当主様への謁見
ここまでのあらすじ
あらぬ疑いをかけられたクエスは、まずは一門のトップである当主へ説明に向かう。
付け焼き刃の礼節でコウも同行することとなった。
城内に入り来賓用の待ち部屋まで案内され、待ち時間にどうぞといわんばかりのクッキーのような菓子が出たけど
クエス師匠が食べないので俺も手をつけなかった。
師匠が食べないのに弟子が手をつけるのはいかがなものかと思ったからだ。
だがそのことに関してクエス師匠は何も言わない。試されているのか、気にしていないのか。
そう言えばクエス師匠からの指導は今のところほとんど無いが放任主義なのだろうか?
それとも今は今後のやり取りで頭が一杯なだけなのだろうか?なんか掴めない人だ。
何もなく沈黙が続いていると、クエス師匠が俺に小声で話しかけてきた。
「コウ、私が直接指示するから当主様の前ではそれに従ってね」
「も、もちろんです」
俺はすでにいっぱいいっぱいでボサツ師匠の言葉を必死に反芻しているくらいだ。
指示をしてもらえるのなら、喜んでそれに従うに決まってる。
「あと・・・そうね、コウにとっては少し不快なことを言うかもしれないわ。でも今回は聞き流してね」
え、なんで?と一瞬思ったが、立場上そうしておいた方がいいというのがあるのかもしれない。
俺は黙ってうなずいた。
そうすると俺の頭の中に声が響く、クエス師匠の声だ。
『ごめんね、でも今回はやむを得ずだから』
おおぅ、これが念話もしくは魔力通信というヤツか。俺も覚えたいな・・
師匠との内々の打ち合わせも終え、緊張して待っていると謁見の間へと案内された。
入った瞬間天井の高さに驚く。じっくりとは見れなかったが10m以上あるんじゃないだろうか。
左右には衛兵が数名ずつ並んでいて中央の3段高いところに豪華な椅子が鎮座している。
その王座と思われる椅子に座っている人がいる。
あの方がこの国の王様であり、一門のトップの当主様なんだろう。
その左右の脇に武器を抜いた者が2名立っている。
あれは親衛隊?側近?なんにしてもじろじろ見てはいけないんだった。
俺は雰囲気に呑まれないようにと緊張しながら、黄色の絨毯の上を一歩ずつ歩く。
当主様を見てはいけないと言われていたので、王座から3mほど前の辺りを見て姿勢を正して近づく。
段差があるおかげで少し視線を下げていれば目を合わせることが無いのが救いだ。
クエス師匠ははっきりと見る余裕がなかったが、いつもより姿勢を正して俺の左前を歩いているようだった。
ある程度来たところで師匠から念話が来た。
一瞬ビクッとなったが師匠の声だったのですぐに落ち着く。
さっきの相談で適切な位置まで着たら師匠が連絡し、俺がそこで片ひざをついて頭を下げることになっていた。
俺はまだ返すことが出来ないので師匠の「そこで止まり膝をついて」という声に素直に右膝を絨毯につき左膝を立てた姿勢で下をうつむく。
一度当主様というのを拝見したかった気もするが、雰囲気から冗談では済まされなさそうなので大人しく頭を下げておく。
そしてここから度々体をびくつかせながら、こっちに話を振らないでくれというお願いの時間が始まった。
「クエス、久しぶりだな」
「ご無沙汰しています、ボルティス様。御忙しい中時間を作っていただき有難うございます」
「で、明日の話なのだろう?」
「はい、明日の会議で私が騒がせた件を事前にお話しておきます」
「そうか、それでその傍にいる男は何だ」
「後で話の流れで出しますので暫くお待ち下さい」
同門といえどもクエスとボルティスの中は常にいい感じというわけではない。
特に今回はクエスの行動でボルティスも説明できず苦しい立場におかれていた。
とはいえボルティスは他の上級貴族とは違い、問い詰めるのではなくまずは状況を理解しようとした。
これはやはり同門だからこそ出来る余裕だったのかもしれない。
ボルティスにとって不審者でしかないコウを事情も聞かずに置いておけるのもある意味信頼の証と言える。
「それでこの度の私が騒乱を引き起こすと疑われている件ですが、私は事前にお話していた行動をとっただけに過ぎません。
これはボルティス様にしかお見せできませんが、直近の購入品のリストです。危険な物や大量の魔石もありますが、噂されている内容とは違った趣旨であることは理解してもらえるかと思います」
