00.俺が友達を信じられなくなった話
「将馬って琴瑚のこと好きなんだろ? 早く告っちゃえよ!」
思い返せば、あの言葉が俺の人生を変えたんだ。当時、中学2年生だった俺は仲の良かった樹や他の男子と一緒に輪になって話していた。その時だ、樹がそんなことを言い出したのは。
「そーだよ、告れよしょーま!」
樹の言葉に釣られて、今度は雄弥が囃し立てる。だが、嫌な気はしなかった。俺は自分がいじられることを嫌がる性格ではなかったから。それに琴瑚のことを好きなのは本当のことだった。
「分かった。じゃあ俺告ってみるわ!」
結局、俺は樹達に乗せられる形でそう言ってしまった。そして、俺はそれを実行してしまった。
「好きです、付き合ってください」
人生で初めての告白だった。わざわざ雰囲気のある場所に呼び出すなんて、恥ずかしくてできなかった。だから、俺は席が隣であるのをいいことに、帰り際、彼女の耳元でそう呟いて、それを告白とした。
「え、えっと、返事は少し待っててもらってもいい?」
琴瑚は動揺したようにそう言って、立ち去っていった。数分後、緊張から解放された俺が教室を出ようとすると、樹と雄弥、それに琴瑚とその女友達が何やら話しているのが見えた。あいつら仲良かったのか。なんて思いながら見ていると、樹が俺に気づき、ニヤニヤと笑ってこっちを見てきた。これは告白したことバレちゃったみたいだな。きっと、琴瑚がどう返事すればいいか相談してるのだろう。
正直、勝算はあった。たしかに、琴瑚は芸能人と比べても遜色ないほど美人だったし、性格も人懐っこくて男子からの人気は高かった。しかし、そんな彼女だったとしても、俺が彼女にとって最も仲の良い男子であるという自信がその時の俺にはあったのだ。
「ことこちゃん、しょーまくんとは付き合えないって言ってたよ」
だから、琴瑚の友達からその言葉を聞いた時、俺は固まってしまった。信じられなかった。それに、振られるならせめて彼女自身の口からそれを告げて欲しかった。
それから2ヶ月くらい経った頃だろうか。
学年も変わり中学3年生になった俺は、春の遠足に来ていた。たまたま同じ班になったメンバーでご飯を食べていた時だ。隣にいたやつが突如、話題を変えてきた。
「そういえばさ、将馬って白石に彼氏いるの知ってる?」
「……え?」
白石って琴瑚のことだよな。
知らなかった。そんなこと。
振られた後も彼女を諦めきれずにいた俺にとっては、大ニュースであった。
「誰なんだよ、彼氏って」
だから、俺はそう聞き返してしまった。まさか、よく知っている名前が告げられるなんて思わずに。
「樹だよ」
「……は?」
意味がわからなかった。
樹? だって、樹は俺のこと応援してくれていたはずじゃないか……。
一体、いつから?
「少なくとも、お前が告る前から付き合ってたよ」
その瞬間、世界が止まったような気がした。
胸の奥の辺りが急に苦しくなって、もはや食事どころではなかった。
なんでだよ。
どうしてだよ。
友達だと思っていた。
背中を押してくれたんだと思っていた。
勘違いだった。
何もかも全部。
俺は、あいつの遊び道具にされただけだった。
「俺もあいつらが付き合ってるのは知ってたんだけどさ、お前が告白することまでは知らなくて……。告白の前に止められなくってごめんな」
違う。そういうことじゃないんだ。
彼氏がいる相手に、そうと知らずに告って振られた。それだけなら俺だって笑い話に出来たんだ。ただ、その彼氏に俺は告れって言われたから告白したんだよ。友達だと思ってたやつに、いいように弄ばれていたんだ、俺は。
その後の遠足は何も楽しくなかった。
帰宅後、俺は同じ部屋で過ごす双子の兄から隠れるように、布団を被って一晩中涙を流した。
それからさらに一月経った体育祭の日。
あれ以降、一切会話していなかった樹と、偶然にも隣のコースでレースに出ることになった。待ち時間、俺は隣で芝生に座っていた樹に声をかけた。
「あの時、お前、琴瑚と付き合ってたんだってな。なのになんで告れなんて言ったんだよ」
できるだけ、怒気は抑えて言ったつもりだった。だが、そんなこと気にする必要もなかった。こいつには。
「いやぁ、まさか本当に告白するなんて思わなかっんだよ。あ、そーいや、あの時俺、琴瑚に言ったんだよな。お前と俺の好きな方選んでいいよって。ま、もちろん俺が選ばれたんだけどな」
樹に対して微かに残っていた友情も、男としてのプライドも一瞬で踏みにじられた気分だった。それ以降、俺が樹と話すことは一度もなかった。
しばらくして、樹と琴瑚は自然消滅したとの噂を聞いた。正直、ざまぁみろと思った。
そんな頃だ。あれは体育の授業終わりの更衣室だったか。他のやつらが着替え終わって俺と雄弥の2人きりになった時だった。
「あいつら別れたばっかじゃん? いま白石に告ったらさ、きゃー白馬の王子様ってなるんじゃね? また告ってみろよ」
ニヤけた顔で、雄弥がそう煽ってきたのだ。思い返せば、琴瑚に告白した後、彼女が樹や雄弥達と話しているのを俺は見ていた。そうか、雄弥も琴瑚が樹と付き合ってるのを知っていた上で、俺に告れって言ってきてたんだな。不意にそう気づいた俺は雄弥を無視して更衣室を出ていった。あのまま、雄弥のニヤけた顔を見続けていたら、殴りかかっていたのが容易に想像できたから。
それ以降、俺は男友達を、もっと言えば、友情そのものを信じられなくなった。
いつ裏切られるか分からないなら、最初から距離を置いていればいいと考えるようになった。
俺はもう二度と傷つきたくなかった。