コウを師匠にするために
ここまでのあらすじ
いよいよコウを貴族街へと住まわせる時期が近付いてきた。
まずはコウを師にするために万全の布陣を整えようとクエスはボルティスに会うことにする。
3日後、クエスはボルティスと面会する約束を取り付けてメルベックリヌ城へと向かった。
城門でボルティスとの面会を約束していることを話すと、兵士たちは詳細を聞く前に門を開けてすぐにクエスを通す。
「お待ちしておりました、クエス様。ボルティス様はすでにお待ちでございます。すぐにご案内致します」
兵士はクエスに礼をするとクエスも軽く手を挙げて答える。
直ぐに兵士が歩き出したのでクエスも黙ってその後を付いて行った。
ボルティスに面会する時は、大抵この城門前や貴賓室という名の待合室で30分は待たされることが多い。
それだけボルティスは忙しい身であり、本人も立場上ホイホイと他人に会うことは避けていた。
だが今回は待つどころか既に向こうが待っているのでと即座に案内されたのだ。
どうも変だと思い、案内される間暇だったこともありクエスは兵士に尋ねてみる。
案内役をやっているくらいなので何か知っているかもしれないと思ったからだ。
「ねぇ、ボルティス様がわざわざ待っているなんてどういうこと?当主様っていつも忙しそうなのに」
「私ではわかりかねます。ただ待っているのでクエス様が来たらすぐに通せと言われていました」
「ふぅん、そう」
聞いても無駄かと思いクエスはその後は何も言わず、ただ黙って兵士の案内に従い、ボルティスが待っている部屋へ到着した。
そこはよくクエスが案内される謁見の間などではなく、賓客と相談話をする商談部屋のような場所だった。
入口に立っているトマクに対し兵士が姿勢を正して右こぶしを胸に当てると、クエスに対して礼をして兵士は去っていった。
「クエス様、中へどうぞ。ボルティス様がお待ちです」
「何これ?こんな歓迎を受けるような情報を持ってきたわけじゃないんだけど」
今回クエスはお願いをしにボルティスを訪ねると事前の約束でも伝えていた。
詳細は伝えてないとはいえ所詮はお願いなので、またいつものように謁見の間か執務室に直接通され忙しそうにしているボルティスに話しかけることになるかと思っていたが
この随分丁寧な扱いにクエスは少し戸惑っていた。
「クエス様は一光様であり王族でもあります。賓客として扱うのは当然です。さぁ、中でボルティス様がお待ちですので」
そう言うとトマクは扉を開けてクエスを中へと案内する。
そしてクエスが中に入ると扉がトマクによって閉められる。
部屋にはクエス以外ボルティスしかおらず、もう一人の最側近のメグロの姿は見えない。
ボルティスは入って右斜め前の低めのテーブルの向こう側にあるソファに深く腰掛けていた。
「わざわざこんなところまで悪いな。とりあえずかけてくれ。聞かれたくない話と思って人は排しておいた。飲み物が要るのなら言ってくれて構わん」
当主としての地位を示しつつも決して足を組んだり不遜な態度を取ることもなく、堂々とした態度でボルティスはクエスに話しかけた。
「失礼します」
そう言うとクエスはボルティスの言葉に反応することなく、礼を欠かない程度の対応でボルティスの正面の1人用の豪華なイージーチェアに座る。
「それで、私に何かお願い事があると聞いたが・・メルルではなくそこを飛び越えないといけないほどの事なのか」
ボルティスは姿勢を起こすとクエスの目をまっすぐ見据えて聞いてくる。
「はい。それにボルティス様にも知っておいてもらった方が後々の事を考えると良いと思いましたので」
クエスもそれに臆することなく堂々と答える。
ボルティスは何に私を利用するつもりだと心の中で警戒するが出来るだけ平静を装って質問する。
「わかった。で、願いとは何だ」
「私の弟子の事です。この度、彼を師の立場にするために協会に申請を行いました」
クエスの言葉に先ほどまで平静を保っていたボルティスの表情がこわばる。
ボルティスはクエスの弟子であるコウのことをそれなりに調べているため、彼がまだ魔法使いになってから1年目ということは既に知っている。
貴族の地位にある者が普通弟子を取るとなると、魔法使いになって10年以上経過しており、実戦を多数経験しており、それなりの功績を上げている場合が一般的だ。
そうでないとそもそもまともな弟子なんてやってこない。
弟子がいない場合は師とも名乗れないので実質ただの貴族家のすねかじりにしかならない。
そんな事はクエスは百も承知のはずなのに、師にする予定とやらのコウはそんな功績や経験を何一つ持っていない。
そんな者に誰が好き好んで自分の人生を預ける弟子となる者がいるだろうか。
ボルティスにとって、いや普通の貴族にとってもクエスの言っていることは無茶苦茶だった。
だがボルティスもお願いということなので、とりあえずは最後まで話を聞こうとなんとか平静を装うとクエスに続きを促す。
「それで」
「はい、それで可能ならばボルティス様が師としての実力があると認めた箔づけの認定証がいただけないかとお願いに来ました」
「ふむ・・・」
とりあえず考えたふりをしたボルティスだったが、クエスの話を聞いた瞬間思ったのは『訳が分からない』のただ一言だけだった。
クエスが何の目的でコウを師としようとしているのかは理解できないが、別に師になりたかったら協会の許可があればいいだけだ。
正確には弟子がいないと師にはなれないが、こんな無茶苦茶なお願いの前ではその程度些細なことでしかない。
