エリスの事を告げる
ここまでのあらすじ
コウの判定の儀が終わり、再び訓練の日常が・・
一方ここはコウのいる隠れ家。
コウの修行の日々が続く中でクエスはあることで悩んでいた。
判定の儀から2日後、俺はいつもと変わらず修行の日々を過ごしていた。
今日も午後のクエス師匠の実戦練習で俺はがっちりしごかれていた。
この実戦練習でのクエス師匠はかなり手を抜いている状態だし、武器も魔力を通しにくい特殊な金属でできたものを使っていて刃も落としているので
魔力を纏った体に当たってもせいぜい痛い止まりで問題はない。
ただ、師匠の接近戦での魔法とコンビネーションは手を抜いてもらっている現時点でもかなりきつく、気が付くとガード一辺倒に押し込まれていて反撃の糸はなかなか掴みずらい。
だけど昨日と今日は俺も数撃クエス師匠に魔法や剣での攻撃を当てたりガードさせたりできた。
何だガードされてるじゃんと思うかもしれないが、剣の攻撃をガードさせたなら俺の攻撃のターンが続いてるともいえるし
魔法をガードさせたなら相手は防御魔法を張る分攻撃魔法に気を回せないので、今の俺としては十分な成果だった。
ただ・・昨日もだけどどうもここ2日はクエス師匠の動きが少しおかしい。
ほんの少しだけど反応が遅れているみたいで、俺の攻撃を流したりできていないように感じる。
昨日は特に気にならずに、俺って結構いい感じになってきたかなと思っていたけど、今日はよく注目しながらクエス師匠と手合わせするとやっぱりいつものキレがないように感じた。
判定の儀の後にでも何かあったのだろうか。
プライベートなことだとしたら、あまり俺が言うのも良くないよなと思っていたが
師匠がこの調子のまま昨日みたいに「コウもやるようになってきたわね」と言われても正直もやもやするだけので、思い切ってクエス師匠に聞いてみることにする。
「師匠、ちょっとだけいいですか?」
「ん?いいわよ。どうしたの?」
「いや昨日と今日の師匠の動きなんですけど・・」
「私の?ここの所押している時も出てきたから自信が出てきたとか?」
師匠は自覚があるのかわからない返事を返してくる。
ちょっと俺を茶化すあたり、自覚があるのかもしれないな。
いやいや、これはいつものことだから自覚はないかもしれない。
やんわりと触れてみたつもりだったが、らちが明かなそうなので思い切って直球で聞いてみることにした。
「クエス師匠、あくまで俺の思い過ごしかもしれませんがここ2日少し師匠の動きが鈍い気がします。何かあったのですか?」
そう俺が言うと師匠は俺から目線をそらし少しだけ黙ってしまった。
が、すぐに軽くため息を漏らすと俺を見て師匠は答えてくれた。
「そっか、やっぱりコウにも見破られちゃったか。ちょっと悩んでいることがあってね。でも大丈夫。出来るだけ早く片付けるから」
「えっ、いや、その・・師匠は立場上色々と大変だと思うし、無理するのも良くないと思います。出しゃばった事を言ってすみません」
俺はどうもまずい事に触れたと思ったので、この場に居るのもいたたまれなくなり、すぐに隠れ家へ逃げるように入っていった。
あくまで「俺のために無理してませんか?」のつもりで師匠に聞いたつもりだったのに、早く調子を戻してくれと受け取られるとは。
少し言い方がまずかったかな・・夕食後にまた軽く話してみよう。
そう思って大広間で夕食が出来るまで心を落ち着けるためにも、今日の戦いを頭の中で反芻するためにも瞑想を始めた。
◆◇◆◇◆◇
クエスはコウのいる大部屋を通らずにボサツとの共同の私室に戻ると、大きくため息をついた。
「くーちゃんどうしたのですか?入ってくるなり大きなため息をつくなんて。ついにあの素直なコウが初めての反抗でもしたのですか?」
「さっちゃん、それならこんなため息じゃなくて大ニュースとして伝えているわよ」
「だったらどうしたのですか?」
