05.俺と俺の好きな人の話
「あ、いたいた!」
そう言って手を振りながら、こちらへ駆け寄ってくる少女。
艶やかな長髪が流れるように風に揺れている。
すらっとしたモデル体型。
だが、決して細すぎず、女性らしさを感じさせるような程よい肉づきをしている。
「琴瑚……」
白石琴瑚。
俺の初恋の人。
そして、俺が今でも好きな人だ。
中学2年の冬。
俺が告白した後も、琴瑚は俺と仲良いままでいてくれていた。
あの時、告白の返事を友達に託してしまったのも、気まずくなるのが嫌だったからだと言う。
たしかに、琴瑚本人から振られていたら、俺はもう彼女と目を合わせる勇気をなくしていたかもしれない。
まぁ、でも結局、高校生になった今でも親しくしてくれているんだから、告白のことはもう何でもいいのだ。
それに、樹との件は琴瑚には伝えていない。
そもそも、樹の件を俺が知ったのは振られてから2ヶ月経った頃だし、相変わらず友達のままでいてくれていた琴瑚に、それを告げる必要はないと思った。
「で、最近どう? なんかあった?」
カフェで紅茶を飲みながら琴瑚が聞いてくる。
中学を卒業した後も、定期的にこうして会っては雑談に耽るのが俺らの日常だ。
まったく、こんな近くで美少女を見ていたら、諦められるはずだったものも諦められなくなるだろ……。
「いや、なんもないな」
俺が適当にそう答えると、琴瑚が「えぇー」と不満そうな顔をする。
「嘘だぁ。いつもと違って、今日はなんかあったって顔に書いてあるもん!」
「なんだよ、それ……」
「あっ! もしかして彼女でもできた?」
ニヤニヤしながは琴瑚がそう聞いてくるので、思わず俺は唾を呑む。
彼女、できたって言っていいんだろうか。
でも、彼氏のフリをしているだけだし。
琴瑚には知られたくない。
「なわけねーだろ。俺に彼女なんて……」
「えぇー、しょーまそれなりにカッコいいからモテると思うけどなぁ。その無駄に伸びてる髪切ればいいのに」
たしかに、俺は高校に入ってから、見た目に気を遣わなくなってきていた。
けど、お前がカッコいいとか言うのかよ。
「人のこと振っといてよく言うぜ、まったく……」
「もう! しょーまとは友達でいたいの!」
「はいはい」
友達、かぁ。
俺はどう思ってるんだろうか。
たしかに、琴瑚との関係は、客観的にみれば友達と言えるのだろう。
でも俺は恋心を抱いてるわけで。
それに、大切な人との関係を、「友達」なんて軽い言葉で表すのがなんか嫌だった。
だからこそ、琴瑚との関係性を表せる他の言葉が欲しかった。
そして出来ればそれは「恋人」であって欲しいと思った。
「でも、しょーまって中3の時から少し大人っぽくなったよね」
「そうか?」
中3、樹に弄ばれていたことを知った頃だ。
それにしても「大人っぽくなった」か、何も知らないとそう見えるのかもな。
あの頃は2年間で培ったイメージが陰キャ感を打ち消してたし……。
「しょーまと子供みたいにはしゃいでるの好きだったのになぁ……」
不意に、懐かしむような顔をする琴瑚。
「高2ににもなってまだそんなこと言ってんのか」
そんな彼女をつい俺はからかってしまう。
「なによもう! 1人だけ大人になっちゃうなんてずるい!」
「ごめんて、ほら、拗ねるなよ」
「ふんっ!」と言って、コップにストローで息をぶくぶくさせる琴瑚。
反則、かわいすぎんだろ。
きっと、琴瑚には新しい彼氏がいるんだろうな。
ん、でももしそうだとしたら、俺のこの状況ってまずくないか?
「そーいや、琴瑚はどうなんだ? そっちこそ彼氏できたんじゃないのか?」
「え、なにー? それが気になるってことは、もしかしてまだわたしのこと好きなのしょーま?」
好きだよ、そりゃ。
「何言ってんだよ、俺らは友達、なんだろ?」
「えへへ、よろしい」
はぁ、これが叶わぬ恋ってやつか。
「まぁ、今はいないんだけどね」
「なんだ、そうなのか」
少し安心する。
「わたしは寂しい非リアだよ〜」
「あははっ。全然、寂しそうには見えないけどな。むしろ逆に告白してくる男子が増えて困りそうだ」
ふと可奈のことを思い出して俺はそう言う。
「そうでもないよー、わたしの周りはもうくっついてる男女ばっかだから。フリーの男子なんてそんないないの」
「なんだよそのリア充学園は……」
まぁでもそれならそれでよかった。
女子からの嫉妬で嫌がらせをされるようなこともなさそうだ。
「でー? しょーまの彼女はどんな子なの?」
「いや、だからいないってさっき言ったじゃん……」
「ふーん」
なんだよ、急に話戻しやがって。
まったく、油断も隙間ないやつだ。
でも、さっきいないって言ったのに、なんでもう一度?
ただ、からかってきただけか?
「じゃあさ」
と、琴瑚が俺の後ろを指差す。
なんだろうと思い、首を傾げていると、琴瑚が言葉の続きを発した。
「あそこでわたしのこと睨んでる子とはどういう関係なの?」
まさか。
途端に湧き出る冷や汗。
俺は寒気を感じながらもゆっくりと振り返る。
と、そこには片手に紅茶のカップをもって佇んでいる美少女の姿があった。
「先輩……」
そこにいたのは一ノ瀬可奈。
最近できた俺の彼女(仮)であった。