クエスが虚空から取り出した1枚の紙を先ほど武器を持っていた側近の1人が受け取りボルティスの元へ持っていく。
ボルティスは30秒ほどその紙を見つめて内容を吟味した。
「うーむ、魔石が特に多いようだが攻撃兵器として使えそうな類の物は少ないな」
「はい」
「しかし・・この額は驚かされるな。ここまでの額を使うほどだったのか」
「金に糸目をつけずに必要な物を集めましたので。確かに費用がかかり過ぎましたが、おかげで必要な物が短期間で集められました」
「うむ、そうか」
額がわからない周りの者たちは、一体いくらの金を使えば騒乱を引き起こすと思われるのだろうかと考える。
だがこの場にいる者たちは、2人以外発言権どころか、後で詳細を確認する権利も持たないのでただ沈黙を続けた。
「この内容はお前の守護者であるメルルも知っているのか?」
「はい、色々と揃えるときに手伝ってもらいましたので承知していると思います」
「そうか、なら一度会議の前に照らし合わせておこう。それで今回数ヶ月を要した成果はどうだった?」
「成功とは言い切れませんが、当ては出来ました」
「詳細は・・・ここでは言えんのか?」
「それは勘弁下さい。私にとって何よりも大切な者ですから」
クエスのはっきりとした拒否に周りの兵士や側近の者たちはやや不快な態度をとるが
ボルティスはさほど気にしてないと言う態度だった。
ボルティスはクエスが妹の件に関しては絶対に邪魔をされたくないとわかっているので、ここで下手に手を出してはやぶ蛇になってしまうと判断した。
この状況ではクエスに対しては下手に理解をしようとするより、放置した方が良い結果になるとボルティスは考えている。
「それで、他の成果は?」
そういいながらボルティスは頭を下げたままのコウを見る。
これも成果のうちなのか?と言わんばかりに。
「強いて言えば私の後ろに控えているコウという魔法使いです。正確には成果ではありませんが
必要な行動をとった時に彼をそのまま捨ておくのは忍びないと考えて傍に置いた次第です。今は私の仮弟子になります」
「ほぅ、弟子なんぞとらんと私の要望も撥ね退けたクエスが弟子を、とはな」
「責任ある措置だと思った上での行動です」
「そうか・・・だったらうちの娘にクエスが傷をつければ、そのまま弟子にしてもらえかな」
「さすがにご冗談でもそれは」
「ふぅ、まぁいい。それでその弟子とやらはどれほどの腕なのか・・気になるな」
ボルティスがそういいながらコウに視線を向けると、コウはまさか自分の出番が来たのかと感じたのだろう、ビクッと反応したが
その後はそのまま下を向いた姿勢をとり続けた。
「これが私の弟子コウですが、まだ魔法使いとしては技術もつたなくお見せできるほどではありません」
「何か使って見せれないのか?」
「出来なくはないですが、半人前の技量ではコントロールもうまくいかず建物に傷を付けかねません」
そう言いつつクエスはコウに念話で質問する
『どう?風刃とかできそう?』
その声を聞いてコウは必死になって、こんな状況では無理無理無理ー!!と心の中で叫んだ。
その様子で理解したのか、心を読んだのかクエスはボルティスに対して返答する。
「このような場に全く慣れていない上、技術もつたないので魔法をお見せできるほどの状態ではないと思います」
「そうか、残念だ。ところでそのコウとやらは今はまだ準貴族なんだろう?早く場に慣れさせておいた方がいいぞ」
その問いかけにクエスは一瞬警戒したが、すぐに平然とした態度で答える
「その必要性はまだ薄いと思います。が、そのうち慣れさせる予定です。今はまだ教える項目が多く手一杯ですから」
「必要ならうちから人材を出すが、どうだ?」
「いえ、私事で当主様や他家の者の手まで煩わせるわけにはいきません。それで他に説明が必要なことはあるでしょうか?」
「後はクエスからの報告書もあるし不要だろう。ああ、一つだけあったな。クエスよ、あまり他所の力を借りないでもらえると助かるな。
私は君をやすやすと他に譲るつもりはないからな」
「わかっています」
クエスは笑顔で答えた。
(行くわよ)
クエス師匠の念話の一言で俺は当主様を見ないように立ち上がり、そのまま回れ右で背筋を伸ばして出口まで歩く。
