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その恋の顛末  作者: ねこ
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わたしのおろかな『人魚姫』

むかしむかし、あるところにそれはうつくしい人魚のお姫さまがおりました。

陸の国の王子さまに恋をしたお姫さまはそのうつくしい声とうみをわたる尾ひれをひきかえに王子さまのお側に寄るためのにんげんの脚を手に入れました。

お姫さまは針をさすように痛む脚をひきずり、懸命に愛らしく彼への愛をつたえ、王子さまもかよわい彼女をいつくしみました。

けれど、お姫さまと王子さまは───




 そんな伝承がまことしやかに伝わる国に、ある一人の王子様がおられました。

 彼は幼い時分から好奇心が強く、成人を済ませてからも公務の暇を縫っては船に乗り込み、海原へ繰り出しました。

もちろん、一国の王子ですから、そんな遠くには行けません。

けれど、どこまでも続く自由な海は彼の好奇心を大いに満たすものでした。

 そんないつも通り海へ出たある日のこと。 

今日はどんな不思議なものに出会えるだろう。

そんな期待を胸に海を見つめる王子様は、奇妙なものを視界の端に捉えました。

海面に突き出す岩にきらりと光を反射するものが見えた気がしたのです。

すぐにそちらに目を向けた王子様は、口を大きく開けて驚きました。

美しい少女が、不似合いにも海原の武骨な岩の上にちょこんと座っていたのですから。

 そして、よく目を凝らした王子様は、さらに驚くべき事に気付きました。

彼女には、人間の脚でなく、光る鱗のついた魚の尾ひれがついていたのです。

それを見て、王子様は咄嗟に王国で語り継がれる物語を頭に浮かべました。

口を開けて呆ける彼の視線に気付き、目が合った少女は、にこりと微笑みました。


「こんにちは」


鈴のなるような声でした。

“声が出るんだ”

王子様は思いました。 

彼が思い浮かべた物語の少女は、人間の脚を手に入れる為に声を失っていたので、目の前の彼女とのその違いにしばし驚きました。

けれど、一呼吸置くと彼のなかに生来の好奇心がもくもくと沸き上がってきました。

人魚に会うのは初めてだ。

いや、むしろ今王国に居る人の中で人魚に出会った事がある人は居るのだろうか。

伝承の王子ですら人魚と言葉を交わした事はないのに、今の僕は会話だって出来る! 


「こんにちは」 



 やっとの思いで返した王子様の挨拶は、喜びに弾んでいました。

そんな浮足立った彼の様子を見て、人魚は更に笑みを深めました。

 彼と彼女は、それから日が暮れるまでの長い間、たくさんの言葉を交わしました。

王子様は初めて出会う不思議な美しい少女が気になってたくさんの質問を投げかけましたし、人魚も自分の知らない陸の世界に興味があるのか、たくさんの話をせがみました。

日が暮れ、名残惜しく別れる頃には、彼と彼女はすっかり友達になっていました。


「また来るよ」

「待ってるわ」


 二人は再会の約束を交わし、その約束通り彼は毎日のように海へ繰り出し彼女の話に耳をかたむけました。


 けれど、寒さが深まってきた頃、王国で伝染病が流行り出しました。

 そんなに深刻な病ではありません、数日閉じこもり安静にしていればすぐに治る程度のものでした。

 いつものように人魚に会いに海へ出た王子様は、コンコンと意思とは関係なく出てくる咳に、自分も罹患しているのかもしれないと思い至りました。


「すまないが、体調が思わしくない。僕は一週間程、ここには足を運べないかもしれない。」


暇を願い出た王子様を、人魚は大層心配しました。


「まぁ、大変。会えないのはとても残念だけど、どうか早く元気になってください。」

「そうだわ!」


 王子様を憐れんだ直後、突然声の調子を変えた人魚は小さな薬瓶を彼に差し出しました。 


「これをどうかお飲み下さい。人魚に伝わる良薬です。あなたは私の大切な人だもの。飲めばたちまち、身体にはびこるどんな病気も消え去るわ。」


 彼は一国の王子ですから、普段なら怪しげに差し出される薬など手に取るはずもありません。

 けれど、彼と彼女はこの海の上で友情を育んできました。

常に明るく、微笑みを絶やさなかった彼女は、きっと自分に害意は抱いていないだろう。

それに─

彼は物語を思い出しました。

王子様に恋した人外の少女、人魚姫。彼女は報われない恋をしながらも、自分を選ばない王子を恨む事なく、泡になって消える道を選んだ。

そんな健気な少女とよく似た彼女が、自分を裏切り危害を加えることは無いのではないか?

そう結論づけた彼は、ありがとうの言葉と共に小瓶を手に取り、飲み干しました。

彼の喉が動く様を見て、人魚は嬉しそうに微笑みました。




 ゴオゴオと耳にすさまじい音が届きます。

何の音だろう?

意識が浮上した王子様はゆっくりと重たい目を開けようとします。

 あれ程無意識に出ていた咳は、少しも出てくる気配はなく、薬の効き目に“やった!”と口に出そうとした所で、王子様の口からコポリと泡が浮かび上がりました。

違和感と、漠然とした嫌な予感は彼の目をこじ開ける力になりました。

 目に飛び込んでくる世界は、青く、暗く、青く、暗く、耳に飛び込む世界は凄まじい水音、

事態が飲み込めず、唖然としていると、鈴のなるような声が彼の耳に飛び込んできました。


「あら、もう起きてしまったの。」


 “これは一体どういうことなんだ”

こぽこぽと溢れる泡で必死に問い質そうとする王子様を尻目に、軽い調子で美しい人魚は畳み掛けました。


「駄目よ、まだ上手く喋れないでしょう。もう少し時間を置かないと。それにあなたの尾ひれだってそうよ。そんな状態じゃまだ上手く泳げやしないわ。」


 尾ひれ?募る恐怖に自分の脚を見る事すら出来ない。

自分の陸を駆ける二本の脚はどうしてしまったのだろうか。


「あぁ、どうか泣かないで。心配しないで。人間の脚は貴重なの、人魚になる代償はそれだけで良いって魔女は言ってくれたわ。人間になるにはもっとたくさんの物が必要になるのにね。それともお国の事が心配?安心して、今はこの上であなたの事を必死に探す船がうじゃうじゃ居るけれど、じきに皆諦めるわ。人魚姫だってそうだったもの。」


 彼の抱く恐怖を正しく理解しない人魚は的外れな励ましの言葉を投げかけ、最後に「人魚姫」の言葉で少しだけ目を伏せました。

彼女の告げる恐ろしい現実は、王子様の心を抉ります。

けれど、彼にはそれでも一つだけ分からないことがありました。


「君は、どうして僕をこんな目にあわせるんだ?」


 ようやく泡にならずに伝わった彼の言葉を聞いて人魚は美しい顔を輝かせました。

こんな状況でも、思わず王子様の胸が高鳴るほどに。


「だって、恋をしているんだもの。」


 だから、地上には帰さないの。

そう言った少女は、物語の健気な少女とは程遠い傲慢な微笑みをたたえていました。




むかしむかし、あるところにそれはうつくしい人魚のお姫さまがおりました。

陸の国の王子さまに恋をしたお姫さまは、王子さまを海から来た病気から救い、どうか自分と海の底で生きて欲しいと願いました。

お姫さまは冒険心あふれる王子さまと海の底でたくさんの冒険を共にし、懸命に勇敢に彼への愛をつたえ、王子さまも彼女と共にある日々をいつくしみました。

だから、お姫さまと王子さまは───






用意周到なスパダリヤンデレが好きです

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