幕間:エリスの想い
今回まで幕間のお話です。
3話くらいなので幕間のお話にしましたが、どうだったかなぁ・・
女王とコウについての相談が終わった後、2人はアイリーシア家の隠れ家へとやって来た。
今でも2人は、特にボサツは研究を秘匿できるという理由でこの隠れ家を愛用している。
ここは貴重なものを所蔵するには最適な場所であり、邪魔をしたり小言を言うような者が訪ねてくることもない。
そんな場所に2人が来たのは、定例の報告をするためだ。
魔道具置き場と化している部屋から2人は真っ直ぐにいつもの場所に向かう。
「今日は…ちょっと気が重いわね」
「かもしれませんが、これも熟考した上で決めたことです。前置きはしておいた方が良いと思いますが、きっちりと伝えなくてはいけないです」
2人は話をしながらも歩き続け、研究室の一番奥の部屋へと入った。
いくつかの装置が稼働中であり、それを示すランプが部屋の各所で光っている。
そしてその部屋の中心に据えられているのが、特殊な改造が施された回復装置だ。
通常の回復装置、治療カプセルや回復カプセルといわれるものは、傷を癒すだけでなく失った部分も再生できる。
その際、過去に保存した本人のデータと現在の本人のデータとを比較して違和感が無いよう緻密に再生させる。
魔法使いはほとんど歳を取らず体の成長も意図した年齢で止まるので、事前に記録したデータを基にして失われた部分を再生させることが可能なのだ。
とはいえ魔法使いになりたての成長途中や技などの体の動きの癖が身につき始めている場合、そうでない頃のデータだけを基にして再生すると体にかなりの違和感が出る。
なので補正機能として現在のデータもデータに取り込み、再生するデータを作り上げる。
治療カプセルに入ると眠るのは、そうしたデータを夢のような場所で再現させながら取得するためでもある。
こうした過程を経て対象を完璧に回復させるのだ。
ちなみにこの世界の回復魔法は軽い傷をふさぐくらいはできるが、失った部分をその場で瞬時に再生させるようなことはできない。
ならばなぜこの回復カプセルは失った体の一部を再生できるのかというと、魔法使いの体は魔素体、つまり根本は魔力で出来ているからこそ
時間をかけて魔力を魔素へと分解し治療者に適合させ定着させることで、失った部分を再生している。
ただしこれにはかなりの時間を要することから、腕1本失くしてしまうと数日かかることも珍しくない。
これを魔法で再現することも理論的には可能だが、何日も回復魔法を維持し続けなければならず現実的ではないことから、誰もそんな魔法を開発・習得しようとはせず存在しないのである。
そんな重宝される回復装置だが、この部屋にある改造された回復装置は見た目からかなり違っている。
普段は魔力を供給する供給元は1か所しかないのだが、これは4か所から魔力の供給を受けている。
実は回復速度を押し上げる為の無理矢理な改造で、魔力に対する回復効率が半分近くまで落ちており、数倍の魔力が必要となることから改造が施されている。
また、この回復装置は治療者本人のデータをあまり参照せず、入力されたデータをメインとして体が再構築されるようになっている。
実はこの機能、現在では禁止されている行為なのだ。
過去行われた実験の一つで、負傷者の体を回復させつつ改造するというものがあった。
回復させる体のデータに両腕をもう1つ追加させたり、羽を生やしたりと、いくつかのテーマごとに数回実験が行われたが
追加された部位を動かせないばかりか魔力の流れもおかしくなり、弱体化した者、過度なストレスで精神が病んだ者など、何一つ成功事例がなかったことからこの方法は禁止となった。
だが今回は元の体がない状態から体を作り出すという荒療治。
しかも以前のデータは本人がもっと若かったころであり、精神的な年相応の体を再生するには新たに作り出したデータを基にするしかなかった。
もちろん違和感のあるような部位を追加したりはしていないが、タブーに半歩足を踏み入れたことに違いはない。
そんなこんなであらゆる手を尽くして体を再生させているのが、クエスの妹エリスである。
カプセルの中は胴体と頭だけが再生されており、両腕は骨の一部が、腰部は骨と肉ができつつある状態だった。
普通の人間がこんな状態であれば鎮痛剤漬けになりそうだが、魔法で痛みをほぼ感じられないくらいまで感度を下げればどうということはない。
そんなカプセルの中にいるエリスは誰かが…ここに来る人物は決まっているが、来たことで目を開ける。
