座学:魔法と貴族の社会で生きていくために
今日も座学です、明日は修行です。まるで学校みたいな日々。
コウがやる気を見せたところで、ボサツはこの話をここでしておこうと決心した。
コウが強くてもこの世界にとって危険分子になってしまっては意味がないからだ。
その為にも・・わずかな不安を抱きながらも、ボサツは話し始める。
「本格的にやる気が出たところで少し話は変わりますが、今からコウに相談というより・・お願いに近いでしょうか、お話があります」
いつも口調が丁寧なボサツ師匠だが、今のはずいぶん改まった上で丁寧に話した感じだった。
やる気と少しの笑みを浮かべていた俺は、一旦落ち着いて表情を正して師匠の目を見つめる。
少し申し訳なさそうにしている師匠の表情が少しだけそそる。が、今はそういう想像は無しにしておこう。
もしかしてすごい危険な修行が始まるとか言うのではないよな?
「師匠、なんでしょうか?俺は師匠にすごくお世話になっている身ですから、よほどの事じゃない限り意向に沿うつもりですが」
少し低姿勢になりながらもしっかりと師匠の目を見て話す。
師匠は一度視線が合ったらそこから視線をそらさなかった。
これはかなりまじめな話なんだろう。
俺に才能があるからこそ将来使えると期待して師匠が世話をしてくれているのなら、そう恩義を感じる必要もないのかもしれない。
だが今の俺は、右も左もわからない状態でこの世界に来て、素敵な2人の師匠に衣食住の援助だけでなく楽しい時間を過ごさせてもらっている。
そういうことを考えると、やはり師匠たちには恩を感じるし、受けた恩には報いたい。
別の師匠の元ならば、修行と言っても厳しく機械的で道具のように扱われる可能性も無いとは言えないからだ。
俺の感謝している気持が少しは伝わったのか、俺の強い意志を確認できたからなのかわからないが
師匠は少し穏やかな笑顔になった。が、すぐ真剣な表情になる。
「真剣に受け止めすぎてもいけませんので、少し身軽に受けてくださいね。コウは以前の世界ではこちらとは違った支配の方法を取っている国で過ごしていましたよね?」
「あ、はい。民主主義と言って国民が代表を決めて国の方向性を決めるやり方です。まぁ、学生だったので実感はほぼありませんでしたが」
「ええ、クエスから聞いていますので大体は把握しています。ですがこちらでは貴族がほぼすべてを支配し方向性を決めるやり方で国が成り立っています。コウはその点に不満はありませんか?」
不満・・正直、現時点で不満と言われても、貴族の支配社会とやらを体験していないので何とも言えない。
貴族だろうが政治家だろうが、一般の国民から遠い存在なのはどちらにしても変わりはない。
貴族から理不尽な命令がきたり、不正が横行していればそりゃ不満だし、日本でも政治家が不正をやればそりゃ不満が出る。
不満の無い統治方法なんて無いんだから言い出したらきりがないと思うんだけど。
「正直、なんとも言えないです。まだ実態を見ても体験してもいないので・・」
「そうですね。少し拙速に過ぎることはわかっていますが、コウには早い段階でお話をしておきたかったのです。
貴族社会では貴族は絶対的な存在です。その貴族に対して問題を起こすとかなり大変なことになります。それはわかりますよね?」
「はい、もちろんわかります。法律を知らないので程度はわかりませんが問題なことはわかります」
もうすぐ18歳だったんだし、それくらいの常識は俺にもある。
貴族がどれくらい偉いのかはいまいちピンとこないが、日本でだって地元の名士や警察の偉い人をグーで殴ると一般人の時よりも大変なことになる、、はずだからだ。
「コウは準貴族になりますのでいきなりその場で処刑ということは少ないですが、些細なことでも相手によっては連合からの追放や私たちにも責任が及びます」
「えっ、師匠にもですか?」
「もちろんですよ、師匠は弟子の責任者でもありますから」
なんか師匠が嬉しそうに語っているけど、これはかなり重大なことだ。
師匠といえばただの指導者というイメージしかもっていなかった。
まぁ、考えてみると個人がかなりの危険物にもなりえるのが魔法使いだ。
確かに無責任だと問題が起きやすいのかもしれない。
とにかく俺はこんなにしてもらっている師匠に対して、弟子として迷惑をかける事はできるだけしたくない。
ここで生きていく以上、色々と受け入れなくてはいけないなぁ・・。
これから起こりそうなことをあれやこれやと想像しては、俺は不安を募らせる。
師匠はそれに気づいたのだろうか、俺を安心させる補足を入れてきた。
「まぁ、そんな重大な罰が下ることは早々ないですよ、貴族を意味もなく殺害するとかでないかぎりは、ですね」
