06.俺と彼女と想い人の話
「なるほど、じゃあ琴瑚さんは先輩とはただの友達なんですね?」
「だからそう言ってるじゃん! かなちゃんは心配性だなぁ、もう」
「だ、だって……」
「うふふっ、かなちゃんかわいい!」
あの後、可奈が俺と何らかの関係にあると察した琴瑚は、すぐさま可奈を自分の隣の席に座らせた。
そして、琴瑚は俺と可奈の関係性を聞き出し、可奈は俺と琴瑚の間柄を詮索し始めた。
正直、琴瑚の前で「わたしはしょーま先輩の彼女ですっ!」とは言わないで欲しかったが。
元々、無理だとは分かっていたけど、ますます男として見てくれなくなってしまった。
それにしても、琴瑚に対して彼氏持ちを装う必要なんてないはずなのに、どうして可奈は彼女ですだなんて言ったんだろう。
まぁ、今更考えても仕方ないか。
「でもやっぱ彼女できたんじゃん、しょーま」
可奈の存在を知り、あたかも、自分に恋人ができたかのように喜ぶ琴瑚。
「ま、まぁな」
それに対して、俺は辛い表情を堪えるので精一杯だった。
だが、そんな俺をよそに、琴瑚はテンションを上げていく。
「しかもこんなにかわいい子!」
どうやら、琴瑚は可奈のことを気に入ってしまったらしい。
「ち、ちょっと、やめてくださいっ」
「えぇ、やーだ!」
可奈の頬をぷにぷにしようとする琴瑚とその手から逃れようとする可奈との攻防が始まった。
たしかに、琴瑚の言う通り可奈は美少女だ。
誰の文句もない、高校での人気の高さからもそれは明らかだし、俺自身もそう思う。
けれど、その隣にいてなお輝いている琴瑚は、やはり綺麗なんだなと、そうも思ってしまった。
傍から見たら、美少女達の戯れを対面で眺めている役得ラッキーボーイなのかもしれないが、俺の心境は対して複雑なものであった。
「じゃ、わたしはそろそろ帰るね」
不意にそう言って琴瑚が席を立つ。
引き止めようかとも思ったが、やめた。
また会った時にでもゆっくり話せばいいのだ。
「そっか、また今度な」
荷物をまとめる琴瑚に軽く手を振る。
と、琴瑚は可奈にも声をかけていた。
「かなちゃんもまたね! なにかあったら連絡ちょうだい!」
「はいっ、色々質問させてくださいっ。その、しょーま先輩のこととかっ」
「もーう、健気だなぁ! いい彼女みつけたね、しょーま!」
琴瑚はそう言うだけ言って、じゃ、ばいばーい、と店を出ていってしまった。
てか、いつのまに連絡先交換してたんだこの2人。
「なんか、すごい人ですね。琴瑚さんって」
2人きりになった後、可奈が口を開く。
「まぁな、あーゆー奴だけど仲良くしてやってくれ」
「んー、なんかその言い方だと嫉妬しちゃいますっ! でも、女の人に仲良くしてもらったの久しぶりだったから、嬉しかったです」
「可奈……」
そうか、なんとなく楽しそうだなと思ったのはそういうことか。
良かったな。
大丈夫、お前なら学校でも女友達の1人2人すぐにできるさ。
そう思い、俺は可奈を見ながら微笑む。
「そういえば、どうしてここに?」
ふと、気になったことを尋ねる。
可奈は1人で喫茶店まできた。
なにかやろうとしてたことがあったんじゃないだろうか。
「あ、最近授業で習ったことの復習でもしようかなと思って……」
「そうだったのか、それは偉いな」
「そんなことないですっ。わたし、勉強はそんなに得意じゃないので……」
なるほど、どうやら勉強しにきたらしい。
それなら時間を無駄にさせてしまったな、申し訳ない。
「で、でも先輩に会えて嬉しかったですっ! 琴瑚さんも良い人でしたし、勉強はまた今度でいいですっ」
気を遣ってか、可奈がそうフォローしてくれる。
「いや、せっかくなんだから勉強していこうよ。1年の範囲なら教えられると思うし。……時間大丈夫?」
「いいんですか?」
もちろん。そう答えると、可奈は「やった!」と笑顔をみせる。
そんなこんなで可奈の勉強会が始まった。
「しょーま先輩って教えるの上手ですねっ」
「そうか?」
可奈が分かりにくそうにしていた箇所をそれぞれ説明していると、唐突に褒められた。
「ひとつ、聞いてもいいですか?」
すると、可奈がペンを置いて俺に顔を向ける。
「しょーま先輩って頭も良くて、優しくて、それに本当はスポーツもできるし、趣味で音楽もやってるって前言ってましたよね」
ん、なんか急に持ち上げられてる気がする。
たしかに、元テニス部だったことや、家でギターを練習してることなんかを話したことはあったが、どれも突出してできるわけではない。勉強だってそうだ。
万能ではない。器用貧乏。
それが俺の自己評価だ。
「そんな先輩が、どうしてクラスではあんな風に振る舞ってるんですか? 友達、すぐにでも作れそうなのに……」
なるほど、どうやら心配してくれているらしい。
きっと、俺の教室を訪れる際に、クラスメイトの反応から俺の立ち位置を察していたんだろう。
薄々気になってはいたが、今日、琴瑚という俺が親しくしている人を見て、どうして学校ではそれをしないのかと疑問に思ったに違いない。
友達を欲している彼女にとって、たしかに俺の振る舞い方は不思議で仕方ないだろう。
だが、わざわざ樹の件を話す必要もない。
友達に裏切られた、なんて、可奈に対して話すようなことじゃないから。
というか、似たような経験をしている可奈が前を向いているのに、ずっと逃げ続けている俺の話なんかできない。
「そんなことないよ。可奈が知らないだけで俺にも友達くらいいるさ」
だから、俺はそう言ってごまかしてしまった。
可奈は少し不満気な顔をしたが、それ以上は聞いてこなかった。
その後は特に大した会話もせず、勉強会は終了した。
帰り道、別れ際。
「また学校で会いましょっ!」
可奈がそう言って手を振ってきた。
それに応えるように手を振り返しながら、当たり前のように可奈と再び会うことを楽しみにしている自分がいることに気づく。
もう、無理して人と距離を置く必要なんてないんじゃないか?
心の中で、自分自身にそう問う。
可奈と出会ってから、そして今日可奈にどうして友達を作らないのかと尋ねられてから、俺自身、どうするべきか分からなくなってる気がする。
夕方特有の薄暗い空が、まるで心の迷いを表しているかのようだった。