12.俺が覚悟を決める話
「へぇー、じゃあ可奈ちゃんとはもう手繋いだんだ」
「ま、まぁな」
あれからしばらく経って、俺は琴瑚といつものように喫茶店にきていた。
「ねぇ、しょーま?」
と、琴瑚がなんだか真剣そうな顔でこちらを見つめる。
「しょーまはさ、可奈ちゃんのこと、好き?」
その質問に、俺は答えに詰まる。
唐突に聞かれたからではない。
自分の本当の気持ちが分からなかったのだ。
「……はぁ、やっぱりね」
俺が答えられないでいると、琴瑚がため息を吐く。
「しょーまさ、まだわたしのこと好きでしょ」
「……え?」
その通りだった。
あの告白から2.3年経つ今でも、俺は琴瑚のことを諦め切れていない。
「どうして?」
琴瑚が俺に尋ねる。
「どうして可奈ちゃんと付き合ってるの?」
そう聞かれて、俺は「好きだから」なんて言えなかった。
正直に、可奈の男避けとして彼氏のふりをしていることを琴瑚に伝える。
「なるほどねー。しょーまの中ではそういうことになってるのか」
それに対して琴瑚はどこか含みのある言い方をしたが、そこを掘り下げられるような雰囲気ではない。
「前も言ったけど、わたしはしょーまのこと友達としか見れないよ」
「……分かってる」
琴瑚の強めの言葉に、俺は胸が苦しくなる。
だけど、そんなことは俺だって分かってるのだ。
ただ、諦めがつかないだけ。
友達でいたいって言葉は、俺の好きだって気持ちを直接否定してる訳じゃないから。
好きなままでいてもいいんじゃないかって思ってしまうんだ。
「あの時、しょーまが告白してくれた時、直接返事できなかったわたしも悪いとは思ってる、ごめんね……」
たしかに、中2の時、俺は琴瑚の友達から付き合えないということを聞いた。
本人から直接振られた訳ではない。
それも諦めがつかないことの大きな理由だった。
「わたし、しょーまと気まずくなっちゃうのが怖くて、友達に伝言任せちゃった。でも、そのせいでしょーまを苦しめてしまっていたんだとしたら、それはわたしのせい。ごめんね、しょーま」
そう言って琴瑚が頭を下げる。
そんな、謝らなくていいんだ。
これはいつまでも琴瑚の優しさに甘えていた俺が悪いんだから。
「なぁ、琴瑚」
俺はけじめをつけなければならない。
琴瑚が頭を下げる姿を見て、俺はそう思った。
「今度は、はっきりと、俺を振ってくれないか?」
「……しょーま」
「それで、お前のこと諦めるから」
俺はそう告げて、大きく息を吸う。
あの時は恥ずかしくて、目を合わせることすらできなかった。
でも今は違う。
はっきりと、琴瑚の目を見て言える。
「琴瑚、俺はお前が好きだ」
「ごめんなさい」
苦しかった。
胸が痛かった。
好きな人に振られるのはこんなに辛いのか。
けど、俺が今するべきは泣くことじゃない。
俺は小さく笑みを浮かべて琴瑚に向き直る。
「ありがとう、琴瑚」
「ううん、わたしの方こそありがとう。これからも友達でいてね!」
くしゃっと笑う琴瑚の笑顔はとても輝いていた。
俺の心も、その笑顔に洗われるようにすっきりとしていった。
心に痛みは残ったけれども、引きずっていた気持ちには終止符を打てた。
これで俺はまた新しい一歩を踏み出せる。
そんな気がした。
「なぁ、お前なんかあったのかよ?」
次の日、昼休みになると、そう声をかけられる。
昨日、琴瑚の前では晴れた気でいたのだが、家に帰ると、急に切ない気持ちが溢れてきて止めようがなかった。今だって、振られた悲しみが心に残っている。
そのためか、今日の俺はいつも通りの対応ができていなかった。
「お前が俺を見てどっかに逃げちまわないなんておかしいだろ。何があったんだよ?」
顔を上げると、そこにいたのは東條だった。
残念ながら今日はこいつに構う元気はない。
「失恋だよ」
ただ、それだけ告げて俺は席を立とうとする。
と、東條が俺の肩を掴んだ。
「はぁ? てめぇなめてんのか?」
何が気に障ったのか、怒気を孕んだ声で東條が言う。
「これから彼女と弁当食いに行く奴が誰に失恋したっていうんだよ?」
「いや、それは……」
たしかに、東條からしてみれば、俺の発言はアウトだったかもしれない。
俺はどう返していいか分からず、つい黙ってしまった。
「なぁ、お前本当に可奈のこと好きなのか? 俺にはそうは見えねぇんだよ」
東條の言葉が強く心に刺さる。
可奈と一緒にいるのは楽しい。
遊園地のデートだってドキドキした。
少なくとも、友情なんていう安い感情以上の何かは感じている。
けれど、好きだっていう確信もない。
今まで「俺が好きなのは琴瑚だから」と、可奈への気持ちを考えること自体を放棄していた。
だから、可奈に対して自分がどういう感情を抱いてるのか、俺は即答できなかった。
東條はそんな俺の胸倉を掴む。
「好きだってすぐに言えねーようなやつに、やっぱり可奈は渡せない!」
そう吐き捨てて彼は教室を出て行く。
と、その東條とすれ違うように可奈が教室へ入ってきた。
「しょーま先輩っ! ご飯食べましょっ……ってどうしたんですか? 何かありましたか?」
いつものように元気よく入ってきた可奈だったが、ただならぬ雰囲気を感じたのか、心配するようにそう言う。
「いや、なんでもない」
俺はできるだけいつも通りに振る舞おうとするが、どうしても東條の睨むような顔が頭から離れなかった。
東條は可奈が好きで、でも俺という彼氏がいるからなんとかその気持ちを抑えようとしてる。
けれど、そんな俺が可奈に対して不誠実な態度をとっていたら、彼は自分の恋心を弄ばれたような気になるだろう。
それって、俺が樹にされたことと、同じようなことしてないか?
不意にそう思った。
傷つけられた側の人間であるはずだった俺が、いつの間にか、他人の恋心を踏みにじるような態度をとってしまっていたんじゃないか。
それだけは、絶対にあってはならない。
このままじゃ、ダメだ。
偽物の恋人という、気楽な関係に甘えるのはもうやめにしなければいけない。
そう感じた。
「なぁ、可奈」
気づけば俺は、口を開いていた。
「恋人のふりするの、もうやめにしよう」




