1.難病少女と僕
なろう初投稿です。
お手柔らかに、よろしくお願いいたします。
めくられたハートのジャックは、隣のスペードのクイーンを見つめていた。
手入れされた口髭を蓄えた貴族風の男が、真っ赤なハート越しに隣の女性に熱い視線を送っている。それに気づいているのか否か、女性は顔を斜めに向け、虚ろな目をして遠くのほうを眺めていた。
「あれ、これじゃなかったっけ」
僕は首をかしげながら、表に向けたカードを元に戻す。
ハートのジャックがテーブルの表面に密着して、裏返されるのを拒んだ。僕はカードを軽く折り曲げて、少し強引に裏返そうとする。突如始まったトランプの世界の恋の寸劇は、ハートのジャックの抵抗もやむなく、数秒もしないうちに幕を閉じた。
「羽鳥くん、残念ね」
口元に笑みを浮かべながら、剣崎さんは僕のほうを見て言った。
右肩に束ねた長い黒髪が、窓から差す夕日に照らされて輝いている。さっきまで心ここにあらずといった様子で外を眺めていたから、もう飽きたのかなと思っていたけど、どうやら違ったらしい。
剣崎さんはにやにやしながら、さっき僕が裏返したカードを再び表に向けた。そして手を伸ばして、僕の手前にあった別のカードをめくった。
「ほら、こっちでした」
そう言って、彼女は揃った2枚のカードを僕に見せびらかす。
先ほど登場した口髭貴族のハートのジャックは、今度は顎髭を生やした童顔男のダイヤのジャックに熱い視線を送っている。見境のない奴だな、お前。僕は頭の片隅でツッコミを入れた。
そんな軟派な野郎よりも、さっきから揃ったカードを無邪気に自慢してくる剣崎さんの様子に、僕は心を奪われていた。
「羽鳥くん?」
その声にはっと我に返った。少し心を奪われすぎていた。
僕はわざとらしく咳払いした後に、剣崎さんに言った。
「剣崎さん、今日はいつもより元気そうだね」
「そうなの。羽鳥くんが来てくれたお陰かな。このお花もありがとう」
剣崎さんは、ベッド横の棚に置かれた花瓶を見て言った。花瓶には、黄色いヒマワリに似た花が生けてある。ヒマワリほどの大きさはない。オレンジがかった鮮やかな黄色の花びらが、簡素で無機質な病室に彩りを与えている。
「これガーベラだよね? 私、お見舞いでお花をもらうの初めてだから、とても嬉しいよ」
剣崎さんは花瓶のほうに手を伸ばした。パジャマの袖からのぞく白い指先が、あともう少しでガーベラの花に届きそうで、届かない。
「それなんだけど、実は僕が買ったものじゃなくて、黒葉さんから預かったものなんだ。剣崎さんに渡してほしいって」
「黒葉さんって、黒葉美月ちゃん?」
「うん」
「あー、美月ちゃん委員長だったもんね。去年は同じクラスで仲良かったんだよ」
去年は、という言葉が少し切なく聞こえた。
「あと黒場さんが『お大事に』って」
「そう、伝言ありがとう。美月ちゃんに『お花ありがとう』って伝えといてもらえる?」
「うん、わかった」
「羽鳥くん、いつもありがとう」
剣崎さんは僕を見て微笑んだ。
「ありがとう」と言われたのに、「ごめんね」と謝られているような、どこか悲しみを感じさせる微笑みだった。
「ぜんぜん、大丈夫だよ」
僕は自分の中に生まれた複雑な感情を追い出して、今の僕にできる精一杯の笑顔で言った。
冬服のブレザーに加えて、そろそろセーターとマフラーも身につけようかと悩み始める十一月の中ごろ。
太陽の光がだんだんと柔らかさを帯びてくる午後四時過ぎ。
僕は今、剣崎さんが入院している病院にいる。
個室の病室でベッドに横たわるパジャマ姿の剣崎さんと一緒に、その横で椅子に座ってトランプゲームの神経衰弱している僕がいる。
剣崎さんに授業のプリントを届けるために病院に来たのだが、彼女と話しているうちに、なぜか神経衰弱をやる流れになった。
しかし、僕が今日ここに来たのは、彼女とトランプで遊ぶためではない。
そう、僕は今日、剣崎さんに告白するために、ここに来たのだ。
次の章に続きます!
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。