少なくとも隠れ家ではいつも明るくふるまうクエスが想像以上に落ち込んでいたのでボサツは心配そうにクエスに尋ねる。
クエスはしばらく黙り込むがボサツがその間も心配そうに見続けるので観念したように話し始めた。
「この間、師弟関係を正式登録した時の帰りにね、コウに尋ねてみたのよ」
「ええ」
「どんなことがあっても私を信じてくれるか、師弟関係でいてくれるか、ってね」
「それでコウは?」
「まぁ、さっちゃんの予想通りだろうけど、どんな時でも弟子として私たちの役に立つように頑張るって」
「コウならそう言うでしょう。それ以外の言葉が出てくる方が驚きです。くーちゃんは一体何を・・あぁ」
コウが来て1月ほどたった頃にはクエスもボサツもコウの性格を大体理解し、コウは一部問題が見られるものの基本真っ直ぐで素直なタイプだと判断していた。
その為あまり隠し事をするのをやめて出来るだけコウに話し、直接理解してもらうよう説得し色々と理解するように努めてきた。
だが、どうしても話せないことが一つあった。
それはクエスの妹、エリスがコウの中にいてその目的でコウをこの世界へ連れてきたことだ。
現状はまだコウの魔力パターンとわずかに漏れるエリスの魔力パターンを記録して比較している程度で、2人を分離する方法に関しては実験どころか方法を解明する段階で止まっている。
そういう状況もあって無理に話すことはないとしていたエリスの事だったが、コウの寄せる大幅な信頼にクエスが徐々に耐え切れなくなってきていた。
ボサツが悟ったからかさらに言い出しにくくなったクエスを見て、ボサツが口を開く。
「そろそろ、話時かもしれません。最近は時折ですがエリスさんの魔力を感じ取れる事もありますし、コウも薄々気づくまで行かずとも何か引っかかってるかもしれません。
放って置いても相談されるのは時間の問題だと思います」
「・・そうよね。コウは割かし賢いし、何かしら気付いていそうだから近いうちに相談されるかもね。
それなら、私から話したほうがまだマシかな」
「ええ、そう思います」
「嫌われるわよね~、まいったなぁ。こんな事になるなんて完全に予想外だわ」
クエスがそういいながら頭を抱えているのを見てボサツは心の中で
(たぶんコウが相談しないのも、私たちに嫌われたり迷惑かけたくないだけだと思うんですけどね・・)
と思いながらクエスとコウがこんな所まで兄弟みたいによく似てると思いちょっとほほえましくなった。
「よし、決めた。今日の夕食後にはコウに話してみるわ。でさ・・さっちゃんもよかったら協力してよ、ね?」
「ええ、もちろんですよ。きっちりサポートします」
それは私の?コウの?と一瞬クエスは思ったが、どちらにしても助かる事なので少し勇気付けられた。
「ありがとう」
「いいえ、私も師匠ですからね。むしろ仲間外れにされると困ります」
任せてと言わんばかりに答えるボサツにクエスは少し心が晴れた気がした。
そしてクエスは覚悟を決めて夕食が終わるのを待った。
夕食はボサツとクエスで手早く済ませる予定だったが
コウがどうしても自分も少しは手伝えるようになりたいと言うので、ボサツもクエスもコウは判定の儀が終わったし根を詰めた魔法の練習以外も許可することにした。
コウはクエスたちに教わりながら、この手順はどうやっているのか、この野菜はどうした方が美味しいか等の説明を受けながら夕食を準備する事になった。
そして夕食も終わり、クエスは覚悟を決めてコウに話しかけた。
◆◇◆◇
「コウちょっといい?」
俺が暇なので魔法書でも読もうかと思っていたところ、師匠が話しかけてきた。
いつものちょっと何か企んでいそうな表情ではなく、実戦練習①を始める直前のような厳しい表情だった。
判定の義からまだ2日、個人的には大きなミスをした覚えはないので俺がちょっと聞きたくないようなトラブルの話だろうか?