「えっ、あ、あぁ、そうなんですね」
俺は少しだけほっとする。
さすがにそんな狂人しかやらないことをするつもりは毛頭ない。
意味無く殺害とか殺人快楽主義者みたいな奴じゃないか。
俺はそんな危ないヤツになった覚えもなるつもりも無い。
「まぁ、でも、コウは凄い才能がありますから。コウに対してはこの才能を失うくらいならと罰が軽減される可能性は高いですね、きっと」
「えっと、それっていい事なんですかね?さすがに・・」
流石にそれはまずいんじゃないか、という俺の意を理解したのかしてないのかわからないが、師匠は真剣な表情になる。
この表情から言って罰が軽減というのは嘘ではないのだろう。
ということは、ここは強いやつがやりたい放題のヒャッハーな世界ということなのだろうか。
ここって俺が思っていた以上に相当危険な世界なのでは?俺の中で不安が増大していく。
「今までいた環境とは色々と違うので、戸惑うことが多いのはわかります。ですが、コウには今までの常識を早めに捨ててこの世界になじんで欲しいのです」
俺だってそうするべきなのは十分にわかっている、郷に入っては郷に従え、だ。
これぞ日本人マインドというやつだ。
とはいえ、わかってはいるがちょっと色々と違いすぎて付いていけてないこともある。
そういや異世界ものの中でも、転生した世界の常識についていけてないパターンあったよなぁ。
小説じゃ主人公の考えのままチートで強引に押し通して何とかなっていたことも多かったけど。
ただここではそれは無理そうだし、しっかり意識しておかないといけないな。
色々考えるが、兎にも角にも新しい環境に不安なのは誰にでもある普通のことだ。
そう自分に言い聞かせて、これ以上の終わらない思考で不安を増大させるのを止める。
とにかく貴族社会は厳しい、が魔法使いの実力があればおまけしてもらえる、そういうものだ。
そんな風に強引に自分の考えを締めくくった。
俺のまとまらない思考に気づいて不安に思っているのか、俺が上手く理解できてなさそうで不安に思っているのか
師匠は心配そうにしながら、更にやんわりと理解を促そうとしてくる。
「繰り返しになりますが、今のコウにはすぐに受け入れ難いでしょうが、コウがそれなりの実力を示せれば罰もなかったことになる、それがこの世界での貴族です。
ここでは力こそが闇の国の脅威から光の連合を守る唯一の手段ですので、その力を持つ魔法使いはとても大切な存在になるのです。そのため罪を解釈で無かったことにすることもあるのです」
大事のために小事に目をつぶる、これは理解はできる、理解はできるんだが・・
せっかく止めたはずの考えが再び頭の中で動き出す。
魔法使いという兵器級の危険物に対して上手くやっていくには本当にそれが適切なのだろうか。
聞けば聞く程、考えれば考える程、どうしても日本での融和的な考えからすぐには脱却できなかった。
「力のある貴族の大きな役目の一つに、多くの魔法使いがいるこの世界で貴族として強大な力を保有し維持することにより、無秩序な魔法使いを抑え秩序を保つことがあります。
貴族に力が無くなってしまえば、国全体が無法地帯になりかねません。コウのいた世界との違うと思いますが、貴族の役割の重大さを理解してください」
今までここで魔法の修行だけに集中して過ごしてきたので、師匠の行っていることは文字そのままにしか受け止めることはできない。
だが、今まで俺が過ごしてきた日本と環境がかなり違うことは十分に理解した。
この数日の穏やかな日々の中での充実した魔法修行生活からは信じられない話ばかりだが
実力がついて来れば責任も伴う、ということなのだろう。
この話を師匠がするのはそういうことなのかもしれない。
魔法使いが一般の平民を傷つけられるような殺傷魔法を簡単に使える以上、日本のようなシステムで治安が維持できないのはわかる。
そういう意味ではアメリカの銃社会と似ているかもしれない。
銃を持つ凶悪犯に対してより強力な武装をした警察組織で治安を維持する。
だが治安を維持する貴族が場合によってはルール無用は・・、これ以上考えてもどうしようもない。
今のところこれは仕方ないと考えるしかない。
一度覚えた魔法を無くさせることは銃を禁止するより難しそうだし、となれば銃を禁止すればOKという対策も魔法使いには取れないことになる。
正直言って何とも言えない部分はあるが、俺は師匠の言葉にある程度納得し
師匠にこの世界の貴族社会を、理解して受け入れるよう努力することを真剣に伝えた。
師匠はほっとした表情だった。どうもクエス師匠から俺のことを詳しく聞いて心配していたみたいだ。
そりゃ日本と比べれば違いすぎるからなぁ。