とりあえず魔法の披露をさせられなくて助かった。その思いだけだった。
ただでさえ礼節も付け焼刃なのに、魔法の披露や何か発言をすればボロが出るに決まっている。
少なくともこんなど緊張する場で、悠々と魔法の型を組み上げられるほど強心臓になった覚えはない。
ここへ転移してくる前にクエス師匠が「まぁ少々へましても大丈夫だって」と言っていたけど
今ならわかる、あれは絶対に嘘だ。
謁見の間を出た後も俺はまだ自分の周囲の魔力を1cmに留めていた。
それに気づいたのだろう、クエス師匠は俺の肩を軽く叩くと
「もう魔力の展開も自然にしてていいわよ、コウに何か危機が迫れば私がちゃんと守ってあげるから」
「はぁぁ~」
おれは緊張が解けて一気に脱力したのか気が抜けてふらつく。
そんなふらつく俺の左肩をクエス師匠は支えてくれた。
「今日はお疲れ様、急な話で本当に迷惑かけたわね、ごめんね」
「い、いえ。いつかは経験しておくべきことでしたから」
「ふふ、そう言ってもらえると助かるわ。さぁ、こんな堅苦しいところからはさっさと帰りましょ」
師匠は俺の手を引っ張り通路を軽く走り出した。
これはマナー的にちょっとまずいんじゃない?と思いつつも心のどこかでこの状況を楽しんだ。
その後隠れ家へ戻った俺は瞑想、2色同時の練習をこなした後
まだまだ自信のない風刃を中心にもっと正確に魔法を使えるよう特訓を受けた。
もし次の機会があればちゃんと披露できるくらいになっておきたい。そう思い特訓に打ち込む。
完成度合いは7割程度と指摘はされたが、風刃は昨日より安定して放つことが出来たと思う。
目標も出来たからか恐怖感も薄れていい感じの特訓になった。
ボサツ師匠と比較してみると詠唱速度(型作成・魔力装填)、安定感、コントロール全てがまだまだなのは自分でも十分わかるが
昨日よりいい感じに出来ていたのが結構嬉しかった。
ボサツ師匠が作ってくれた食事を美味しくいただいた後
俺は2人の師匠から明日のことを告げられた。
今回のクエス師匠の一件で明日は臨時の大きな会議を開くらしく、クエス師匠は当然として行動を共にしていたボサツ師匠もそれに出て説明をしなければならないらしい。
なので俺はこの隠れ家で1人お留守番ということだ。
瞑想や2色同時の練習をすることは当然だが、それだけでは暇をもてあますだろうと
ボサツ師匠が図書室から10冊ほどの本を持ってきてくれた。
「これは魔法を1人で習得するときに使う魔法書になります。コウが現状覚えられそうなものを選んでおきましたので覚えたいものを選んで練習してみてください」
そう言うと薄緑の本を4冊、水色の本を3冊、黄色い本を2冊、薄い灰色の本を1冊このリビングのテーブルの上に置いた。
たぶん色は属性なんだろうな、そう思いながら俺は何となく薄緑の本を手に取る。
中身を何となく確認するようにぱらぱらとめくってみたが20ページほどしかない。ハードカバーっぽくなっている割にはずいぶん内容が無いな。
そう思いながらなんとなく魔法書を眺めているとボサツ師匠が真横に座った。
えっ!?ちょっとこの急接近は・・ちょっと。
俺は別に女性と話したことがないとかそこまでではないが、少し話せる女子はいても親しい女子はいたことがない。
そんな俺にはこの横に座るという急接近はなかなかくるものがあった。
が、当のボサツ師匠はまったく気にしていない様子。
いやわかってはいたけどさ。何かこのもやもや感。
そういう俺の想いは完全にスルーしてやや密着しながらもボサツ師匠は本の解説をしてくれる。
「魔法書というのはまず最初のページにこの本の所属と作成者が載っています。ちなみにこれは私が作ったものです」
あの便利な翻訳君2号とやらのおかげで視界に入って来る見たことのないこの国の言葉ですら、頭の中では日本語として変換されて理解できる。
ただ動作に微量な魔力を食っていることもわかるので、やっぱ文字はちゃんと覚えた方がいいよなと改めて思う。
それにこの万能と思える翻訳君にも問題はある。
この魔道具のおかげで自動翻訳され文字を読めることはできたとしても、文字を覚えていないので書くことができない。
さすがに勝手に手が動いて字を書くまでの機能はないらしい。
