町の崩壊とその重責8
ここまでのあらすじ
コウを包囲し有利をとった黄翼神獣の傭兵たちだったが、コウの一撃で状況が覆され3人がやられてしまった。
「ちっ、来るぞ」
コウが型を作り始めた瞬間、バルティアスはやけくそ気味に叫んだ。
この陣形では防戦一方、しかも勝ち目はほとんど無し。
追い込まれた時用の別のプランも用意してあったが、一気に3人もやられる事態に彼もそこまで頭が回らなかった。
コウが先ほどよりさらに早く型を作り上げたかと思うと、即座に魔力を充填し魔法を発動させる。
先ほど魔力を展開する休憩時間がさほどなかったことで、バルティアスは少し油断していたのかもしれない。
<光一閃>が4つ発動し、4本の光線が他のメンバーの方へ向かっていくが彼の障壁は間に合わなかった。
狙われた傭兵たちは気を抜いていなかったのか<光の強化盾>でとっさに防御するが、1発を受け止めただけで障壁にひびが入る。
そして驚く間もなくコウが<収束砲>を放ってきた。
ようやく思考が回り始めたバルティアスは、普通の使い手よりも極太になった光線を自ら前に出て障壁を張って防ぐ。
「ぐっ…」
自分の作り出した障壁が分解されていく感覚に危機を覚えながらも追加の型を作っていると、先ほど攻撃を受けた4人がバルティアスの近くまで寄ってきて
消えそうになっている障壁の後ろに4重の障壁を張った。
その障壁も2枚は突破されたが、極太の光線をどうにか防ぎきる。
だがそれで安心できる状況ではなかった。
「接近してるぞ」
バルティアスの魔力感知に引っかかったのか、大声で味方に警戒を促す。
もちろんこれはコウに動きがバレているぞと伝え、行動を制限させようとする意図も含んでいた。
後方の3名はそれに反応し大まかなコウの位置を感知すると、<百の光矢>を発動させ一帯に光の矢を降らせる。
「ちっ」
ダメージを与えることよりも、障壁を張らせて足止めを誘う攻撃にコウは思わず舌打ちする。
「あまり傷を負うとマナに会った時、必要以上に心配されそうなんだが…」
だがこれは好機でもあった。コウは即座に足元に向けて<螺旋風>を発動。
地面を削りながら土煙が舞い上がり、コウを目視できなくなっただけでなく、土を巻き上げる風がコウの魔力を帯びることで相手が位置を特定しにくくなった。
更に3百もの光の矢が一帯に降り注げば、複数の魔力パターンが入り乱れて、相手は詳細な位置を特定できなくなる。
その状況でコウは自分から少し離れた場所の上空に<光の強化盾>を張った。
相手から見れば、これはコウが身を守るために障壁を張ったようにしか見えない。
「あそこだ!あの下を狙え!」
バルティアスの指示を受け、障壁の張られた真下へ向かって攻撃が集中する。
だがそこにあったのはコウが作っていた魔法の型のみ。それもすでに発動して消失していた。
大量の光の矢が降り注ぐ中で、強力な魔法を発動するための大きな型を作ることはかなり難しい。
型を作る過程、もしくは完成し発動させるために魔力を充填する過程で攻撃を受け、魔法発動を妨害されてしまうからだ。
そのために張った障壁だったが、彼らから見ればコウが自分の身を守るために張った障壁にしか思えなかった。
先ほどの第二フェイズで、コウが足を止め障壁を張って光の矢から身を守ったことが、彼らの印象に残っていて思考を誘導させたのかもしれない。
そんな誘導に成功したコウは、降り注ぐ光の矢の予測位置を感じ取りながら最小限のダメージで済むように躱しつつ魔法を発動させる。
もちろん発動位置は敢えて自分から少し離れた、障壁を張った近くに設定した。
黄翼神獣の傭兵たちが攻撃した位置より少しずれた場所から、反撃と言わんばかりに<風刃>が2発飛んできて1人に命中。
ここが押し込むチャンスだと攻撃に魔力をつぎ込んでいたこともあり、直撃をくらった傭兵が大きく体をえぐられながら吹き飛ばされる。