ともかくこれは冗談話じゃないと判断して、俺も真剣な表情になり師匠に返事をする。
「はい、何か問題でも起きたのですか?」
クエス師匠が真剣に話すことといえば、大方ここの外での動きで俺に対してあまりよくない事だ。
それをやんわりとわかって受け止めますので話してください、という感じで聞いてみたのだがクエス師匠の表情は『助かるわ~』という表情にならない。
これは思ったよりも重い話みたいだ。
クエス師匠が返答をしないでいると、いつもの扉からボサツ師匠が入ってきた。
どうもこの話に参加するようで、今回の話はいつもよりさらに重めなの確定か・・と少しだけ気が滅入る。
「くーちゃん、お待たせしました」
「ありがとう、さっちゃん。それでね、コウ。さっきの返事だけど問題が起きてた・・というよりはね、問題を私が隠していたの」
それを聞いて俺は別に不快には思わなかった。
なんせ俺はこの世界の常識が全く無い。
そんな俺に何でもあれやこれやと教えたところで俺がパニックになるだけなのはある程度理解できていた。
師匠たちも俺の様子を見ながら段階的に物事教えていっているのはなんとなく肌で感じていたので、今更師匠たちの隠し事に驚く事もない。
言うなら「まぁ俺のために隠していたんだよね」位にしか思っていない。
ただ俺にいまいちな部分があるのを指摘しにくく隠していた、何て内容だったら正直きついけど。
一つだけ思い当たることがあったので、俺はクエス師匠が話すよりも前に言いだしてみる。
「えっと、もしかしてこの間の判定で光LVが29だったし、思ったよりも俺が使い物にならない・・とかじゃないですよね?」
師匠達の指導の下、風・水・光の順で練習量は分けられていたがそれでも光が30を超えなかったのは俺の落ち度と言えなくも無い。
この連合内では光属性は最も重視される属性だと教わっているので、俺の将来性が期待したほどではないとしたら
師匠たちの指導の責任とも言えなくもないのでクエス師匠が言いにくい事もわかる。
だがその話にはボサツ師匠が答えた。
「いえいえ、違います。実際どの国に行ってもコウの判定の義の結果を見れば二言目には『うちに来ないか』と言われるほどですよ」
「そ、そうでしたか。クエス師匠があの日から微妙に変なのでてっきり結果が予想よりはいまいちかと思っていて」
そんな俺の言葉に師匠たちはくすっと笑った。
どうやら俺の才能は問題ないようなので俺も一安心できた。
「ほら、くーちゃん。やっぱりコウが違う方へと気を回していましたよ。このまま放っておくのは良くないです」
「もう、わかったってば」
話が進まないまま、俺を置き去りにして師匠たちはじゃれあい始める。
まぁ、じゃれあっているのは言い過ぎかもしれないが真剣な表情で聞いて欲しいといわれたんだし、早く本題に入ってもらえませんかね。
そんな気持ちが表情に出ていたのだろう、クエス師匠が軽く咳払いをすると再び真剣な表情になって話し始めた。
「今まで黙っていたんだけど、やっぱりどうしてもコウに隠し事をしたくなくてね・・聞いて欲しいの」
「あ、はい」
ワンテンポ遅れて俺も真剣な表情になる。相変わらず師匠のこういう切り替えの早さには付いていけないところがあるなぁ。
「単刀直入に言うとコウの中に私の妹がいるのよ。そしてね、コウをこっちの世界に連れてきた一番の理由はそれなのよ」
「えぇ、はい・・そうなん・・・え?」
最初は師匠に妹さんがいるんですね~、と言う感じで聞こえた気がしたが、そう、違う。
俺の中にいる?は?と予想もできない話に俺は体も思考も固まってしまった。
「だ、大丈夫?」
「コウ、大丈夫です?」
師匠たちの声に俺は少しだけ思考を取り戻す。
と同時に思い当たる節があることを思い出す。
俺には昔から何度も夢に出てきて俺にわからない言葉で話しかけていた、魔法使いになってからはわずかだが会話も出来るようになった人がいる。
その人は水色のショートヘアでいつも白い簡単なワンピースっぽい服装をしていた。
彼女は精神的にまいっていた俺が、自分を支える為に俺が脳内で作り出した女性だと思い込んでいたけど・・
いやいやいや、俺は一体何を考えているんだ。
今は正常に頭を働かせられる状態じゃない。そもそも師匠の妹さんって?てか、なんで?いつから?どうやって俺の中に?
