01.俺が美少女を助けた話
あれから俺は高校に進学し、今では2年生になった。しかし、友達という関係に不信な部分があるのは変わらないままで、未だに友人と呼べる存在はいなかった。もちろん、彼女もいない。告白という行為自体にトラウマがある俺にとって、彼女作りなんてできるはずもなかった。
そんな訳で、今日も今日とて、1人きりで校門を背にする。中学の時と違って高校では帰宅部なので授業が終わればすぐに学校を出るのだ。
しかし、4月なだけあって桜が綺麗だなぁ。
そう思いながら歩いていると、少し先で信号待ちをしていた集団の声が聞こえてきた。まだ部活を決めていない1年生達だろう。女の子4人だ。
「ねぇ、週末みんなでタピオカ飲みに行かない?」
「賛成〜」
「いいじゃん!」
「楽しみだねっ」
なんて言うか、まさにJKの会話だった。
だが、それより、気になったのは、その中に俺でも知っている有名人の姿があったことだ。
一ノ瀬可奈。
入学早々にして既に数多くの男子から告白されている、誰もが認める美少女だ。うちの学年の男子でさえ、アプローチを仕掛けているというのだから、驚きである。小柄で華奢な体型ながら、女性らしい凹凸はしっかりとあって、ポニーテールの揺れも可愛く見える。遠目では見たことあったが、間近で見るのは初めてだったので、俺はつい見惚れてしまっていた。
信号待ちの間、彼女らはJKぽい会話を続け、いざ信号が青になると、一ノ瀬さんだけがその場に残って残りの3人が横断歩道を渡り始めた。
「また明日ね、みんなっ」
「「「ばいば〜い」」」
きっと1人だけバス通学なのだろう。うちの高校はこの信号を渡るかどうかでバス組と電車組に分かれるからな。
それにしても、友達と少しでも長く一緒にいるために、待つ必要のない信号を待っていたのか。なんだろう。自分が信じられなくなってしまった友情の綺麗な形を見せられたような気がして、俺は少し寂しくなった。
その後、片手でつり革を握って電車に揺られていると、聞き覚えのある声が耳に入った。さっき一ノ瀬さんと一緒にいた女の子達の声だ。別に盗み聞きするつもりはないのだが、彼女らの声量的に、自然と聞こえてきてしまう。
「っていうかさ、可奈ウザくね?」
「ちょっとかわいいからって調子乗りすぎだよね〜」
「わかる!」
うわぁ、聞きたくない会話だったな。
気分が悪い。JKってみんなこんな感じなの?
まぁ、実際冗談半分で言っているんだろう。大して気にする必要もないか。
そう思っていた矢先に、とんでもない発言が聞こえた。
「この際、クラスの男子達に頼んで痛い目みせてもらう?」
「賛成〜」
「いいじゃん!」
ふざけんなよ。
彼女らの会話を聞いて、明らかに俺は怒りの感情を発露していた。
胸が苦しい。俺が樹に弄ばれた時と同じような感覚だ。
彼女は、一ノ瀬可奈はあんなにも友達関係を大事にしてたのに、お前らはどうして簡単に友達を陥れるような真似が出来るんだよ。
友人に裏切られる辛さは俺自身よく分かってる。
彼女らの計画を阻止しよう。気づけばそう思っていた。だからだろうか、俺はより一層注意して彼女らの話を耳に入れるのだった。
「それにしても、体育倉庫で男子どもに好きなようにさせるって……エロ漫画かよ」
次の日の朝、俺は登校中についそう呟いていた。
昨日の下校中に聞いた話では、今日の放課後、一ノ瀬さんに対してそういったことをしようと計画しているようだった。
まぁ、冗談だといいんだけどな。
しかし、不安なものは不安である。
どうせ部活もなく暇なんだ。見るだけ見に行ってみよう。そう思って、体育の授業でしか使わないはずの体育倉庫へと向かう。古い倉庫だから鍵もついていなく入り放題なんだよな、あそこって。この学校のセキュリティ意識の低さに今一度気付かされた。
「ち、ちょっと! れいかちゃん! これ、どーゆーことっ?」
と、突如聞こえてくる悲鳴。
どうやら、事は嫌な方向に進んでいるらしい。
俺は向かう足を早めた。
近づいていくにつれて、徐々に男子どもの声も聞こえてくる。
「へっ、一ノ瀬! 大人しくしてろ!」
「せ、瀬戸くんっ! やめてよぅ」
ちっ、間に合え!
全速力で走っていた俺はやっと倉庫の前にたどり着く。俺はそのままの勢いで扉を引き開けると、腹の底から叫んだ。
「てめぇら、何してんだよ!」
怒気の篭ったその声で、中にいた男女全員の動きが止まる。よかった、まだ一ノ瀬は何もされていないようだ。いや、何もされてないなんてことはないな。こんな事態になっているんだ。それだけで傷ついてるはず。
「ぼーっとしてないで、早くここから出て行け! このクズどもが!」
こんなに大声をあげたのはいつ以来だろう。
あの時ですら怒鳴ったりなんてしなかったのに。
だけど、俺は友情を踏みにじるようなその行為を決して放っといてはいられなかったのだ。
気づけば、倉庫の中には俺と一ノ瀬さんの2人しかいなかった。
「立てるか?」
恐怖で座り込んだままの一ノ瀬さんに俺は手を差し出す。一ノ瀬さんは少し怖がりながらも、震える手でその手をとってくれた。
「あ、ありがとうございました……。その、先輩? ですよね?」
「そうだな。俺は2年の工藤将馬だ」
「わ、わたしは、1年の一ノ瀬可奈ですっ」
少し顔を赤らめて彼女がそう言う。だが、少しして彼女は首を傾げた。
「それにしても、どうしてここに?」
最もな疑問だ。
体育倉庫はもちろん、その付近にも目立った施設はなく、こんな場所に人が来るのは珍しい。
俺は、偶然彼女達の企みを聞いてしまったことを明かす。
「そんな、れいかちゃん達が……」
「悪かったな、止められなくて」
「い、いや、工藤先輩は悪くないですっ! それに止められなかったって、止めてくださったじゃないですか……?」
いや、違うんだ。たしかに、一ノ瀬さんに身体的な傷がつく前に止めることができた。
でも、
「でも、俺は君の心に傷がつく前に止めることはできなかった」
「え……?」
友達に裏切られる苦しみは俺が1番知ってるだろうに、結局、この子にも同じ痛みを味わせてしまった。
まったく、何してるんだ俺は。
「ごめんな、一ノ瀬さん。じゃ、俺はもう行くから」
そう告げて、俺は倉庫を後にした。
目の前で散る桜の花びらが今日は虚しく思えた。