降り注ぐ光の矢がおさまりだした頃に、コウは属性を光に変え<8光折><光一閃>と手数と速度によらせた攻撃へ変更する。
さすがに攻撃の数が増えると、ここぞと思って攻撃していた彼らもすぐに防御にまわるしかなかった。
とはいえ悲しいかな、突然大量の光線が向かってきたことに的確に対処できるほど彼らの腕は十分ではない。
半分ほどの攻撃を防げたものの、残り半分の攻撃をくらった5人が負傷し、その場で膝をついてしまう。
「くっっそー」
バルティアスはその的確な反撃に対し、怒り任せに<百の光矢>の型を2セット作り、土煙に向かって放った。
こちらは仲間が倒れていくのに対し、向こうは土煙の中攻撃をくらっているのかすらわからない。
ただやけくそになって放った魔法だったが、偶然にも最適な攻撃だった。
そのまま単発の攻撃を障壁の下に向かって放ってくれていればさらなる追撃は楽に行えたが
正面から面で攻撃されれば、既に数か所は光の矢が刺さっているコウもこれ以上の被弾は避けたく、防がないわけにはいかなかった。
正面に障壁を張ることでバルティアスの攻撃を防ぎきる。
だがそれはコウがその位置にいることを知らせることにもなる。
「そこかっ!」
今まで見当違いの場所を攻撃させられていたことを悟り、彼らの内まだ余力のある者たちで一斉に型を組み攻撃魔法を準備する。
だが残念なことにその行動は一歩遅かった。
「呑みこめ、切り裂け、風の渦!」
コウがようやく発動させたのは<竜巻刃>。
大きな竜巻がその場にいた黄翼神獣8名全員を飲み込み、内部で宙へと舞い上げる。
慌てた彼らはとっさに攻撃をやめて障壁の型を組みだすが、ほとんどの者は間に合わず空中で振り回されながら風の刃にズタズタに切り裂かれた。
唯一バルティアスは<光のドーム>で自分の体を半球の障壁で囲むが、振り回されながら何回も切り裂かれているうちに障壁がボロボロになった頃
更にその竜巻の外から放たれた数発の<光一閃>で障壁を砕かれ、足や腰付近に光線をくらい、竜巻内で風の刃の追撃を受けた。
竜巻がおさまり消え去った頃、舞い上げられていた8名が自由落下で地面に叩きつけられる。
最後の気力を振り絞り、バルティアスは自分の体の落下面に魔力を集中させダメージを緩和するが
他の仲間がそのまま叩きつけられ動かなくなっているのを感じた時には、ダメージうんぬんよりも心が折れていた。
「まさか、ここまで……」
やばくなったら散り散りに逃げ出しコウの手を煩わせるプランもあったが、まさか包囲陣が崩され8人になった瞬間ここまで押し込まれるのは予想外だった。
コウは地面に伏してほとんど動かない8名を見ると、一瞬辛そうな表情をして目を閉じ、次に目を開けた瞬間、バルティアス以外でまだ息のある者たちに<風の槍>を放った。
仲間たちに着実にとどめを刺すコウに対して、もはや怒りよりも恐怖が勝ったのか、彼は伏したままただ周囲に魔力を展開し
ほとんど防御にすらなっていない防御で身を守ろうとする。
そんな彼にコウは歩いて近づくと、立ったままその様子を見下ろす。
「最初からお前たちに勝ち目はなかった。逃げたナナキアも今頃マナが捕らえているか片付けている」
「くっ…くそっ…」
「特に聞く意味はないが…最後に何か言いたいことがあれば…聞こう」
それを聞いたバルティアスは顔を上げ、その言葉の主の方を見る。
何発か光の矢をくらったと思われる場所から少し出血しており、相手も無傷ではないことがわかると恐怖が消えたのか
一度だけコウを見上げると力なく頭を地面につけ、独り言のようにぼやき始める。
「くそっ……お前さえ、お前さえここに来なきゃ…平穏な日々が……続いて…」
「平穏な日々が続いてたとしても、ある日突然状況が変わってしまうこともある。
変化に巻き込まれたのを恨むなというのは身勝手な言い分だが、その変化で助かる者たちもいる…。ただ残念なことに、その過程で犠牲を出さずに済むほど俺は凄くない。