考え出すと次々と出てくる受け止められず整理できない情報に、思考は混乱し続けた。
「あっ、えっと、その・・」
何とか言葉を発することはできるものの、あまりに驚愕な話しだったので上手くまとめられず言葉に詰まりまくる。
そんな中、前を見るとクエス師匠が俺の様子に見たこともない程しょげていて、うつむいていた。
クエス師匠の様子に思わず気を取られ更に落ち着いたが、まださっきの師匠が話した言葉を思い出すと、もう一度同じくらい衝撃を受けそうなくらい精神的にぐらついている。
どうすればいいのかわからないと思っていたその時、どこからか誰かの声が響く。
『師匠を、クエス姉さんを助ける存在になりたいんじゃなかったの?』
心の中に少しひんやりとした感触を感じすっと思考が開けていく。
この魔法は知っている。<氷の心>だ。
誰が俺にかけた?だが今はそんなことを気にしている場合じゃない。
クエス師匠を助ける存在になりたいかだって?
あぁ、もちろんだ。俺は師匠に恩を返したいと思っている。
この世界に来て、裏で表で俺のことを思って行動してくれている師匠達に恩を返したいんだ。
それが今の俺の将来の夢なんだ。
そう思うと随分冷静になれた気がした。
そしてそれと同時にさっきの声が、時々夢の中に出てきたあの人、クエス師匠の妹エリスの声じゃないかと思えてくる。
何度となく俺を励ましてくれた、夢の中で見守ってくれているその人。
<氷の心>で余計な迷いが無くなり考えが鋭くなったせいなのか、何なのかはわからない。
だが、俺の中で夢の中の人がエリスで間違いないだろう、そんな確信が芽生え始めてきた。
ということは俺は向こうにいた時も、こっちに来てからも師匠や師匠の妹にずっと助けられていたというわけか。
おいおい、なんだよそれ。そう思うとなぜだか、ふふっと笑いがこぼれてしまった。
俺が突然軽く笑ったのを見て師匠たちがびっくりしている。
まぁ、それもそうだろう。
こんな話を聞いて笑い出したら自暴自棄になったとしか見えないだろう。
だが、今の俺はそうじゃない。それを俺は今から師匠に説明しなきゃいけない。
俺は意を決して持っている情報の全てを話すことにした。
この辺りは思考や感情を多く出す回になるので、素人の私には結構書くのが難しかったです。
上手くお話やコウ・クエスの気持ちが読み手に伝わるといいのですが。うーん。。だめそう・・
今回も読んでいただきありがとうございました。
次話は明後日までには投降します。
補足
<氷の心>という魔法は思考を安定化させ効率よく考える事ができる補助魔法ですが、考えることが苦手なタイプにかけると突撃馬鹿になる可能性があります。
またこの魔法を使って平素の精神状態では耐え難い経験をすると、経験や感触はちゃんと残るので魔法を解いた時自分が行った記憶や感触に耐えられなくなり、精神的に少し壊れる可能性があります。




