週末の夜は異世界にある教会で、勇者や悪役令嬢の愚痴を聞いています
日付が変わる少し前。部屋に現れた扉をくぐり、私は異世界にある教会へ行く。日曜の深夜は、懺悔室と呼ばれる密室で異世界人の愚痴を聞いているのだ。
ある時は、「チート転生勇者も追放する馬鹿勇者も、本物の勇者じゃない!」と努力型現地勇者が怒り狂った。またある時は、「私ならざまぁをされる隙など与えず、完膚なきまでに叩き潰しますわ!」と悪役令嬢が憤った。今日はどんな人だろう。
小部屋に入り机に空のグラスを置いて椅子に腰かけると、ちょうど深夜を告げる鐘が鳴った。すぐにドアが開く音がして、板を挟んだ向こうの部屋に誰かが入って来る。ほどなく苛立った女性の声が聞こえた。
「愚痴を聞いてくれる?」
「えぇ。神は全てを聞き届けお許しになりますわ」
するとほっとした息遣いが聞こえ、少し間があってから話し出した。
「私の仕事すごくブラックなの。最近の若い子はすぐにミスして、反省もせず相手にいい条件をつけて解決するのよ? しかも利用者はこちらの足元を見て優遇しろって! 事後処理が大変よ!」
相当鬱憤が溜まっており、どんどん不満が出てくる。その言葉は金色の粒子となりグラスの中に吸い込まれていく。
(ブラック企業の社員かしら)
以前、転生勇者が勇者はブラック企業と一緒だと愚痴っていた。
「上司は何も助けてくれないし」
(中間管理職なのね)
「なんで神がこんなに忙しいのよ! 転生システムなんて滅べばいいのに!」
(神!? 何でそっちにいるの!)
私は噴き出しそうになるのをぐっと我慢し、「大変ですね」と震えた声で返した。気を抜いたら笑ってしまう。そして神は二時間愚痴を吐き出し続け、「すっきりしたわ!」と明るい声で帰っていった。
私は彼女がいなくなると声を上げて笑い、グラスに目をやる。そこには琥珀色の液体が溜まっていた。それを長い爪が生えた指で持ちあげ飲み干す。果実のような甘みにほのかな苦さが後を引く。その味に満足し口角を上げると赤い唇から鋭い犬歯が覗いた。
聞くのは一名までで今日は終わりだ。私は余韻に浸りながら、自室へと戻る。そこに見計らったように側近が待ち構えていた。
「魔王様、ようこそお戻りになりました」
そう頭を下げる側近は吸血鬼。そして私も。
「今日も最高の味わいだったわ」
私は味を思い出し舌なめずりをした。
他人の不幸は蜜の味。