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異世界からのスカウト ~光と闇の狭間に立つ英雄~  作者: 城下雪美
3章 日々是修行(49話~107話)
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守りたい人を守るために

ここまでのあらすじ


コウが独り立ちするためにも、迷わず力を振るえる為の試験だとクエスに説得されるコウ。

それでもコウはあと一歩が踏み出せなかった。


ここまで言われてもなお、俺はクエス師匠に大きな傷を負わせる気にはなれなかった。

この訓練が結果的に俺にも師匠達にもとても大切なことで、とても良い結果につながると理解できていても。


初めて刺す相手が、俺に親切に接してくれているクエス師匠とか、死なないとわかっていても俺には受け入れ難かった。

俺は必死に思考をめぐらせ思いついた別の案を師匠に提案してみた。


「その・・まずは動物相手とかで気持ちを慣らすのは駄目なのでしょうか?」


俺の一言にクエス師匠は少し考えた様子を見せる。

お、いい提案だったかな?と思ったのも束の間、クエス師匠から全く別の話題が返ってきた。


「ふぅーっ、少し、昔の話をするわね」

「はい」


俺は何の話なのかわからずただ了解する。



「私が今のコウよりちょっとだけ生きた時間が少なかった頃、その時から私は優秀だと周りに言われていてね、兵士たちと魔物を何度も狩っていたわ」

「くーちゃん、それは・・」


黙っていたボサツ師匠が突然会話に割り込んでくる。

何事かと思ってボサツ師匠を見るがすぐにクエス師匠がボサツ師匠を諭す。


「いいのよ、さっちゃん。コウにもいろいろと知っててもらいたいし」

「そうですか・・」


ボサツ師匠の表情から良くない話なんだろうと思ったけど、今の俺にはただ聞くことしかできなかった。

そしてクエス師匠の話は続く。


「そんなある日ね、いろんなことがあって兵士たちが裏切ったのよ。それで私は彼らと対峙することになったの。

 私に剣や魔法の技術を教えてくれた実質師匠のような人も、一緒に魔物を狩っていた兵士もね、皆敵になったわ」


クエス師匠の表情がみるみると沈んでいく。

それでも俺は、今の俺では、黙って聞くことしかできない。


黙って聞くだけの自分がひどく無力に感じたが、これは自分が言い出した結果だ。

だから今は最後まで聞くことにする。


「その時の私はね、父や母、妹たちを守るために戦わなきゃいけなかったの。それだけの実力があったし、少なくとも妹たちよりも魔物狩りの経験も多かったしね。

 でも、私は兵士たちの攻撃を防ぐことはできても殺すことはできなかった」


「私が相手にした兵士たちはね、私が守ることしかできないから減らないのよ。そしてその負担が他の者へ行き、私たち側に付いた兵士が倒れ

 父が身を呈して私たちを逃がすことになり、母が倒れ、妹のエリスが・・死んだわ」


俺の心にどこからか悲しみが流れ込んできた。師匠の話を聞いて俺も悲しくなったが、そんな悲しみなんて比じゃないほどの強い悲しみ、後悔の気持ちだ。

今までこんなことはなかったけど、たぶん・・エリスさんの気持ちが溢れて、流れてきたんだろうとなんとなく思った。


俺は剣を握った右手を力強く握りしめながら続きを聞く。


「エリスはね、私より2年魔法使いとしての経験が少なかったのに、私たちを守るために迷わず兵士を殺していったわ。

 でもね、そんな状況でも私は何もできず負担をエリスに押し付けてしまって・・エリスは私たちを守るために死んだわ。奇跡的に今はコウの中にいるけど少なくともこっちでは死んだのよ」


