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ss.私を私として見てくれた人の話

前話で登場した姫廻果帆ちゃんの視点です。

私、姫廻(ひめぐり)果帆は高校入学まで芸能活動をしていた。

芸名は姫川綾音(ひめかわあやね)、それなりに人気のある子役、女優だった。


性格も今と違ってハキハキしていて、私の周りにはいつも人が溢れていた。


あの頃の私は自分に自信があった。


しかし、そうではなくなった。

女優「姫川綾音」としての自信がつけばつくほどに、ただの「姫廻果帆」としての自分に自信がもてなくなっていった。


気づいてしまったのだ。

私の周りに集まってくる人達は皆「姫川綾音」を求めているのだと。

「姫廻果帆」に向かって話しかけてきてくれる友達なんて1人もいないのだと。


悲しくなった。


演技などしていない、私自身を見て欲しいと思った。

でも怖かった。

そうしたら周りから人がいなくなっていくような気がした。


私は結局、「姫川綾音」として中学生生活を過ごした。


そんな中で唯一相談できたのが両親だった。

両親だけは果帆としての私を見てくれていたから。


両親は高校入学をきっかけにして「姫廻果帆」に戻ってみたらどうかと提案してくれた。

それにわざわざ事務所までついてきてくれて、休業する旨を伝えてくれた。

仕事が増えていた頃だったので事務所側は渋い顔をしたが、それでも両親は最後まで頭を下げ続けてくれた。


だから私は変わろうと思えた。

素の自分を見てもらえるように高校からは頑張ろうと思った。


ただ、顔を見て姫川綾音だと気づかれてしまっては意味がない。

私はマスクと伊達眼鏡で軽く素顔を隠すことにした。


だけど失敗してしまった。


高校に入学しても、「姫廻果帆」である私には誰も話しかけてくれなかったのだ。

それに、こちらから話しかけようにもなんて話しかければいいのかが分からない。

「姫川綾音」として過ごしていた頃は、向こうからクラスメイトが寄ってきてくれていたから。


時折、男子に話しかけられることもあったが、彼らの視線は全て私の胸に向けられていた。

結局、私の外見しか見ていない。内面に目を向けてくれる人は現れなかった。


そして私は完全に自信を失った。

今まで頭の中で感じていたことが、現実として叩きつけられたような気分だった。


胸が苦しい。


今まで仲良くしてくれてた子達は「姫川綾音」の友達で「姫廻果帆」のそれではないと言われているようだった。


でも両親には相談できなかった。

これ以上心配はかけられないと思ったからだ。

私は毎晩、自分の部屋で1人涙を流した。


そうして時間ばかりが過ぎて、2年生になった頃だった。

私は1番前の席に座っていたがために、先生に用事を頼まれてしまった。

クラス分のノートを教員室まで運ばなきゃいけないみたいだ。

けれど、どう考えても1人が一回で運べるノートの量ではない。

私がどうしようかと思っていると、急に隣から声が聞こえた。


「姫廻、半分持つぞ」


最近なにかとクラスの注目を浴びている工藤将馬くんだった。


彼が手伝ってくれることに驚いていると、彼はそのまま教員室へと向かってしまう。

私は慌てて残りのノートを抱えて彼の後を追うが、ふと、ノートの量が少ないなと思った。

きっと、半分と言いながらそれ以上の量を工藤くんは持っていったのだろう。


意外と優しいんだ。

そう感じた。


運び終わった後、私は「ありがとうございました」とお礼を告げる。

工藤くんに対しても敬語を使う癖は抜けなかった。

「姫川綾音」ではなく「姫廻果帆」でごめんなさい。

そんな気持ちになってつい敬語を使ってしまうのだ。


すると、工藤くんは不思議そうな顔をして、なんで敬語を使うのか尋ねてきた。


私は今までの色々を話す必要もないと思い、自信がないと、ただそれだけ言った。

私が姫川綾音であることを明かしてしまったら、「姫廻果帆」としての私を見てもらう機会を永遠に失ってしまう気がしたから。


でもそんな私に彼は自分の経験談を語ってくれた。

それは私のとは全く違うものだったけれど、抱いていた感情は似ているような気がした。


そして、最後に彼はこう言ったのだ。


「これからは俺が姫廻果帆を見ててやる」


彼は私の過去を知らないはずなのに。

それは私が1番言われたかった言葉だった。


「姫廻果帆」としての私に言葉をかけてくれる人がいた。

嬉しくて仕方なかった。

言葉にできないほどに心が躍っていた。


彼が私の元を去ってしまった後も、胸の鼓動は高まったままだった。





家の自室で、手鏡に写した自分の顔を見ながら、彼の言葉を思い出す。


1人でも、私を「姫廻果帆」として見てくれるなら、その他大勢に「姫川綾音」として接せられても苦ではない。


そう思える程の言葉だった。


彼さえいればいい。

この気持ちは恋なのだろうか。

でも彼に彼女がいることはよく知っている。

ただ、私のことを見ていて欲しい。

「姫廻果帆」として生きている私をずっと。

そう思うのはいけないことなんだろうか。

手鏡を置き、ベッドの上で悶々としながら考える。


「でも……」


しばらくした後、私は1人小さく呟く。


「もう、隠して生きていく必要もないのかな」


今まで、マスクをして、眼鏡をかけて、私が姫川綾音だとバレないようにしてきた。

それは「姫廻果帆」として私を見てもらうため。


でも本当は。

この顔は姫廻果帆のものなのだ。


これ以上臆病になる理由はない。

私を私として見てくれる人が現れたのだから。


「……」


気づけば、私は眠りについていた。


その日から、私は夜に涙を流すことはなくなった。

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