目を開けると殺風景だった地面には色とりどりのアネモネが咲いていた。


「これは?」


「俺からの卒業祝だ。受け取ってくれるか?」


「先輩はずるいですね」


「ごめんな。俺もゆかりも前に進まないといけないんだ」


「それは、わかってますけど」


「だからさ、最後くらいは笑顔で別れようぜ」


「笑顔で、」


「そろそろ帰る時間なんだ。ゆかり、ありがとう。俺、お前の絵に何度も元気づけられたよ。ずっとお礼が言いたかった」


「ずっと?」


「ずっと。過去に戻りたいくらいに。今更言っても遅いかもしれないけど、勇気をくれてありがとう」


「私も、先輩といれて、楽しかったです。ずっと好きでした。また、会えますよね?」


「そうだな。また会える。っておい、泣くなよ」


「先輩こそ、泣いてますよ」


「そうだな。ゆかり、ありがとう。またな」


そう言って先輩はいなくなった。

気がつくと色とりどりのアネモネも消えていた。


「夢でも見てたのかな」


足元を見ると赤いアネモネが1輪だけ咲いていた。さっきまではなかったのに。


「先輩、ありがとうございます」


アネモネを摘んで家に帰る。優しく吹く春風が静かに力強くゆかりの背中を押した。

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