「命からがら逃げだした私と妹ミントはお互いに自分を責めたわ。私たちが兵士を迷わず殺していれば父や母やエリスの負担が減ってみんなで生き残れたんじゃないかなって。

 だから私たちはその時に誓ったの。大切なものを守るためなら今後一切容赦しないようにならなければならないって」


クエス師匠の話に俺は何も言えずただ棒立ちで聞いていた。

たぶん自分がそんな状況ならとっくにおかしくなっていたと思う。とてもじゃないけれど耐えきれる状況じゃないように聞こえた。


それと同時に今の明るくて優しいクエス師匠はすごいなって思った。

俺だったら世界のすべてを恨んでしまうかもしれないというのに。


「それで、どんな相手でも害になるのなら迷わずに殺す様にならなきゃいけないと思ってね・・私とミントは色々と考えた結果

 互いを迷わずに刺せるように訓練したのよ。傷を治しては、また迷わず刺す。唯一残された大切な妹ですら迷わず剣を向けられるなら、仲の良い人が敵に回っても迷わず殺せるようになるよねって」


そこでクエス師匠の話は終わった。

あまりに悲惨な話だったからだろう、俺もボサツ師匠も何も言えずしばらくこの場に沈黙が流れた。


少し経って俺は思い切って口を開く。

ここまで聞けばわかっていることなのに、なぜかその時は聞いてしまった。

自分の揺らぐ決心にとどめを刺したかったのかもしれない。


「動物を狩る程度じゃ・・いざという時に・・動けないものなんですね」


「ふふ、そうね。その時になるまでは私も動けないなんて思ってもみなかったわ。でも動けなかった、少なくとも私は。そして、沢山亡くしたのよ」

少し自逆風に笑うクエス師匠が痛ましかった。


一瞬俺はなんてことを聞いているんだと思ったが、段々と気持ちが切り替わっていく。

別に意識して切り替わっていったわけじゃない。必然的に流されていく感じだった。


クエス師匠の思いが俺の弱い心を揺さぶり、行くべき方向へと動かす。

こんな訓練をするのは自分が犯した過ちを俺にさせないためなのだ。


俺は師匠がやろうとしているこの訓練の意義が痛いほどわかった。

これ以上師匠が辛い思いをしながら俺を説得しなくてもいいように、俺は気持ちを固める。いや、もう気持ちは固まった。


師匠の俺への配慮や優しさを無駄にしないためにも俺は成し遂げてみせる。

俺はクエス師匠への感謝を言葉ではなく態度で返そうと、力強く剣を握り全力で魔力を込めてその剣先を向けた。


「刺します」

俺は師匠の目をまっすぐ見据えて、ただ一言宣言する。


「ええ」

クエス師匠はとてもやさしい雰囲気で、自分の胸に飛び込んでくるのを待っているかのように両手を広げる。


自分でも少し剣が震えているのがわかるが、それでもしっかりと足を踏み込む。

狙うは師匠の腹、背骨だけは貫かないように右手の剣を腹の中心から左奥に抜けるように刺す、と何度も自分に言い聞かせクエス師匠の腹に剣の先端を突き刺した。


少し柔らかい感触のまま簡単に突き抜けると思っていたが、剣に込めた魔力がガンガン相殺されながら師匠の体を突き進んでいくのを感じる。

かなりの抵抗がある中をずぶずぶと突き進んでいく感触だった。


俺はわき上がる嫌悪感を抑え込みながら、師匠の思いを俺は絶対に無駄にしない、その一点に集中して剣を突き進める。

そして急に抵抗が軽くなったのを感じて力を込めるのを止めると、クエス師匠と密着するほど接近して剣先が師匠の体を突き抜けて外に出ているのが確認できた。


「はぁ、はぁ、はぁ、っししょぅ、やりました」


色んなものを抑え込むために興奮しすぎているのか、俺はたどたどしく師匠に剣を貫通させたことを伝えた。

俺のその声にクエス師匠は少し苦しそうに返答する。


「えぇ、確かに貫いたわね。やるじゃ、ない。まさか、初日で、なんて」


剣の突き刺さった部分を見るとクエス師匠の白い服が赤く染まってきていた。

これを自分がやったのだと思うと恐ろしくなったが、何とか震えを抑えて師匠に早く治療をするように進言する。


「師匠、出血が酷い状況です。すぐに、すぐに魔法で治療を」


