読書・休み時間・愁思
秋口の空。窓から入る風はひんやりと冷たく、夏の名残が漂う明るい教室でそれに触れると、あまりの落差に胸がしゅんとしてしまう。切ないのか、愛おしいのか、はたまた淋しいのか。何とも形容し難い感情が胸を苦しめるこの季節は、やはり「読書の秋」と言うだけあって、読書が相応しいだけの空気感を備えているということなのだろう。私は静かに、しかし切実に誰かの言葉を求めてしまう。
眠い1時間目の授業が終わって、一息ついたところで、窓の外をみる。まだ太陽がピークに達していない落ち着いた空が、一面に爽やかな青を天井に敷き詰めていた。少し高くなった空には、いわし雲が涼しい風に吹かれて棚引き、遠くに見える山脈の稜線は澄んだ空気にくっきりと際立っている。それはいかにも秋らしい景色だった。
休み時間になり教室がざわめき出したところで、私は鞄から本を取り出した。
目の前にひろげたのは夏目漱石の『こころ』だ。現代文の授業で、教科担の先生が私たちのクラスに『こころ』を一冊読んでくることを課したのだった。
読書をすれば、周りの声が、クラスメイトたちの談笑が遠のいていく。私は一見すると孤立しているのだが、それと同時に本の世界で満たされる。そして、これなら誰かに話しかけられる心配もない。本は私の安寧を守ってくれる。
実は『こころ』を読むのは二回めだった。同じ本を読むことはざらにあるが、『こころ』は正直よくわからなかったので二度めも読もうとは思えなかった。
それでも、今こうして教室の片隅で黙々と先生と僕の交流を読み進めているのは、『こころ』を読むことが課題として出されていることを皆んなが知っているからだ。『こころ』を読んでいれば真面目な子と思われても、暗い子とはならないかもしれない。まあ……今更な気もするけど。
窓からやわらかな風が吹いて、その涼やかな香りに思わず泣きそうになった。
ふと、Kや乃木大将、先生が死んだのは秋頃なのではないかと思った。雑司が谷の霊園に敷き詰められた赤茶けた落葉が目に浮かぶような気さえした。
やはり「読書の秋」と言うだけあって、読書が相応しいだけの空気感を備えているということなのだろう。私は静かに、しかし切実に『こころ』の世界へと入り込んでいった。