(姉さん…おかえり)
念話で話しかけられたことでクエスの顔がほころぶ。
失って何十年、ようやく大切な妹を取り戻せたことを実感する歓びに慣れるまではもう少しかかるといった感じだ。
「ええ、今日も報告に来たわよ」
「もちろん私もいます」
(ボサツ様もお帰りなさい)
「様は要らないと言っているのです。この辺はコウにも影響を与えているのか、それともコウの影響なのか…気になります」
そう言いながらもボサツは顔をほころばせながらカプセルの前に座る。
クエスもそれに続きカプセルの前に座って資料を何枚か取り出した。
これはコウの育成計画をエリスにも伝える連絡会であり、女王とのやり取りの後は必ず行われている。
◆◇◆◇
以前コウが中立地帯へ追放されたとの報告を聞いてクエスたちが激怒したこともあったが、2人とも女王やバカスなどの対応によりひとまず矛を収めた。
あの時はコウの事が気になって気を取られていたが、クエスにはもう1つ状況が気になることがあった。
妹のエリスの再生が順調かどうかである。
クエスたちが戦場で活躍していた時は、アイリーシア家でも口の堅いある人物にこの隠れ家の維持を任せていた。
任せていたと言っても、実際は実験中で魔力を切らさないようにしてほしいとだけ告げて詳細を明かさずに、その者に維持管理させていたのだが。
コウの追放の件はひとまずそのまま置いとくことに決まったので、クエスとボサツは急いで隠れ家へ戻りエリスの様子を確認した。
体の8割は再生が終わっており、いよいよ違和感のある部分を微調整していく作業に移れそうだと安心したのだが
目を覚ましたエリスはしきりにコウの事を気にしており、クエスは迷いつつも詳細を教える。
だがそれがまずかった。
エリスはコウの状況を聞き静かに激怒。
回復カプセル内の水を凍らせて、完全には再生できていない手足を氷で覆いつつ、カプセルを破壊して無理矢理外に出てきた。
慌てたクエスとボサツはコウが無事であり心配する必要などないと説得するものの、すぐに話を受け入れる様子はなく抵抗を続ける。
「コウが、コウが…私の大切なコウが危険な場所にいる…。早くいかなきゃ…」
「今の状態で行けるわけないでしょ。エリス、今は治療が優先よ」
「そうです。コウには守護者が何人もついています。今はあなたの方が危険な状態なのです」
「コウはまだそんなに強くない。万が一のことがあったらどうするの?あの子は私の、私の…!」
クエスとボサツが何とか説得しようと試みるが耳も貸さず、このままではエリス本人の状態が危ないと判断し、2人は強引に力で抑え込む。
それに対してまだうまく扱えない魔力を強引に操り、必死の抵抗を試みるエリス。
結局、エリスが抵抗できなくなる程度にダメージを与え何とか予備のカプセルに押し込むしかできなかった。
再び眠りにつくエリスに『ちゃんと話を聞いて』と説得するクエス。
その言葉が通じたことで、次目を覚ました時にようやくコウの詳細を伝えることができたのだ。
おかげでエリスも今のコウの状況を許容してくれたのだが、暴れた時の代償は大きく未だに体の完全再生は終わっていない。
◆◇◆◇
カプセルの中で目を開けたエリスは座っている2人を見てわずかに笑顔を見せる。
コウの近況は彼女にとってとても大切な情報なので、この報告会をいつも待ちわびていた。
クエスはそんな妹の気を知りつつも、今回は少し重い話になるので自分を落ち着かせようとアイテムボックスからティーポットを取り出して
魔力で動かしながらカップにお茶を注ぎボサツの分も用意した。
急いで用意したことから温度は適温よりぬるめで茶葉からの抽出もいまいち。
その状態を見てボサツもクエスの心配事を敏感に感じ取っていた。
もし今回も以前のように暴れ出すことがあれば説得できるだろうか…そんな恐怖がうっすらと2人の間にはあった。
準備が終わりクエスがお茶に軽く口をつけると、味がいまいちだったのか少し不満そうな表情を見せるも、すぐに気分を切り替えてエリスの方を見る。
「さて、コウの対応に関して今日決まったことを伝えるわね」
(うん)
表情は変わらないものの少しうれしそうな声色が念話で伝わり、クエスは少し申し訳なく思いながらも話を始めた。
「まずはコウの成長度合いね」
現在のコウの属性LV(推定値)を告げるたびに、エリスが少しだけ笑顔を見せる。
(順調…不安だったけど、今は良かったと思ってる)
「ええ、思った以上にあの環境はコウに良い影響を与えています」
(しかも楽しんでいるんでしょ?)