俺が受け入れられないことを心配するのも無理はないかもしれないな。
なんか外の世界が怖くなったなぁ・・・ここまで師匠の話を聞いて出た正直な感想はそれだった。
この後、傭兵たちや兵士たちの生活の感じだとか、魔法使いに関わる細かい事を資料を見せられながら色々と教わって午前中は終了した。
ちなみに余談としてだったけど、クエス師匠には秘密ということで教えてもらった事があった。
それは、クエス師匠が過去にやらかした、中級貴族をほぼ1人で滅ぼした件だった。
その事件を起こしたことからクエス師匠には『一族殺し』という二つ名がついているそうだ。
光の連合内ではものすごく有名な話らしく、今は一光の地位に就き実力もお墨付きとなったため
クエス師匠が睨めば、恐怖のあまりに逃げ出す貴族も少なくないらしい。
クエス師匠のことを気のいいお姉さん的な人と思っていたが、人は見かけによらないということなんだろうか。
ちょっと怖くなったけど、殺害した理由は親の敵討ちなんだし理解できなくも・・ない。
どっちにしても俺が怖がるのは変だよな。
あと、いつも軽い感じのクエス師匠だけど思った以上に情に厚いんだなとも思った。キレて殺しまくるのは勘弁してほしいけど。
こういうことを口に出すとただじゃ済まなさそうなので、決して口に出さず思い浮かべるのもやめるように心に留める。
クエス師匠、すぐに俺の思考を読むんだもん。
お昼ご飯が終わると10分ほど休憩後、俺は先に外に出て芝生の中にポツンとあるいつもの平らな石の上で胡坐をかき瞑想をする。
今日は風属性の魔力を展開して瞑想を行った。
風属性は昨日の水属性の時とは違ってかなり扱いやすかったので、球内の魔力密度を目一杯高めて維持を続ける。
水属性の時よりもさらに濃い感じを体感しつつも、心はだんだんと落ち着いていく。
心地よい風の中で目を閉じで両手を広げて自然の空気を思う存分堪能している気分だ。
実際に風が吹いているわけではないが、そういう気分にさせてくれる。
しかしそう感じていられたのも最初の数分、次第に周囲に留めていた魔力が溢れ出し霧散していくのを感じたので何とか自分の周囲にとどめようと必死になる。
濃度が高すぎたのか10分もすると球の形を維持するのも厳しくなってきた。
これを維持しなければこの量の魔力を扱えていないということになる。
さっき座学で精霊の御子を目指すと心で誓った以上、妥協ばかりしていてはだめだ。
「ぐーーっ、ふぅ、ふぅ、くぅーーっ」
必死に高濃度の風の魔力を周囲に維持しているコウを、少し離れた玄関付近で観察するボサツ。
濃度のムラがないか、魔力の展開範囲の球体が崩れてないかをチェックする。
ムラはほとんど無いが球形が崩れてきていることを伝えようとしたがコウの必死さを見て思いとどまる。
たぶんコウが驚いて集中力を欠くと思ったからだ。
ボサツは集中しているコウに聞こえない程度の声でつぶやく。
「風の・・この濃度が保てるならやはりLV25くらいまでいっているでしょうか、昨日の水はLV20ほどでしたし・・」
ボサツが観察し始めてからさらに10分ほど経つと、コウはもう形どころか周囲の魔力を維持がつらくなってきたのだろう
コウの維持する風の魔力はコウを中心にしつつもグニャグニャな形になり、限界であることは火を見るよりも明らかだった。
さらに時折「プシュー」と音を立てんばかりに一部が噴出しその魔力は空気中に霧散していく。
コウは必死になっているようだがこうなってしまっては、仕切り直さないと維持し続けるのは無理だろう。
「コウ、形も維持できなくなっていますし、一旦瞑想は終了にしましょう」
俺は突然のボサツ師匠の声に少し驚きつつも、やはりか、と思い少しずつ風の魔力を自分のコントロールから手放していく。
手放された魔力は空気中に拡散していき、だんだん薄くなって仕舞いにはどこかへと消えてしまった。
額には結構な汗が出ていたが、俺はやりきった感じではなく維持できなかった悔しさを感じていた。
(師匠が驚くくらいのものを一度は見せてやりたいんだけどなぁ)
心の中で軽くぼやきながら俺は大きく息を吸い込んだ後、少しずつ吐き出しながら息を整えた。
別に運動して息が上がっているわけではないが、こうすると少し落ち着くからだ。
「落ち着きましたか?それはでは今日は風の魔法をどんどん教えていきますからね」
ん、どんどん、か。そのとき少し引っかかったものの俺はさほど気にしていなかった。
今の俺にとって風は魔力の扱いが一番得意な属性。
その風の魔法を覚えるのは「任せろ」といった気分だった。
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