「コウ・・それはいいけど、剣を抜いて、くれないと」


「そ、そんなことをしたらひどい出血になりますよ!」


クエス師匠は話しながら<痛覚鈍化>を使った様だった。さっきも使っていた気がしていたが痛みが思ったよりも大きかったのだろうか。


「何言ってるのよ、私に剣が刺さったまま、止血しろと、いうの?コウ、わかるけど少し落ち着ついてよね」


本当だ、俺は何を言っているんだ。

師匠の傷にばかり注目していたせいで視野が狭くなっていたのか、剣を刺したまま止血を要求するとは。


しかし、これを抜かなければならないなんて・・そう思うが抜かなければ師匠が苦しみ続け、最悪死に至りかねないので

俺は必死の形相になりながら、突き刺した角度を出来るだけ変えないようにして出来るだけ早く剣を師匠の体から抜いた。


抜くときの抵抗はかなり薄かったが、それでもとても嫌な感触だった。

自分の魔力を剣に流しているからか、普通の人間ではわからないはずの剣と肉が擦れる感触が伝わる。

ずるずると抜く感触が師匠の体から剣を抜いた感触だと思わないようにしようと考えるが、どうやってもそれ以外の別のことだと思うことはできなかった。


剣を抜かれた師匠の体からは、血が噴き出すほどではなかったが先ほどよりも多くの出血が見られより早く師匠の服が赤く染まっていく。

そして地面には少量だが血だまりができていた。


これを俺がやったんだと思うと手が震えて剣をしっかり握れず、剣先がふらふらと揺れている。


「ぬ、抜きました・・師匠、早く、早く止血と治療の魔法を」


そんな震える俺に対してクエス師匠は怒鳴りつける。

「しっかりと剣を握りなさい!相手が負傷していてもまだ反撃の可能性はあるのよ!」


それを聞いて俺は歯を必死に食いしばりながらも剣を握りしめ、クエス師匠へ向けて剣先を向けた。

早く治療してくれという必死の思いを込めて。


その様子を見たクエス師匠はほっとした表情になり<光の保護布>で腹と背中側を止血すると

クエス師匠の行動を見たボサツ師匠が<治癒の水>により傷を治療し始めた。


俺はほっと胸をなでおろす。足元に血だまりまでできている事を考えると、とても気楽に大丈夫と言える状態ではないはずだ。

俺が何かできないかとおろおろとしていると、クエス師匠が少し苦しそうにしながらも笑う。


「大丈夫よ、命に関わるほどじゃないわ。そんなおろおろせずに試験に合格したんだから少しは誇りなさいよ」


「いや、本当に大丈夫なんですか?出血も酷いですし」

「片腕切り落とされたのに比べたらはるかにマシよ」


そう言うクエス師匠をボサツ師匠は肩を担いで隠れ家へと連れて行き


「コウは魔法の練習をしておいてください」

と言って中へ入っていった。




隠れ家の中に入ったボサツはクエスを連れて隠れ家の奥に置いてある治療用のカプセルに連れて行く。

この治療用のカプセルは非常に高価で一部のエリート向けにしか使われない代物だ。


これに魔素体のデータを記録しておくことで体の欠損部分ですら修復することができる。

ただ欠損の修復に関してはかなりの時間を要し、片腕欠損した場合は修復に1週間ほどかかる。


「ふぅ、今回の傷は集中治療でも半日はかかりそうね」

クエスは肩を担がれて運ばれながらぼやいている。


「くーちゃんも無理をし過ぎです。結果としては良かったですが、下手をすればコウが潰れかねませんでしたよ」

カプセルの前まで連れてきたボサツはカプセルを操作しながら呆れたようにクエスに指摘する。


「大丈夫よ、だって私たちの弟子だもの。あれだけ言えばきっとコウは動いてくれると信じていたわ」


「とにかくくーちゃんはゆっくり傷を癒してください。これが外に知れると大騒ぎになるだけですから」


「ははは、そうね。私が傷を負ったとなると誰がやったのかと騒ぎ出しそうだもんね」


「コウのことは任せてください。今は傷の治療に専念しましょう」


「ええ、それじゃ後は任せるわ」

ボサツはそれを聞いてカプセルを閉める。


カプセル内が光で満たされ始め、特にクエスの傷口に集中的に光が集中し治療が進められた。