これではいつかこの世界での生活に支障が出るだろう。
やっぱり文字は覚えていかないとな・・。
っと、思考がそれてしまったのが直ぐに手に取った魔導書に視線を戻す。
「これは穏やかな風という魔法ですか」
「ええ、補助系の魔法ですね。対象の魔力回復速度を上げるものです。コウはこのような地味な魔法は嫌いですか?」
「いえ、そんなことはないですよ。こういうものなら師匠のサポートにも使えるから今の俺にも役立つ魔法だと思います」
「あら、意外ですね。コウは強力な攻撃魔法が好きかと思っていましたが・・」
もちろん攻撃魔法をもっと覚えたいのは確かだ。
だけどこういう地味な補助系も役に立つというイメージがある。
少なくとも師匠をフォローするなら、今の段階では補助魔法の方が早そうだし。
あくまでゲームでの知識ベースなので、実際はこの魔法を体験したり使ってみないとわからないんだけど。
「あらすみません、話がずれました。本の解説に戻します。次のページは効果と範囲や対象、対属性での効果効率などの一覧が載っています」
対象がどの属性を主としているかでどれくらい効率に差が出るかなどの一覧が数値で載っている。
うわ、こんなん全部覚えてられんわ、と思う程の細かいデータだ。
そういえばボサツ師匠って研究もやってるとかだったよな。こういう研究なのかな?
俺が脱線した疑問を頭に浮かべている間にも師匠の解説は進む。
「その次は必要魔力や魔核配置の型、明日はまずはこのページを見ながら覚えていってください」
「はい。でも・・これだとやっぱり立体的な型はわかりにくいですね」
魔法書の図には正面・横・上から見た魔核の配置図と共に参考で斜めから見たものも載っているが、これを頭の中で正確な立体的構造として把握するのは難しそうだ。
明日は苦労しそうだな、そう思っていると師匠が俺の手を取り魔法書の裏表紙の内側に俺の手をあてさせ、その上から師匠が手を置き魔力を出し始める。
「コウも魔力を少し右手から出してください」
「え、は、はい」
俺も魔力を出し始めると本が反応して光り、数秒するとすうっとその光も消えていった。
「これは、いったい何ですか?」
「これでこの本の一部の操作権をコウにも与えました。そうなるとこういうことが出来ますよ」
そう言って先ほどの魔力配置図のページを開いて、師匠がそのページを囲むように無色の魔力を出すと本が光りその魔力を使用してなのか
魔核の配置を立体的にしたものがくるくる回りながら本の上の空間に表示された。
「おおぉぉ。これはすごく便利だ」
「ええ、これならコウが一人でも学ぶことができますね」
「はい、これならばっちり覚えられそうです。色々とありがとうございます」
「私は師匠ですから、当然のことです」
そう言った師匠は心なしか嬉しそうだった。で、師匠はいつまで俺の側にいるんだろうか。
なんかこのままずっと密着しながら色々と教わっていられれば幸せだな、と思ってしまった。
「それでこの先のページは使用例や応用例がいろいろと載っています。ここは軽く見ておくだけで構いません。
コウはまずは色々と魔法の種類を覚えてみてください、その方が今のコウには合っています」
そう言うと師匠は先ほど本を持って行き、他の9冊の本の上に置いた。
「わかりました。師匠たちが帰ってくる間に全部覚えられるよう挑戦してみます」
「ふふ、その意気です。では・・あと9冊とも権限を与えますのでどんどんいきますよ」
軽く本の内容に触れつつ、師匠と手を重ねるスキンシップ?を繰り返して10冊とも立体図を出せるようにしてもらった。
隣り合って手を重ねて作業するとかちょっとした恋人気分を味わえたが、ボサツ師匠の俺への好感度は少しは上がっただろうか?
ゲームじゃないんだし、そんなものはわかりはしないんだが。
しかし10個か。厳しいとしか思えないがやってみると言った手前、目標として頑張ってみよう。
そう思いつつもボサツ師匠って結構スパルタだよなとも思う。普段の雰囲気からは想像できない一面が多い気がするなぁ。
お読みいただき、ありがとうございました。
ブクマとか感想などなど頂けると、、とてもうれしいです。
気が付くと結構書いてきたんだな、と思うこの頃。早く4章に行きたいなぁ~