手を伸ばしてきた者たちは必死に救おうとするが、そうでない者たちまで救えと言われてもそれは不可能だ。
前者が多いのであれば、俺は間違っていなかったと考える…そうじゃなきゃ、何も出来なくなってしまうからな」
「お前は…傲慢な…貴族そのものだ…」
「もうその評価を覆そうなんて思わないことにしたよ」
少し疲れた感じで語ると、コウはバルティアスの首に向かって剣を突き刺した。
体がびくびくっと動いたが、すぐに動かなくなり刺した剣を抜く。
最初に死んだ3名は既に魔石になっており、今とどめを刺した8名の体が徐々に魔素に分解されていくのをコウはじっと待つことにした。
これは『仕方なくやったこと』ではなく、『最適な道だと思い率先したやったこと』と自分に言い聞かせながら。
自分のやったことから目を背けることなく、彼らが魔石になるまでその光景を見続ける。
途中気持ち悪くなったが、コウはそれを力ずくで飲み込んだ。
5分ほど待ってようやく最後の死体が魔石になったのを確認し、各魔石をすべて回収する。
さすがにこれだけの戦闘が行われれば、魔力溜まりがこの一帯に残ってしまう。
戦闘の痕跡を無くすためにはかなりの魔力と時間を要するため、コウは誰が戦ったのかわからないように魔石を回収するにとどめ、風の板を作りマナが追いかけていった方へ向かった。
◆◇
一方ナナキアを追いかけたマナは、1分ほど遅れてその後を追ったにもかかわらず2分もしないうちにその姿を捉えていた。
声が届きそうな距離まで近づくと、マナは困った表情で口を開く。
「あんまり遠くに逃げないでよねー。後で師匠が追いつくのに時間かかっちゃうんだから」
後方から大声で呼びかけてくるマナを見て、もう追いつかれたのかとナナキアは焦りの表情を見せた。
「もっと、もっとスピード出しなさい!」
「そんなこと言われても…風の板の速度は決まってますって」
コウたちは魔力の操作力と発想力、そして工夫を凝らすための試行の繰り返しでいくつかの風の板のバリエーションを作っていたが
普通の傭兵であれば魔法学校で習った最適化された型をひたすら正確に作る練習に時間を割く。
その方が魔法効率がよく、優れた魔法だと教わるからだ。
実際、学校や魔導書で教わる完成された魔法の方が、使用する魔力に対する効果は高い。
だがどの状況においても優れているという魔法はほぼ無い。
ここで型通りに教わった者と、枠をはみ出すことを教わった者との違いが如実に出てしまった。
だがそんなナナキアたちにも1つだけ勝機が残されていた。
追ってきたのがマナだけ、つまり風属性の使い手がいないという点である。
マナがどれだけ遅れて出発したのかはわからなかったが、徐々に接近している時点で向こうの風の板の方が早いことは疑いようがない。
そしてそれを作ったのは風属性を得意としているコウであると、ナナキアは一瞬にして見抜いた。
「あの風の板は特注だ」
「そ、そうですよ。じゃないとあんなに差を縮めることなんて…」
「ならばあれを壊す。じゃなきゃ私たちが死ぬ」
「えっ、えっ、えぇぇ…」
「壊せば相手は魔道具で風の板を作るのが精一杯だ。普通の風の板ならもう追いつかれることはない」
確かに、と思った風使いの傭兵はゆっくりと首を縦に振る。
彼から見ればマナは遥か格上の存在。戦って勝つなんてどんなに工夫を凝らしても無理だと悟っていた。
だが風の板で逃げるだけの勝負となれば、自分にも勝ち目があることに気づきやる気を出したのである。
「私が防御に徹するから、あんたが攻撃しな」
「お、俺が?」
「私とあんたじゃ私の方が実力は上、だから私の方が守り。風の板を壊すくらいなら、威力はそんなに要らないだろ」
「りょ、了解です」
作戦を決めた2人は今まで必死に前を向いて逃げていたが、風の板の進行方向はそのままに2人ともマナの方を振り返った。
「おっ、やる気だね」