一通りの動作を確認し、クエスが眠ったところでボサツはコウのいる外へと戻った。



「くそ、まだ感触が残ってる」

俺は苦々しく思いながらぼやく。


もちろん俺は魔法の練習なんてやっていない。

今の今あんなことをやっておいて魔法の型作りに平然と集中できるわけがなかった。


クエス師匠の話を聞けばこれは必要な事だというのは理解できたが、頭で理解できれば迷わず行動できるというなら感情なんてないも同じだ。

俺はどうしても消えない先ほどの感触とクエス師匠の怪我の具合が気になってしまい、とりあえずやり始めた瞑想にも集中できずにいた。


(師匠は手当て中だろうか・・本当に大丈夫だろうか)


集中できないし、どうしたものかと思っていると、ボサツ師匠が1人で戻ってきた。

俺は慌てて胡坐を解くとボサツ師匠の元へ走りながら声をかける。


「クエス師匠の容態は?大丈夫なんですか?」

「ええ、大丈夫です。半日ほどすれば元通りまで回復すると思います」


「半日?治療魔法にしては早くないですか?」

「ええ、今回は治療カプセルを使っていますから。普通に魔法で回復させるとなると数日かかってしまう傷でしたので」


ボサツ師匠はそういうと俺に治療カプセルの事を説明してくれた。


運用コストがかなり高価な為に、一定以上の地位にいる魔法使いにしか使われないらしいが

治療魔法の数倍の速度で回復が可能らしく、欠損部位ですらデータを登録しておけば修復が可能らしい。


そんな便利な魔道具があるのなら前もって言ってて欲しかった。

但し欠点もあって、治療中は眠りっぱなしになるらしく外部からの刺激や装置異常でもないとなかなか起きないそうだ。


起きると1週間経っていたとか時々ある話しらしく、この魔道具が好きじゃない人も結構いるらしい。

とはいえ治療中はカプセルに入っていてほとんど動けないらしいので、それなら眠るしかないんじゃないかと思ったが。


「それで・・どうでした?」

「どう、と言われても」

ボサツ師匠のざっくりとした質問に俺は困惑する。


いまだにクエス師匠を刺した感触が手にべったりついた感じがしてあの時のことを思い出してしまう。

俺が困った表情をしていたからか、ボサツ師匠が話しかけてきた。


「少々くーちゃんは強引だったと思いますが、これはとても大事な事なんですよ」

「それはわかっています、ですけど・・」


「そうですね、例えばですが、何らかの事情で私が暴走したとします。コウはそれを止めなくてはいけません

 その場合、一番有効な手立ては私を殺さない程度に負傷させる事です」


「それはわかりますけど、そのためにも今回のことが必要なのはわかるんですが」


「今はそれでいいと思います。でもこれだけは覚えておいてください」

そういうと師匠は剣で師匠を刺した感触の残る俺の右手を両手で掴み、優しく包み込んでくれる。


「コウがいくら力をつけたところで、それを必要な時に適切な方法で振るう事ができなければ、それは力が無いのと同じ結果を生みます」


「・・そう、ですね。師匠たちを守る為に精神的にも成長できるよう努力します」

俺は少し俯きながら自分に言い聞かせるように答えた。


「ふふっ、私とくーちゃんが大喧嘩した時にコウが私たち2人をこてんぱんにしてけんかを止めてくれる事を期待していますよ」


そう言って笑いながらボサツ師匠は俺の目を見る。

だがさすがにそんな空気には流されない


「いや、さすがにそれは無理ですって。止めに入った俺が2人からやられる未来しか想像できませんよ」


「あら、成長途中の者が弱気ではいけませんよ、ふふっ、ふふふ」

「あはは」


俺もつられて笑ってしまう。ボサツ師匠の計らいだろうか、少しだけ嫌な感触を忘れることができた。


手直しで手間取りましたが、無事に投稿できました。

読んでいただいている皆様のおかげです、ありがとうございます。


次話も近いうちに投稿予定です。

ブクマ等々頂けると嬉しいです。では。

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