クエスはなぜ自分に『箔づけ』とまで言う程度の認定証をもらいに来たのかがわからなかった。
だが、考え方によってはこれはボルティスにとってチャンスだった。
これを口実すれば今は未知となっているコウの実力を知る事ができる。
その点はボルティスにとっても魅力的な話だった。
「そうか、構いはしないが私がお墨付きを与えずともクエスの孫弟子になるともあれば人は集まろうだろうに」
「いえ、既に候補はいますので人集めの為ではありません」
はやる気持ちを抑えながらもボルティスは別方向からつついてみたが
クエスが淡々と答えたその内容にボルティスは戸惑った。
人集め以外でいったい何のために自分の権威を必要としてるのかがわからなかった。
そしてボルティスは経験から、自分が想定できないことをクエスがしようとしている時は大体トラブルの元になる事を思い出す。
今回のお願いも間違いなくそれだろうと考えボルティスは悩む。
クエスの弟子の本当の実力を知る為にクエスのトラブルに足を突っ込むか、この場は撥ね退けて距離を置き、今まで通り状況を観察するか。
悩んだものの結論が出ないのでボルティスはクエスに直球で聞いてみることにする。
「クエス、お前はまた何かトラブルを起こす気なのか?何を企んでいる」
「少なくとも今回お願いに来たのは予期できるトラブルを抑えるためです。以前の私の裏切り騒動ではボルティス様への報告が少なかったことでトラブルが無用に広がりご迷惑をおかけしました。
その反省を踏まえてこうしてお願いに来た次第です」
ボルティスの直球の質問にもかかわらずクエスは大きく表情を変えることなく答えた。
「ならば内容を詳しく説明してもらえると助かる」
「今は無用に話を広めたくないので」
クエスが詳しく語らずにお願い事をしてくる時は、こちらを大きく巻き込まないように気を遣っている事が多いとメルルに聞いてはいたものの
助けるか助けないかの選択を情報なしに相手に与えるクエスのやり方は、自分を信用していないと同時に敵を増やしかねない危ういやり方だなとボルティスは思った。
ならば、仕方がないがここは助力した方がいいのだろう、そうボルティスは考える。
それに助力した場合はコウの情報という得られるものがあるのも決定する要因の一つになった。
「わかった。認定証を出すことは問題ない。だがその者の実力を全く知らないまま推薦する認定証を出すのはさすがに難しいぞ」
この辺はクエスも想定内だった。さすがにお堅いボルティスが言うがまま認定証を出してくれるとは思っていない。
むしろ詳しい経緯も話さずにある程度了承に傾いたのが意外だった。
(メルル様から何か口添えでもあったのか・・ボルティスらしくないわね)
「実力を、ですか」
クエスはいったん悩んだふりをする。
想定済みと言わんばかりにすらすらと条件を出しすとボルティスが変に勘ぐる可能性があったからだ。
「今度コウがこのメルベックリヌの貴族街に買い物に来る日程を連絡します。その時30分ほどでしたら軽くテストして頂いて構いません。
それ以上長引きそうだと私が強引にその場を止めますので、予めご了承ください。あと、その結果不合格なら無理に認定証は出してもらわなくても構いません」
クエスの譲歩なのか撥ね退けるつもりなのかわからない言動に、ボルティスは心の中でため息をつく。
こいつの性格は本当にどうにかならないものなのか、と。
「分かった、覚えておこう。他には何もないのか?」
「そうですね。テストをする場合に出来るだけ私が許可したという話だけは避けていただけると助かります」
ボルティスはメルルからクエスの弟子の溺愛っぷりを聞いていたので、これは信頼を失いたくないためかと考える。
それならばそこは譲歩しようとボルティスは決めた。
「わかった。それで構わん。試すのに誘う手段はこちらで考えよう。他には」
「これ以上は特には。そうですね、もうここで連絡しておきますがコウが買い物に来るのは0の月、19日昼前です。
まだ10日程ありますので、寄る店の一覧など詳細は直前にご連絡します」
そう言うとクエスは席を立ちあがる。
そして右手を軽く握りしめ左胸付近に当てると軽く会釈をして扉を開け去っていった。
クエスの言動に呆れながらも、ボルティスはすぐに今後の対応を思案する。
コウの実力をテストする相手、その流れまでもっていく方法、他の貴族家に知られないようにするための事前措置
少し考えただけでもやるべきことが山積みだった。
クエスが去るとすぐにでも内容を聞きたかったのか、入れ違いでトマクが部屋に入って来る。
ボルティスが悩んでいる様子を見てトマクは少し状況を察した。
「ボルティス様、どうでした?やはり無理難題なお願いでもされました?」
「後で相談する。ルルフェリとメグロも呼んでおけ」
「わかりました。ですが、俺たちも参加していいんですか?」
「クエスの考えは突拍子もなく読みにくい事が多いからな。色々と想定する幅は広い方がいい。
とはいえ誰にでも持っていける話ではないから決して言いふらすなよ」
ボルティスは少し困ったかのように軽く息を吐きながらトマクに召集を指示した。
「了解です。では1時間後の招集ということで伝えてきます。では」
そう言うとトマクは楽しそうに部屋を出て行った。
前回から片足突っ込んでいましたが、3章の多分最後の大きなイベント開始です。
戦闘シーンや多人数いる状況での会話の表現に苦戦しつつ書いています。
更新も、頑張らねば。
これからもよろしくお願いいたします。では