マナはうれしそうにつぶやくと、止まらないかと提案したり、諦めるよう降伏勧告をしたりなどせず、突如攻撃を開始した。
<火の槍>が2発飛んでくる。
有無を言わさぬ攻撃に『生死問わず』だと悟りつつ、ナナキアは即座に障壁を張った。
燃え盛る魔力で出来た槍が障壁に突き刺さったかと思うと爆発する。
障壁が砕けその衝撃で乗っていた風の板も割れてしまうが、同乗する傭兵が即座に作り直しその場に放り出されることにはならなかった。
壊れた風の板の真下に新しい風の板を作ったことで、一瞬速度は落ちてしまったがほとんど距離は詰められていない。
「やるじゃないか」
「防御、お願いしますよ」
そう言って傭兵は<風の槍>を1本飛ばす。
だがマナは魔道具により意思で風の板を即座に動かし、楽々と回避して見せた。
「いい魔道具持ってるなぁ…」
「いいから攻撃の手を緩めない!」
ナナキアの指示に傭兵は再び魔法を放ち、それに合わせて余力を残しつつナナキアも<光一閃>を放つ。
だがマナはその光線を的確に防ぎつつ、傭兵からの攻撃は悠々と回避した。
「んー、あんまり時間かけると師匠達と離れ過ぎちゃうしなぁ…仕方ない、ここでたーめそうっと」
マナはコウから貰った髪留めに魔力を注ぎ込み、魔法発動の準備をする。
マナの後ろに体から少しはみ出るサイズで魔法の型が出現し、魔力が供給され始めた。
「風属性!?」
後方のマナの周囲に薄緑の魔力が光っているのを見てナナキアが驚く。
マナが火属性しか使えないことはきっちりと調査していたはず。
なのに違う属性の魔力、しかも風属性が使えるとなれば、このまま逃げるというプランまでダメになってしまう。
だがよく見てみると少しだけ違和感があった。
薄緑の風属性を示す魔力はマナがコントロールしているように見えない。
というのも、彼女の周囲には火属性を示す赤い魔力だけがキラキラと光っていたのだ。
「魔道具か何かか。でかいのが来そうよ、あんたも防御魔法を準備しなさい」
「りょ、了解です」
慌てた傭兵が強化盾の型を3枚ほど用意し終えた頃だった。
「よしっ、実戦では初使用だけど…ちゃんと当たってよね…<渦炎>」
マナが飛んで行けと言わんばかりにナナキアたちに向かって手を伸ばすと、マナの周囲に炎の渦が発生しすごい勢いで飛んでいった。
火の魔法であれば「火渦」という魔法がこれに少し似ているが、対象を炎の渦で取り囲む魔法であって、移動し続ける対象に対しては使えない。
それに火属性の、特に火を扱う系統の魔法の中でこれほどの速度で相手に飛ばせる魔法はそこまでない。
だがこの「渦炎」は風属性の力で炎を運ぶことで、威力と速度の両方を兼ね備えた魔法になっている。
すごい勢いで渦を巻きながら飛んでくる炎を見て、慌てつつもナナキアは<光のドーム>を使って風の板ごと障壁で囲む。
大きい障壁を張ればその分防御力は落ちてしまうが、風の板とそれを作れる傭兵を失ってしまえば、結局はマナに追いつかれてゲームオーバー。
彼女は全てを守る以外の選択肢が取れないのだ。
それに対して傭兵は、四角形の障壁をどこに配置していいのかわからず、慌てながら適当に正面に配置する。
だがマナの放った炎の渦は一瞬にしてその障壁を砕くと、半球状に覆われた光の障壁を撒きつくように取り囲み、そこで一気に燃え盛った。
障壁が割れ2人はその炎に包み込まれる。
風の板は即座に割れて地面に投げ出されたが、それでも炎はしばらく2人を渦上に締め上げるようにしながら燃え盛った。
「うわぁ、これいい。これいいよ、師匠!」
マナが風の板から降りると、歓喜しながら2人のところに近づいて行った。
今話も読んでいただきありがとうございます。
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次話は8/29(月)更新予定です。
親が流行り病になって食料運搬などでさらに時間が・・
はぁ、