「そうよ。やっぱ風属性だからかしらね。上から締め付けられることのないあの環境でのびのびとやってるわ」
それからクエスはコウが作り上げた組織の様子など、現状かなりうまくいっていることも伝える。
昔から大きく表情を変えることが少なかったエリスだが、コウのことに関しては特に反応が大きい。
(やっぱり私の子は優秀)
「いや、だからさ、あんたの子じゃないでしょ?」
(赤ん坊の時からずっと一緒に同じ景色を見てきた。だから私の子)
「いや、それって……はぁ、もういいわ」
エリスはコウの事を我が子だと思っている。
もちろん2人は母子関係ではないのだが、コウがエリスの力の一部を引き継いだこと、コウが赤ちゃんの時から成長するまでの景色と感情を全て見て受け止めてきたことにより
彼女はコウの全てを見守ってきた母親としての気持ちが強く出ていた。
だからこそ氷属性を持ちいつも冷静で淡々としている彼女が、コウが追放されたことを聞いてあれほど取り乱したのだろう。
これはクエスにとってあまり喜ばしいことではなかったが、まずは大切な存在が回復したいという欲求につながれば…良しと思うしかない。
ただこの母親というのを認めたくないのは、それだけが理由ではない。
何十年もいなくなっていた妹が、しかも淡々として異性の気を引きそうなタイプではない彼女に、先に母親面されるのは複雑な気分なのだ。
それが本当の子供であればまだ諦めもつくのだが、そんな特殊な状況で母親面されても…というのが本音としてある。
「次に町の様子ですが、これは怖いくらい順調です」
ボサツが資料を基に淡々と説明していく。
完璧ともいえる結果にエリスはカプセルの中で目を閉じ、すごくうれしそうにしていた。
そして最後の報告。コウに対して厳しい試練になる悲劇を意図的に与える件。
資料を持つ手が震えるのを強い意志で抑え込み、クエスは話を始めた。
「これは、エリスにとってあまりいい話じゃないと思う。でも、コウにとって大切なことだから理解してほしいの」
(……うん)
少し迷いを見せるかのように間の空けて了承を伝えてくる。
大切な妹にこれ以上辛い思いはさせたくなかったが、それでもこれだけは譲れなかった。
「おそらく、向こうの町長は死なばもろともで禁断の一手を打ってくるわ。これは密偵からの情報なので、ほぼ確定よ。
これをコウに伝えれば、あの子は上手く対処するでしょう。それが最高の結果だけど、そんなに上手くいくことなんてめったにないのがこれから起こる戦争。
だからコウにはある程度傷ついてもらおうと思うのよ。これからもっとつらい事にも耐えられるようになるためにも…」
(段階的に負荷をかけるテスト、ということ?)
「そういうことね」
先ほどまで時折見せていたわずかな笑みは消え、無表情のままクエスを見ながらエリスは思考を巡らせた。
彼女にとって大切なコウに与えるべきなのは甘い世界だけではない。
クエスに言われて改めてエリスはその大切さを認識する。
(そうね…コウにはもっと、大きな存在になってほしい)
あの時取り乱したとは思えないほど、即座に許容する反応を示した。
冷静に考えることに関しては2人よりもエリスの方が優れていることを、彼女の言葉と態度であらためて思い知らされる。
(詳細を知りたい)
「わかりました。あくまでコウの采配の結果にも左右されますが…」
ボサツが淡々と説明を続ける。
その間クエスはエリスの様子を見ていたが、笑顔は見せないまでも一切取り乱す様子はなく、冷静にその必要性を考えているようだった。
ある意味彼女にコウの育成を任せると、限界まで追い詰めるのではといった怖さすら感じさせる。
氷属性を主属性とする魔法使いの全てがこんな感じではないことくらい知っているが、改めてクエスは妹の冷静さを感じ
あの時自分の身を賭して自分たちを救った彼女の行動が、ちゃんと考え抜かれていた末の行動だということを思い知らされる。
それと同時に大切な妹に、あまりそのような思考をさせる機会を与えない方がいいのかもと思い始めていた。
(理解したけど…どうせ実行するなら、2方向とも通すべきだと思う)
「それではコウたちの被害も大きくなります」
(だけどこれだと…被害がほとんどゼロになる可能性も…。いざという時のバックアップもあるのなら、確実にあの子が苦しむ結果でもいいと思う)
「確かにすぐ対処できる体制はとるわよ。でも、うまくやったのに失敗したという経験は、もう少し後でもいいと思うのうよ」
(……あの子は甘いから、多分失敗する。だったら…それでもいいのかな)
「精神的なケアの態勢も出来てるし、きっと大丈夫よ」
(そう。だったら大丈夫ね)
それだけを念話で伝えると、エリスはすっと眠るようにカプセル内の液体に身を任せるかのように体の力を抜いた。
そして眠りについたかのように黙ってしまう。
それは不満を言わないための行動なのか、納得して安心した上での行動なのか、クエスたちには判断できなかった。
今話も読んでいただきありがとうございます。
仕事が忙しくて帰ったら寝る生活が続き、気が付けば1週間もかけてしまいすみません。
台風のおかげで今日時間ができたのが大きかった。。。
誤字脱字等ありましたらご指摘いただけると助かります。
気に入っていただけたら、評価やブクマ、感想など頂けるとうれしいです。
次話は9/22(木)ごろに更新できればと思います。
難しいかな…あー休みが欲しい。
では。




